第6話 中国武術というものについて(3)

 (2)において、だらだらと秘密結社と武術について関連があるような無いような話を書いたが、一連の流れによって何がいいたかったかというと、つまり、武術が民間の側から起こってきたものが多い。

 官と民(支配者側と民衆側)という点から見ると、武術を必要としてきたのは、官はない事もないが民の側が大部分を占める。


 よく考えれば誰でも当たり前だと思うが、軍隊などの集団の場合、誰か一人が突出して強いよりも、命令通りに集団が動く事の方が重要である。

 体力はいくらあっても困らないが、基本動作以上の多彩な技は、無いよりもあった方がいい程度と思って構わない。


 日本で武術がある種のステータスを持っていたのは、いくつかの条件が重なっていたせいがあると思っている。

 支配者が軍人(武士)の政権であったこと。

 建前上でも将軍や藩主は武士であったために、一応は武芸を修めることとなっているので、たまに武術にドはまりする趣味人が結構いた。

 幕末から明治の貴人であれば、例えば徳川慶喜が維新後も手裏剣を打っていたという話があるし、土佐藩主の山内容堂も若い頃に英信流の居合をぶっ倒れるまで修練していたという話がある。

 また、体制側への就職の口のひとつとしての武術があった。


 もちろん、筆者の知識や見聞には相当偏りがあるので、まあそういう方面を見てとることが出来る、程度に受け取ってもらえばいいわけだが。


 で、まあ色々と回りくどく書いてきたが、そういう民間の立場の弱者が強者に抵抗するための要求を強く感じる中国武術方面の技術は、日本のものと比べてかなり悪辣であったり残虐であったりする技法が多いような気がする。

 というか、日本の江戸期は世界的に見てかなり治安がいいのだが、ひるがえって中国はというと、清末民初に至るまでずっと民間の物資の運送に対する護衛(保鏢)が職業として成立していたというのだから、かなりの必要度である。

 また、即席でえぐい効果を上げやすいものも多い。

 どのような門派のものかは書くつもりはないが、闇夜における忍び寄りの方法などとセットの闇討ちの方法や、いかに効果的に急所を組み合わせるかという要訣が存在しているのを知った時は、かなりドン引きしたものである。


 私の先生が学んだのは、今より数十年前の東南アジアの華僑経由によるもので、それを中国武術全般のこととして一般化するのは話が偏りすぎかもしれないが、民間で、その辺の人々が地味~にこっそり伝承していった内容は、そのようなものが多いようだ。


 武術の抱えている本質には大きく二つ方向性があると筆者は考えているのだが、一つは生死の瞬間に自分の持てる全てを出し尽くすという部分で、これは体力向上や直感等の能力開発に関わっており、世間にも受け入れられる効能であるために、現在では前面に押し出されている。

 もう一つは、とにかくどんな手段を使ってもいいから目の前の相手の殺す、という実も蓋も無い部分だ。

 生き残れば言い訳の余地もあるが、死んでしまっちゃおしまいよ、というわけだ。

 現在の日本の武術でその事をきちんと前面に押し出しているものはほとんどなく(存在しないとはいわない)、近年になって海外の軍隊格闘術のようなものがやたらと日本に伝わってきてセミナーを開いているのは、実はみんな無意識にその部分を求めているからではないかと思っている。


 実は色々調べていくと、そういう暗黒面というかキ○ガイ面は日本の武術にもしっかりあって、一切ためらわずにヒドイ事できるような精神状態になるための修練やら、実にエゲツナイ口伝の数々が昔は色々あったらしいのだが、時代と共にどんどん薄れたり隠されりしたようだ。

 剣術流派が多数存在していたかのようなイメージがある江戸時代も、なんのかんのいって平和な時代であったために、何度か幕府が武芸奨励のお触れを出さねばならないほど衰退した時期が何度かある。

 そして、一番大きな要因として、戦後の日本ではよりいっそうそれらの技術がどんどん現実的ではなくなっていった、という事があると思われる。


 それはやはり現代に生きている筆者には良いか悪いか判断ができないことなのだが、その点で、中国武術ではまだ地続きになっている部分があって、香港やら台湾やら海外の華僑やらの間で伝わった所は、武術の暗黒面が相当濃厚に残っている。


 なんで大陸の中国以外の所には伝わったかということなのだが。





 ぶっちゃけると、中国共産党の力の及ばない地域に渡った人々は地元住民との勢力争いや暴力沙汰があり、揉め事に対して自然と発生するヤクザ(マフィア)が壊滅させられず残ったことがあって、反体制的でえげつなくて非道な武術が残っちゃったのだ。

 各地のチャイナタウンで、現地のヤクザと抗争をやってます、というのがどうも現代の中国殺傷武術の最前線らしく、チャイナタウンの中でも特に治安の悪いところにいくと、そういう表に出れない達人がいるらしいよ、という噂を聞いたことがある。


 中国共産党が、というか毛沢東が行なった文化大革命は、確かに古い文化や昔ながらの人々の繋がりを暴力で壊しまくったが、もう一つの見方から言うと、中国共産党以外に忠誠を誓ったり闇に隠れて治安を乱すヤクザや秘密結社をぶっ潰す目的も確かにあったのだ。

 中国共産党はいってみれば天下を獲って表に出た政治的秘密結社あるいは巨大ヤクザなので、そうであるからには自分達以外で強い結び付きがある結社集団は潜在的な敵であり、その存在を許すことができない。

 共産党の上下秩序以外に、老師と弟子であるとか親分と子分であるとか教祖とその信者という繋がりを持つものはもれなくその対象となる。

 かつて中国で宗教的な内容や創始者崇拝の教えを含んでいた気功「法輪功」が邪教認定されて徹底的に弾圧されたのも、こういった事情による。


 そういうわけで大陸の中国では武術家というのは弾圧され、ある意味では日本と似た断絶もある。

 もちろん、現在では太極拳をはじめ、「武術ウーシュウ」としてオリンピック競技に入れようとする動きはあるし、少林寺武僧団というものが結成されて世界中で興行を行なって外貨を稼いでいるのだが、あの辺りの流れについては、一度共産党政府の手が入って、武術が本来持っていた暗黒面がけっこう抜かれた後のものだと思ってもらっていいと思う。



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 この部分は2011年に書いたのだが、その後色々と情報が入って理解が変化した箇所が結構ある。

 その後の雑感として、次に補足の回を加えようと思っている。

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