06 増殖

「「「「「お疲れー」」」」」

「「「「「「お疲れー、あたし」」」」」」」


 巨大な胃液の湖から去り、内臓の大広間へと戻ったリージョンたちを、あちこちでくつろぐリージョンたちが出迎えた。その顔は、全員とも悪い意味で気まずそうな、そして悪いものを食べた後のような不機嫌な表情であった。自らが消化したもの――海の上の悪どい海賊たちから奪い去った『クスリ』の味が、予想以上に悪かったのだ。


「さっきのはあれだったね……」

「ありゃ海に捨てた方が良かったもしれないかな」

「ま、そもそもあたしたちに頼んだのが間違いだよね」

「全くだよ……」


 錦鯉の姿をした、山よりも大きな巨大怪物『グランカーピノン』。それは女海賊リージョンの本拠地であると同時に、彼女そのものであった。片や海を泳ぐ化け物、片やあちこちで暴れ狂う黄色いビキニ姿の女海賊の集団、と全く姿形は違うが、全員ともその体を構成する細胞の中身は全く同じなのだ。

 その証拠の1つが、グランカーピノンの中にいるリージョンたちが全員揃って同じ感覚、思考を有している事である。人間たちの技術では解明しきれていない要素によって、自らの巨体の中に佇むリージョンたちは互いに情報を共有し合い、同じ気分を味わっているのだ。ただし良い事ばかりではないのが、先程消化した悪い味がグランカーピノンどころかリージョン全員にまで伝播してしまった事からも分かるかもしれない。


 そしてもう1つ、グランカーピノンとリージョンが同一存在である事を示す決定的な証拠がある。


「……じゃ、行こうか♪」

「そうだな、あたし」「嫌なときには、ねー」「そーそー♪」


 嫌な気分を晴らすため、大広間にいたリージョンたちが向かい始めたグランカーピノンの『腹』だ。


=============


 同じ姿形、そして声や思考判断を有する女海賊『リージョン』は、揃って自らの姿に絶対的な自信を持っていた。筋力がつきながらも整った腕や脚、引き締まった腰やお尻、癖毛混じりの赤い長髪に青い瞳を有する釣り目、そして大きな球体をも思わせる巨大な胸――それらは全て、赤いサンダルと黄色のビキニのみに包まれていた。このあまりにも大胆すぎる格好を、彼女たちは有効活用していた。いきなり普通の場所にビキニ姿の美女が笑顔であらわれるのを見ると大半の人々は驚き、一瞬でも戦意を喪失してしまう事を認識していたのである。拳銃やナイフといった手持ちの武器を使わなくても、自らの体と数で相手を圧倒する事も可能なのだ。


 一方、そんなリージョンは自らの外見が大好きであった。並大抵の人間には出来ない、どこでもビキニ1枚で過ごす事ができる自らの力、そして大半の人間が羨ましがるとされる自身のスタイルを、彼女自身も好んでいたのである。とは言え、いくら大胆かつセクシーな自らをも誘惑しそうな姿でも、普段から大量にいればあまり意識する事はあまり無い。その例外にあたるのが、彼女の大群が到着した、グランカーピノンの『腹』の中に広がる、巨大な部屋である。

  

 あちこちに筋肉を思わせる赤やピンク、白色が混じった円柱が立ち並ぶ部屋の壁や屋根、そして床一面には、無数のタイルのようなものが敷き詰められていた。だが人間の世界の中で用いられる無機質で冷たいものではなく、どれも人肌のような温かさを持ち、まるで心臓の鼓動のようにうねり続けていた。

 そう、これらは単なるタイルではない。リージョンたちの本拠地、グランカーピノンを構成する無数の細胞の一部なのだ。勿論、柱も全て細胞で構成されている。


 そして――。


「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「へへー♪」「お疲れー♪」「お疲れー♪」…


 ――部屋の中に次々と現れ、来訪したリージョンたちを笑顔で出迎え始めた新たなリージョンもまた、同様である。


 互いに軽く挨拶を交わした後、2つのリージョンの集団は早速1つとなり、互いに交流を始めた。


「相変わらずあたしの胸って大きいなー♪」「ふふふ♪」

「ホントホント♪」「ふふ、くすぐったいぜ……」

「さすがあたしの体だなー」「全くだよ♪」

「本当だぜ♪」「いつ見ても良いな♪」


 自分自身の自慢の体をビキニ越しに触れ合うリージョンの中には、互いに胸を揉み合ったり頬やお尻を押し合ったり、中には自分同士でキスまでする彼女まで現れた。グランカーピノン、そして彼女は全員でたっぷり心地よい気分を味わう事で、先程の嫌な味の記憶をかき消そうとしていたのである。勿論、その効果は絶大のようだった。


 そんなリージョンたちの近くにある壁に、動きがあった。うねり始めたタイル――いや、グランカーピノンの細胞の1つが突然剥がれ落ちたのだ。鈍い音を立てて床に落ちた細胞の大きさはリージョン自身の拳ほどとかなり大きく、その形も彼女とは全く異なり、タイルやレンガを思わせる直方体の姿をとっていた。だがその直後、その形は一気に崩れ、まるでスライムのような姿に変貌した。さらに、掌ほどの大きさだった細胞は一気に膨らみめ、あっという間に近くにやっていた別のリージョンと同じ高さの『柱』へと変わったのである。

 やがて「柱」のあちこちに凹凸が現れ始め、次第に人のような形を成していった。そして、変化を始めて僅か数秒で――。


「やぁ、あたし♪」


 ――グランカーピノンの細胞は、ビキニ姿の女海賊『リージョン』へとその姿を変えた。赤い髪や青い目、そして大きな胸などの体の構成は勿論、ビキニ衣装やサンダルに至るまで、あらゆる要素が全て1つの細胞から変化して生まれたのである。


 そう、この部屋、いや巨大な本拠地グランカーピノンを埋め尽くす女海賊『リージョン』の正体は、この巨大な怪物の細胞たった1つが変化して生まれた、人間サイズの単細胞の生命体なのだ。

 

 そして、1つの細胞が抜けた壁の隙間は、既に新しいタイル状の細胞によって埋められていた。出来たての新しいリージョンの胸の柔らかさや肌の心地よさを感じ合うリージョンたちの傍らで、別の細胞が次々に四方八方から剥がれ落ち、そこから新たな彼女が何人も何人も現れ続けていた。そしてその度に、壁や天井、そして床の空間には新たな細胞がぎっしり詰め込まれていく――この巨大な空間の中には、無限に増え続ける「リージョン」の基となる細胞がぎっしりと詰め込まれていると言う訳である。


「あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」……


 出来たての自分も海賊業に勤しむ自分も関係なく、リージョンは自身の酒池肉林に溺れ、嫌な気分をさっぱり忘れようとさらに盛り上がろうとした。だがその時、突然何かを感じた彼女たちの動きが止まり、壁や天井から零れ落ちかけた細胞たちも急いで元の位置へと戻った。


「えー、このタイミング……?」「あちゃー、そうか報告……」「一応聞いた方がいいか……」「めんどくさ……」


 普通の海賊船と同様、この『グランカーピノン』の中にも様々な通信網が張り巡らされ、この部屋にも外からの声が響くような仕組みになっている。だがよりによって今、その通信が届くと言う知らせが入ってしまったのだ。しかも無視するわけにもいかない重要な情報である。

 嫌がる表情を見せながらも、彼女たちはすぐ考えを改めた。この通信を送ってきた『外の相手』なら、たっぷりストレスを発散し、思いっきり絡むことが出来るからだ。とは言え、座る場所も無いほどに自分が大量にいる必要も無い。そこで彼女たちは考えた。 


「えーと、今の数からすると……」「500人くらいに減らそっか?」「そうだな、多すぎてもあれだし」

「「「「「「「「「「じゃ、そうしますか」」」」」」」」」」


 そう言った途端、部屋の中のリージョンたちの体が次々と、黄色いビキニや赤いサンダルごと形を失い始めた。まるでスライムのような姿に変貌した何十万人もの彼女たちは、部屋の中央で胡坐をかいたり寝そべったりして落ち着く500人の自分たちを残し、そのまま消え去った。無数の細胞の隙間に染み込みながら、グランカーピノンを構成する細胞へと再び変化したのである。

 リージョンは、ほんの僅かな時間で自らの思い通りに姿形を変えることが出来る。人間の姿は勿論、この巨大なグランカーピノンを構成するあらゆる細胞へと変化を遂げる事が可能なのだ。それもまた、単細胞の生命体と言う単純な構造がなせる技なのかもしれない。


 そして、500人の女海賊リージョンと、それらを取り囲む何百、何千兆もの『細胞』の姿をしたリージョン、そして無数のリージョンによって構成されるグランカーピノンは、通信に耳を傾け始めた……。

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