08 偵察・1

 とある無人島に、不敵に笑う2つの人影があった。一方はふくよかな体に立派な背広を身に着けた男、もう一方は対照的に胸元や腕の筋肉を露出させた、いかにも涼しげな格好の男だ。

 彼らが今いるのは、無人島の傍に停泊していた1隻の巨大な船の上であった。周りを警備するために取り囲む木造船とは対照的に、その船は太陽の光を反射する眩い鋼の色に包まれ、普段は鳥たちぐらいしか立ち寄らない無人島を覆い隠すほどの巨体を見せ付けていた。この船こそ、大海原を股にかけるとある大企業が所有する最新鋭の船であり、そして背広を着込んだ『大企業』の幹部と、涼しげな格好の『海賊』のキャプテンとの間で秘密会議が行われようとする場であった。

 

「例のもの、確かに確認しましたよ?」


 そう言いながら、幹部の男は部下に薄汚い麻袋を用意させた。


「……ほう、嘘ではねぇな。ったく、上にばれたらやばいぜ~お前?」


 冗談めいた口調で『海賊』のキャプテンが言うのも無理は無い。この麻袋の中には、警察の目をかいくぐって裏社会に出回る『クスリ』の中でも最高品質のものがたっぷりと詰まっているからである。

 だが、幹部の男はあまり心配していなかった。今のところ、一部を除いて全てが自分たちの思い通りに言っている事を知っていたからである。目の前にいる海賊たちと裏で取引をして、彼らが密かに製造している『クスリ』をたっぷり手に入れ、それを転売する事で彼はこれまでたんまりと荒稼ぎをしていたのだ。表立って金の取引をするよりも遥かに儲かる事を知っていたのである。

 とは言え、がめつい海賊たちに礼をしない訳は無い。彼は海賊側への交換条件として、この鋼の船を始めとした多くの兵器――大企業の幹部と言う立場を利用し、プロジェクトとして推し進めていた新技術を悪用して製造を続けていた兵器を、海賊たちに譲渡する事を持ち出していたのだ。勿論海賊たちが受け入れないはずは無かった。


 ところが、全てが順調に上手く進んでいる訳ではなかった。

 こうやって密かに会議を重ねている際も、上層部にはこの鋼の船の試験運用だと嘘を吐いて信用させているし、何より普通の船はこのような離れ小島を航路に選ぶはずが無い。念には念を入れ、様々な注意をしてきたはずなのだが、それでも予定が狂ってしまった事があった。海賊たちから『大企業』の幹部へと渡される予定だった『クスリ』の到着が遅くなってしまったのだ。それも、何者かによって『クスリ』を管理していた海賊の男たちが軒並み姿を消し、アジト自体も根こそぎ壊滅させられていたのだ。


「確か、その原因は……」

「『リージョン』だ。ったく、単なる迷信だと思っていたがなぁ~」


 海の底から現れ、嵐の如く暴れ狂い、波の中へと消えていくと言う、謎に満ちた海賊集団。この海で長年我が物顔で暴れ続けていた『海賊』のキャプテンも、その集団が全員セクシーな美女であると言う事も含め、噂を聞いた事があった。だが、この『クスリ』に纏わる様々な報告の中で何度も同じ事例が耳に入るようになるまで、そんなのは単なる馬鹿げたホラ話だとばかり考えていた。しかし、あちこちで身動きの取れないボロボロの状態で発見された子分が多数現れた事を受け、真剣に対策を考える事態になってしまったのだ。

 その結果が、この鋼の船を取り囲むように何隻も浮かぶ、海賊たちの船であった。


「多分、『リージョン』とやらはこの場所も知ってるだろうな~」

「何故ですか?この場所は航路から離れているのに……」

「理由を教えてやろう。俺様は海賊だ。そして海賊である俺様はこの場所を前から知っていた。つまり……分かるか?」


 なるほど、と幹部は返した。自分たち素人の読みが、海の玄人である海賊に勝てるはずがなかった、と自分の甘さを謝りながら。


「まぁ気にすんな、いざという時はあんたの新兵器を……な?」

「ふふ、そうですね」


 何せこの新兵器、まだ『大企業』の本部にも連絡をしていないと言う出来立てほやほやの物である。それにも関わらず、今回の取引では海賊たちでも簡単に作れるような設計図も同封されているため、すぐに量産が可能な形になっていたのだ。


 このまま七つの海を、表と裏で独り占めしてしまおうと企む両者は、互いの栄光を喜び合うような不敵な笑みを交わした。

 まさに、その直後だった。


「……なんだ?」

「やけに賑やかですね……」


 巨大な鋼の船の下の方、ちょうど島と反対側の方向が、にわかに騒がしくなってきた。その方向には、リージョンとか言う連中からの攻撃に備えて何隻かの海賊船を護衛として出していたはずである。だが、肝心の船員たちに全く警戒感が無かったと言う事はすぐに分かった。救援要請ののろしが上がったと同時に、鋼の船の攻撃用のデッキから、慌てて『大企業』側の船員が駆け上がり、『敵』が攻めてきた、と言う報告を告げたのである。

 『海賊』のキャプテンは、急いで手持ちの望遠鏡をそちらの方角に向けたが、そこに映っていたのは、自らの部下の船の中が大混乱に包まれている様子であった。周りには侵攻してきたはずの『敵』の船は一切見えていないと言う異常な状況に最初は驚いたキャプテンだが、耳に入り始めた襲撃の詳細な光景と望遠鏡から見える景色に、少しづつ彼は確信を覚えてきた。



「何をふざけた事を言ってるのですか」

「嘘ではありません!ほ、本当に女性が……水着姿の女性が現れて……!」



 横で繰り広げられていた素人たちの不毛な争いを止めさせるかのように、キャプテンは乱暴に幹部を近くに引き寄せ、無理やり自らの望遠鏡を覗かせた。その直後に彼の顔が困惑の色に包まれ始めた様子を見て、ようやく彼もあの伝説―-女海賊『リージョン』の存在を信じざるを得ない状況になったと言う事を、キャプテンは確信していた。


 木造の海賊船の上で、一方的な攻勢が続いていたのだ。それまでキャプテンの耳に入ってきた報告通りの、非常に露出の多い服装に身を包んだ同じ顔の女性たちは、その数を減らすどころか増やす様子で、次々に海賊たちを先頭不能の状態に陥れていた。それも一隻だけではなく、全ての船に対して同じような事態を引き起こさせようとしていたのだ。

 信じられない事態に動揺しているのか、それとも望遠鏡から見えたビキニ姿に興奮したのか、『大企業』の幹部の顔は真っ赤になっていた。唖然とした表情のまま何も言えない状態になっていた彼から望遠鏡を取り上げた『海賊』のキャプテンから、1つの提案が出た。


「新兵器のテスト……ですか?」

「あの姉ちゃんたちは、伝説通り海の中から湧いてきた。今こそあんたの兵器の真骨頂だろぅ?」

「そうですね。しかし、貴方の部下の船も犠牲にしてしまいますよ?」

「あんなの別に構わねぇ。あいつらは役立たずの脳無しだって分かったからなぁ」



 たかが『女性』ごときに油断し、敗北する海賊など用は無い。今までもずっと同じように処刑してきた、海賊に例外なんて無い。

 今回もキャプテンは、大企業の新兵器のテスト材料として自分自身の子分を、あの『リージョン』の道連れにさせる事を決めたのである。



 今回、『大企業』側から海賊組織に譲渡される事が決定していたのは、新たに作られた爆薬であった。

 これまでの火薬の大半は、水に浸けると効力を失い、無用の産物になってしまう場合が多かった。しかし、『大企業』側が現在製作を進めているものは、水に浸けない事よりも、その状態でも十分に火を付ける事が出来ると言う逆転の発想の元で新機軸の火薬を作り続けていたものであった。そして、これを殺傷能力を持つ兵器に応用すれば、海上から直接攻撃するのではなく、海の中から相手を痛めつける事が出来る『水中爆薬』が完成する――海を支配する者にとってまさに理想的な兵器なのだ。


 そして、巨大な鋼鉄の船の底から次々にばら撒かれた『水中爆薬』の効力は、すぐに実証された。凄まじい爆発音と共に木で出来た船が次々に粉砕されるのと同時に、大量の爆薬が海中から何十何百もの水しぶきをあげたのである。

 耳をつんざくような轟音と、異様な火薬の匂いが過ぎ去った後、そこにあったのは――



「おぉ……」

「やるじゃねぇか……」



 ――リージョンも海賊たちも含め、あらゆる生命が根こそぎ破壊されたであろう痕跡であった。

 見事に新兵器の能力は、実証されたのである。



「……これは確かに、ひとたまりも無いでしょうね」

「水の中までボコボコにしたからなぁ~♪」



 これで、リージョンとやらが現れる海の中も、自分たちが征服したも同然。そう言う二人の眼には、大量の命が落とされた場にいるとは思えない、嬉しそうな笑みが見えていた――。



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 ――無数の瓦礫や肉体が次々に沈んでいく海の中。


 海賊船を襲撃していた何百何千ものリージョンも例外では無く、大量の同じ姿の女性が、海の藻屑と化しながら消えようとしていた。だが、そんな中で、幾人かの彼女の姿が変化を見せ始めた。人間の形が次第に崩れ始め、まるで粘土のような巨大な不定形の菅へと変貌を遂げ始めたのである。


 そして、これらの瓦礫や肉体が沈む海底にも何かが動き始めた。

 無人島の側に横たわっていた巨大な岩――いや、巨大な二枚貝の殻がゆっくりと開き始め、卵を放出するかのように無数の何かを海にばらまかれたのである。その姿は、まるでリージョンが変化した粘土のようなものであった……。

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