第3話 幼馴染み♂を売る その9

 今夜は【緑林亭】のメンバー全員で狩りをしていた。一人の欠けもなく、全員参加だ。事前に予定していたわけでなく、本当にたまたま偶然、全員が同じ時間帯にログインして、じゃあせっかくだしみんなで行こうか、となったのだった。人数が多すぎて、ひとつのパーティでは収まらず、メンバーを二組に分けるほどの大盛況だった。

 全員参加の狩りなんて初めてじゃないか――と、みんなして大はしゃぎだった。俺ももちろん、そうだった。

 最近はもう受け入れられたのか、それとも諦められたのか、俺に対するやっかみや当てこすりの個人チャットも、ほとんどなくなっている。おかげで心置きなくネトゲを楽しめるようになっていた。

 二パーティでの狩りともなると、普通のフィールドやダンジョンでは敵の数が少なすぎるし、狭すぎる。そこで思い切って、敵は少数しか沸かないけれど強さが半端じゃない、というダンジョンに挑戦していた。

 俺は初めて入ったダンジョンだったけれど、本気で半端じゃなかった。楽しく談笑しながら……なんて余裕はまったくなかった。敵を狩るのではなく、敵に狩られないよう必死に戦うので精一杯だった。

 敵の猛攻を受け止める俺やイケメン騎士に、ルミナたち回復役からの回復スキルが休みなしで飛んでくる。敵の攻撃があまりに痛すぎて、回復役は俺たち前衛中衛にかかりきりだった。攻撃を担当する火力職は、自分たちに攻撃が来てしまわないか恐々だったことだろう。

 必死に耐えて、必死に回復して、必死に攻撃する――ファミリー狩りにあるまじき無言の超必死ハンティングだったけれど、そんなの気にならないくらい充実した狩りだった。

 最終的には同時沸きした敵を捌ききれずに全滅してしまったのだけど、溜まり場に帰還してからも、みんな上機嫌だった。


『いやー、たまにはこういうのもいいねー』

『まったりお喋りしながらもいいけど、たまになら必死狩りも有りだな』

『俺様の強さがワンマンショーなのが申し訳ないがな』

『いや、なってなかったし。おまえ、かなり早めに死んでたし』


 みんな、笑ったり、肩を竦めたりする仕草を交えて、和気藹々に歓談している。

 俺は一門チャットに流れるみんなの会話を眺めながら、隣に座っているルミナと、二人にしか見えない個人チャットで談笑していた。


『ね、楽しかったね』

『だな。疲れたけど』

『わたしもだよ。こんなにヒール連打したの久々かも』

『俺がもうちょい硬ければいいんだけどなぁ』

『明日からはお金を貯めないとだね』

『悪いな、付き合わせるみたいで』

『ううん。前にこの冠を買ってもらったもん。そのくらい手伝わないと』


 ルミナの言う“冠”とは、ルミナがいま被っている“乙女の花冠”のことだ。実用性はないので狩り中は被っていないけれど、それ以外のときは大抵、この冠を被っている。夫である俺からの贈り物だとみんな知っているから、妻アピールするには当然の選択というわけだ。


『苦労をかけるな、おまえ』


 ちょっと冗談めかして夫らしいことを言う。


『いいってことよ、おまえさん』


 ルミナはすぐに返事をしてきた。

 すごくどうでもいいやり取りだったけれど、なぜか口元がにやけてしまった。

 ――そこへ別人からの個人チャットが飛んできた。


『やあ、クラ君。いま、ルミナさんと個チャしていたりです?』


 最近は罵倒の言葉が飛んでくることもほとんどないと言ったが、その代わりに、この微妙に馴れ馴れしい調のチャットが飛んでくるようになっていた。とくに、ルミナと並んで座っていたりすると。

 俺がチャットを返さず無視していても、相手は――タラカーンはお構いなしに発言してくる。


『あ、ひょっとしてお邪魔しちゃいました?』


 一回や二回では終わらず、矢継ぎ早に飛んでくる。ロビーの隅っこから個チャウィスを飛ばしてくるくらいなら、みんなの会話に加わればいいのに。


『まさか、いまチャットであ~んなこと始めちゃってたりしてましたり?』

『それは期待大ですね。今週の定期ログ提出は期待しちゃいますね!』

『あっ、ここじゃ人が多すぎて、盛り上がりにくいですかね。それとなく二人きりになれるところへ移動しますか? あっそれとも人が多いからこそ盛り上がっちゃったりですか!?』


 放っておくといつまでも盛り上がりそうだ。さすがにウザいから、止めることにした。


『おまえが想像しているようなことは何もしてないぞ』

『あ、いまからでしたか』

『いまからもしないっての』

『いや、してくださいよ』


 ……。


『僕との取り引き、忘れたわけじゃありませんよね?』

『忘れてないから人前でそのことは言うな』

『個チャでしか言いませんよ』

『誤爆するかもしれないだろ』


 俺は続けて、


『というか俺が誤爆するかもしれんから、話はこれで終わりだ』


 そう言って話を打ち切った。タラカーンが『はいはい』と返したけれど、返事はしなかった。

 気を取り直してルミナからの個人チャットに返信しようとしたとき、ちょうど向こうから追加の発言が飛んできた。


『えっと、ごめんなさい。いまの冗談、つまらなかったよね……』


 ……しまった。返事をするまで間を空けすぎてしまったか。


『ごめん、ちょっと離籍してた』


 俺は一時的に席を離れていたことにして誤魔化そうとした。でも、俺がそう発言した直後、


『離婚されるの!?』


 ルミナの発言が範囲チャットで響き渡った。

 俺に向けて個人チャットするつもりの言葉を、範囲チャットに向けて誤送信してしまったのだ。いわゆる誤爆というやつだ。

 賑わっていた門人チャットがぴたりと止まる。直後、画面中がチャットの吹き出しでいっぱいになった。


『いまの何!? どういうこと!?』

『ルミナちゃん離婚されるの!?』

『されるってどういうこと!? クラ君から別れてくれって言われたの!?』

『おいおまえ、何様のつもりだよ!!』

『ルーたんを振るとかありえない!!』

『いや待って。離席って言いたかったんだ。一時退席って意味で!』


 俺は必死に弁明するけれど、多勢に無勢だ。滝のごとく溢れるみんなの発言に、俺一人の発言ではたちまち押し流されてしまう。


『おい、おまえも何か言ってやってくれ!』


 そう言ってルミナに助けを求めたら、なぜかそっぽを向かれた。無言でいるだけならまだしも、わざわざ首を横に向かせる動作までつけての明確な反抗だった。


『え、俺、おまえに何かしたか?』


 みんなにも聞こえるチャンネルで聞き返したら、同じくみんなに聞こえるように、


『何もしなかったから』


 なんて言ってきやがった。

 またチャットが一瞬止まって直後、怒濤のごとく責め立てられた。


『何もしなかったって何しようとしてたんだよ!?』

『みんながいるところで何やってんだよ!!』

『ルミナちゃんに変なこと教えるな変態野郎!』

『変態変態変態』


 ……もう言い返す気力も沸かなかった。

 寄って集って罵倒されるこの感じ、なんだか既視感だ。けれどもまあ、裏で言われていたのに比べたら、一門チャットで堂々と面罵されている現状は大進歩だろう。うん、そうだ。その通りだ。

 ふいに、傍らに置いていた携帯がメールの着信を告げた。手にとって液晶を確かめると、光からだった。


『ルミナと遊んでいるときは、ルミナが最優先。旦那の自覚を持つように!』


 いやいやいや……そういうことこそ、ゲーム内のチャットで言ってくれよ。でないと、ゲーム画面のなかで隣り合って座っているクラッシュとルミナの姿が、俺と、俺の幼馴染み(♂)に見えてきてしまうじゃないか。

 俺が裏切っているのは、ただのゲームキャラ・ルミナではなく、その向こうにいる幼馴染み・光なのだと自覚させられてしまうじゃないか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る