第十五話 【疑似空間】

 中に入ってみるといたって普通の空間といたって変わらない感じがした。物も何もとくにあるわけではなく、フィールドは楕円状、天井はドーム型になっており、地面にはマス目のように直線が引かれているだけ。全体は真っ白でどこぞのトレーニングルームといわれてもおかしくない感じだ。

 ただ一つへんなのは、どこにも光が出てる場所はないのに明るいことか。普通真っ暗でもおかしくないのにさすがご都合主義か。

 話によれば、怪我してもすぐ治るとのことだが…よし。


 後ろの扉が閉じたのを確認し、試してみることにする。持ってきていた鉤爪を右手に通し、魔力を込める。右手に力が流れるのをイメージすると爪が無事にジャキンと生えた。そんでもってこれを左腕に振り下ろしてみる。


 ザクッという感じの痛みとともに腕から血が飛び、あふれ出てくる。


 いってぇぇええぇええぇええ!?治るといってもやっぱり傷はできるのかよ!?


 あまりの痛みに目を一瞬つぶるが、2秒後に痛みを感じなくなる。成功かと思って目を開けてみればそこには最初から傷口などなかったかのようになっており、服に付いたであろう大量の血などもなかった。

 痛みは仕方ないと割り切れば実戦形式でも安心だな…が、さすがにこれでルーテシアに傷を負わせるのも嫌だしなぁ…よし。


 ひとまず、再び装備した爪に魔力を注いで刃の部分を収納すると両方を壁際の床に置いておく。ルーテシアはというと、入ってきた入口に対して反対側まで行ってじーっとこちらを見ている、やだこわい。


 「ルーテシアは準備とかしないの?」


 軽くストレッチとか。俺も用意できたらするつもりなんだが。

 そう聞いてみたものの、本人は何でもないように


 「私はいつでも戦闘準備はできておりますのでご心配なく…」


 あ、素人感ダダ漏れな私です。

 仕方ないじゃないか…ガルド先生の時だってお互い準備してるんだから…ルーテシアの場合。精霊だからそりゃいつでもできるじゃないですかやだー。


 仕方ない…ひとまず、自分で獲物用意しなきゃな…。

 というわけで今回はファンタジーあるある『武器作成(魔法編)』のお時間です。目の前の氷をつかんだら刀が出てきて、そこらへんの鉄の剣よりもスパスパ切れるとか熱いですよね!ね!?


 自分の場合はもともとあった武器を使えばいいのだけども、よい武器すぎて鍛錬用には使えないので似たような武器だけど打撲程度に住む劣化版を作ろうというお話です。いくら実戦型の練習とはいえ、練習なのだから傷を負わせるとか論外。俺は別にいいけどさ。

 いや、もちろんルーテシアが女の子に見えるからね。男だったら余裕で持ってきたやつを使います。


 さて…どうやって作成しますかねぇ…。氷はいい加減見飽きたのでダメとして物体じゃない火、風、光、闇も除外すると…地属性による錬成しかないか。これもあるあるだけど作ってみますかねぇ。

 空間に入ってきた入口から中央に近いところまで行き、地魔法を使うのを意識して目をつむりながら武器をイメージする。

 

 イメージもとはさっきの武器だが、その刃先は線ではなく面に。


 爪の先も点ではなく面に。


 拳はそのままに。


 イメージが終わって目を開けると、目の前にはアタッシュケースぐらいの大きさの土が空中に浮かんでいる。ちょうど自分の胸の高さ位で静止しており。ちょうど手を突っ込めるくらいのサイズの穴が開いている。

 中に手を突っ込んでみると自分の武器と同じ感触を感じながら、持ち手の部分をつかみ魔力を注ぐ。


 するとアタッシュケースがボロボロと崩れ、最後に残ったのは土でできたとは思えないほどにしっかりとした見た目の鉤爪。色が元の武器は黒いものだったのだが、こちらは麦茶みたいな色をしている。土だからか?

 イメージ通りに刃先もなっているし、切り傷になることはないだろう。


 自分で作った武器に満足しながら軽く背伸びをして体をほぐす。


 なお、この作業は一部始終ルーテシアがじーっと見ていた。特に顔の変化もなくただ見ていた。怖いです。


 



 何はともあれ、準備ができたのでルーテシアに準備完了を伝える。


 「ルーテシア、こっちも準備できたからそろそろ始めるぞー」

 「了解です、マスター」


 石像よろしくのただ棒立ちでずーっとこちらを見ていたルーテシアが動き始める。固まってなくて一安心。そういや、一応制限時間は俺の方で決めなきゃいけないか。

 そうだなぁ…あ、閃いた。


 ひとまず、地魔法で壁際に机くらいの高さの台を作る。おけるスペースはノートパソコン一個分くらいの広さで。その上にバケツくらいの容器を地魔法で作って、その少し低くしたバージョンを隣接するように同様に作る。ちょうど階段みたいな感じだ。そんでもって低いほうにも地魔法で容器を作る。あとは…上の容器に水魔法で水を入れてと…。

 よし、これで行けるだろう。


 「ルーテシア、今からルール…まぁ、ガルド先生との戦闘は見てるよな?」


 ルーテシアには周りの不意打ちとかを対処してくれるように言っているので、逆にいえば行動の一切を見られて…ハッ!?トイレの時大丈夫か!?…忘れよう。何も考えてないことにしよう。

 そんな心境を知ってか知らずか、ルーテシアは淡々と答える。


 「はい、確か制限時間付きの戦闘でしたね」

 「それと同じことをする。あそこに用意した容器に俺が小さい穴をあけてもう一つの容器に流れるようにする。その流れる水が出なくなったら一回終了な。連続戦闘では練習にならないからな。」


 悲しい事実に気づいたが、なんとか心の隅において冷静に説明できた。うん。

 しかし、練習とはいえ、実戦…ルーテシアとどれほど差があるのかだな…。あ、そうだ。


 「いっとくが、手加減は殺さない程度でな。傷を負わせるなんかは思う存分にやってくれ。そのほうが練習になるし」

 「了解です、マスター」

 「じゃあ、始めるぞー」




 自分で作った水の入った容器に、もう一つの容器に水が出るように地魔法で小さい球を作って打ち込む。すると、無事に水がバケツに入った。


 よしよし、思った通りに水が入ったな。


 そこまで確認して前を見ると、すでにルーテシアが目の前まで来て俺の顔の前に拳が来ていて。


 顔に当たる直前、即座に風魔法で無理やり自分の体を後ろに飛ばして衝撃を緩和する。それでも顔に幾分かダメージを負い、派手に吹っ飛びながら再び風魔法で壁への衝突ダメージを緩和する。


 思いっきりぶつかることはなく、何とか着地できたが、鼻から鼻血が…あ、もう治ってるわ。すごいな、おい。


 しかし、ダメージこそ少ないが一気に壁まで追いつめられる。ルーテシアは思いっきり吹き飛ばした後も追撃を入れようとこちらに走ろうとする。


 まぁ、女の子にフルボッコというのが好きな性癖の方もいるだろうが、俺はSなんだよなぁ…。

 そんなことを考えながら、すでに仕込みは完了。座り込んだ状態からすぐに起き上り、考えてた魔法を発動する。


 「【雪原の祝福スノウ】!」


 辺りが一気に雪で覆われる。もちろん吹雪もセットだぜ!これでルーテシアの飛んでも機動力はある程度鈍らせることができるだろう…え、俺?こっそり【火鎧ヒートアーマー】で雪とかしながら、逃げてますけど?あったりまえじゃないですかやだもー。


 ちなみに、制限時間の役割をしてる一帯には振らせないように意識した。水が凍って永遠にとかシャレになりませんし、おすし。


 さて、こっから!と思ってたらさっきよりは遅いけどルーテシアが結構な速度で迫ってらっしゃった!?無表情でこっちに陸上選手よろしく走りこんできてるうううう!

 いや、こえーよ。逆に笑顔だったら今すぐ両手を広げて抱きしめるけども。


 「マスター。そういうのは戦闘後にぜひお願いします」

 「あ、声に出てた?」


 というか、抱きしめるのはいいんですね。

 こちらに走ってきながら、ルーテシアは表情を崩さずにこちらに迫ってくる。


 「思念でこちらに伝わってきました…それとマスター。訓練でも真面目に動かないと大怪我しますよ?」


 ん?それってどういう…?と聞こうとしたところでルーテシアの右こぶしに闇の炎みたいなのが。


 …………やばくない?


 「いきますよ、マスター。ちゃんと対応してくださいね」


 ヤバイいかん逃げなければーーー!!

 防御することがすごく危うく感じたので、急いで風魔法で自分の足取りを軽くし、一気にルーテシアの背後に跳ぶ。その飛んだ瞬間に、


 「【地獄の業火ヘルファイア】」


 と、淡々とした声が聞こえて、闇で包まれた右手を前に突き出し、




 自分のいた位置にあった雪を放射状に広がる闇の炎であっという間に覆い、跡形もなく消し飛ばした。




 ……えーマジでー?あれ防御しなくて正解じゃねー?

 あまりの威力に背筋をヒヤッとさせて茫然としながら、自分がいまだ空中にいたことを思い出し、なんとか空中から地面と愛の再会を果たす。もちろん足から着地に成功している。

 

 というか、今の現状視て察したのはやっぱルーテシアのほうが圧倒的に強いんじゃ…という疑念が正解だったということで…ひぃ。

 それにあれくらったら大けがじゃ済まんやろー。軽く死ぬわー。


 吹雪がやんで、ルーテシアの魔法も終わったようで、最初に入ってきた時と変わらぬ地面に背を向けたルーテシアは、


 「さすがマスターです。ではここからは直接お手合わせ願います」


 と言って、拳に闇をまとって肉弾戦を仕掛けてこようとする。


 まぁ、これがやりたかったんだよね、うん。


 そう考えて、自分も爪を構え、その戦いに臨む。ルーテシアの右こぶしがストレートで俺の顔面を狙ってくる。その勢いの良さに目をつぶりたくなるが、何とか首を右にひねってかわす。その際に、軽く炎に触れて、頬が焼ける。


 お返しとばかりに俺も右の爪でルーテシアの腹に鉤爪を向けてアッパーしようとするが、ルーテシアが左手を使って俺の右手を押え、それを支えにして、ルーテシアが俺の頭上を飛び越えて背後に到達する。


 身のこなしの軽さに驚きながらも残っていた左手で裏拳の要領で後ろに攻撃を飛ばす。その際、火魔法で軽く自分の手のひら側に爆発を起こしてそれを推進力にする。

 しかし、これも読まれてたのか、俺の背後に背中を向けて優雅に着地したルーテシアは闇におおわれるようにした右腕を裏拳に対して垂直にあてる。すると、まるで衝撃吸収材にでも攻撃したかのように左の裏拳を軽くいなされる。


 もちろん、このままだとルーテシアが振り返ることでその右こぶしをもらってしまうので、一気に体をひねってルーテシアの方向に体を向けるために、自分の右肩を後ろから小爆発で押し出して、左足を軸に一気に回る。そして、そのまま右こぶしをルーテシアに向ける。

 ルーテシアも同様に体をターンして同じように右こぶしが当たろうとしたところで、





 お互い同時に相手の顔の前で攻撃を止める。





 「……ん、1回目お疲れさん」

 「はい、マスターお疲れ様でした」


 お互い、攻撃状態から自然体に戻り、ルーテシアは魔法を解き、俺はわざわざ魔法で出した鉤爪をその場にある雪の上に適当に放りだして、ルーテシアの黒く長い髪の生える頭をゆったりと撫でる。

 無表情ながらにもどこかうれしそうに見えるなぁ、と俺の中で勝手に思い込みながら撫でているとルーテシアが俺の目をまっすぐ見る。なんだ、照れるな。


 「…マスター」

 「なんだ?」

 「抱きしめてくれるんですよね?」


 超真顔でこちらを見ながら言ってきたよこの子。

 

 しかもなんだ、この「やってくれないと許さないんだからね!ぷんぷん!」みたいなオーラ。すいません、今のは勝手につけた音声です。俺は悪くない。


 何とも言えない羞恥で悶えているとトコトコとルーテシアが目の前まで来て、小さな体でかわいらしい顔を俺の胸にうずめる。

 もちろん、ぎゅっと抱きしめましたよ?なに?ロリコン?おう、俺はもうロリコンでいいや。




 さて、なぜ攻撃をどちらも同時に辞めたかといえば、もちろん用意していた容器が水が出るのをやめていたからだ。


 まぁ、直接の戦闘の余波で爆散してたから仕方ないんだけどさ。

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