第十九話 試験後にて

 結論から言おう。



 あの後あっさり負けた。



 今は部屋の端のほうに簡易のベッドを土魔法で作ってそこで横になっている。

 

 いやぁ…もう完全に打ち合うつもりだったんですけどね?そんな分の悪い状況下で打ち合えばそりゃあ、ガルド先生でも無理だろうと思うんですけどね?

 ガルド先生も同じことを考えて、打ち合うんじゃなくて受けると見せかけて下に受け流しながら一歩引いて、こっそり【闘気】をまとわせた左手で腹にドカッとね。


 途中で気づいたけど、時すでに遅くそのまま直撃して壁まで吹っ飛んだよ…。壁に到達する直前に同様に風魔法でクッションを作ったけど、『いいのをもらったら負け』だったので文句なしで俺の負けですよ…。


 あそこで男らしく打ち合い…っていうノリはだめだよなぁ…実戦であれば死んでたもんなぁ…。

 さすがに調子に乗ったと言わざるを得ない。やはり戦闘経験のなさが響くもんな…。帰ったら、ルーテシアと反省会だな…【疑似空間】使って物理的に…。


 帰った後の未来の惨状におびえていると、俺が寝転んでから数分くらいしてガルド先生も片づけが終わったのか、こちらまで歩いてくる。

 

 「よぉ、気分はどうだ?直撃したとはいえ、直前で自分で吹っ飛んだんだから多少はマシだろ?」


 「負けたという点での精神的ダメージは回復しませんけどね」


 ニヤニヤとこちらを見ながら口だけの心配をするガルド先生にムスッと返す。彼の言った通り、回避行動は間に合わなかったが衝撃の緩和には成功したのでダメージはひどくない。ルーテシアの訓練でひたすら回避行動をしていたので、そういった技術のほうが上であるのが、いささか自分の心に刺さる点でもある。

 まぁ、ルーテシアだと死なない空間ってせいもあって余裕で体の一部分が欠損だからな!これくらい余裕!……なんか自分で言ってて怖くなってきたわ。訓練のほうが危ないってどういうことよ。


 「ガッハッハ、まぁそういうなよ?腐っても元最上級の冒険者なんだ、そうあっさり負けるわけにもいかんさ」


 「むぅ…すぐに追い抜きますからね?」


 「おう、できるもんならやってみな?」


 と、こちらの挑発にしたり顔で返してくる。くっそぅ、いつかほえ面かかせてやるからなぁ…!


 そんな風に軽く休憩を挟んでいたところで、入り口のドアが開く。


 「ガルド先生、そちらは終わりましたか?」


 入ってきたのは見慣れた担任のテムル先生。テストの監督をやっていたのであろうか、今は簡素な緑の布の服だ。部屋着と言われても違和感がないが、彼の運動服なのだろうか?


 「おう、ついさっき終わったところで絶賛職務怠慢ってところだ!」


 「堂々と言わないでください…。それで試験結果を記入した紙は?」


 「あっ…」


 そんなのあったのを今思い出した、と言わんばかりのガルド先生。そういや、なんにも持たずに手ぶらだった気がするぞ、この人。

 

 「はぁ…いつものことなので、大丈夫です。それでウィル君の成績はどれくらいですか?」


 テムル先生もその様子を見て察したようで、軽くため息をついて結果を聞く。というか部下にいつものこと、と処理されるとか、どんだけミスしてるんだよ校長。


 「あーすまんすまん…結果はオールSでいい」


 「オールS…ですか。まぁ、そんな気はしていましたからいいんですけどね…」


 適当に謝りながら結果を言ったガルド先生に対し、こちらを見ながらどこかあきらめた様子でテムル先生は再びため息をつく。

 オールSというのがどれくらいなのかわからないので、ひとまず聞いてみる。


 「テムル先生、オールSってどれくらいなんですか?」


 「そうですねぇ…今までの学園卒業生の首席がとってたものより少し上、という感じでしょうか」


 一番上を全部取ったんですね、わかります。

 そりゃ最終的に負けたとはいえ、いい勝負してたもんなぁ…最後をのぞくけどさ…詰めが甘いの典型的な例だけどさ…。


 「判断力の甘さは戦闘経験、訓練の少なさを考えれば当然だが、魔法の基礎はもちろんのこと、体術、応用もできてるからそういう評価にした。まぁ、評価基準があくまで13歳の平均な上に、俺が直接見てるのだから当たり前なんだがな!」


 豪快に笑いながら、そう付け加えたガルド先生。

 最初のうちはだいぶきつかったからなぁ…能力値高いけど、完全に使いこなせてなかったし…今でも、ルーテシアのおかげでステータスはちょくちょく伸びてるけど持ち腐れている感じだからな。そのために、手合わせしてもらってるんだけど、前世では運動なんてほとんどしなくなっていたせいで、魔法で無理やり修正している感じだ。これを直さなきゃな…。

 そうしている間に、テムル先生がガルド先生の書くはずだった紙に結果を書き終えた。


 「わかっていても一応は決まりなんですから…こういった書類は国にも出さないと、あとで役所からお叱り来るんですからね?」


 「わーってるよ。だが面倒なものは面倒なんだー!」


 うがー!と叫び、こちらを威嚇しているが、言ってる内容は完全に子供じゃないか…。

 身内だけで気がゆるくなっている部分もあるのか、若干情けないガルド先生を尻目に今後の予定をテムル先生と相談する。


 「試験も終わったことですし、これで自由行動ですかね?」

 

 「そうですね、在校生の他の方はこの後に筆記試験を受けることになりますが、ウィル君は飛び級とはいえ新入生ですし、いきなり筆記試験を受けてもだめでしょう」


 テムル先生の言うとおり、おそらく白紙に近い状態になるだろうが直球は心に刺さるなぁ…。ルーテシアに聞けば余裕で…。


 『ズルはいけませんよ、マスター』


 うぐっ、バレてる上に釘を刺されるとは…となると試験のときは協力は望めないな、トホホ…。

 現状の知識のなさにうなだれつつ、それなら、と提案することにした。


 「自分の家に服とかの荷物が置いたままになってるんで、荷物の整理とか家の片付けとかしてきてもいいですかね?」


 寝巻きはガルド先生の使ってない服を使っていたが、体格が違いすぎるためにすそがあまりまくっているので、寝るときはいいのだが普段の生活に大変不便なのだ。夜中にトイレに行こうとしたときも、寝ぼけてすそを思いっきり踏んだせいでそのまま顔面を打ちつけた。

 間違って念話の方にも思いっきり痛みを伝えてしまった結果、ルーテシアがあわてて戻ってきて非常に申し訳ないことをした。いつもの薄い表情もどこかあわてていて、事情を知ったあとのなんともいえない白い目を今でも忘れてはいない…。念話のコントロールも課題だな、と再確認したのがなんとも皮肉だ。

 

 「ん、そういやこっちに移ってから、一切自分の物をもってこれてなかったか。ならそうしてこい。なんなら、家を役所に報告して売却ってのもあるが、そうはしないんだろ?」


 「そうですね、家はそのままおいておくつもりです」


 だろうな、とニカッと笑ってみせるガルド先生。

 

 現代で言えば、住居などは不動産などで買ったり、アパートの契約などで住んだりなどが普通だが、こちらでは国が一括で土地を管理している。

 国に住むには、国に1年以上住んでいることを条件とした住民カードをもって、役所で手続きをすることで、土地と家を借りることができる。

 また、住んでいる間にできた子供などは1年以内に身分証が発行される為、俺も持っている。これがなければ、国に関する手続きのほとんどは他国の冒険者やそれに準ずる旅商人と同じ扱いとなってしまうので、なくした場合大変不便なことになる

 再発行には保証人が必要で、1週間ほどはかかるため、言い換えればその1週間は…ということになってしまうのだ。

 

 話が逸れたが、父さんや母さん…が借りていた家は結果的にその子供である俺の管理になったため、国に返す場合は俺がそれらの手続きをしなくてはならない。

 しかし、住むことはなくなったとはいえ、三人で一緒に暮らしていた家。進んで返したいとは思わないし、家賃分は今のところ問題ないのでおいておきたいのだ。

 

 許可も出たし、そうすることにしようとベッドから降りたところで、テムル先生がそういえば、と声をあげた。


 「例の飛び級の間分の本、届いているのでガルド先生に渡しておきますね」


 「お、もう届いたのか思ったより早かったな」


 「学園長から直接国に言ったんですから、早いに決まってるじゃないですか…」


 そうだったかな?とすっとぼけた演技をするガルド先生。


 「ま、早いに越したことはないだろうな!ウィル、帰ったら本渡すからちゃんと勉強しとけよー?」


 「わかりました」


 といいつつも、勉学とか苦手なほうなんだが…丸暗記系ばっかだったらどうしよう…数学とかはどうにでもだったんだが、歴史系はどうにもなぁ。


 『そのときは個人授業と参りましょう、マスター』


 と、念話で伝えてくるルーテシア。「個人授業」という響きは魅力的だが、ルーテシアの場合、本気で教えるつもりなので色っぽいイベントの期待はしないでおこうか…。

 

 念話でルーテシアにありがとう、と伝えつつ、ガルド先生達に軽く礼をして俺はかつての我が家に向かうことにした。



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