第11話 謁見


付けた以上、暫くは

彼女の事を一先ず「ヒステリー」と位置付けて。

その逃亡を見送ってからまだそんなに時間は経過しておらず―


ただ、意識を暫し見失っていたから

あの時「撃たれて」から、今に至るまでの時間が

どれだけ過ぎたかは不明。


かと言って「人ならざる領域」から、どんな事をしても

一向に遠のけない俺にとって、時間の縛りと言うのはあまり実感がわかない。

探偵稼業の依頼における「タイムリミット」に勤しむ事はあるだろうが

翻弄されまくった今の状況で、今何時?と聞いても

それを理解した所で間を繋ぐ言葉が残念な事に見つからない。


そもそも俺…どうして牢獄に居たのかねー……

どの角度から考えても、俺を射殺したと普通に考えて

その場に放置するのが恐らく普通だと思うのに。


今―俺は、警兵に両手を縛られて

ある場所に連行されている。

先を歩け、おかしな真似はするな―と、俺を腫物の様に警棒で扱う

こんな陳腐な束縛程度で俺の自由を完璧に奪っているつもりなのか?


出来ない事はない。

この場に居る警兵全員の「首」を噛み千切って

久しぶりの血を嗜みながら―バイバイする事だってほんの序の口。

その可能性までは流石に警兵も察せまいが、人間と思えない「気配」位は感じよう。


だからと言ってこんな人間が俺をどう扱うか、なんて

浅知恵程度ならば何の支障も無い少し太めのロープで、両手を縛る事位しか

思いつかないのだろう。

逆に適切な方法を知ってる方が、俺にとっては不思議な事―


そう、俺の後ろで警戒する警兵ならば

あの時俺の死を疑わず、目的であるヒステリーとファックだけを確保し

俺の事なんて目もくれず―が、普通

しかし何度も言うように俺はついさっきまで、牢獄に幽閉されていた。

手枷というこれまた中途半端な拘束具のみを取り付けて―


―俺が「死ぬはずがない」と知っている「人物」こそ

何かしらこの国を動かす陰謀の源だと察する。


まあ…あのヒステリーが「新聞を読まないのか」と追及しただけに

何らかの動きがあったのだろう。

それに対して読む読まない自由を押し付けた俺も、今思えば大人げない。

かと言って読まないにしろこの状況だ。知る事こそ必然と強いる運命の動きには

多分束縛されて―流石に動けそうもない。


何となく……な。

俺が今ここから脱出したとしても、猫を追いかけるあの日々とは

そろそろ無縁になりそうだと感じるのだ。

俺を牢獄に残した「黒幕」に何らかの意図があるならば、俺がこの場を少し散らかして

事務所に帰ろうとしても恐らく、別の形で尋ねる執着性を感じる。


その人物こそ―あのヒステリーへ言伝した

「俺が人ではない」という人物と一致するのか?

いや……そうではないな。また別の人間なのだろう。

という事は俺が人じゃない事実が、思ったよりも周知されている。


―面倒くさい、な。




「止まれ」

「へーい…」


後ろから聞こえる警兵の声に、俺は素直に応じて

ある扉の前で立ち止まった。

そもそも此処の名称は知らないし、事務所からどれだけ遠く

どんな場所かも分からない。

しかし一人でぶつぶつと思考を巡らせている間、時折視線を向ける

この場所の「お高い臭い」だけは分かる。


神室の人間を保護しようとしたあのヒステリーを幽閉したという事は

少なくともこの場所に存在する人間の権威は、凡人とはかけ離れているはず。

つまりお偉いさんの集まる場所、という事だ。

上流階級とか……いや、もっと偉いだろう。


そんな地位の落差を設けるのも、人間らしい知恵の一つ。

俺だってかつては凡人だった。

でも「人間」であった以上、そして―「軍人」であった以上

落差の不平を口にせず


「真っ白な死」を目前に控えていた―時を思い出す。


「……ファック」

「何だ?」

「べっつにー……」


俺は空耳だと、こぼした本音を偽って

これからどうするのかと暫し待った。

扉の前に居るんだ、そこで準備が整うまで待ちぼうけ。

いずれは中に通されるのだろう。


―俺の事務所の玄関より、大きいねー……

まあこういう物質的な威圧感を誇示するのも、権威を有する人間にとって

ごく普通の、当たり前の事なんだろうけどな。


―コンコン


「……お連れしました。如何いたしましょう?」

「……」


警兵の中で恐らく一番地位が高い代表者が、埃一つ許されないのか

白い手袋をわざわざはめて、丁重に扉をノックする。

その問いに対して、すぐに応じない中の人の―無言を感じる。


扉一枚隔たれても、気配の揺れに

相手は多分「笑んでいる」と、察した。


―笑われているなんて、胸糞悪いな……


「…通せ」

「ハッ!…さあ、来い!」


せめて「今の所何もしない」から

丁重に……と言う配慮位設けてくれても良いのに

中の人はただ俺を部屋に通せと言っただけで、それに忠実な警兵は

やや横暴に俺を引き寄せ、開けた扉の奥へと促した。




「……?」

「……やー、また会えたね」


通された部屋の中はこれまた……ゴージャスで

煌びやかな装飾が施され、気品を誇張するような赤い絨毯が敷かれている。

上を見れば眩いばかりのシャンデリア。金持ちと言えばシャンデリア。

そして乱れを許さない白い布地に覆われた長テーブルが垂直に置かれ

遥か向こうの先に、呑気そうに手を振るのは―


「……何だ、ファック野郎か」

「おやおや、短期間で僕の愛称が下落したな」

「普通の人間なら撤回してやるよ。神室の人間と言うだけで俺にとっちゃファック野郎の何者でもない」


この位置から、では

ただ椅子に座り、先程の騒動も軽く受け流している素振りを見せた

あのヒステリーに同行していた「ファック野郎」

まあ……同行というより、ヒステリーが言ってたように「護衛すべき」存在と位置付けられた以上

彼から彼女に同行するという自意識があるようには思えない。


どちらかと言えば、ヒステリーが

強引に連れまわしていた……と言った方が、近いはず。

かと言ってその表現では、ヒステリーの方が間違った愚行に及んでいると思われるが

実際問題そうじゃないんだろう。


―周囲を見回しても、誰も居ない。

何者かから護衛して欲しいと依頼された割には、今のファック野郎のリラックスさに

何となく気味が悪い。

俺はお前のせいで一度撃たれたんだぞ?まあその一発に執着する訳じゃないが

守られるべき存在なのに、この余裕―


―どーしたもんかねー……と、近づくと


「……あーれま」


椅子に「ただ座っている」ファック野郎の、呑気さが

近づいてみて「やむを得ない」と理解した。

それもそのはず、彼は椅子に四肢を拘束され

僅かばかり伸びる事を許される鎖だけのゆとりしか与えられていない。

一瞬「趣味が悪いな」と、彼にその拘束を強いた誰かの変態ぶりに悪寒したが

まあ冷静に考えてみれば―捕まっている、だけの事。


でもヒステリーの予測は当たっていた。

恐らく彼女はファック野郎が生きている確信があったのだ。

その証拠に今俺の目の前では、抵抗しても動けそうにない束縛に暫し諦めた

彼の存命を確認出来る。


護衛……という事は

少なからずとも命の危機が彼にあったという事。

それなのに未だ生かされている。

確かに彼は「神室」の人間だ。そうそう簡単に手をかけるべき

命の価値でもないだろう。

それを周知の上でヒステリーはファック野郎の生存を確信し―

一先ず単独で逃げた。と、したら?


まあ……諦めはしないだろうな。

ならば奪還の手段を考えている最中か?

どの道スーツの裾をずっと引っ張られてる感覚から抜け出せず

イラつく気持ちを鎮めようとも、残念な事に煙草は無い。


「……この状態、変態プレイに見えるだろ?」

「見える見える。で、その変態プレイを経験している今の感想は?」

「気持ちいいと言ったら神室の血筋も終わりだな。かと言って感情に素直になっても疲弊するだけだ」


チャラ……と、鎖を鳴らし

我が身の拘束の異常さを、他人事のように笑うファック野郎。

その血に生まれたが故の現状か、彼だけを拘束している理由はまだ見えずとも

こういう素行が露呈すれば「他の神室」の人間や「首相」

それ以上に世論の批判を受けるのは必須。


そうだ―そもそも、どうして

一族という複数人の存在を有する「神族」の中の一人、このファック野郎だけを

この場で拘束しているのか。

考えてみればますます分からなくなる。何らかの陰謀を画策する人間がいたとしたら

今「神太子」である彼ではなく「神王シンノウ」を拘束した方が

恐らくその目的により近くなるはず。


「……あー、ファック野郎。何が……」

「名前で呼んで貰えると嬉しいんだが」

「じゃあ名前を教えろ。あのヒステリーは教えてくれなかったが」


初めてヒステリーと彼の前で口にして

それが自分を護衛していた彼女の事だと認識したファック野郎は

ツボにハマったのか、笑いを堪えていた。

あながち彼も彼女の気性の荒さに、俺と共感する部分があったようだ。


「……御剣乃宮、信近。信近で良い」

「のぶちん、で」

「わー……男に言われてこれほど気持ち悪い事はないな」


確かに―とは言え

彼は隠す事なく自分の名前を明かした。

のぶちんジョークは一先ず置いて、信近…ね。

ファック野郎より文字数は少ないし、「様付け」を強要しない所を評価して

彼を名前で呼ぶ事にした。


「さーて信近、お前がこの場所に招いたのか?」

「正確に言えば……その通りだ。さあ…全員この場から出ろ」


暫しの語らいに存在感すら忘れていた警兵の退去を

信近はスマートに指示し、警兵も異論はなく速やかに立ち去った。

流石は拘束されているとはいえ神室の人間。立場を理解していたのだろう。

どんな私情があるにしろ、信近と話す機会が設けられた以上―他の人間の視線は

この上なく邪魔くさい。


一先ず、この場には

俺と信近しか居なくなった。

かと言って形勢が大きく変わった訳でもないだろう。

俺と言う存在の限界を信じての事か、それとも信近がここから脱出する事を

考えていない「はず」と思っているのか。


いずれにしても、地位と言うのは

一人の人間の本音すら押し潰すのだな。




「……逃げたいなら、やれなくもないが?」

「そうだろうな。撃たれても死なない位だし……かと言って今はその気も無い」


何者かから護衛しようと躍起になっていたヒステリーの言葉を覆すかのように

この場からの脱出にやや消極的なのか、信近は俺の提案を一先ず却下した。

しかしその答えは正しいのだろう。それは神室の人間として生きて来ただけの

冷静さが備わっているからなのか―

俺の「出来なくはない」可能性を信じつつも、今は大人しくするべき時と見定めている。


ヒステリーが居たら、異論を申し出て

また面倒くさくなるだけだろうな。


「さー……どこから聞こうか。護衛の真相か、それとも現状から聞こうか?」

「そうだな……最初から話しても、いずれまた同じ事を聞くだろう」

「だったら今俺は何を所望されているかどうかだけ聞くべきか」


彼が言うように、俺が巻き込まれたこの一連は

そう少ない文字数のみで片づけられる程、簡単ではないはず。

今この場で護衛の真相という始まりから聞いたとしても、彼は恐らくもう一度聞く羽目になるだろうと察した。

予測を研ぎ澄ませて、無駄な会話を積み重ねても仕方ない。


恐らくその始まりは、然るべき所で聞く事になるだろう。


「……護衛とは言わない。今から行われる会談に、君の傍らを所望する」

「という事はこれから何かあるという事か?」 「その通りだ。国の存命を賭けた―全く、面倒な事を押し付けられたと思うよ」


国の存命―と言う大きな議題を目の前にして

神室という立場なら、正々堂々と立ち向かうのが世論に求められる在り方なのだろうが

信近はそういう堅苦しい環境を最初から望んでいないようにも思えた。

かと言って今はその賭けに退く程臆病者でもなさそうで、強いて言えば「やむを得ない」という

割り切り方で自分を抑えつけている。


「存命……ねー、神王ではなく。信近がその任を負うのか?」

「そこを話すとなれば、最初から説明しないといけなくなるが」

「じゃあ良いや。つまり俺は……話し合いの同伴を要求されているんだな?」

「そう言う事だ」


この国の命運について、これから始まる会談に

俺の影響力がどれほど所望されているのか。

確かに「人」ではないにしろ、たった一人の出来る事なんざ

たかが知れていると思って貰いたい。


一人ぼっちは嫌だから

傍に居てという弱気な発言でもないだろう。

俺を必然とする理由が何かしらあるんだとしたら―


「……」


吸血鬼という異種の束縛から、一人の人間としての自由を望み

仕事は出来なくとも穏やかだった日々が、強制的な運命の蹂躙に踏み潰される。

そもそも―人間として生きてきたが、それは「偽り」


どう足掻いても、吸血鬼は吸血鬼のまま―


人間として生きている途中で、そうなんだと気づいた。

そんな俺が今まで人間を偽って、そこそこに生きてきただけでも

運命が与えたささやかな慈悲だとしたら―


「そろそろもう良いだろう?」と

既に決まっていた運命に覚醒すべき、と教えられている気がする。



「……お話は、終わりましたかな?」

「……?」


信近との会話を交わしていた俺は

何時の間にかこの部屋を訪れた、一人の人物の気配に気づけなかった。

考える事が多過ぎて、気が回らなかったにしろ―不意だったなと思うのも


つかの間―


「……お前は……」

「やはり全く、変わる事がないのだな。お前は」


―声のする方に振り向いて

姿を目にした瞬間―


息が全部引っ込むような感覚になって、その人物の存在を

一瞬だけ疑った。


「……尖閣 総一郎」

「久しぶりだな……冴木」


そこに居たのは、老いを重ねても保たれた威信に満ち溢れ

帝国軍服に身を包む老軍人。

杖を必要とする位に老いたのか、それでも軟弱な若輩には引けを取らぬ

あらゆる要素で地位を確立した


「探すつもりもなかったが、こうして【再び】出会うという事は―運命だとしか思えぬな」


―今まで信近の事を

「ファック野郎」と罵っていたが


前言撤回して、今は奴をその名称で呼びつける程に

反吐が出る―


彼は尖閣 総一郎。

そして―かつての、「……」だった。


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