第二十一話 一方で

 時を遡ること数時間前。 


 ウィルが試験場を去り、テムルとガルドは部屋にのこった頃のこと。

 彼の背中を見送ったテムルは試験結果を記入し終え、ガルドに手渡した。受け取ったガルドは改めて評価結果を見直し、そしてそこに垣間見える異常さに顔をしかめる。

 

 「…つくづく、ウィルは、という言葉が似合うな、これは」

 

 「そうですね…色々と…ね」


 テムルはガルドの言葉に軽く苦笑しながらも、しかしその目は冷ややかに結果を見ていた。


 判定基準は学年ごとにもちろん異なっているが、今回のウィルの結果はあくまでも13歳を基準にしている。その中でも最高評価、8歳としてみれば破格の評価である。

 しかし、評価というものはやはりが存在する。それが今回の試験にも言えることであった。

 そう、13歳の最高評価をとったウィルはすでに能力だけ見れば冒険者としてみればプロの段階に入るのだ。魔力、体力においては彼自身、自覚はしているのかわからないものの、遥かに高い。言動も8歳とは思えぬほどに落ち着いている。しかし、8歳というだけの経験不足は間違いない。


 (と、なると…やはり、どっかのバカの【転生】か…?)


 この世界には魔法が存在する。人の魔力を別の形として行使するという、人の、生き物の力を具現化する魔法。未だその全容を解読することはできていないが、魔法には一定の法則がある。

 それは【願う力ヴンシュ】と言われている。人にはできぬ一歩先を形にするという無意識の次元に働きかける力。故に、できぬことはない。願いは思い描いた部分の代償を必要とし、形にする。そして、その代償に足りない部分や思い描くものの外について、世界は願う者にとって必ずしもよい形にするとは限らない。


 さて、魔法の中には【転生リディーム】、【死者蘇生ディミューバー】が存在しており、これらは禁忌とされている。が、そもそも唱えるものはいない。なぜなら、それに必要とされる代償を簡単に払いきれないのだ。

 かつて、これらを願い、力を行使した結果生み出されたのは魔物であったり、人とは呼べぬ不完全な何かであった。それらは、通常のものよりも遥かに強く、最後には国で対応する程の大惨事となった。そのため、これらは禁じられた。


 故に、理想の【転生】は存在せず、また、行われもしないというのが通説であったのだが…。


 「こいつは、どっかのアホがやらかしたと見るべきか?」


 不機嫌ながらに舌打ちをしたガルドは目を険しくしながら手元の資料をクシャリと握りしめた。あとで国に渡す資料なので丁重に、と前置きをしつつ、テムルも少しため息をついた。


 「今のところ、どこかでが見つかったなどの報告は受けていませんし、国もそういったことをしたという報告も内容でしたし、国の中の関係はないでしょうね」


 「ってなると…やっぱそうなるのか?」


 「その可能性はあまり信じたくない、というのが私の意見ですがね」


 普段のぱっとしないテムルとは違い、ナイフのような視線でもって冷静に答える。その様子を確認したガルドは、その上で疑問をぶつける。


 「確証がない、そして、おそらく記憶障害ってことを考えれば今何かすることはこちらとしても痛い。なにより、俺としても彼という人材は鍵になる。その上でもし、俺がれ、と言った場合、どうする?」


 「りますよ、


 ならいい、と話を切り上げるように手を軽く振り、ガルドは扉の方へと歩いて行く。


 「どちらに?」


 「いつもの報告だ。面倒だが、一応報告はしないとな。ただまぁ、その余波でどうなるかは知らないけどな」


 「ああ…それは何事もないことを祈りますよ」


 そうしてくれ、と言ってガルドは出て行った。


 一人のこったテムルは今後のことを考え、誰もいない部屋で一人つぶやいた。その言葉は誰にも、本人自身にも聞こえぬ言葉としてただ、闇に消えていった。








 同時刻、エルルがウィルと約束をし、別れた頃のこと。


 約束を交わしたエルルはその足取り軽やかに自分の家へと向かっていた。というのも、面白そうな転校生を誘い出すことに成功したのだから。

 あの真面目そうな感じからして、おそらく約束を忘れることはないだろう、と間違いなく彼を独占することを確信した彼女は表向きな理由が本当であると同時に、裏の目的の達成について思案する。

 行ったことのないレストランに行きたいのは事実である。しかし、それなら別に来たばかりの転校生などという得体も知れぬ存在を誘う意味はない。仮にも冒険者の学校に通ってる一員であるのに、その慎重さを欠くような好意の持ち方はしていない。


 (ただまぁ、ウィル君のあの様子だと本当にただの優秀な小さい子って先入観が抜け切らないんだよねぇ…)


 悪意を全く感じない態度を思い出し、思わず笑ってしまう。


 教員は色々な人がいるが、その中でもテムル先生が教える冒険者の技能などには、ダンジョンや街道での心構えも含まれる。その一つに『無条件に人を信用してはならない』というのがあり、これは8歳の頃から言われ続けている。そのため、転校生に対してクラスにいるものは好奇心を満たす目的と同時に、が疑心を抱いている、というのがエルルの見解だ。

 そして、あの魔法試験。彼以外でいえば、ランテの【氷の剣山】は13歳でもトップと言われるだけあって、とても魔力操作の精密なものであった。それに対して、しっかりと視認することはできなかったが、転校生の撃った魔法は例えるなら、『力の暴走状態』というにふさわしい余波であった。


 あの明らかに操作しきれていない潜在能力の高さ。それを彼自身が自覚しているのかはわからないが、少なくとも彼において問題なのはその人となりだ。一見、なんともなさそうな彼の態度の裏が存在するのか。それがエルルにとっての裏の目的である。


 (ま、若干大げさな気もするけど、実際気になるんだよねぇ…なにより、ちっちゃくてかわいいんだもんなぁ…)


 エルルには姉妹がいるが、下はいない。そういう意味でウィルを猫かわいがりしたくなってしまうのだ。しかし、ウィルとはまだ知り合って数日。ならば、信頼できる確証を早めに手に入れたいと若干焦り気味なことに彼女は気づいていない。


 頭の中でどういう風に鎌を引っ掛けようか考えながら走った末に、エルルは彼女の家についた。

 一旦思考を止めて、家の中に入る。


 「ただいま〜」


 「あ…おかえり、エルル」


 家にいたのはエルルと同じ青髪を腰まで伸ばし、その髪で目が若干隠れ気味のエルルによく似た人。椅子に座って机に向かいながら、ポーションの作成キットを触っていた。


 「あ、お姉ちゃん。今日はポーション系の納品?」


 「そうだよ…外に出るときに、ついでにとってきて…これでしばらくは外壁の外に出ることないし…」


 声のボリュームはとても小さいのに、どこか澄んで聞こえる声の持ち主はあえてエルルから目を逸らしつつそう答える。


 「もー、すぐそうやって家に引きこもろうとするんだからー。ポーション系の納品だって確かに大事だけど、他にも依頼はあるんでしょ?この前見に行ったら討伐依頼多かったじゃない!」


 「大丈夫よ…その時はその時で頑張るし…今は…そう、きっと休憩するべき時期なのよ…」


 「それこの前も聞いたよ…?」


 そうだったかしら、とどこ吹く風と言わんばかりに作成作業にもどる女性。これ以上は言っても無駄そうだし、材料が尽きるまで諦めよう、と軽く首を振って諦める。その足で、自分の部屋に向かう。


 「どこか…出かけるの…?」


 長い付き合いということもあり、雰囲気で察したようだ。姉は怠け者だが、同時に臆病者でもあり、周りをよく見ている。そういうところはやはり自分より長く生きているのだな、と実感させられる。


 「そうだよ〜。ちょっとしたでね〜」


 「ん…そっか。気をつけてね…」


 「はーい。お姉ちゃんもそろそろ外にでてねー?もう10日以上は家にいるんだからー」


 「前向きに…検討するわ…」


 はいはい、とてこでも動かない姉を見ながら部屋に入る。そして、試験用に着ていた服から普段着用のシャツと動きやすい短パンに着替え、再び外に出ようとドアに手をかける。

 

 「じゃあ、行ってくるね〜」


 「いってらっしゃい…」


 こちらに向かって手を振る姉に手を振り返しつつ、エルルは外にでた。


 


 妹を見送った後もポーション製作を姉はその数分後、なんとも言えない波動を感じた。


 (…今…何か…?)


 しかし、その波動はとても弱く善悪を判断しづらいレベルのものであった。


 (面倒だけど…一応…見るべきかな…)


 冒険者である姉には【気配察知】や【敵性判断】などの様々な探索スキルを習得しているが、そのどれにも反応がない波動。敵性が無いのであれば放置しても良いのだが、一応、と先程まで動く気もさらさらなかった姉はその重い腰を上げたのだった。

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