第4話 新聞売りの盲目

白く―視界を妨げる悪意すら

感じさせる蒸気に包まれた一都―


「十京」の街並みは、今や急成長を遂げんとして

その発展を急ぎ過ぎてるのか、多少の欠落も感じるが

いずれにしても発達し続けるその文明と共に在る人々こそ

時代に遅れてはならぬと急かすように生きる。


俺がこの十京に来る前は

時の概念を【一度】は忘れた。


一度と言うからには、

―そうじゃなかった頃があるという事だ。



「……」



ふと空を見上げると

数機の戦闘機だろうか、エンジン音を鳴り響かせながら

闊歩する人々を眼下に飛び去って行くのが見えた。


その行き先には興味ない。ただ、文明を追求した対価か

当たり前だった青空も蒸気に妨げられ、此処は本当に現世かと疑う。



「……あー……だりぃ。」



―シュボッ



……そう思うのは俺だけか。



そろそろ枯渇しそうなシガレットの一本を取り出し

火を灯す。


発展という狂想で支配する蒸気と似た、白い―有害な煙を吐き出して

まだ一張羅では寒さも堪えるなと目を細めた。



―白い。という色素を俺は好まない。

【どの時代】でも、その色に幸せを感じた事が無いからだ。



寒かった

異質だった

そして今は。こんなにも

人間という存在を盲目にさせる―


「蒸気」の色と等しいではないか。


―パーッ、パッパーッ!



「……っと!」



数メートル先の視野も乏しい路上を歩いていたら

背後から車がクラクションを鳴らして走り去る。


これも十京の日常茶飯事、運が悪ければ車に衝突する。

しかし馴染みというのはある意味恐ろしい。


運が悪ければ―と、俺は言った。

という事は、それも熟知したこの時代の人々は

車の走行の回避に奇妙にも長けていた。


もっと伸ばすべき所は他にもあるだろうに―……



「ハハッ、お兄さん。辛気臭い顔してるね。」

「……坊主に言われたくねぇよ。」



不器用に、慣れもしない

少しふら付きながら歩道に避難した俺を笑ったのは

新聞を売る売り子の少年だった。


働ける年齢なんて、誰も定めちゃいない。

見かけはまだ幼いとは言え、その出で立ちには時代の渦に飲み込まれないように

器用に生きる逞しさを感じる。


俺が「ファック」と思う上流階級のボンボンには分からないだろう。



おっと、洋物の言葉は

あんまりこの場で言わない方が良い―



「新聞を買わないかい?1枚2銭だよ。」

「悪りぃな。文字の羅列にあんまり興味ないんだ。」

「はぁ?新聞は大人の嗜みじゃないか。興味が無いとかそういう問題じゃないだろ。」



確かに、行き交う人々の多くは

新聞を読みながら闊歩する。


嗜み―とは、彼も過剰表現したと思うが

読まない、興味がない。そんな理由こそ逆に異端と思われる。


しかし、その日の情報を

【その日】に必ず知らなければいけない決まり事なんてない。


俺はどの道世間からの時間軸とは少しずれているんだ―何時のかは分からずとも

読み終えて興味を喪失させた、落ちている新聞で十分だ。



「もう少し売る人間を選べよ、坊主。」

「ちぇっ……アンタ、金にもならないな。」

「そういうこった。」





―ブウウウゥゥンン……




またしても、空に

鉄の塊が巡回する。

時が経つに連れ、飛ぶ数も増え

最初は戸惑う人の心も鈍っていく―


俺と少年。戦闘機が飛ぶ同じ空を見ているのに

心が同じとは限らない。


興味がない、関心もない。そんな俺とは違い少年は

その一機に瞳を輝かせる。


恰好良いから、逞しいから。

そんな表面的な理由なら


―まだ可愛い方さ。


「……なあお兄さん。戦争は【また】始まるのかな。」

「……。」

「【休戦】なんて曖昧にせず、決着をつければ良いんだ。政府もさ。」



そう語る少年に誰も罪を突き付けはしない。

蒸気と、飛び交う戦闘機。そして足元もおぼつかない発展の流れに

鈍り、淀むこの時代の人の心は

―今や、再戦を望む狂気で統一されている……と、思う。


万人に聞いた訳じゃないし、少年の売る新聞を買って

毎日国民の声に目を通す程暇じゃないんだ。


シガレットを買う金と、家賃。後は―生活費。

それを稼ぐ事が俺にとって今一番重要であって、戦争がどうのこうのと

言っている方がどうかしてる。



まあ……今更、この国に

未練なんて無いけどな。



「お兄さんはどっちが勝つと思う?」

「ナカグニとの再戦でか?さあ……考えたこともね。」

「はあ?本当に馬鹿だな。ニチモトに決まってるじゃないか!」



蒸気に妨げられ、何時だって薄暗いこの国を生きる

人々の瞳に神聖な光が宿っているとは思わない。


かと言って国の勝利を確信する少年の目は輝いている。

太陽から得た自然の光じゃない。それは狂想の光だ―


と、言っても

俺の目も常人とはかけ離れてるけどな。



「勝ってもその先に幸福があるとは限らないさ。」

「変な事を言う人だな、アンタも。」

「ニコチン中毒の聞く耳を持つこたぁない。じゃあな。」



そう言ってこれ以上聞いても面倒と思うしか考えられない

少年の戦争論から遠ざかるように家路についた。


濃度の濃い蒸気に包まれながら、背後に

軍歌を歌う少年の声が聞こえる。


逞しくもあり、勇敢な―

その歌声と共に


【かつては】、俺も―




「……」



その先を考えるのを、止めた。

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