10 殲滅

 海賊の衣装に黄色のビキニ1枚、赤髪の女海賊リージョン。一見すると海を舐めきっているような姿だが、その強さはまさに向かう所敵なしであった。青く輝く自慢のサーベルに、深い海からでも自在に泳げる体力、そして屈強な男たちを苦戦させるほどの戦闘能力、そして倒されても倒されても、新しい自分が無尽蔵に湧き出し、どんな相手でもねじ伏せる数の暴力。これらを存分に駆使し、彼女はこれまでどんな強敵を前にしても必ず勝利を収めてきた。

 だが、それでも弱点が無いと言う訳ではない。普通の人間と同様、斬りつけられたり銃で撃たれたりすればダメージを受け、損傷が激しければ倒されてしまう。今回も『水中爆薬』によって、海賊船で彼女たちと抗戦をしていた海賊もろとも、何千人ものリージョンが爆発によって海に浮かぶ瓦礫の一部と化してしまった。



 しかし、彼女たちは、そのような被害など全く気にも留めなかった。リージョンの真骨頂は数ではない。その凄まじい再生能力にあるのだ。


 確かに、襲撃を行ったリージョンは、爆発によってその大半が失われた。だが、全てが命を持たない肉の塊と化した訳では無く、僅かなリージョンはそのまま生き残り、海の中へと沈んでいった。その中で、彼女は自らの姿をビキニ姿の人間態から、自分が生まれた時の姿である不定形の「単細胞」へと姿を変えたのである。

 そこからは、まさに「あっという間」と言う言葉にふさわしい光景が繰り広げられた。数センチほどの巨大なアメーバ状の細胞たちは、たった数秒で2倍に増え、4倍に増え、8倍、16倍、32倍、64倍――船の上の標的たちが大いに油断している隙に、青い海の中を何万何億ものリージョンが埋め尽したのである。そして無尽蔵に増え続けた細胞たちによって、海の色は青から「肌色」へと変貌を遂げ始めていた……。


 しかも、彼女の増殖はそれだけに終わらなかった。


 無人島周辺の海の底にも、あの『水中爆薬』の衝撃は伝わり、薄らとした砂や堆積物で覆われていた地面は、その下にある岩肌をむき出しにさせていた。だが、そのような状況にあっても一切動じない物体が存在していた。遠く離れた海の奥深くから大量の彼女をここまで輸送してきた、リージョンの形態の1つである巨大輸送用潜水艦『ミルクボット』だ。


 青いサーベルと同じように彼女の細胞から生み出された牡蠣貝を思わせる巨大な殻は、凄まじい圧力のかかる深海でも全く影響を受けることが無い。水中爆薬の衝撃など痛くもかゆくもなかったのである。

 とは言え、ミルクボット――いや、『リージョン』本人にとっては、相手が自分の存在を認識している事、そして殲滅させようと本気で動いた事が嫌でも分かった。ならば、こちらも「本気」で相手を痛めつけるのが礼儀だろう。目には目を、歯には歯を、と言う理論の元、リージョンたちが相手を殲滅するために一斉に動き出したのである。

 

 ミルクボットの殻が開き、その中から次々に小さな泡のような物が放出され続けていた。その1つ1つには、内部の空間を覆い尽している自分自身の体の一部、『リージョン』の細胞がぎっしりと詰まっているのだ。まるで小さな卵が海の中で孵るかのように、弾けた泡の中からは無尽蔵に彼女の細胞が海に溢れだし、ますます青色の海を肌色で埋め尽くした。そしてそれらは形を変え、次第にビキニ姿をした女海賊へと変貌していったのである。

 しかも、この作戦に投入されていた『ミルクボット』は、一隻だけでは無かった。そもそもあの巨大な鋼の船がこの島の近くに停泊した時、既に運命はきまっていたようなものだった。何故なら、その遥か下――無人島周辺の沖合の海底には、何十、何百、いや何千もの巨大な『牡蠣貝』が待ち構えていたのである。そして、例の爆撃と同時に、それらの全てから無数の細胞、そして無数のビキニの海賊が海の中にまき散らされ――。


「あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」……


 ――今や、無人島周辺の海は完全にリージョンに埋め尽くされていた。


 無数の細胞と無数のビキニ姿の美女によって、数十メートルの深さのある海はあらゆる場所が覆われ、既に青色に反射する光は無数の肌色や彼女の服や帽子、髪の色を反射する役割へと変わっていた。塩水の中では次々にアメーバ状の細胞が際限なく分裂し続け、『本気』を出した彼女の戦力を次々に増大させていく。大量の彼女で敷き詰められた表層より下も、何万、いや既に何億と言う数にもなっているであろうリージョンが包む場へと変貌していたのだ。


 さらにリージョンの大群は別の姿になり、巨大な船の動きをも止めていた。スクリューが必死に回転し船を前方に推し進めようとしているのをあざ笑うかのように、船底から海の底まで、巨大な『筋肉』の鎖が出来上がり、完全に動きを封じていた。そう、何万何億ものリージョンの細胞が次々に密集し、巨大かつ頑丈な筋肉線維を創り上げてしまっていたのだ。一本では弱くとも、数え切れないほどの繊維に阻まれては、どんなに巨大で頑丈な鋼の船でも身動き一つ取れない。しかも、この巨大な「塔」は、単に身動きを止めるだけでは無かった。その表面を包む大量の細胞は分裂増殖を続け、次々に外部に放出され、そしてそれらは全てお揃いのビキニに身を包んだ女性へと変貌していく――。


「あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」あはは!」……


 ――海の底、海の中、そして海の表面。あらゆる場所から際限なく増え続けるビキニ姿の女海賊の進撃を止める術は、一切残されていなかった……。

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