第一章 『魔法使いとは何たるか』(7)

 火球の雨では駄目だと判断できたのだろう。

 それを瞬時に理解したアセナは降らせていた火球を一転。自分の周囲に留めた。それだけを見れば何をしているのか、というように見えるかもしれない。だがしかし、今まさに肉迫しようとしている洋介にとっては、それはまさに小惑星群に突っ込むような状況であり、そこに単身、何も策なしで突っ込もうものなら致命傷は免れないだろうというのもわかった。


 そうしてやむを得ずたたらを踏んでその場に留まった洋介。だが、それすらもアセナにとっては計算づくのこと。本来、守るために炎を扱うならば炎で出来た盾でも作ればいいのだ。もしくは壁を作ればいい。ではそうしなかった理由は。


 「────くっ、そっ!」


 たたらを踏んで、完全に床に足がついた状態の洋介に、アセナの周囲で停滞していた火球が一斉に襲いかかる。

 今度は先程とは打って変わって疎らな弾幕のような攻撃ではない。床に足がついて、とっさの行動ができなくなった洋介目掛けて一斉に襲いかかる集中した攻撃だ。


 「歩、あんたより普通にうまく炎を扱ってるように見えるんだけど……」


 「ははは、面目ないな」


 苦笑を溢す歩の言葉が聞こえるがそれにツッコミを入れる余裕もない。今は、これをどう切り抜けるか、が最優先。

 両足揃えて床に踏み縛っている。横にも後ろにも回避できるような状況ではない。なんとか耐え切れると信じて全て受けきるか? いや、それは愚策だ。万が一、耐え切れたとしてもそのあとが続かない。続いたとしても格段に動きは落ちる。負け八割から負け十割に変わるようなものだ。それは受け入れられない。だったらどうする。どうすれば乗りきれる。


 走馬灯のように引き伸ばされた思考で洋介は思考をフルスロットルで回していく。

 どうすれば。これはだめだ。これならどうだ。それはだめだ。では、これはどうだ。無理だ。無駄だ。駄目だ。


 「──────ッッ!!」


 そうして、洋介は辛うじて剣を盾にその影に身を隠す。

 肩や腕に被弾するが、それは仕方ない。愚直に突っ込んで、足並み揃えてストップしてしまった自分の落ち度だ。甘んじて受けるしかない。だが、胴はだめだ。下手したら行動不能になる。頭もだめだ。十中八九行動不能になる。足もなるべく避けたい。機動力が落ちる。


 そうしてその攻撃が止んだあと、洋介はなんとかその場に立っていた。

 だが、まだやれる。まだ動ける。思わずその事実に口元が吊り上がる。


 「ふぅん……なかなかどうして耐えるんだ。じゃあ仕方ないわね」


 その洋介の姿を見て、アセナも認識を改める。


 「十八番でやってやるわ。──シフトチェンジ。プログラム『トール』インストール」


 バチィ、とスパークを起こしてデバイスが放電を始める。それはアセナの十八番である電撃を操るプログラム。

 二年前のあのとき。幾度と見てきたアセナのプログラム。

 何度負けたか。何度苦汁を飲んだか。だが、言ったはずだ。あのときとはちょっとだけだが違う、と。

 そのアセナのプログラムの起動を見たと同時に洋介は剣を投げ捨てる。用途とは別に使用者の手を離れた剣は、魔法はその効力を終え、霧散する。


 「なん!?」


 若干の驚嘆の声が歩、玲奈。そしてアセナから漏れる。

 洋介は触媒を複数作ることができない。そして洋介は一つの触媒で一つの物しか作ることができない。つまり、それは武器の放棄。この瞬間から次の触媒を作り出すその時まで。洋介は完全に丸腰の状態になった、というわけである。


 たしかにその状況が来ることは想定としてあっただろう。だが、それはこんな状況ではない。弾かれてやむを得ず手が離れて、とかそういうことがあってこその状況だと思っていた。だからこそこの状況は予想外の出来事であり、そうして全員を驚かせたことが若干以上に洋介には心地よかった。


 「まあ、ああは言ったけどさ、信じてたぜ。お前が『トール』以外にも使えるようになるってさ。正直、最初っからこうしても良かったんだけどさ。『トール』以外を使われてたら勝ち目なかったからさ」


 「でもそれで丸腰になってたら本末転倒じゃないかしら? 次の触媒まで何分よ」


 「一分だな。まぁ、それはなんとか耐える。そのために大きいダメージは避けてきたんだ。それぐらいやってやる」


 決して甘く見て、のげんではない。やらなければ勝てないから。僅かに作った可能性だから。

 乗り切ってやる、と不敵に笑って、洋介は触媒の生成に取り掛かる。


 だが、アセナにそれを悠長に待つ必要はないのだ。であればすることは一つ。


 幾本もの雷撃が洋介に襲いかかる。一本一本がまさしく雷の速さ。初見であれば避けられるようなシロモノではない。だが、それでも避けるすべは存在するのだ。


 先駆放電。ステップトリーダー。雷が落ちる瞬間に僅かに見られる複数の弱い光。それは雷がこれから通るための道筋であり、そこ以外には雷は落ちない。

 たしかに自然界でのソレは広範囲に渡って発生するものだが、技術使いのソレは極狭い範囲に限定される。

 つまりは、ソレさえ見切ってしまえば──


 洋介が体を動かした数瞬あと。洋介が先ほどまでいた場所に電撃がはしる。

 そう。見切ってしまえさえすれば躱すことなど容易、とまではいかないが、躱せないシロモノではないのだ。

 では、なぜソレを大剣でやらなかったのか。

 それも簡単な話である。大剣は金属。つまりはアセナの放った電撃がそのまま誘導されるのだ。

 避けてもまるで追尾するように迫ってくるのであれば骨折り損。無駄骨に終わるソレを持ち続ける愚策など取りたくないし、取る必要はない。

 

 だからこそ、洋介はこの瞬間の危機を取って、僅かに勝ち筋を次へ繋げる。


 とまあ、文字にしてしまえばなんとかっこいい行動だろうか。

 だが、その実。やっている本人は


 「──っとぉお!? っぶねぇ!!」


 「あながち成長したってのもホントらしいわね。ならこれはどうかしら!」


 「やめっ!? お、お前ぇ!! 複数本とか卑怯だぞ!!」


 「やれることやってるだけよ。卑怯だなんて人聞きが悪いわね」


 と、情けない顔でへっぴり腰になりながら、這いながら、飛び退きながら、必死に逃げ回るその姿はなんともまあ、滑稽そのものだった。


 だが、それでも一分は一分だ。へっぴり腰で、這いつくばりながら惨めに情けなくかっこ悪く、必死にしがみついて、必死に逃げ回って。洋介はその一分を稼ぐ。


 「──だぁ!チャージ完了だ!待たせたな!触媒生成!!──転換、小刀!!」


 洋介が作り出せるのは刃物だけだ。それはどう足掻いても変わらない。知識の不足のせいというのもあるが、それでも現時点ではそれ以上の物は作れない。

 だからこその小刀で、金属という先ほどの大剣と大きさしか違わないソレに今度は思わず全員が首を傾げた。


 内心、その疑問で攻撃の手が緩めばいいな、と思うところはあったかもしれない。

 ただ、そんなことは起こらず、依然として先駆放電は洋介を狙って奔る。


 そうして、次の瞬間襲いかかった電撃を洋介は



 ──その手に持った小刀で切り裂いた。


 「あっつ!」


 柄が一気に高熱になり思わず手を離しそうになるが、それを意地で引き止める。


 そんな洋介の姿にアセナは目を見開いて、そして一つの結論に至る。


 「まさか、その柄……絶縁体でできてるとか言わないわよね」


 「そのまさかだ。ちなみに小刀にしたのは小回りが利くからだ。正直、先駆放電を見てからじゃ、太刀とか大剣じゃ振りが間に合わないからな」


 でもここまで熱くなるのは予想外、と苦笑しながら言う洋介にアセナは心底呆れたようにため息一つ。


 結論から言ってしまえば、これが洋介が立てていた作戦だったのだ。

 通電して感電して行動不能になってしまうなら通電させなければいい。その短絡的だが有効な考え。対『トール』に特化したスタイル。


 「喜べよ、お前用に用意した作戦だぜ?」


 「正直、キモいわよ」

 

 「予想以上にひどい返しが飛んできた!?」


 ただそうして繋げた策には正直、敬意を評してもいいと思えた。だが、それと勝ちを譲るのは別の話であり。


 「だったら捌き切れない量を打ち込まばいいだけの話よね!」


 「それも──予想済みだッ!」


 次の瞬間、洋介が取った行動は一つ。

 飛び込むように、先駆放電の雨を潜り抜け、一気に肉迫。アセナの正面に飛び込んでいた。


 「──ッ!! 至近距離だから電撃が放てないと思ったら──」


 そう吐き捨てながらアセナは自身の目の前にスパークを発生させる。それを浴びればたしかに行動不能に陥るものだろう。だが、あくまで、それを浴びれば、の話で。


 「なるほど、そこに繋がるんだ」


 ポツリ、と漏らした歩の言葉は放電の音で洋介には届かない。

 だが、それでも歩は知っていた。

 自分と模擬戦をするときにこうして洋介が無謀に突っ込んでくるという行動を取っていたということを。そしてその次にどうするか、ということも。


 そしてその記憶の動き、そのままに。


 洋介はスライディングをするように、床に体を滑らせて一気にアセナの背後に回って


 「今度こそチェックメイト──────」


 チェックメイトだ、そう叫んでデバイスを損傷させて勝利をもぎ取ろうとして。

 その動きはまさかの光景に引き留められた。


 「ほんっと、隠し玉だったのに……ギア、上げるわよ?」


 アセナの周囲に浮かぶのは火球。いや、正しく言えば、小規模の爆発を起こすデバイスと、スパークを繰り返すデバイスの二種類。


 ソレが意味することはただ一つ。


 「──デバイスの併用はさすがに聞いてねえぞ!?」



 そうしてその数分後。洋介の奮闘むなしく、その連敗記録が二年ぶりに更新されたのだった。

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