第3話 たなばた。

 信じられないような初任務が終わった翌日――

「飛影とびかげ?」

 小声で今は遠い学園内でヒミコの護衛をしているハズの忍者に話しかけてみる。

『ピロリ~ン♪』

 すぐさま、ここにいないハズの忍者からスマホにメールが届く。

 そういえば以前に田神たがみのオッサンがあまりにもコイツをベタ褒めするのが気になった俺は、唯一知っている飛影の情報――携帯番号から位置情報を調べた事がある。

 そうしたら都内に六カ所――邪馬都邸だけでも三ヵ所同時に存在してるコトになってた!? もしかしたら『飛影』という名称は個人のモノではなく。忍者集団の名称か、もしかしたら本当に分身の術だとか分け身の術といったモノが使える能力者なのかもしれない。

 まあ、そのどちらにしても現代の忍者ってのはダテじゃないらしい。

『はいはいーい』

 表現できないキラキラと上向きの矢印に顔文字とともに陽気な返信を寄越す忍者。

「今どこにいる?」

『学校だよ。卑弥呼ちゃんは真面目にお勉強中、とってもヒマぷ~』

 文字に起こしているが、『学校』は校舎の絵で『勉強』はノートとペンが付いた絵、『ヒマ~』はアクビをする顔文字、最後の『ぷ~』はなんとなく俺が付けてみた。

「学校でヒミコの護衛をしている奴がなんで俺の声を聞けるんだよ。盗聴器でも付いてんのか?」

 呟いて自分の服をパタパタさせてみる。

『特定秘密事項です』

 メイド服を着たなにかのアニメキャラの画像とともにそんな返信があった。

 盗聴器、発信機の類が付いてない事は確認済みなんだよな~。

 一度、服を全部、電子レンジに放り込んでマイクロ波を浴びせた事もあるが効果はなかった。

「まあいい、ヒミコか壱与ちゃんが自宅に近づいたら連絡くれ」

『了解』

 これもなにかのアニメキャラが敬礼をしてる画像とともにきた返信を確認の後にスマホをポケットにしまう。

 今いる場所はヒミコの部屋の前、ノブを回してみる――が、ガチャガチャと音がするだけでカギがかかっていた。

 最近ではピッキング道具を持っているだけで警察に捕まってしまうが、対策はいくつかある。

 もっともポピュラーな方法としては一見してソレとわからないような物の中に仕込む方法だ。

 例えばサングラス。耳かけ部分を改造して普段はラバー製の耳掛けで覆い隠せばバレることはない。仮に不審に思われても、壊れたサングランスを直していたと言い訳すればまず疑われる事はない。(ただし南国での話し)

 あまり自慢できる事か微妙なトコだが二秒とかからず開錠すると中に入る。化粧品と経済新聞の散らばる壱与ちゃんの部屋と違い、マンガ本と雑誌の山脈が立ち並んだ室内。

「チャチャっと済ませるか」

 俺はデスクトップパソコンに近づき――パソコンの外箱を開けるとハードディスク近くに今では珍しくなった、小型の携帯電話を取り付ける。電話のバッテリーには電磁石が付けられていて、俺がこの携帯に発信すれば電磁石に電気が流れ磁力でハードディスクをクラッシュさせるという寸法だ。

 以前、探偵のマネゴトをしていた時に一度やっている手段テだ。

 その時は上司のパラハラに悩んでいる依頼人を助けた時の事。今取り付けた物と同じ物を上司のデスクに仕掛け、会議前に重要な資料や整理したデータの入ったノーパソをクラッシュさせた。しかし、これだと無関係な依頼人の会社にまで損害を出してしまい俺の本意ではない。そこで即座に依頼人が上司に自らのデータを渡してそれを使って会議は無事終わった。パワハラ上司は部下に借りができ会社は損害なし。

 ただ依頼人のまとめたデータの質が良かったのか、数日の内に二人の上下関係は逆転してしまった。

「これでよし」

パっと見でわからないように配線の奥に携帯電話を押し込んでパソコンのカバーをする。

 その後、部屋を出て行った。その自分の姿に不審なモノはない。いや、まあ女子高生の部屋に侵入してる時点で不審者もいいとこなんだけど、人類を守るためには仕方のない事なので見逃してほしい。


「……つまんない」

 椅子の上で両足を抱え体育座りのままで呟く少女。邪馬都邸に仕掛けられた監視カメラの映像で俺がヒミコの部屋に工作した様子を見ていた様だが、どうやらその俺の行動に不満らしい。

「……年頃の男子高生が女子の部屋に入ったらタンスを開け下着を物色した後、頭に装備したり、クンカクンカするのが普通」

「しねぇよ! その男子高校生像は特殊なごく一部だ!」

「……一部? 調べたデータでは世の男子高校生の一〇割以上が――」

「男子高生はもういいって。だいたい俺は書類上はともかく一度もそういう立場になった事ねぇんだし」

「……確かに……学生ズボンにアロハシャツは男子高生には見えない……服装の半分は男子高校生なのに……実に不思議……?」

 そういって相変わらず何を考えてるかわからない『ポー』とした表情で俺を見詰め――視線が合うと『プイ』と横を向いた後に手元のタブレット端末へと視線を落とす。

「なあ?」

「……なんですか?」

 俺はイスに腰掛けリンの正面に移動する。

 そうしても、まるで興味がない様子で椅子の上で両足を揃えて座るスタイルを維持したままタブレット端末を操作し、こちらを見ようともしない。俺は自分の能力でこのリンという娘にあまり好感を持たれていないのは気づいていた。

「リンって名前は本名なのか?」

「……プロフィール渡しましたよね?」

「ああ。もらったけど名字も名前もなく簡潔に『リン』って書いてあっただけ、だから本名なのかな~って」

「……本名なワケない」

「あ~だよね~。プロフに有名なハッカー集団所属になってて、そこから協力してるんだっけ? じゃコードネームかなんか?」

「……違う」

「へ?」

「……ボク達は単なるハッカーやクラッカーの集まりじゃない。様々な特性を持つ者が集い、多様な活動を進めている。時には法的な制約を受ける場合にIRCやBBSで法律に関する詳細なアドバイスをしてくれるメンバーもいる。We are Legion(我々は大群です)の言葉が示す通り、あらゆる年代や職業の人が所属している。ネット上で攻撃的な活動に参加していない者も多い。それとココ――ラノ研にはボク個人の意思として参加している。ボクの活動は組織の正式なオペレーションじゃない――ありません」

 初めてだ。一言で終わらなかった会話は……とにかくこれを取っ掛かりに――

「なるほど、なるほど。じゃ、なんでウチに協力してんだ? 映画みたいに取り締まり局に目をつけられて逮捕されたくなかったら協力しろとか言われたのか?」

「……それも違う。ボクが偶然、邪馬都卑弥呼のファイルを覗いて真実を知ったから……ボクは自分の意思で協力している。でも、ボク自身は今の世に“世界の改変”なんてモノは必要ないと思ってる」

「ふ~ん。自分の意思でここに居るってことか、そういえば、おまえ家に帰ってんのか?」

「……ギクっ! ボ、ボクの家はここ……このライトノベル研究所がボクの家」

 今までのそっけない態度や一言で済ませる応答とは明らかに違う反応を示す。タブレット端末からも視線から完全に俺を外すように『プイ』と横を向く。

「おい。昨日と同じ格好だけどまさか……」

「……シ、シャワー浴びた」

 横をむいたままの顔が少し赤くなっている。

「着替えは?」

「…………」

 今度は頬からいっきに耳まで赤くなった。

「マジか! つーか、なんで家に帰らないんだよ?」

「…………帰れない。家にはオカンがいる……」

「そりゃーいるだろオカン。母親だもの」

「……オカン、パソコン窓から投げるから……話しが通じない。FBIやサイバー捜査官以上に厄介な存在」

「えっ! おまえ――ま、まさか――」

 あんなにハッカー集団とか自分の意思でここにいるとか散々カッコイイ事言っておきながら――もしかして……。

「もしかして、おまえオカンとケンカして家出してきただけ?」

「……!!」

 明らかに動揺の色を浮かべたリンの腕を取り。

「帰るぞ! 俺も責任者としてオカン――じゃなかった、お母さんに挨拶しとかないといけないし」

「イヤでゴザル!」

 俺の手を振り払い、タブレッチ端末を机に放りだすと椅子の上でカメのように手足を服の中に入れ防御態勢を取る。

 なかなかおもしろい防御態勢だ!? しかし、ここまでキッパリと拒否反応を示すとは……今は何を言ってもやっても逆効果にしかならんだろなぁ……ここは一端引き下がった様にみせて別の条件を呑ませるとしよう。

「わかった、わかった。でも、さすがにずっとそのまま同じ服で過ごすってワケにはいかんだろ? 今からちょっと買いに出ないか? 街へ」

「街っ!? むりむりむりむりむりむりむり――ボクみたいな喪女がそんなトコなんて行ったら――まず、あまりの華やかさに目をヤラれ、服買うトコなんか行ったら女子力に当てられて自分の矮小さが際立ち、すれ違う高女子力の者達の放つオーラで心がバキバキに折られてしまうでゴザル!」

 カメというよりアルマジロのようにさらに体を丸めた体勢になり全力で拒否る姿をおもしろいやつだな~と思いながらじっと見つめていると――

「ほら! その目だよ!「女子力たったの五。ゴミ目めっ!」っていうその視線」

 目に涙を溜めたまま『ズビシ!』とこっちを指し言ってくる。一応、言っておくがそんな事思ってないし、当然俺の視線にはそんな意思など籠ってなどいない。

「ボクみたいなダサっ娘は人目を避けてひっそりと生きていかないと――」

「俺は可愛いと思うぞ」

「ふえ!?」

 俺の言った言葉の意味がわからないというようにこちらを見る――その表情は次第に険しさを増し。

「あだ!」

 タブレット端末がフリスビーのように飛んできた! 俺にタブレット端末を投げつけそのままアルマジロのように丸くなる。

「俺に任せてみろって、誰もが振り返って二度見するような美少女にしてやるから、ちなみに女子力どんぐらいあればいいんだ?」

「八〇〇〇以上だっ!」

 なぜか傍らにあった小型の機械を握りつぶしながら叫ぶ。

「いや! そんな数字でも言われてもわかんねぇよ! 誰か有名人に例えてくれ」

「…………」

 しかし、丸くなったままなんの反応も示さない。

「絶対、可愛くなるから俺に任せてくれないか? な?」

 やはりなんの反応もないが、俺は辛抱強く見つめる。

「もし……」

 両足を椅子に上げ体育座りをしたままで額を膝につけ俯いた姿勢のままで声を発する。

「もし――可愛くなかったら?」

「はっはっはっはっはっは。そん時はなんでも言う事聞いてやるよ」

「……本当に?」

「ああ」


「じゃ、邪馬都卑弥呼やまとひみこを殺せっていったら――殺る?」


「!」

 衝撃的な発言に俺はリンを見る! 本人はさきほどと全く変わらない丸まった体勢のまま――付け足す様にポツリと、

「…………冗談です。もう勝手にしてください」

「あぁ……ああ……冗談な冗談……と……」

 俺は取り繕うように笑うと、櫛を持ち椅子に座ったリンのボサボサの髪を梳かしながら、今の発言――真意は不明だが……間違いなく本気だった……俺は化粧ポーチの中にある眉ハサミに目が行く――先がわずかに湾曲しているものの首に突き刺せば……。

「ベースメイクするから楽な姿勢で目を閉じて」

 俺の言葉にまったくの無警戒に目を閉じ無防備な姿を晒す。俺はハサミから視線を外すとカチューシャで前髪を上げる。さきほどの会話で感じた不穏なモノを払拭する様にメイクの方向性を考える――リンの素顔をじっと見つめる。

 メイクにもいろいろあって。大人がするガッチリ系の完璧なメイクや元の顔イメージを崩さないナチュラルメイク、他にはお姉さま系、お嬢様系、ギャル系、コンサバ系。細分化する。

 うん。コイツ――鼻は高い。顔も小さい。肌もいままで化粧をせず、あまり外出もしなかったのかダメージも皆無の良い肌をしている。ここは元のイメージを崩さないナチャラルメイクでいくか。と、いっても今まで化粧などしたこともない少女に化粧の前段階であるベースメイクを施すのはかなり手間がかかる、一度施してしまえば後は維持するだけの手入れでいいのだが、初めての時は眉を整えることからはじめ、毛穴につまった古い角質を取り除き軽くマッサージまでする。

 ここまでで三〇分ほど――さらにはメイク中に相手を飽きさせないために常に会話を続けないといけない。一番楽なのは相手を徹底的に褒める事だ。

「――にしても肌綺麗だな。弾力もあって、たぶん俺が出会った中じゃ一番綺麗じゃないかな」

「そ、そんな事な、ないでゴザル」

「ああ、動かないで」

 顏を真っ赤にして逃げようとするのを止め、手を取りファンデーションの色調整のために手の甲へ試し塗りをする。

「手も綺麗だな。指も長くて細いし、少し濃いかな? どう思う」

 と、いった具合に相手に会話を振って共同作業を行っていると、思わせるのも有効な手段ではある。ちなみにファンデもリキッド、パウダー、エマルジョンの三種類があるが、一番使いやすいパウダータイプを使用した。ファンデーションとはいい色合いの肌を作る事だ。やみくもに塗りたくると『のっぺり顔』になったりするので、ただ厚く塗ればいいといモノじゃない。まずは額、頬、まぶた、鼻頭など顔の中でも盛り上がった部分にファンデを載せ、そこを起点に伸ばしていく。元々肌が綺麗でそこまで厚く塗る必要がないので薄く伸ばしただけで終わらせる。

 次は眉――ベースメイクのときに整えたが生えてない場所に毛を生やす事はできないので似合いそうな眉をイメージしてアイブロウで書き込む。

 次は目元のメイクだ。はい! ここは重要!

 アイシャドウで陰影を付け、アイライナーでさらに際立たせる。

「マスカラ付けるから少しの間、目を開けてくれ」

 俺の言葉に素直に従いゆっくりと目蓋を開ける。

「! こ、これがボク……?」

 パソコンデスクの上に置かれた大きめの鏡を見ながら呟く。まあ、わからんではない。

 男性ではあまり実感する機会なんぞないが、実際メイクで変わる印象は絶大だ! どのぐらいかわるかというとトロルが白馬の王子様になるぐらい変わる。

「驚くのは早い。これからマスカラで目力を強まってより女性的な顔になるから、ただ瞬きして他の箇所に付くと台無しになるから、少しの間ジっとして動かないでくれよ」

 まつげの真ん中からブラシを水平にして付けていく。技術がないと目を刺激してしまい瞬きをさせてしまうので注意が必要だ。最後に目頭、目尻にブラシを入れ立てて終了。

「口紅塗るぞ、息は鼻でしてくれ」

 リップブラシを手に――ちなみにこの間も「唇の荒れがないね」とか褒め言葉は常にかけ続けている。唇の筋、それに沿って外側から内側に塗るとやりやすく、口角から中心に向かって輪郭を作る様にするのがポイントだ。

 それが終わったらグロス。大人っぽいメイクじゃない場合はラメ入りなどの物を使って光沢を出し唇をぷっくりとみせ可愛く見せる。

 最後にチークだが、実はこいつが一番むつかしい。こいつが失敗すると、今まで作ってきたものが一気に台無しになってしまう。まず相手の手の甲にチークをブラシにとって塗り、おおよその発色を確かめる、可愛い系のメイクならピンクなどの色を使うと良い。色を確認したらこめかみから頬骨にむかってブラシを往復するように塗る、チークは基本的に継ぎ足さない一発勝負で仕上げるしかなく。上手くできるようになるにはそれなりの経験が必要になってくる。

 ここまで全部の所要時間は一時間と少し、次回からは最初のベースメイクが大幅に短縮できるから一時間とかからないハズだ。

「完成。どうだ? 八〇〇〇以上かわからんがなかなかのモンだろ」

「…………」

 バッチリと化粧の施された自身の顔に目を見開くリン。

 可愛い系化粧のコツは三つ「大きな目」「明るい色のチーク」「明るい色の唇」だ。この三点を派手すぎず、上手く抑える事でどんな娘でも、極論を言えば平均的な体格ならどんな男でも美少女に見せる事ができる。

「……すごい……こんな……こんな美少女見たことない……」

 取りようによってはモノ凄い自画自賛に聞こえるが、俺もここまで栄えるとは思わなかったので良しとしよう。

「……こんな技術どこで?」

「あぁ……まあ、いろいろ仕事してたからその中でな……」

「……そっか……」

 なんかひどく憐れみを籠めた視線でこっちを見て、

「…………ゲイバーか」

 ポツリと呟いた。

「違うわ! スタイリスト助手だ!」

 魂からのツッコミに一瞬――ほんの一瞬だけ年頃の少女のあどけない笑顔を浮かべた。

「――と、ずいぶん時間かかっちまったな。日が傾く前に行くぞ」

「ふえ?」

 鏡をみているリンの頭に黒いリボンのついたカチューシャを『スポ』っと載せる。


 平日の街中――休日ともなれば人で溢れる大通りだが海外ブランドの服屋にスポーツブランドのビル、ファーストフードや牛丼屋が軒を連ねる。その向かえには片側四車線に中央分離帯付きの車道を隔てて大型百貨店が並ぶ。

 ダボダボジャージを着たリンの手を引きながらそっちに入っていく。まあ、手を引くというよりは腕にしがみついて、少しでも人目を避けようと俺を盾にしているようだが……ビックリするぐらいの美少女が異様にサイズの合っていないダボダボのジャージを着て男にしがみついているのである。人目を惹くどころか、道行く人々全員がギョっとなってガン見している。

「な、なんか感じる……視線を……女子力が……五でゴミめ……的な視線を……」

「大丈夫だ。誰もみてねぇ~よ」

 目をギュっと閉じたまま腕にしがみついてるリンに堂々と嘘をついてエスカレーターで上へと向かう。

「最初は下着からいくか」

 エスカレーターから見える様に設置されたフロアの取り扱い品目を見ながら登っていく。

 そこはワンフロア全て使った大型の女性用下着売り場だった。やはり女性を意識してか売り場全体からほのかに良い香りをさせていた。

「……なにこの甘ったるい空間……ハっ! これはワナ……! ここにいてはイケな――はう!」

「んなワケねぇだろ、行くぞ」

 この期に及んでまだ抵抗するリンの頭頂に軽いツッコミチョップを一発、ジタバタともがくリンの襟首を持って近くの女性店員に声を掛ける。

「すいません。コイツのサイズ計ってもらっていいですか?」

「かこまりました」

 笑顔で応対する店員はリンに試着室に入る様に促す――

「…………無理」

「「は?」」

「だって――だって、どうみても女子力十八万以上あるよ! そんな人の前で装備全部外してアレコレ身体調べられるでゴザルよ!!」

 そういってCAのようにキッチリ系のメイクを決めた店員を指す。

「瞬間的に出せる力はまだまだこんなモノではございませんよ」

 ニッコリと笑顔でプロの対応をする。つーか乗ってくれた! これが接客のプロかっ!! 女子力一八万恐るべし!

「ほらバカな事言ってねぇで行くぞ」

 俺は自分の腕にひっついてるリンを引き擦り、試着室の中にドンと押し込む。さすがにこれ以上は一緒には行けない。

「では、お願いします」

「かしこまりました」

 営業スマイルで対応され試着室へと入っていく。それを見送ると店内に戻ろうとした時に奇妙な視線を感じた!

 そいつは丸いレンズのサングラスを鼻に引っ掛ける様にしてかけ、ハリガネのように真っ直ぐな髪をうなじの辺りで括った奇妙な男だった。女性用下着売り場のフロア中で浮く存在であるハズの男なのにそいつはひどく希薄に感じられ存在感というものが薄かった。

 俺の視線に気づくと男はこちらに近づき――ハッキリと一言――えっ! なぜ……!

「おい! そこの――『バタ!』」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 突然、俺の視線を遮る様に試着室の扉が開け放たれると中から――うをっ!! 目の前をスポーツブラとパンツだけのあられもない姿で横切るリン!?

「ま、まて!」

 一瞬ドコを掴もうかと躊躇するようなその姿――迷った末に腕を捉える。

「そんな格好でドコいくんだよっ!!」

「離せ! こんなキツくて着け心地の悪い物装備できないでゴザル! 例えるならおてんば姫の装備をデ武器商人に着けさせるぐらい無理があるでゴザル!」

 つーか、なんで興奮すると語尾が「ゴザル」になんねん、おまえ腕細いな、肌真っ白で綺麗だな、胸ちっさいな、デブ武器商人をデ武器商人と略すな――等々が頭に浮かんだ。

「どうやら既製品では身体に合わないみたいですね……困りましたわ」

「ボクの身体が規格外にちっさいって事かっ!? 泣くぞ! それ以上ちっぱいだとか貧乳とかいったら泣く!」

 いや、誰もそんな事言ってねぇから……思ったけど……。

「言っとくけどボクのメンタルはニートの自立心のように儚く、スペラン○―の様に脆いぞ!」

「いいから、なんか着てこい。なんでイチイチゲームキャラに例えんだ。しかもアダ名『昭和』の俺でさえギリギリわかるほどレベル高えぇぞ」

 まだギャーギャー喚くリンを試着室に押し戻し、扉を閉める。

「ふ~……つーか、いないし!」

 視線を戻したその先に奇妙な男の姿はなかった。しかし、あの男どこで……?


『ザルミナ』


 男は確かにそう言った。

『ザルミナ』とは宇宙人の呼称で全二五段階ある機密レベルの二一層に属し、かなり秘匿性の高いモノのなんだが。

「あ、あの~……」

 考えごとを店員の困ったような声で中断させられる。

「お連れ様の体格に合う物が当店で取り扱っていないようなのですが……」

「あっ! そうなんだ。え~っと……とりあえず今日は着替え用の下着だけで、計ったデータを元に特注製作してもらっていいですか? 後日また取りに来るので」

「そうですね。成長期ですから身体に合わない下着を付けていると発育を阻害してしまいますからね。ですが……すぐサイズが合わなくなるうえに割高に……」

「あ~いいの、いいの。お金の問題はぜんぜんおーけー。支払はこいつでお願い」

 そういってサイフから黒塗りのクレジットカードを取り出す。こいつは経費用のクレジットカードでみんなの税金から支――おっと! アブナイこれ以上は特定秘密だ!


 下着売り場をあとにするとミュールを買って、ああミュールはサンダルにヒールがついてる物でなかなかオシャレな物。ヒールがついてる分、背も高くみせる事ができる利点もある。

「――の六階女性下着売り場にいた。丸レンズのサングラスをかけたハリガネのように立った長髪を縛った。うん、うん。わかった監視カメラかなんかの機械的な調査は帰ってからリンにやってもらうわ。えっ! なんでリンとデートしてるのか? JCを連れ回してる? 違うわっ!! 着替えとかもろもろの生活必需品なんかをだな――なんだよ? その声信じてねぇのかよ! いいか? 俺にとって女子中学生は保護すべき対象であってだな、そもそも個人的な趣味趣向は尊重するが、ロリコンは隕石に直撃されて滅びればいいと思ってんだぞ! えっ! 今の発言で日本に住む男性の九割にケンカを売ったって!?」

 リンをカジュアルファッションフロアの店員に押し付けた後に俺は電話でさきほどの男に関する情報を集めていた。ただ電話口の相手がイサナさんではなく月夜が出てしまい、機械類の事はてんでダメ。しかもなぜ護衛の自分を置いていっただの俺がリンと二人で出かけた事をチクチクと攻めてきた。

 結局、飛影に伝言を頼む事しかできず全く役に立たなかった。

「あ~そういえば、今度の日曜ヒマ? いや、ウチで――というか邪馬都宅でホームパーティなんかしようと思ってんだけど、おまえ達も一度、直にヒミコ本人とも会話してみたいだろ?」

「ねえねえ――今の子」

「ホント御人形みたい」

「は? ドレス? 着物? 邪馬都宅でホームパーティ――俺が作ったラーメンでパーティやるから普段着でいいって。だから和服とかドレスはいいって――わかった。参加は了承と――ん!?」

 いつの間にか少女が俺の腕を掴んでいた。ショートパンツに袖なしのシャツにミョールというかなり薄着の少女は手にジャージを――って、まさか!

「り、リンか!?」

 コクンと頷きそのまま俯いた少女は確かに髪は俺が梳かし、化粧を施したリンだった。ヒールのせいで背丈が変ってしまい一瞬気がつかなかった。

「あ? いやなんでもないこっちの話し。んじゃ、たぶんムリだと思うけど飛影も誘っといてくれ」

 電子とともに通話を終了させる。

「んじゃ、帰るか」

 コクと頷くリン。そのまま歩き出す。しばらくするとリンがドシンと頭突きしてきた!

「……ヒールが……ヒールのせい……でゴザリュ……」

「わかった、わかった。歩調を合わせて歩くから転びそうになった、今みたいに俺のほうに倒れてきていいから怪我だけはするなよ」

「……ん……ありがと……でゴザリュ……」

 再び腕にドシンと頭突きを食らった時――

「鈴音すずね。ボクの名前は鈴音……でもみんなの前ではリンで……本名はハズか……しい」

 そういったリン――鈴音の顔は今朝より鮮やかな色を放っていた。それは割と好意的に思われている相手から発せられる色と同じモノ。ふ~。とりあえずチームメンバーのイメージアップ作戦は成功したようだ。

「アイスでも食っていくか?」

「うん!」

 その一言でより一層鮮やかに輝いた! 俺が今日一日がんばった事よりもアイス一個のが好感度上がんのかい!


 週末――土曜の朝から俺は大忙しだった。特性スープを手間暇かけて作っているからだ。

 豚骨、干し貝柱、アジ、サバ、カツオ三種の節など様々な食材が並んだキッチンで大きな寸胴で大量のスープを作っていた。

 あまり知られていないが、ラーメンは少量作るには向かないが大量生産には向いている。本日、邪馬都家に上がるのは鈴音と月夜つきよ、それにヒミコと壱与ちゃんを合わせた計四人だが、家の周囲には警備部隊や田神のおっさんにイサナさんと総勢で五〇人以上の人数が待機しており、その全員に振る舞う事になっている。

 予想外なのが飛影が――あのネット弁慶の飛影が今回のイベントに参加するというのである! 生の忍者とは一体どんなヤツなのか昨晩から気になって一睡もできなかった。

 やっぱし語尾は「だってばよ」とか「にんにん」とか言うのだろうか? そこだけは絶対に――絶対に確かめなくてはいけない!!

 これは今回の最大戦術目標だ!

「ふふふふふふふふふふふふふ、楽しみだ」

「ふ~ん。そんなに楽しみなんだ」

 いつの間にか壱与いよちゃんがブサネコ――ハワードを抱えたまま台所の入り口に立っていた。

「もしかして今日来る友達って女じゃないよね?」

「三人中二人は女だけどあと一人はわからん」

「はぁ? わからんって――まあ、いいけど……タク兄はウチに括られてんだから勝手に彼女とか作って出て行ったらダメだからね!」

 括られてるって、そんな土地神みたいに言われても……。

「そんなんじゃないから……え~っと……部活の仲間みたいなモンだよ。一応、部長みたいな感じなっちまったから親睦を深める意味も兼ねて食事会でもと提案したんだよ、もしかしたら壱与ちゃんやヒミコとも今後、顔を合わす機会があるかもしんないし」

「ふ~ん……」

 説明しても不機嫌そうに頬を脹らませるとブサネコ――ハワードの毛に顔を埋める。

「わかった。でも、タク兄はウチの……なんだからどっか言っちゃヤダよ」

 顔をハワードの毛に埋めたままそんな事言うと、そそくさと出ていく。

 俺を取られるかもしれないって心配してんのか? 金、金言ってても、まだまだ子供だな~かわいいぞ! 壱与ちゃん! よ~し、おにいさん壱与ちゃんには特性のタクマスペシャル(煮卵、チャーシュー、ネギ、モヤシの全部載せ)にしちゃうぞ!! ちなみにこのレシピは家族解散した数日後に行き倒れてたトコを拾ってくれたラーメン屋の店長が教えてくれたレシピだ。俺は住み込みで数日間世話になった。とても恩義のある人である。もし実の親父と店長が崖に落ちそうになったとしたら迷わず店長にロープを投げ、親父には火のついたダイナマイトを投げる。

 ぶぅ~ん、ぶぅ~ん。

 調理の邪魔にならないように脇に避けておいたスマホが振るえ始める。液晶画面には『リン』の名前。

『……着いた。外にいる』

 簡単なやりとりを済ませると、玄関を抜け外へと向かう。外門の前には髪をきっかり梳かしてメイク済みで服装はこの前俺と一緒に買ってきた物を見に着けていた。見えないが下着もオーダーメイドで身体にキッチリとフィットした着け心地の良い物を付けているハズだ。

「よう。上がってくれよ、直に二人に会うのは初めてだろ?」

「……うん。それよりボクの化粧変じゃ――にゃ!?」

 奇妙な悲鳴とともに出迎えた俺の胸へドシンと頭突きをしてくる。

「タク兄~友達来――!!」

 壱与ちゃんは玄関のドアを開けたまま硬直する!?

「タク兄が――タク兄が――」

 虚ろな目でそう呟きながら壱与ちゃんは傘立てに手を入れ――引き抜いた手には木と竹に藤を巻いた弓とジュラミン製の矢を取り出し、割と見事な動きで番える!

 形が独特な和弓と違い一見、洋弓のようにみえたソレだが矢を弓の内側に番え、弦を一指し、中指、薬指で保持する洋弓と異なり親指を引っ掛けるだけで保持する和弓と同じ。

 まあ単純に壱与ちゃんが使い方を間違えてるって可能性も……。

「ま、待て! 素人がそんなモン使って――」

「素人じゃないモン!」

 そういうと壱与ちゃんは『使い方実践』と弓の描かれたDVDを取り出して見せる。

――と、いう事はこの弓の正体は和弓が使われる前に使われてた弓胎弓という品だろう。

 つ~か、この状況でそんな事わかってもなんの意味もねぇよ!

「――落ち着け! これは――これはその……これはこいつが躓いたから咄嗟に支えただけだ」

「ふ~ん……本当はその娘に「ぐへへへへへへへ。お、お金あげるから抱き着いて」とか言ったんじゃないの?」

「わざわざ自分の下宿先でそんな事するかっ!」

「う~ん、確かに……じゃ、やましい事はなにもないんだね?」

「あ、当たり前だろ」

 俺の言葉に弓をすっと下す。

「え、え~っと……コホン」

 俺は二人が対面した間に立ち。

「こちらこの家の次女で邪馬都壱与ちゃん。ケチだから気を付けろ」

「――で、こっちが俺の後輩で……え~っと名字なんだっけ?」

「か、川上鈴音かわかみすずね」

 ボソボソと小声で言うとペコっと小さくお辞儀をする。

「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ! か、可愛い……」

「上がってリビングで待っててくれ」

 コクと頷き、履き慣れないミヨールを脱ぐと足取りも軽やかに奥へと進む。壱与ちゃんはなぜか俺の脛を蹴るとそのままピューと奥へ逃げる。

 いてててててて、全く俺がなにしたって――家の前に車が止まると中から紫の細長い布包みを抱え、髪型を左右で分けて垂らす、ツインテールとかっていうやつだっけかな? 見慣れた姿とは違う月夜が降りてくる。

「あとは飛影だけか……」

『もう、ウチの中にいるよ』

 前後に様々な雑談をいれたメールの要点だけいえばそんな内容だった。


 リビングでお互い自己紹介も済ませ。

「え、えっと……お、お二人はタクマさんとはどのような関係で?」

 不機嫌そうにストローでジュースを掻き回している壱与ちゃんを横目にヒミコが尋ねた。

「ウチはクラスメイトで」

「……ボクは部活の後輩」

 淡々と設定通りのセリフを口にする二人を後目に、普段はヒミコの護衛と執筆の妨害、完成しそうになったらヒミコの頭に侵入して破綻させる。正直いってまともに学生生活を送ってないんだよな~。

「ぶ、部活ですか? 一体なんの? あ、あたし達なにも聞いてないし、家事もしてもらっているのに……」

 そういえば……俺にもなんか設定があったような……ヤベ! 覚えてねェェ!

「美術部なんですが……普通の美術部とは違い。古美術の鑑定を主な活動内容にしておりまして、古美術の観賞や鑑定眼を養うのを目的にした部です。タクマさんの鑑定眼はすごいのですよ。本日も視て頂きたい品を――」

 そういうと月夜は紫の包みから日本刀を取り出す。

「ウチの家は古武術などを教えていまして、蔵には出所の不明の品がありまして。本日、お持ちしましたこちらも大層な一品なのですが……」

 そういって俺に渡す。渡す時に「あとは任せました」とばかりの視線を送ってきた。俺は鞘から抜くとポケットからハンカチを取り刀身に当てながら見聞する。

 どうやら設定の信憑性を高める為に実際にこの日本刀の鑑定をやってみろという事か……よっしゃ! ひさしぶりに『物質解析』を使ってみるか、まずは簡単に特徴を――

「反りが浅いな……地鉄はずいぶんと輝いて……波紋は瓢箪……これって……」

「ええ。かの有名な虎鉄の特徴と合っています」

「ああ……でも言い難いが……」

「虎鉄を見たらニセモノだと思え。作者が存命のころから贋作の多い有名な刀ですから覚悟はしております。ですが、贋作でもこれほどの業物――きっと名のある刀工が無名のときに打った物かもしれないので、タクマさんに確かめて頂きたいのです」

「わかった、わかった。でも正直期待に添えるとは限らんぞ」

 俺は左手に意識を集中すると刀を自分の一部のようにイメージする。

 途端に脳内に流れこむ様々な情景――

「……ほ」

 俺は口を手で押さえ込み上げてくるすっぱい物に耐えながら――

「……ほ、本物」

 気分を紛らわすためにソファに深く腰掛けると天井を見る様に上を向く。

「一体なにが視えましたの?」

 そうしていると、いつの間にか隣に移動した月夜が耳打ちするように聞いてくる。

「あ~……試し斬りやってる現場。罪人だろうと思うけど泣き叫ぶ男達の胴を三つ重ねてバッサリだ。【閲覧注意】ってタグつけてほしかったね……うっ……きもちわる……」


 バンっ!


 壱与ちゃんがテーブルを叩き。

「ちょっと瑞鶴さん。クラスメイトとはいってもタク兄はウチの――邪馬都家の所有物ですからタク兄に頼るならアタシを通して! 二人して内緒話しなんかしちゃって」

「ズイカク? そんな難しい名じゃなくて月夜な。ちょっと鑑定額を伝えようとしただけ。まあ、どんだけ安く見積もっても七〇〇〇万はいく――って」

「そうですわね。しかもこの手の品はどこかの博物館や神社、寺院が所蔵してる事が多く売買の話しは門前払い。なんとかツテを頼って面会を申し込んでも、もともと売る気がないのか三倍から四倍、場合によっては五倍の値を提示してくるのがほとんどです。それでも買う方は家の二,三軒売り飛ばしてでも買うでしょう」


 バンっ!!


 再びテーブルに平手を落とし俺の言葉を遮る壱与ちゃん。なんか気に障る事言ったか?

「これからの――二一世紀のキャラといえば妹と刀だと思うんだよね!」

 えっ!?

「――というワケでそれ頂戴」

「普通にダメだろ!」

「タダとは言わない! このバッグクロージャーと交換でどうだっ!」

 壱与ちゃんはそういうとどこからともかく凹な形のプラスチック片を取り出す。

「無駄に名前だけが、カッコイイと評判のバッグクロージャーだと! でも普通に食パンくれた方がまだうれしいぞ」

「いいじゃん! アタシのキャラ付けのためだと思ってネ! おねが~い!」

 可愛くもダイタンに迫ってくる――しかし瞳が完全にドルマークになっているので一ミリも心が動かなかった。

「壱与ちゃんもう十分だから! 妹なのに金に汚いとかファッション雑誌と経済新聞を同時に読むとか、化粧しながら足でキーボードいじってネット株取引と電話で金の売買交渉するマルチタスクこなすとか割とキャラ立ってるから!」

 傑作なのはFXで金溶かした時の表情なんてムンクの叫びに激似してた! そのあまりのクオリティの高さに俺はスマホの壁紙にこの時の壱与ちゃんの表情にしているくらい。

「え~これからの時代、妹にはゼッタイ必要だよ。刀」

 言いながら『シュタ!』っと手の先から光線技でも出しそうなポーズを決めつつ同意と求めてくる。う~む、俺としては妹キャラってのもギリッギリッなんだよね、壱与ちゃんは……これに刀など加われば完全にハミ出す。なにからハミ出すかはわからんが、俺の中にある妹像? そんな感じの枠から――

「……だいたい俺にねだってもコレ俺のじゃねぇし――」

「いえ。その品はタクマさんへのお譲りしようと思っていたので……」

「おいおい、こんな高価な品もらうワケに「なご~」」

 セリフの途中でなにか黒くてフワフワした物が顔に投げつけられ、顔に張り付いた毛ダマがそんな野太い声で鳴き後半の言葉をかき消す。

「もちろん頂きます瑞鶴先輩。お礼といってはなんですが、このバッグクロージャーを」

 ズイカクって誰やねん! あと「さん」から「先輩」に格上げされたな、それとバッグクロージャーはもういいねん! というセリフは顔に張り付いた毛むくじゃらの「なご~」という野太い鳴き声に掻き消される。

「まあ、ありがとうございます。丁度バッグクロージャーほしかったのですよ」

 ウソつけ! そんなモンほしがる奴はいねぇ! そもそも丁度バッグクロージャーほしい状況が想像できねぇよ! カビったのか? 食パンがカビカビになったのか? という言葉も顔に張り付いた毛ダマのry。

「見てくださいタクマさん素敵なバッグクロージャーを頂きましたわ」

 そういって俺に近寄ってくる気配――

「あれは妖怪や物の怪の類を斬れる代物です。この土地屋敷は近代的な攻撃にはかなりの防衛措置がとられていますが、超常的なモノにはいまひとつですので護身用ですよ」

 俺にだけ聞こえる小声でそういってきた。ちなみにバッグクロージャーは本当にどこにでもある、どこにでも売ってる食パンの封をしてそうな、なんの変哲もないごくごくフツーのバッグクロージャーだった。


 ぐ~。


「ご、ごめんなさい。わ、私ったら……」

 可愛らしい腹の虫を鳴らした本人は顔を真っ赤にしてズリ下がってくるメガネを必死に戻そうとするも、テンぱっててまたすぐにカクンとズリ下がる。

「――ま、そろそろ持ってくるわ。ちょい待ってろ」

 俺は顔に張り付いたネコをヒミコに抱かせると、トレードマークのアロハシャツを脱ぎ、手拭を頭に巻き気合を入れ。

「た、タク兄……」

「まあ、これは期待できそうですね」

「……ラーメン屋三種の神器『手拭バンダナ』『腕組み』『根拠のないドヤ顔』コイツ……相当できるでゴザル!!」

「ぐ~。い、いまのはハワードちゃんのですよ」

 さまざまな声援を受けて俺はキッチンへと向かった。

「ん?」

 俺はキッチンのテーブルの上に空のドンブリが伏せてある事に気づいた。あれはリビングに行く前に調理して置いてでた物。

 なぜ、そんな事をしたかというと――そうしてくれと頼まれたからである。そいつは誰かと言うと――


「とってもおしかったよ、ありがと」


 耳元で囁かれる女性の声。そして、こそばゆい感触と甘い体臭に振り返るも――そこにはなんの気配もなければ誰もいない!

『ピロリ~ン』

『いっけね。語尾に「だってばよ」とか「にんにん」とか言うの忘れちゃった。テヘ※言語化不能』

 いつも通り妙な顔文字――自分の頭をゲンコツでゴッツンコするような顔文字とともにそんなメールが送られてきた。

「つ~か。クノイチが伏せ丼!?」

 俺は一瞬だけ耳に残った心地よい感触と、嗅ぎ取った甘く甘美な香りを思い出しながら呟いた。伏せ丼――麺カス、スープ一滴さえ残さず食しましたという称賛の意味を籠めた行為、なんだけど……最近じゃラーメンヲタクですらやんないぞ。

「タク兄~ま~だ~? 早くしないとおねーちゃんがハワード食べちゃうよ」

「い、壱与ちゃん!!」

 リビングのほうから壱与ちゃんの催促の声が届き、俺は調理に取り掛かった。


「ふ~疲れた、疲れた……さすがに護衛チーム五〇人全員に振舞うのは無茶だったか?」

 コンビニの袋を手にもったまま、空いた方の手で肩のコリを解す。

 今回成果はあった。最初は俺と壱与ちゃんと月夜が仲良くなり、孤立してしまったリンをヒミコが気にかけていろいろと話しかけていた。その内、傍目で見ても二人は楽しそうに会話をしていた。俺は知ってたが、ヒミコはああみえて面倒見がいいのだ。


「じゃ、邪馬都卑弥呼を殺せっていったら――」


 先日、リンが言った事を思い出す。あの時うやむやにしたが、あれは紛れもなく本気の言葉だった。リンは本気でヒミコの能力による“世界改変”を認めておらず、本人ともどもいなくなればいいと思っていた。

 しかし今日、資料やモニタ越しではなく直に接触した事によって少しは改善したようだ。後半のほうではヒミコに進められてハワード(ネコ)をいつもの『ボー』とした表情で抱いていた。もっとも、口元が緩み誰の目からみても嬉しそうだったけどな。

 まあ、これで二度とあんな事、言う事はないだろ。そう思うと、今回この場をセッティングした疲労も――

「!」

 歩きながら一回大きく伸びをしながら住宅街の角を曲がった先は――砂漠だった!?

 慌てて振り返――った、さきにも広々とした夜の砂漠が広がっているだけだった!

 今まで歩いていた家や街並み、街灯一切が消失し、広大な砂の丘と真っ黒なベールに覆われてしまったかのような星一つない真っ黒な空。

「こんばんは」

 そいつは空を仰いだ姿のままこちらに挨拶する。

「タクマくんだね?」

 ハリガネのようなツンツンの頭髪に鼻にひっかけるようにかけた丸レンズのサングラスをした怪しい男はリンの買い物にいったときに見たアイツだった!

「緊張しなくていいよ、危害を加えるともりはない。そのポケットの中の物を使うつもりなら無駄だから止めておきな、今日のとこはそうだな――勧誘と警告をしにきたと言ったトコかな」

 こ、こいつ……!? 俺はポケットの中に入った護身用の拳銃から手を離し。

「君の立場がわからなくてね。先日ちょいとカマかけしてみたんだが……『ザルミナ』邪馬都卑弥呼が二十歳になるまでに襲来してくると予測されている宇宙人のコードネームなんだそうだけど、そう様子じゃ上手く伝わってくれたみたいだね」

「どっかの国の諜報機関か? “卑弥呼関連の案件は全て日本が責任をもって対処する”って事に決まったハズだろ?」

「そうだね先進二〇ヵ国を集めた会議で正式に決まった事。しかし、日本がヘマをやらかした時のために欧州は母親を米国は父親の身柄をそれぞれ『保険』として確保してるのも事実。万が一、この国がなくなっても卑弥呼嬢に言う事をきかせる――いわば人質という名の切り札だ。だけどね…………それ以外の国は不安で仕方ないんだよ。建前上は世界会議で決まった事はいえ、日本、米国、欧州の数か国以外には、なんら卑弥呼嬢に対するカードがない。『カードがなければゲームの卓に座る事もできない』とね、そこで内部にいる人間の懐柔を――」

「懐柔? 俺が応じるとでも思ってんのか?」

「アセりなさんな。こちらもいきなりやってきて、そう事がうまくいくとは思っていないさ」

 そこで話題を変えてきた。

「そういえば今日、邪馬都邸でなにが行われていたのかわからないが、警備五〇人以上、田神長官にイサナ技官までもが現場に来たようだね、事情を知っている者からすればかなり豪華な顔ぶれだ」

 確かに今日の食事会。同席はさすがにむつかしいという事で装甲指揮者の中で参加した二人の中に田神のおっさんとイサナさんがいる。

「これは僕のカンだけど……今日の呼集はタクマくんの指示だろ?」

「………………」

 努めてポーカーフェイスをしてみたが誤魔化し切れた気がしない……。

「どーやらなかなかの地位にいる人物みたいだね、タクマくんは」

 なにかを感じ取ったのかわからないが、コイツは俺がかなりの機密情報にアクセスでき、なおかつヒミコとも個人的に親しいのに気づかれたかもしれん……。

「さっきも言ったようにすぐに信用してくれといっても無理だろうね~。じゃあさ、君の仲間やこの国は信用に値するのかな? 一〇年前に米国が国債法の改正に失敗し債務不履行デフォルトを起こし弱体化を始めた後、日本はほんとうに強かになった……平和と友愛を唱えながら、裏でかつての米国以上の汚い事もやっているんだよ。もし僕の言葉に耳を傾ける気があるなら『タクマノート』または『Tファイル』という物を見てごらんよ、機密性はそんなに高くないハズだよ、普通の職員ならネ。ただ――もし閲覧できないようなら君の仲間やこの国は君に全てを語っていない」

 そいつはそれだけ言うと話しは終わりだといいたげにこちらに背を向ける。

「そうそう、もう一つの警告というのは近々、強硬派が卑弥呼嬢を狙って仕掛けてくるハズだ気を付けてくれ、死んでしまったら懐柔工作もクソもなくなってしまうからね。それと僕ならその『Tファイル』を君に渡す準備があるよ。では、良い返事を期待しているよ」

 そう言った瞬間、周囲からは虫の音、街灯に羽虫がたかるといった普段は気にもしない日常のザワめき戻ってくると同時に俺は住宅街の角を曲がったトコで立ち尽くしていた。呆然としたまま家につくと「アイス~」と叫びながら飛びかかってきた壱与ちゃんがコンビニの袋からキンキンに冷えたままのアイスを取り食べ始めた。

 かなりの時間、会話をしたハズなのにアイスは全く溶けていなかった。


 翌日、視界の中で幅広の袖に真っ赤な袴、草履という、いわゆる巫女さん姿のヒミコは真面目にゴミを竹箒で掃いていた。普段は長い黒髪を地味な三つ編みにしているが、今はうなじの辺りで一つに縛ってるのみ、メガネも今日はコンタクトにしてる。純日本的な顔立ちにヒミコ特有のおっとりとした雰囲気も相まって――

「めちゃめちゃ似合ってんなアイツ」

 呟き双眼鏡を下げた俺に月夜が口をひらいた。

「もともと巫女は十代後半から遅くても二十代後半で引退する女性の神職ですから、十七歳の卑弥呼さんが似合うのは当然ですわ」

「いや、そうじゃなくて……なんていうのかな、家では掃除もしないし、ノーパソのまえでグデーとしてる事が多いのに巫女装束を着て神社に立つだけで、なんつーかオーラ? みたいなモンでてるような」

「巫女は神社の雑務や神事の補助などが主な御仕事ですが、立ち振る舞いや人前では常に清楚でいられるかも巫女の大事な資質なんですよ」

「巫女つってもバイトだろ? そこまで意識すんのか?」

「それは神社によりけりですけど……ここは割としっかりとしているようですわ。見てください」

 懸命に落ちた枝などを集めまとめるとそれをまとめどこに運ぶトコだった。

「正中の真ん中を歩かないと教えられてるみたいです」

「そうなのか? 俺には階段の隅を歩いてるだけに見えるが……」

 再び双眼鏡でヒミコの様子を見ながら――と、何故俺がこんな事をしているかというと今日は日曜でヒミコはアルバイトの予定があったのだが、警備チームの休みと重なり人手不足となり警備体制に穴が出来てしまい、それを俺達が埋めているというワケだ。

 ――と、いってもただ、ただ監視。交代で近くの店から食べ物や飲み物を買い、飲み食いしながら雑居ビルの屋上で双眼鏡を覗きこんでいるだけである。

「あ! この台湾から揚げおいひい~」

 いつもの凛とした態度を緩和した柔和な表情で爪楊枝の先にくっついたからあげ頬張る月夜。真夏のビル屋上という環境もあって、かなりの薄着でその身体つきはかなり華奢であった。ときおり長い黒髪から薫る甘い匂いが……。

「この練乳かけから揚げもおしい~タクマさんにも一個あげます」

 そういって楊枝を変えないまま先にからあげを突き刺すとこっちに向ける。これって間接キス!? まあ、飲み物もシェアしてるし今更だけど……ほんとコイツは天然なのか俺を男と意識してねぇのか……。

「なあ?」

「ひゃい? ほんでひょう?」

 口に物を詰め込んだ月夜がこっちを向く。柔らかそうな頬がポッコリと膨らんでいる。

「Tファイルって聞いたことある?」

 俺としては何気ない会話のつもりで訪ねたつもりだったのだが――

「!」

 一瞬にして月夜の表情が変る!?

 しかし――次の瞬間には明後日のほうに視線をやると、

「なんですか!? この禍々しい妖気!?」

 俺も月夜の視線を追って日曜の気持の良い青空――じゃなかった!!

 確かにさきほどまでは絶好の休日日和だった青空には墨汁を落としたような真っ黒い雲が忽然と現れそこから――なんだアレ!?

 真っ黒な雲の中から龍が出てきた! いや詳細に見るとちょっと違う! 姿形は確かに龍なのだが顔は人間のように目鼻口とあり頭髪はまるで炎のように真っ赤。

「あ、あれは! まさか――まさか――」

 月夜はその人面龍を見ながらブツブツと呟き――

「タクマさんいますぐこの辺り一帯の封鎖を――」

 俺は迷わず緊急コールを押す。いまごろは一般人の携帯電話、スマホにはこの辺り一帯から至急離れる様にとメッセージが送信されているハズである。

「――って、そこまでするほどのモンなのか?」

「はい。というよりウチでは手に負えません! あれは共工きょうこうという水の神です。とても邪悪で、その頭突きは世界を傾けるといわれるほど強力です! もしここでやられたら戦術核に匹敵する被害がでるでしょう」

「マジかよ!」

「ええ。ウチも相手にこれほどの存在を使役できる術者がいるとは思っていませんでしたわ。ウチ程度――いいえ、例え日本中の霊能者を集めても対抗できないでしょう」

 いいながら長い黒髪を左右で纏め布袋から弓を取り出し、弦の張りを確かめると矢筒から破魔矢を取り出す。

「術者を倒すしかありません! タクマさんは退いて全体の指揮を――」

 俺は持っていた指揮官用のスマホを月夜に渡す。

「いや、おまえが警備チームを使って術者を探せ! 俺はヒミコを安全なトコへ連れて行く」

「へ、平気なんですか? 彼女の近くが一番危険なんですよ!!」

「だから俺がやるんだよ。心配しなくともヒミコを連れて逃げ回るよ。こっちはまかせておけ」

「わかりました。ウチの命に懸けても術者を仕留めます!」

 月夜は言葉と同時にビルからビルへと飛び移る! 俺はポケットから拳銃を取り出し、弾を確認すると階段を一気に駆け降り、鳥居をくぐり箒を持つヒミコのトコへと駆ける!

「ヒミコ!」

「ひゃ!? た、タクマさん? なんでここに? そ、それにそんなブッソウな物まで持って……」

 俺は戸惑うヒミコを無視してその腕を掴む!

「イタっ!」

 少し強かったのか、苦痛の声とともに少し身体を退く持っていた竹箒が地面に落ちた。

「タ、タクマさん……?」

 おびえの色で俺は腕を離した。

「悪い。今は説明してる暇ないんだ。俺を信じて一緒に来てくれ、頼む」

 ヒミコは驚きに大きく瞳を広げ、その後――

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」

 次の瞬間に盛大なタメ息をつく!? あ、あれ!?

「夢? ――いえ、創造石の扉が視せる世界ね。そうね。きっとそう! だって……タクマさんが現実にこんな事言うワケないもんね。テッポウ持ってるし」

 いつものオドオドした態度を微塵も見せず、胸を張り、腰に両手を当て。

「でもね、妄想――創造石の扉が視せるタクマさんにしては全然ダメ!」

 なんかダメ出しされた!? しかも、いつもオットリオドオドしたヒミコとは思えない程のキッパリとした態度で! この雰囲気、どことなく壱与ちゃんを彷彿とさせる。

「いいですか! まず服装! アロハシャツに学生ズボン、シバルーチョーカーに黄色の毒々しいイモムシのようなスニーカーって貴方はなにキャラを目指してるんですかっ!」

 毒々しいイモムシのようなスニーカーっていいじゃねぇかァァ! このメーカー気にいってんだよ! リーズナブルだし、独創性高いし、なにより機能面で優れてるんだよ!

「いいですかタクマさん。ヒロインを助けにくる主人公とはそれなりの格好をしてくるものなのです! バラを投げるとか、仮面を着けてタキシードを着てくるとか、黒い仮面にマントを着て白とか赤とか黒とかの騎士団とともにやってくるとか――」

「いやいや! どっちも顔隠してるし! 目出し帽とかかぶった男がいきなり一緒に来てくれとか言っても絶対こないだろ! 悲鳴上げられて「おまわりさんコイツです」って突き出されても文句言えないもの」

「目出し帽じゃありません! 仮面です! 気を付けてください大事な事です!!」

 なにが違うのかわからんが、なんか怒られた!?

「わかった、わかった。今度通販で買っとくから」

「今度じゃダメです! どーせ私の夢の中なんだから、そこの茂みに入って出てきたら服も変わってるんでしょ、早く仮面着けて、仮面、化麺、カメン、KAMEN、carmen」

 ただっ子のように両腕をブンブン振り回し喚き散らすヒミコ!?

「リアルでは姉でワガママ言えないし、タクマさんもなんか壱与ちゃんにだけアマいし、せめて妄想の中でぐらいアタシにもワガママいわせてよォォ!」

 メンドくせぇ!! 今日のヒミコなんか壱与ちゃん以上にメンドくせぇ!

「落ち着けって、後で仮面でもバレルヘルムでもアーメットでもバシネットでも馬の頭でも好きな物被ってやるから――!」

 口上の途中にヒミコの腕を掴みそのまま地面に引き倒す!

「にゃ!?」

 飛んできた石の破砕片が頭の上をかすめ木造の本殿に突っ込む! ヒミコの生死問わずかよ! 強硬派か!?

「い、いまのタクマさんが助けてくれなかったら――あ、あれはなに? なんなの? 透明な蛇?」

 鳥居を頭突きで壊した巨大で透明な蛇――共工は中空を泳ぐかのようにヌラヌラ身体をくねらせてこちらににじり寄ってくる!

「逃げるぞ!」

 ヒミコは身体を震わせたまま地面にへたり込んだまま動こうとしない!?

 ええい!

「きゃ!」

 動かないヒミコを抱えて走り出す! 敷地内にしかれた丸い石が互いに擦れ合う音は舗装された大通りに出ると消える。無人の通りに空っぽの店舗、飲食店のテーブルにはまだ手つかずの料理が置かれてたまま。

「人が……街中なのに人の気配が……な……い……。まるで、まるで……みんな……消えちゃ……」

 抱えられたままヒミコが呟く。通りに置かれたままの物を蹴散らしながら無人の通りを駆ける! 角を曲がるとき透明な蛇が追いかけてくる姿が見えた!!

「タ、タクマさんあれなんなんですか!?」

「あ、あれは…………え~っと……」

 抱えたままヒミコは見上げる様にこっちをじっと見つめる。

 一体なんて説明すればいいんだ?

「だ――ダ・ビンチゲートの選択だ」

 なに言ってんの俺ェェ!! ヒミコがよく言ってる事を真似てみたんだが意味はさっぱりだ!

「…………創造石の扉の選択」

「ああ、そうだ」

「…………そうですよね。な、なんか妙にリアルですけど……」

 なにごとか呟いたあとに――

「もう平気です。自分で走れますから」

 俺はうしろを見て蛇が来てないことを確認すると、念のために小さな路地に入ってからヒミコを降ろす。

「悪かったな。あんな風に運んじまって」

「それは……むしろ定期的にやってもらいたいぐらいですけど……あ、あれはなんなんですか?」

「シ! ちょっと待て」

 ヒミコの頭を手で押さえ伏せさせ物陰に隠れる、直後に透明な蛇が過ぎ去っていく!

「ふ~……。あれは共工という水の神。とても狂暴で強力なうえに君を狙っている」

「あ、あたしを?」

「そうだ。だが心配するな、必ず君は俺が守る!」

「!」

 驚きに目を開いたあとに顔を真っ赤にすると、

「……も、もう一度……その……もう一回言ってもらって……いいです?」

 気持ちの整理のためか、聞き逃したのか、どっちにしても無理もない。いきなり化け物に狙われ、追われている上に突飛のない話しをされて呑み込めるハズもない。

「追ってきているのは共工という水の妖怪だ。いま俺の仲間が術者を探しだし止めてくれる、だからなにも心配いらない」

 俺は安心されるようにと先ほどよりもゆっくりした口調で言う。

「………………そこじゃない」

「え!?」

 ヒミコの洩らした呟きを聞き返す前に透明な蛇が戻ってきた!

 共工は中空でチロチロと透明な舌を二、三度出し――そういえば実際の蛇は舌を出すことによって獲物の臭いを嗅ぎとっているとか――って! 臭いマズイじゃん!

 俺は隣で同じように身を伏せているヒミコを見る――路地の向こうから透明な蛇がこちらに視線を向けるのは全く同時だった!

「アレ?」

 透明な蛇は一瞬こっちを向いたものの次の瞬間には見当違いのほうを向く、

「ふ~……」

 自然と安堵の息がでる。

 驚かせやがって……透明な蛇が去っていく姿を見――!!


「壱与ちゃん!?」


 透明な蛇が向かう先にはビルの入り口から出てきたのは、遠目にもハデな化粧をしてヌイグルミやらなんやらが引っ付いたカバンと出来立てで湯気を立ててるから揚げカップをもった壱与ちゃんだった!

 俺は勢いに任せて飛び出すと蛇の尻尾を掴む! イルカの皮膚のような濡れたプラスチックのような感触だった。

「た、タク兄ぃ!?」

 壱与ちゃんは突然の事態に、

「か、変わった抱きマクラだね」

 おもわず蛇の尻尾を離してしまうほどの脱力――を辛うじて堪えた!

「い、いいだろ……フロリダ辺りじゃ大人気の品だぞ、うをっ!!」

 尻尾を振って振り解こうと暴れる蛇――俺は足と腕に力を籠め押さえつける! これでもダイビングショップじゃ三〇キロの機材を不安定な桟橋から船に運び込む作業をしてたんだ! これぐらいなら!

「う、うごいてるように見えんだけど……」

「な、N○SAの技術力さ、名前は『スネーク君』腹を押さえると――」

 踵を鳴らす様に後ろへ重心を移動させるとアッパーぎみに蛇の腹へ拳を放つ!

「ギョェェェェェェェ!!」

「ほーら。こんなカワイイ声で鳴くんだよ」

「カワイクないし」

「そんな事――!」

 突然フワっと足が地面から離れると――

「ぐはっ!」

 蛇が尻尾を振ると俺はビルの壁に背中から叩き付けられ、衝撃で肺から一気に空気が抜け――か、身体から力が抜けていく……。

「に、逃げろ……」

 俺はそういうのが精一杯で透明な蛇が巨大な咢を開き壱与ちゃんに迫るのを見ている事しかできなった……。

「!」

 壱与ちゃんの前に人影が――誰かが立ちはだかる!?

「お、おねーちゃん!?」

「い、壱与ちゃん」

 両手を広げ壱与ちゃんを庇うようにヒミコが蛇と壱与ちゃんの間に立ち塞がる!?

「な、なにも心配しなくていいから…………」

 突然の乱入者の出現によって動きを止めていた蛇だが、二度、三度チロチロと舌を出して臭いを確認すると――くそっ! 叩き付けられた時の衝撃で身体が動かん!

「ふ、二人とも……に、逃げろ…………頼む! 逃げてくれ……」

 絞り出した自身の声はとても二人に届くとは思えない程掠れていた……。

 こんな風に失うのか? 初任務の時に泣きじゃくる少女に立てた誓いをこんな簡単に破ってしまうのか?

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 咆哮ともに強引に立ち上がる!

「間に合えェェ!」

 伸ばした手は蛇の尾に届かず――その視線のさきではヒミコの上半身が喰われる瞬間だった!?


 ぶっしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――


 風船から空気が抜けるような音を上げ透明な蛇は無数の数滴となって弾け飛んだ!

「ヒミコ!」

「おねーちゃん!」

 俺と壱与ちゃんの声にクラっと身体を揺らすと倒れ込む!

 慌てて外傷がないか確認すると――よかった。ただ気絶してるだけか……ん? 倒れた時に落ちたのか幅広の袖から一冊のノートが覘いていた。

 えっ!

『邦人船上パーティの最中に誤って海に転落後死亡』

 そんな見出しの記事が切り抜かれ貼られたノート…………問題はその記事には俺の写真が載っている事だ!

『故鮫島タクマくん(一八)は友人の誕生日を祝う船上パーティの席で誤って海に転落。自力で岸まで泳ぐ最中に鮫に襲われ死亡。遺体は沿岸警備隊が引き上げた右腕のみ、歯型からホホジロザメと推測され――』

 は――はは、サメに襲われて死んだ? 俺が? 冗談だろ? サメに襲われて死ぬ確率なんて雷に打たれる確率より低いんだぞ!?

 そう自分に言い聞かせるのだが……。


『タクマさんが帰ってきますように』


 七夕に使われる短冊だろうか? 細長い紙にはヒミコの字でそう書かれていた。それがまるで栞のようにその記事が貼られたページに挟まっている。

「タクマさん術者は逃がしまたが術の無力化には成功しました。そちらに被害は――?」

 走り寄ってきた月夜に応える気力がわかなかった。

 そ、そういえば船から彼女の父親に蹴落とされた時は夜だったのに、岸に上がった時は朝だった……そして……そして……俺が中京都にやってきた日付は七月七日……七夕!?

「あ、あのタク兄? ダイジョウブ? 酷い汗だけど……」

「わ、悪い……今はちょっと一人にしてくれ……明日……そう明日全部説明するから……」

 俺は付き合ってた彼女が引き上げられた片腕にすがりついて泣いている写真から目を離さず壱与ちゃんに言う。新聞に載っている画像の荒い写真の腕にはハッキリと見覚えのある俺が愛用していた腕時計が巻かれていた。


To Be Continued



次回予告――


 次回予告

 俺が死んでいた!? しかし……思い当たるフシはある。田神のおっさんの強引な勧誘にヒミコと再開したときヒミコの慌てよう、愛用の時計の噴出――


 アニメやドラマの主人公のように思い悩む――めぇって! ぜんぜん実感ねぇし!! ただ壱与ちゃんに見られたのは失敗だった……。

 壱与ちゃんに対処しようとすると謎の男が再び!? そして『Tファイル』の中身、全てが始まった2008年に一体なにがあったのか――

 次回最終話の四章で――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る