12.コピー&エラー~冷やし中華好きのGさん~

「参ったな。またエラーが出たようだぞ」


 オミクロン氏が端末を見ながら呟く。

 それを聞き、デルタ氏はため息をついた。

「また? 最近多くないっすか?」

「まあ、故障しているのは皆同時期に作られた製品だからなあ。寿命なんだろ。おい、ガンマはいるか?」


「ふぁい?」

 ガンマ氏は先ほどコンビニで買ってきたと思われる冷やし中華をすすりながら答えた。

「この人、また冷やし中華食ってますよ!」

 デルタ氏はずるい! とばかりに大声を上げた。デルタ氏の見たところ、ガンマ氏の昼食はこれで一週間連続で冷やし中華である。

 しかし、ガンマ氏は素知らぬ顔で、冷やし中華に乗っている具材の卵をデルタ氏に見せた。

「見てちょうだいよ、この卵。全然切れてない」

 嘆き悲しむような声で首を振るガンマ氏。

「この国の食料生産は、今や完全に機械化されている。それなのに、まさかこんなんなミスがあるなんて。いやいや、本当に、誠に遺憾だね」

  それを聞いたデルタ氏は呆れたようにガンマ氏を見やった。

「そりゃ、何千回何万回と卵を切っていれば、たまにはそういうこともありますよ」

 そのやり取りを見ていたオミクロン氏はため息をついた。

「おい、無駄話はやめろ。仕事だ。出発するぞまた例のアンドロイドの修理だ」


 オミクロン氏の運転する車の中、ガンマ氏はほっぺたにキュウリの切れ端をつけながら報告書を見た。

「故障したのはまた男型のアンドロイドかぁ。なんか、女型よりも故障多くないですか?」

「力仕事や戦闘なんかは男型の方が向いてて頑丈なはずなんだけどな。その分荒っぽく使われるんだろうか」

「なんか、人間もアンドロイドも同じっすね。女のほうが長生き」

 デルタ氏は笑う。

「でもね、同じ男でも配偶者のいるいないで寿命に差が出るらしいよ? つまり、妻がいる男は長生き」

 ガンマ氏はにやりと笑う。

 デルタ氏は半目でガンマ氏を睨んだ。

「何で今、俺の方を見て言ったんですか?」

「いいや、何でも?」

 ガンマ氏はなおもニヤニヤしている。

「何か今、言外の意味を感じましたねぇ」

デルタ氏がぶつくさ言っていると

「おい。着いたぞ。いいかげんにしろ」

 と、オミクロン氏が車を停め、立派な邸宅を指さした。


 通報者の家につくと、早速上品なマダムのエータ夫人が出迎えてくれた。

「こちらがそのアンドロイドなんです。急に動かなくなってしまって」

 夫人の指さす先には、人間の男そっくりのアンドロイドが倒れている。事情を知らない人が見れば、まるで殺人事件でも起こったかのように見えるだろう。

「どれどれ」

 オミクロン氏は、動かなくなってしまった男型アンドロイドをひっくり返した。

「あー、これはいけませんね、この部分が腐食してる。新しい部品と取り替えましょう」

 3人は部品交換をした。そしてその作業はものの数分で終わってしまった。

 3人はエータ亭を後にした。


「はあ。なんか、思ったよりすぐ終わったな」

 オミクロン氏が額の汗をぬぐう。デルタ氏は天井を見上げた。

「そりゃ、慣れたからですよ、最近呼び出し多いし」

「本当に、最近多いよね。まいっちゃうよ。何でいつも冷やし中華食べてる途中に呼び出し食らうんだろ。冷やし中華が冷めちゃったらどうするんだ」

 ガンマ氏は食べかけの冷やし中華を再び手に取った。

「それにしても」

 オミクロン氏はそれを黙って受け流した。

「何とか故障を未然に防ぐことはできないのだろうか」


 その言葉を受け、3人は考えだした。

「とはいっても、物である以上、部品が劣化するのは避けられないことですよ」

 デルタ氏の意見に、ガンマ氏も賛成する。

「そうそう。酸素に触れているだけでも、どんどん酸化していくんだから。俺たちの体と同じよ」

 固まった麺を懸命にほぐすガンマ氏を、オミクロン氏は横目で見てため息をつく。

「でもなあ。今回は部品の交換だけで済んだが、最悪、今までアンドロイドに学習させてきたことが皆消えてしまうこともあるんだぞ。勿体ないだろ」

「まあでも、それはバックアップを取ればいいことじゃないですか?」

 そのデルタ氏の意見に、ガンマ氏はにやりと笑った。何かをひらめいたようだ。

「じゃあさ、アンドロイドの体が劣化してくる前に、自動でコピーを何体か作ってバックアップするようにしたらどうよ」

「自己増殖するアンドロイドか……ありかもな」

 オミクロン氏はうなずいた。


「あーーーー!」

 その時ガンマ氏が大声を上げた。

「どうした?」

 その声を聴き、少し慌てるオミクロン氏。

「このゆで卵、黄身が変な風に偏ってる!」

 ガンマ氏はここに来る前にコンビニで買ったウズラの卵を手に悔しそうに言った。

「そりゃ、機械で毎日何千何万とゆで卵を作ってるんだからそういうのもたまにはありますよ。ていうかあんた、卵食いすぎですよ」

 ガンマ氏は続けた。

「これだけじゃない、このパックに入ってる卵みんなそうだ!」

 まるでハムレット並みの悲劇でも起こったかのように嘆くガンマ氏。


「確かにそうだ」

 オミクロン氏はそのガンマ氏の言葉を受け、何かに気が付いたかのように深くうなずいた。

「もしかして、途中で機械が何かの拍子にそういう設定になってしまったのに気付かずにそのまま延々と偏った黄身の卵が生産し続けられているのかもしれない。これはアンドロイドにも起こりうることだと思わないか?」

「そうっスね。コピーの段階で何らかのミスが起こればそのままそのミスが次世代にも引き継がれることになるかもしれませんね」

「そう。そしてまるで伝言ゲームみたいにどんどん誤った情報が伝わっていくことだってありえる」

 三人は、無言になって天井を見上げた。


「じゃあ、こうしよう」 

 オミクロン氏は提案した。

「データの引継ぎをする時は、二体のアンドロイド同士でそのデータが間違っていないか確認させるんだ。そして、その結果正しいと思われる情報について引き継いでいく」

 デルタ氏が同意する。

「それは良いアイディアっスね! 二体のデータを組み合わせれば、それによって新しく有能なアンドロイドができるかもしれないっスし!」

「それ、なかなか面白いね」

 ガンマ氏も乗り気の様だ。

 こうして三人は、自己増殖する新しいアンドロイドの開発に着手した。


 それから数か月が経った。

「アンドロイドたちの様子はどうだい?」

 ガンマ氏は、冷やし中華を片手に実験場へやってきた。

「それが、おかしなことが起こってるんですよ」

 デルタ氏が首を振った。

「ガンマさん、俺たちがアンドロイドに『G《ガンマ》O《オミクロン》D《デルタ》つまり俺たち三人のことを敬うように』っていう設定をしたの、覚えてるますよね?」

「ああ、それが?」

 ガンマ氏は麺をすすった。

「それが、どう伝言ゲームが間違ったのか、アンドロイド同士でその解釈に差が出ているようなんだ。それで、アンドロイドたちの争いまで起きてる」

 オミクロン氏は、「地球」と書かれた実験場を指さした。

「どうしてこうなったんだろう」


 彼らの作った実験場では、いたるところで醜い争いが起きていた。殺し合い、奪い合い、嘆き悲しむ、3人が「人類」と名付けたアンドロイドたち。

「おかしいな。『人を殺してはならない』という教えも学習させたはずなのに」

「エラーだらけだ。何世代もコピーを繰り返せば、やっぱりこうなってしまうのかな。見てられないよ」

 ぶつくさ言うオミクロン氏とガンマ氏。ガンマ氏はごくりと、蛇のようにゆで卵を飲み干すと

「実験は失敗だね」

 そう言って、彼らの実験場にだばーっと、躊躇なく食べかけの冷やし中華をぶっかけた。

 実験場に流れ込む、茶色の液体。荒ぶる麺たち。尖ったキュウリに、踊り狂うハムや卵たち。

「あ」

「ちょっと何するんですか、勿体ない」

 あっけにとられているオミクロン氏とデルタ氏に、ガンマ氏は無邪気な笑顔でこう言い放った。

「大丈夫だよ。また作り直せばいいんだから」

 その言葉に、2人もあっさりと頷いた。

「それもそうだな」

「そうそう。こんなのに気を取られている暇なんかないよ。また午後から修理が入っているんだから」

 

 笑顔でその場を去っていく3人の「創造主」たち。遠ざかっていく足音。

 その背後で、3人の箱庭は、音も無く冷やし中華の汁の中に飲み込まれていったのであった。

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