第3話 幼馴染み♂を売る その2

 ルミナの所属する――いまは俺も所属している一門【緑林亭】は、とくに何かを目的として結成された一門ではない。目的というのは例えば、効率的なパーティ狩りをするためだったり、対人戦に参加するためだったり、あるいは特定の趣味仲間で集まるためだったり……だ。

 マスターさんが【緑林亭】を結成した経緯は、


『当時一緒に遊んでいた仲間たちとチャットするのに便利だと思ってね』


 なのだそうだ。

 もっとも、その当時の仲間はすでに全員、【ルインズ】自体を止めてしまっていて、いまの集まっている門人メンバーは、なんとなく知り合って声をかけたり、そうやって加入した門人がどこからか連れてきたりしたのだという。


『まあ、こういったわけで……とくにこれといった目的なしに集まっただけの連中だから、クラッシュ君もあまり畏まらずにしてくれよ』


 マスターさんからも、入門時にそう言われたものだ。

 探偵小説の主人公みたいな苦み走った中年紳士キャラのマスターから親しげに言われて、こそばゆい気持ちになったのを覚えている。部活に入ったばかりの一年生が、頼もしげな三年生の部長から挨拶されたときの心境だった。

 そんな喫茶室みたいな一門でも、たまには大勢で連れ立ってダンジョンに潜ったり、手分けして買い物したりする。昨日、遺跡ダンジョンに潜ってパーティ狩りをしたのも、そんなふうに誰からともなく、


『遺跡中層に行きたいんだけど、一緒に行く人いる?』


 なんて声が上がって、


『じゃあ、俺も』

『とくに予定は決めてなかったし』

『難易度もちょうどいいし、みんなで行ってみようか』


 そんなふうに話がまとまって、突発的に実施されたパーティ狩りだった。

 【緑林亭】には交流用の掲示板BBSもあるし、メンバー間でチャットアプリのグループ登録もしているが、それら利用して事前に狩りの予定立てておくことは少なく、昨日のように誰かが言い出して、暇な者がそれに乗るという形で突発開催になることがほとんどのようだった。

 掲示板やチャットで話すことといえば、本当にどうでもいい雑談や、しばらくログインできなくなる旨を伝えたりといった事務的な連絡ばかりだった。

 ところが、昨日の狩りからおよそ二十四時間が経ったいま、その掲示板にひとつの雑談でも連絡事項でもない書き込みが投稿されていた。

 投稿者の名前はない。文面はたった一行のURLのみ。そのURLを開いた先は、いわゆる“晒し板”というやつだった。【ルインズ】内で問題行為、迷惑行為をしたプレイヤーを報告するための掲示板だ。……と言っても、その実態は便所の落書きである。気に入らないプレイヤーを晒し上げるためだけの場所である。

 投稿されている報告の全てが私怨によるでっち上げとは言わないが、迷惑行為をしている場面の写真SS動画ムービーも添付しないでただ『××はクソ』とだけ書いてあるような書き込みは間違いなく私怨だろう。

 では、写真添付での書き込みには信憑性があるのかというと、一概にそうとも言えない。明らかにどうでもいい場面の写真を貼って、『迷惑行為をしていた証拠SSです』と言い張っている書き込みも多々ある。

 しかし、最新の告発書き込みに添付された写真は、どうでもいい場面の写真とは言えないものだった。

 遺跡ダンジョンの中層で、俺が、すなわちクラッシュが大量の敵MOBを引き連れて移動している場面の写真だった。添えられている文章は、クラッシュのトレイン行為を告発するものだった。

 この告発に対する反応は、肯定と懐疑で半々というところだ。


『これは酷い』

『こんなところでトレイン? ソロで?』

『見ない名前だな。このファミリー有名なの?』

『期待のニュー迷惑PLか』

『何にせよ、この規模のトレインは明確なMPK行為。通報レベル』

『見かけたら要注意だな』


 なお、トレイン行為というのは、敵を大量に掻き集めてマップ中を引っ張りまわすことを指す。電車ごっこしているみたいだから、トレインだ。

 この写真に撮られている俺は、敵から逃げている最中に他の敵からもさらに捕捉さタゲられて、やむなくトレイン状態になってしまったのだけど、この写真からだけではそこまで読み取れない。故意に敵を掻き集めた証拠だと言われたら、否定できないものだった。というか、そう見える場面を切り取った絶妙な写真だった。

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