開発編

第6話『俺たちの頑張り過ぎだ!』

「ようし。まず、現状の問題点から整理していくぞ」


 海堂家からガレージへと帰還した直後。口火を切った俺は、壁に下げられているホワイトボードに“YGT-01”の設計図面やメモの綴られた付箋やらを貼り付けると、伸縮式の指示棒を伸ばして図面を叩いた。


「問題点は大きく分けて三つ。一つ目は……まあ、これはドミニカに指摘されたところでもあるのだが。歩行動作中に発生してしまっている脚部への過負荷だ」

「具体的に言えば、足を踏み出す際の軸足6番サーボに、だな」


 俺の説明に、鉄也が付け加える。昼にドミニカが言及していたように、この過負荷の原因は、歩行動作中に行う重心移動に失敗してしまっていることである。


「うむ。補足説明ありがとう鉄也クン。んで、仮にこれを問題点Aとする」


 俺はアルファベットの“A”が書かれたマグネットをホワイトボードへと貼り付けると、次に“YGT-01”の図面上の胴体部辺りを指示棒で指す。


「そして二つ目は、歩行の動作に伴うコックピット内への衝撃だ」

「それについては仕方なくないか? 無人機ならともかく、有人機に拘るな避けられない問題かと……」


 鉄也の意見は至極もっともだ。

 全長6メートルもの巨大ロボットが歩行しようとした場合、当然ながらその衝撃はロボットの中にある搭乗席にも伝わる。それだけではなく、ロボットが立ったり屈んだりする度に、コックピットがメートル単位で上下するという問題もあった。実際、俺が初めて“YGT-01”の歩行テストを行った時は、一歩しか歩けなかったにも関わらず、乗り物酔い以上の吐き気とかつてない筋肉痛に苛まれたほどだ。有人の人型ロボットとはいわば、未だ飼い馴らした者がいないほどの暴れ馬なのである。

 だが、俺は鉄也の意見に対してはっきりと応える。


「いいや、有人に拘っているからこそ、この問題とも向き合うべきだ」


 いくらプロの技術者達すら頭を抱える問題だからといって、アマチュアである俺たちが目を背けていいというわけではない。寧ろ、“一矢報いてやる”くらいの気合がなければ、元より人型ロボットの開発などできやしないのだ。


「ん……まあ、解決できるなら、それに越したことはないケドさ」

「そしてこれを問題点Bとする」


 鉄也が渋々ながらも納得してくれたため、俺は先ほどと同じように“B”と書かれたマグネットを図面の上に貼り付ける。


「最後に三つ目だが、ある意味ではこれが一番難点かもしれない」

「というと?」

「単純な話だが、サーボの回転がいまいち遅いんだ。これじゃ走らせる事なんて到底できないだろう」


 要するに“パワー不足”というやつである。ロボットにとってはいわば筋肉のような存在であるサーボモータの性能が、歩行に必要な水準を満たしていないのだ。どんなにスポーツの知識を身につけていても、体を鍛えていなければ試合に勝利することなどできないように、仮に歩行プログラムが問題を抱えていなくても、機体が万全でなければ歩行ならまだしも、走行などできやしない。


 内面ソフト外面ハード。その両方が揃うことで、初めてロボットは完成するのだ。故に、どちらも欠けてしまってはならない。


「以上の三つの問題点をこれから解決しなければならないワケだが、俺はこのうちAとC……つまり、過負荷とパワー不足を同時に解決する画期的な方法を既に思いついている……!」


 嘘ではない。俺はこの二つの大きな問題を一度に解決する、斬新かつ画期的なアイデアを既に思いついているのだ。正確には先ほど説明している途中にふと思いついただけではあったが、まあそれは些細なことであろう。


「マジかよ! そ、それは一体どういう……?」


 嬉々として言葉を待つ鉄也に対して、俺は勿体ぶったような笑みを浮かべつつ、そして堂々と告げる。


「フフフ……。それはズバリ、サーボをより高性能なモノへと全面交換することだッ!!」

「……あぁ、そんな気はしたよ。光子郎が自信満々に発言をする時は大抵ロクなことじゃないしなぁ……」


 あれ、おかしいぞ。俺のスーパーかつグレートでエキセントリックなソリューションを聞いた鉄也は、何故かとても残念そうに肩を落としているではないか。


「なッ! この案の何処が悪いってんだ、鉄也クン!」

「悪いも何も、一斉交換なんてしたらどんくらい金が吹き飛ぶと思ってんだ!」

「フッフッフゥー。安心したまえ、鉄也クン。“軍資金Z”はまだ腐るほどある……」

「……んー。まあ、資金に余裕があるってんならいいケドさぁ。一応、お前の金だし」


 突然だがここで解説しよう。


 そもそも何故俺たちのようなごく普通の大学生が、何故このようなプレハブ小屋を持ち、更には非常に高価な代物である巨大ロボットの研究に携わることができているのか。もし第三者がこの話を聞けば、きっととてつもない違和感を抱いていることだろう。普通に考えれば、学生風情がそれほどまでの資金を持っているはずがない。


 それを可能としているのが、“軍資金Z”……つまり、俺の口座に入ってる金である。その預金額は、なんと数百万。とても普通の大学生が稼げるような額ではない。

 先に言っておくが、俺は決して大企業の御曹司というわけでもなければ、何かヤバい集団に手を出しているわけでもない。指だってちゃんと全部ある。


 信じられないかもしれないが、なんと俺は今年の初めに、宝くじを当ててしまったのだ。当選したのは二等。その当選額は一億円だった。

 軽い運試しのつもりだったとはいえ、毎月宝くじを一枚ずつ買う習慣がもとからあった俺だったが、まさか一億を当てるとは思っていなかったため流石に驚いた。そして金の使い道について悩みに悩んだ末、人型ロボット研究への資金にすることを決めたのだ。

 とても利口だとは言えない判断だということは、自分でもわかっている。だが、それでも俺はこうする以外に使い道を思い付かなかったのだ。もうドクからの“バトン”を、既に俺は受け取ってしまっているのだから。


 幸いにも、協力者を欲していた俺はかねてより友人だった鉄也にこの話をすると、彼は快く承諾してくれた。もとは同じ大学の理工学部に所属しているいち友人程度の関係だったが、今は俺と共に汗を流し、共に頭を悩ませてくれている。


「となると後はコックピットへの衝撃を如何にして軽減するか……か」

「パッと思いつく案だと、やっぱりコックピットの位置を下げるってのが無難じゃねえか? 例えば、股間とか」

「そうだな。後は衝撃吸収材を出来る限り敷き詰めるか……。苦肉の策ではあるが」


 その後も俺と鉄也は、熱烈な議論を交わし合い、問題の解決方法を模索していった。しかし、具体的な解決案は結局一つも浮かばないまま、気がつけば時計の時刻は午前3時を回っていた。


「……あぁぁぁっ! 埒があかねぇ! もう一旦休憩!」

「あっ、こら鉄也クン! 俺たちに残された時間は限られているというのに……」


 かくいう俺も、心身ともにかなり疲れてしまっていた。そういえば、一度も休憩を取らずにノンストップで議論を続けていた気がする。鉄也がふて腐れたようにテレビの電源を付けて休憩に入ろうとしたため、俺もなし崩し的に休むことにした。


《さて、今日紹介する商品はコチラ! ウジテック社の最新乗馬マシン“COWカウ3”でございまぁす! 何と言ってもこの商品、従来型とはココが違う……》


 液晶テレビに映し出されたのは、深夜のテレフォンショッピング番組だった。


(こういう番組が続いてるってコトは、こういうのを見て商品を買おうとする客もまだ一定数いるってコトなんだろうなぁ……)


 そんなことを頭の片隅で考えつつ、俺は冷蔵庫から冷えた正午レモンティーのペットボトルを取り出す。爽やかな飲み口のそれを喉奥に流し込みながら何となくテレビを眺めていると、やがて画面は乗馬マシンの試乗シーンへと移った。体のラインが浮き彫りになったトレーニングウェアに身を包んだお姉さんが、とびきりのスマイルを浮かべて乗馬マシンに跨りつつ、騎乗した感想を述べている。


「乗馬ってなんかエロ……いや、健全だよね」


 鉄也が何やら煩悩に満ちたニヤけ面でそんなことを呟いた。


「動悸が荒いぜ、鉄也クン!? そういう趣味か!」

「何が健全だぁー! 健全って言葉でググって、健全な画像が出たことは一度もないんだぁー!」

「酸素欠乏症にかかっている……いや、ただの深夜テンションか……む?」


  何気ないやり取りの中で、俺はまたしても画期的なアイデアを思いついてしまった。これはもう世紀の天才を名乗ってしまってもよいのではないだろうか。閃きのおかげか、眠気によりどんよりと重かった頭もいつの間にか冴え渡っていた。


「フフフ、思いついてしまったぜ鉄也クン。歩行時の衝撃を逃すための画期的な方法がな……!」

「あ? 急にどうし……まさか、乗馬マシンに似た構造の搭乗席をコックピットに取り入れるってんじゃあないだろうな……?」


 なっ……。


「なぜわかった……!?さてはお前、ニュータイプか……!」

「うわっ、冗談のつもりだったのに図星かよ! それは流石に無茶だっつーの! 大体、“YGT-01”のコックピットの何処にそんなものを詰めるスペースがあるってんだよ! モビ○スーツじゃねえんだぞ……!?」


 流石は鉄也クンだ。発想の元もバレていたか。

 確かに俺や鉄也の知るロボットアニメの中には、搭乗席をある程度浮かせることによって、搭乗者への衝撃を和らげる機構が登場したりすることもある。

 無論、それはアニメの世界における架空の技術に過ぎない。ましてやそのロボット達の全長は“YGT-01”よりも遥かに高い、10〜20メートルクラスだ。


「スペースがないならば、それ相応に機体を大きくするまでだ」

「それ相応にって……、それはつまり……」


 恐る恐る尋ねる鉄也に、俺は頷いてみせる。

  乗馬マシンを参考にした機構を搭乗席へ取り込む。しかしながら全長6メートルしかない“YGT-01”のコックピットは当然ながら狭く、そのようなものを取り入れるだけのスペースはない。それを可能にする為には、機体内部のスペース自体を拡張する必要がある。

 その為には……、




「ああ、機体を一から作り直す。俺たちがこれから作るロボットの名は……“YGT-02”だ」




 新たなる機体の開発コードを聞いて、鉄也は思わず息を呑んだ。無理もない。 『新型機』や『後継機』というワードに、ロボ好きならばロマンの潮流を感じずにはいられないだろう。


 そう、これから始まるのは『後継機』への乗り換えイベント!

 俺たち我島重工の掲げし“YGT-01”が、“YGT-02”へと進化を遂げる為の……!




「……あー、カッコいい台詞言って余韻に浸ってるトコ悪いんだけど、多分それ無理だ」

「ホワイ!?なぜ駄目なのか理由を言ってみろ、鉄也クン!」


 俺が問い詰めると、鉄也はいつの間にやら操作していたらしいタブレットの画面をこちらに見せてきた。

 そこに映し出されていた数字の羅列に、俺は戦慄する。鉄也は指でメガネを押し上げつつ、芝居掛かった説明を始める。


「今計算してみたが、“YGT-02”を作ろうとするれば、“軍資金Z”は余裕で底を尽きる!俺たちの頑張り過ぎだ!」

「ふざけるな!たかが予算のひとつ、“軍資金Z”で賄って……!」


 こちとら数百万円を預金する大金持ちなのだ。自分で言うのもなんだが、それは揺るぎない事実である。

 いくら全てのサーボをより性能の良いものに変えたところで、衝撃を軽減する為の新機構を取り入れたところで、新型機を開発しようとしたところで、俺の最大にして最後の砦“軍資金Z”が尽きることなど……!


「……足りないのか、予算」

「ああ、圧倒的に……」


 提示された金額に、俺の心は見事に押し潰されてしまった。

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