第7話 白い死



「明け行く空の、太陽に―」



疲弊しているのか、気力がないのか

聞こえる声は擦り掠れ、断片的な言語としては認識できても

それが一つの言葉としては、成立していない。


ただ、どこか

口ずさむ己が知る、独特のリズムが含まれているようで

恐らくその言葉の端々を繋げば、何らかの「歌」になるのかもしれない。


しかし、その歌に込められるべき感情も、意思も

何一つ伝わらない。


強いて言うならば「諦め」に近く

歌を口ずさむ人の心は―決して意気揚々でも、愉快でも



「国に芽吹く、勇敢は―……臆する事なく、突き進まん―」



ましてや―謳った勇敢さも、その人から感じ取る事は

出来そうにない。



―その人は、真っ白な雪が積もる

森の中で

古風と言えども生きてきた国の常識的な武器「剣銃」を傍らに

腹部から溢れる真っ赤な血で、地面を赤く染めていた。


誰もが見ても、恐らく先などない。

助けがあれば可能性も無くはないが、誰一人として傍らに居ない。


見捨てられたのか、最初から一人だったのか

そんな境遇に失意しているなら、歌うその人の心情が雪の様に冷え切っているのかもしれない。



「我らが胸に、は―……燃ゆる、火ぞ。恐るるならば、勝利を得ん」



もしかしたら、彼は

何らかの衝突に抗って、敗北したのかもしれない。


生きるか死ぬかの瀬戸際で、運に見放され

致命傷を負って、誰一人助けてくれない。


その人はきっと

「白い」色への記憶が、悲しいまま

孤独な死を迎えるのだろう。


傷を抑えても、赤く染まる手袋は

本来の色を僅かにしか残さず、残酷な命の流出すら止められず

多分その人も分かっていよう。


その手一つで命を繋ぎ止める事など出来ないと。


そう思えば―死の瀬戸際で勇敢を歌う人を、嗤う事など出来ようか。


むしろ、狂気に嘆く事も無く

錯乱して醜態を晒すよりも

歌った所で何一つ変わらないと知りつつ、命の消失に一人

耐えながらその時を待つ【彼】こそ、本当の勇敢な人なのかもしれない。



「…御、身は―神太子の、傍…ありて」



痛みに耐えながら全ての気配も自然も、ましてや降り続ける雪からも

己の顔を背け、明かさなかったその表情が

もう傷を抑えても無駄だろうと悟る準備が出来たのか


幻想に見た忠誠を誓うべき誰かへと、その手を天に向ける。



人は、誰だって一度死ぬ。

でも、臆病者は何度も死ぬ。


どちらが勝者かは、決められずとも―


彼のその顔は、自分の末路に

何一つ後悔していないようで―












いやいや、何を根拠に

美談で過去を染めようとする。


実に愚かしい―


確かに輝かしい命の終末もあろうが、この場合は否だ。


その時までは、覚悟していた可能性にも

恐れる事無く剣銃を片手に挑んでいたものの

その時以降から、もう少し自由に生きるべきだったのだと

後悔するようになった。



―…と、思う。



だから、【俺は】

戦争を引き起こした神族の全員まるまる含めて―




【ファック】なのさ。



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