魔王という名の現代病と、その特効薬

シャル青井

プロローグ

勇者(高校生)御一行の到達


 普通の高校一年生が、扉に仕掛けられた罠を解除する機会はどれくらいだろうか。

 その実数については俺の知ったことではないが、事実として今の俺の手には細く長い針金と極細のワイヤーがあり、それを用いてこの魔王城の最後の、荘厳なる扉の罠に挑んでいるのである。

 で、その後ろでは、頼れる仲間の皆様がたが、固唾を飲んで見守ってくださっているというわけだ。彼らは罠の解除の機会に恵まれない方の高校生である。

 クラスメイトでテニス部エースのイケメン、土谷剣つちやつるぎ。ファイター。

 同じくクラスメイトで幼なじみの腐れ縁、火宮麻夕かみやまゆ。ソーサラー。

 俺と並ぶ遅刻の常連であったために巻き込まれた滝見茜たきみあかねセンパイ。ヒーラー。

 そして罠解除に勤しむ俺、叢雲輝明むらくもてるあきがシーフというわけである。

 俺を含め皆、ほんの数時間前までごく普通の高校生のはずだったのだが、俺たちは今や完全に勇者様御一行パーティーであった。


「今度は頼みますよ、お兄様」

「だからお兄様と呼ぶな」

 相変わらず同級生のくせに俺をお兄様と呼んでくる土谷の言葉に適当な反応を返しつつ、俺は集中力を高め、今度こそ、自分の指先を信じてみる。

 細い隙間にワイヤーが入っていき、奥にかすったところで止める。

 少しずつずらす。一、二、一呼吸置いて、三。ここだ。

 続いてそれを曲げた針金を入れてゆっくりと動かしていき、僅かな感覚だけを頼りに引っ掛けて、静かに引く。

 なにかがはずれたような小さな音。

 それを聞いて、もう一度、少しだけワイヤーを動かしそのまま固定する。

 なにも起こらない。

 そのことを確認して振り返り、無言のまま仲間たちに頷く。

 彼らも頷き返す。

 大丈夫だという相互理解。

 俺はそのまま扉を押す。それまでが俺の責任である。

 幸いにも毒矢も爆発もテレポーターも発動せず、扉は静かに開いて行く。

 その先に広がる光景。

 暗く、青黒く、深海を髣髴とさせる、その人物の恐るべき心象風景の具現化。

 こここそが魔王の間。

 俺たちの冒険のひとまずの終着点。

 この奥に待つ魔王こそが、叢雲美月むらくもみつきである。


 すべての始まりは、今から三時間ほど前、今日の九時半のことだった。

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