恋は盲目

 皆さん、恋、してますか?

 

 虫唾が走る言葉ですね。

 余計なお世話だよ。上から見てんじゃねーよ。みたいな。

 そんな押しつけがましいことは言いません。

 本題に戻ろう。


 十八歳。夢と希望を携えて、私は一人暮らしを始めた。

 高校を卒業した私は、専門学校へ進学した。小説を学ぶために。おっと、これ以上の学校の詳細は避けよう、身バレするので。

 ともかく私は入学した。

 数日後、生徒と教師による個人面談があった。

 今までどれだか小説を書いてきたか、どんなジャンルが好きか、何を目指しているか。事前に書いた調査票をもとに話を聞くというものだ。

 しばらく話を進めたあと、教師はこう言った。


「君には恋愛経験が足りない」


 当時の私はファンタジーの世界にどっぷりではあったが、ラノベではなく一般の恋愛小説を書きたいと思っていた。

 確かに言うとおりだ。私は素直に頷いた。

 好きな人は何人か出来たことはあるが、付き合ったことは皆無だった。そんな私が恋愛を題材にした小説を書くなんておこがましい話だ。

 教師は話を続ける。


「だから僕と付き合おう」


 誰かこいつの言っていることを通訳してほしい。私には教師の言っている意味がわからなかった。

 きょとんとしていると、教師はさらに話を進める。

 要約すると、恋愛経験を学ぶために、疑似恋愛というものをしようとのことだった。学校内では内緒にし、私が本当に好きな人ができたら、終了とする。

 少女漫画なんかで「彼氏のフリをしてください」なんてのを見たことがあるが、まさか実際に起こり得るなんて。

 小説家ってのは全く突飛な考え方をするものだ。こういうことを日常的にやっているから、あんなに面白い小説が書けるに違いない。


 私は疑似恋愛を了承した。

 その夜、友人にそのことを話すと、猛反対された。

 当然だろう。私が疑似恋愛をしたところで、教師には何のメリットがあるというのか。絶対に騙されている、というのが友人の見解だ。

 教室には他にも女生徒がいる。私にだけ声をかけたのか、同時進行なのか、詳細すら聞かされていない。しかも、小学生が「付き合いました」なんて言うおままごととはわけが違うのだ。相手は大人の男。何が起こるかわからないのだ。

 必死で断るよう忠告する友人に、私は耳を貸さなかった。

 舞い上がっていたのである。

 今までのモブキャラ人生の中で、突然主役に抜擢されたような、非現実的な出来事に、夢中になってしまった。

 秘密のお付き合い。なんて甘美な響き、と酔いまくっていた。

 私は目立ちたいのだ。特別になりたいのだ。

 疑似恋愛をすると決めた瞬間から、私の中の疑似は消えていたように思う。これでヤリ捨てられようが、恥を晒されようが、麻薬のようにのめり込んでいったに違いない。

 私の決定は絶対であり、それ以外は目に入らない。

 リスクも不安も何もない。無敵なのだ。


 結果、教師とはどうなったって?

 今も我が家におりますよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る