第4話 アスペルガー報告

「というわけでアスペルガー症候群でした」

と俺はマネージャーと、偶々近くに居たから寄ったという部長に病院であったことを報告した。

「うん、やっぱりね」

とマネージャー。いや、何がやっぱりなんだ?

「いやー、新入社員教育の時になんとなくアスペルガーじゃないかなーって思ってたのよ」

「はぁ……」

だから、前の打ち合わせの時に結構突っかかって来てたのか……。なるほどね、納得。

「その……アスペルガー症候群とADHDと診断されてどう思った?」

と部長。いや、どう思った? って言われても答えにくい質問を……。

「正直、ADHDの時は、やった! と思いましたね。理由は薬で症状を抑える事ができますから。ですがアスペルガー症候群はちょっと……あれですね。やっちまったというかどうしようも無いというか……治りませんから……」

「そうか……」

「まぁ……できるだけ努力はしてみますけど……」

努力はする、と一応前向きなアピールをしてみるが、何を努力すればいいんだ? そもそも努力って何さ……。

「そういえば薬を飲んでるって言ってたけど、どう? 効果とか副作用はある?」

とマネージャー。

「いや、今のところは特に何も……」

効果も無ければ副作用も無い。本当に効いているのかも分からない。まぁ今は慣らしの時期で本当に飲む量の半分しか飲んでないって言ってたしな……。


「じゃ、今から会議があるので……」

と挨拶をして急にいなくなる部長。あ、会議の帰りに寄ったのでは無くて、会議の直前に寄ってたのね。

「あ、すみません、わざわざ私の為に時間を割いて頂いて……」

と定型文を言う俺。いい加減少し言う事変えないと定形だって事バレるかな……。

「いやいやいいのよ。話、色々聞きたかったし」

「いえいえこちらこそ忙しい中、来て頂いて本当にすみません」

とマネージャー。その後は日本人特有のお辞儀連射をした後、部長は会議へと旅立っていった。


「私の甥っ子もね。アスペルガーなのよ」

といきなりマネージャー。いや何? 貴方の甥っ子なんて知りませんけど?

「最初は確か小学校の時に、色々問題を起こしてて、その時に先生に病院に行った方が良いって言われてね……」

と、突然自分語りを始めたマネージャーの話を纏めると、

・マネージャーの甥っ子は小学生時にアスペルガーだと判明。

・最初は職が見つからなかった。

・今はプログラマーとして働いている。

との事だった。

「だから真下さんもプログラムを扱っている部署に行って貰ったのだけれど……ミスが多くて帰って来たでしょ?」



 そう、確かに俺は過去にプログラムを扱っている部署に行った事はある。そして1ヶ月の試用期間の後、元の部署へ戻ってきたのだ。理由はミスの多さだ。

 だが、少しだけ言い訳をさせてくれ。ミスが多かったのはADHDの症状だけでは無い。その職場の環境にもある。


 まず1つ目、プログラムを扱っていると云うのはプログラムを作成しているのではなく、誰かが作ったプログラムを用いて、その計算結果を算出しているだけだった事。

 確かに私は学生時代&ニート時代。独学でプログラムを学んでいた。その事をアピールしていたので、プログラムを扱っている部署にマネージャーが即戦力として飛ばしてくれた訳だ。が、しかし、現実はプログラムを作成しているわけではなく、プログラムを用いて結果を算出している部署だった。つまり。俺が知っている知識をほとんど生かせないという事になる。その中でも必死に頑張った、頑張ったけれども、ここでアスペルガー症候群の特性『環境変化の不適合』が発動し、ミスが増えてしまった。

 そして2つ目。俺を合わせて2人しかそのチームにいなかった事。

「分からない事があったら質問してくれていいから」

と言ってくれた上司は女性だった。実は俺、学生時代に女性とお付き合いしたことは一度もない。むしろ高校時代&ニート時代に至っては、店員さん以外にまともに同年代の女性と話した事すらないのだ。そんな俺に例え30代後半に見えるおばさんだとしても、女性に話しかけて質問しろと云うのはいささか難易度が高い。でもこれも仕事だから……仕事だから……と自分に言い聞かせて声をかけようと横を見、声をかけようとした時想像を絶する物が目に入ってきた。

 耳……栓……?

 好んでスポンジを自分の耳に入れる人なんていないだろう。どう見ても耳栓だ。えーっと、つまり……だ。耳栓をしているという事は声をかけても聞こえない。つまり、ボディータッチをしなければいけないという事になる。ボディータッチ? ボディータッチ!? 周りには誰もいない。いや、居るには居るんだが、全く関係の無い別のチームの人達なので、話しかけるのもおかしな話だ。要するに俺にはボディータッチをするしか質問する手段は残っていない事になる。

 今思えば、そこであらん限りの勇気を振り絞り、ボディータッチをしてでも質問をしていたら未来は変わっていたのかもしれないが、正直、当時の僕にとって女性に触れるという行為は、宇宙エレベーターを設計する事より高難易度だった事は言うまでもない。なので結局、コーヒー休憩とトイレ休憩後のタイミングを見計らって質問するのが精一杯だった訳だ。



という事を言い訳したいが、言い訳した所で自分にも非があるのも分かっているだけに、言い訳し辛く「はい」としか言えなかった。


「それにしてもADHDもあったのかぁ……」

「ADHDとアスペルガーの障害を持っていて、この会社で働いてる人はいないんですか?」

と俺は質問する。もしも俺と同じ症状の人がいるのなら、そこで働けるかもしれないからだ。

「いるにはいるけど……」

ほら、やっぱりいるんじゃないか。

「草刈りしてるんだよねぇ……」

「草……刈りですか……」

草刈りか……。うーん……会社を辞めなくて済むならそういうのもありかもしれないけど……草刈りか……。

「正直、真下さんはまだ若いし工業系の高校を出てるんだから、草刈りとかいう仕事より、もっと設計関係の仕事をした方がいいんじゃ無いかとは思ってるんだけど……任せられる仕事が無いんだよねぇ……」

「任せられる仕事が……無い?」

確かにミスばっかりする俺に任せられる仕事は殆ど無いだろう。しかし、薬の力でADHDの症状を抑える事ができれば、俺もまた復活できるのでは無いだろうか?

「ほら、この会社はコミュニケーション能力が重要な会社だから……ね。分かるでしょ?」

あー……そっちか。言わんとしている事は分かる。この会社はいわば元請けであり、発注者とコミュニケーションを取って、相手の望んでいるものを完璧に理解する必要がある。又、一次下請けに自分達が望んでいるものを完璧に伝えなければならないのだ。そのような業務はアスペルガーには非常に難しいとの判断なのだろう。

「そうです……ねー」

でも、精一杯頑張ります。と言葉は続かなかった。精一杯頑張って来てこの結果なのだ。当然それはマネージャーもよく知っている。そのマネージャーを説得するには出来るに値する根拠が必要なのだ。今の俺にはそれに値する根拠が無い。なのでここは大人しく引き下がるしか無かった。

 だが、これは戦術的撤退だ。必ずコミュニケーション能力を上げてマネージャーを見返してやると心に決めて。

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