始まりのエリュシオーネ.07

『以上が簡単に説明したが、今回の認定戦争における主な勝利条件だ』

「随分といい加減な勝利条件ね……ん?待ってエルベリーデ、それって」

『そうだ。地球人類が宇宙の同胞として銀河連盟ぎんがれんめいに加わるまで、この戦争は続く。あるいはどちらかが降伏するか、全戦力が地球圏から駆逐されるまで』

「そんな気長な事言ってたら、私はお婆ちゃんになっちゃうじゃない」


 息を切らせて階段を駆け上がり、重い扉を蹴破けやぶるように開いて。またも屋上に飛び出たエリはしかし、もう老いも寿命も気にする必要の無い肉体の自分を思い出した。


「大体何よ、地球人の心証って。どうやってそんな、全人類の総意を統計する訳?」

『やりようはいくらでもある。それに、個人の意思とは別に種として一つの意識を共有する……これは宇宙の同胞に迎えられる必須条件だ』

「スケールの大きな話ね……でも今は後にしましょ。気が進まないけど、敵はルビコン川を渡ったわ」

『うむ、すでさいは投げられたのだ。人類の革新については後でゆっくり話そう』


 既にもう、普段のエルベリーデに戻っている。その事に頼もしさを感じながらも、やはりエリは不安だった。

 共に戦うと誓ったものの、やはり戦争は怖い。何より宇宙人とは言え、相手をあやめてしまう事もあるかもしれないのだ。それは想像するだけで、自分が傷付き命を奪われるのと同じ位恐ろしい事だった。

 その不安が伝わったのだろうか?あるいはエリの中に居るエルベリーデには、計器か何かで心境が読み取れるのかもしれない。エルベリーデはエリを気遣うように、殺し合いにはならないと語った。忙しく専門用語を呟き、数値を読み上げ機体を……エリと共有する肉体、エリュシオーネをチェックしながら。


『戦闘についても具体的なルールが協約に明記されている。相手の命を奪う事は無い』

「そっか。第一、相手を死なせてしまうような戦いに好感を抱くほど、地球人は野蛮で愚かじゃないしね」


 そう言ってしかし、エリは素朴な疑問を胸中に呟く。果たして本当にそうだろうか、と。世界史を教える教師として、この星の歴史には多少なりとも詳しいつもりで。戦争と平和の繰り返しを省みて、彼女は自分の言葉に自信を失う。

 もし真に、命の奪い合いを本能と理性が同時に拒むならば。何故こうも、人は戦争を止められないのだろう?昔読んだ本では、この地球上に全く戦争が無かった時間は、僅か半年にも満たないという。利権、信仰、思想……何かと理由を付けては、地球人は同じ種同士で争う。


『大丈夫か、エリ?メンタルパルスに乱れが生じている』

「だ、大丈夫よ。大丈夫、大丈夫だけど……」

『認定戦争は我々銀河連盟の加盟国が行使する最後の手段、故に最も洗練された解決方法だ。決して野蛮な行為ではない』

「ん、解ってる。よし!手早く片付けて、普通の生活を取り戻すわよ」


 エリの決意が、凍える真冬の空気を震わせ響く。

 自分でも解っている、これが長い戦いの始まりだという事を。普通の生活などもう、望んでも戻ってはこない。さよなら、愛しき日々よ……エルベリーデに聞こえぬよう、心の奥底でそっと呟くエリ。


『待機モード解除。ユニバーサルリアクター、フルドライブ!』

「で、エルベリーデ。具体的に私は何をすればいい訳?」

『エリュシオーネでの戦闘は全て私が行う。だから…』

「だから?」

『支えてくれ、エリ。励まし叱咤しったして、私をふるたせてくれ。アイ・ハブ・コントロール!』

「ユー・ハブ!任せて、エルベリーデ。頑張って……ううん、一緒に頑張ろう」


 肉体のコントロールがエルベリーデに渡ると同時に、エリの四肢に力が漲る。張り詰めた緊張感で研ぎ澄まされた意識は、どこまでも澄み切り冴え渡って。エリとエルベリーデ、二人の心を乗せて今、ファフナント皇国の認定戦争用地球人類心証良好兵器にんていせんそうようちきゅうじんるいしんしょうりょうこうへいきエリュシオーネが、その真の姿を現そうとしていた。


『フィジカルコンバート、スタート!エリュシオーネ、エンゲージッ!』


 エルベリーデが猛々しく叫ぶと同時に、エリの肉体は地を蹴って。その高鳴る鼓動を打ち消すように、体の奥底より甲高い機械音が近付いて来る。興奮とも感動とも取れぬ複雑な高揚感を感じながら、天高く飛翔するエリ。驚異的な身体能力でしばし滞空した後……エリュシオーネ、大地に立つ。


「……あれ?エ、エルベリーデ?」

『どうしたエリュシオーネ、何故戦闘モードの起動が承認されない?』


 エリはただ、おろおろと慌てふためくエルベリーデに操られて。校舎裏にあるテニスコートを右往左往。

 六階建て校舎の屋上から飛び降りたのに、その身には怪我一つ無い。それはもう、今では驚く程の事では無くなっていたが。どうやら今の姿は、エルベリーデの言う戦闘モードでは無いらしかった。


『ええい、もう一度だ。フィジカルコンバート、リスタート!エリュシオーネ、エンゲージッ!』

「ねえエルベリーデ。それっていちいち叫ばないと、おっ!?」


 両の足に力を込め、腰を落として身構えさせると。両手を高々と空へと翳してポーズを決め、エルベリーデは再び叫んだ。

 我ながら今、とんでもなく恥ずかしい格好をしている。その自覚があったがエリにはどうにもならない。先程からずっと燃えるように熱い体はしかし、変化の兆しを全く見せなかった。


『何故だ……エリュシオーネ、いい子だから言う事を聞いてくれ。この地球の危機なのだ』

「故障、かな?うーん、困ったわね。いくら運動神経抜群でも、このままじゃ踏み潰されてペシャンコだわ」

『うむ、エリュシオーネには本来の姿である戦闘モードがあるのだ。その形態へとフィジカルコンバートが行われない。何故だ?』

「取りあえず落ち着こうよ、エルベリーデ」


 エリの言葉にエルベリーデは同意するが、その声には動揺と焦りの色がうかがえて。何かをチェックしているらしく、ブツブツと異常ナシを呟きながら、彼女はその都度忙しくエリに奇妙なポーズを取らせるのだった。それは傍からみれば、挙動不審な怪しい人物に見えただろう。恥ずかしさに身悶みもだえようにも、エリにはその身をどうこうするすべが無い。


「ね、ねえエルベリーデ。このポーズとかあの恥ずかしい台詞には、何か意味がある訳?」

『ポーズに深い意味は無い。だが、あの決め台詞は私とヨシアキが考えた、エリュシオーネの戦闘モード起動承認パスワードなのだ』

「……納得、由亜季ヨシアキ君が考えそうな事だわ」

『格好良かろ?エリュシオーネは生体デバイズの音声認証により……む、待てよ』


 不意にエリの胸中を嫌な予感が掠めた。しかしそれに構わず、エルベリーデは不意に黙ってしまう。どうやら不具合の原因を突き止めたらしく、その確認に集中しているようで。彼女が再び口を開き協力を要請した瞬間、エリは思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまった。


『エリも生体デバイスの一部として認識されている……このエリュシオーネに』


 つまり、エルベリーデの説明はこうだ。あの日、エリを事故で死なせてしまったエルベリーデは、その人格と記憶をエリュシオーネに移植し、その容姿をエリュシオーネの待機モードへと設定。それによりエリュシオーネは、自分を操る生体デバイスがエリとエルベリーデ、二人一組だと認識したらしい。


「え、それってつまり……まさか」

『うむ、エリュシオーネの戦闘モード起動承認には、私とエリ、二人の声が必要だ』

「って事は……」

『一緒にパスワードを声に出して欲しい、エリ』


 エリは絶句した。その脳裏を、昔と変わらぬ姿の由亜季がニヤニヤと御馴染おなじみの笑みで通り過ぎる。彼が居たなら恐らく、狂喜乱舞するであろうケレン味に溢れた展開。それはしかし、エリにはとてつもなく恥ずかしい現実だった。


「は、恥ずかしいじゃない!そんな……」

『いや、恥じる事は無いぞエリ。一緒に叫ぼう』

「叫びません!もう勘弁して頂戴ちょうだい

『不測の事態なのだ。エリを移植する事でこのような熱いシチュ……いや、不具合が生じる事になるとは思いもしなかった』


 未だ待機モードのエリュシオーネに、キビキビとポーズを決めさせながら。エルベリーデは熱心にエリを説得する。

 事態は急を要するというのも解る。地球の危機だという事も。しかしまさか、自分が……と考えていると、ふとエリの中で先程から聞く耳慣れない言葉が引っかかった。


「だいたい何よ、その生体デバイスって」

『……パ、パイロットと思って貰っていい。つまりエリュシオーネは、私とエリの二人乗りなのだ』

「はぁ、私の同居人はパイロット、か……」

『済まない、パスワードを一緒に叫ぶだけだ。後は全部、私に任せてくれ』


 またエルベリーデを謝らせてしまった。この手の宇宙人と来たら漫画やアニメでは、有無を言わさず非日常へと、無理矢理に主人公を叩き込むものだが。どうやら現実には、巻き込んでしまったという罪悪感は大きいらしく。エルベリーデはエリに対して多くの場合、協力の要請という形を取る。心底申し訳なさそうに。


「こ、声に出すだけでいいのよね?」

『無論だ。まあ、その、出来れば同じテンションで叫んで欲しいが』

「それは難しいけど、でも解った。やってみるからパスワードをもう一度教えて」

『エリュシオーネ、エンゲージ。私が前半を叫ぶから、エリは後半を頼む』


 そう言いうなりエルベリーデは、エリュシオーネの肉体を操って。再び両足を大きく開いて大地を掴むと、右手を広げて高々と天へ翳した。左手は固く握って腰の位置。

 そのポーズは恐らく彼女的に格好良いものなのだろう。校舎裏とは言え人目が気になったが辺りを見回す事も許されず、エリは瞳が大きく見開かれるのを感じて。大きく吸った息が肺を満たすなり、二人はエリュシオーネの戦闘モード起動承認パスワードを口にした。


『ユニバーサルリアクター、フルドライブ!フィジカルコンバート、スタート!』

「ああもう、誰も見ていませんように」

『エリュシオーネッ!』

「エ、エンゲージ?」


 次の瞬間、低い唸りを上げてエリの体が、エリュシオーネの機体が眩く輝き震える。湧き上がる力が全身に漲り、えもいわれぬ不思議な感覚に満たされて……思わず恍惚こうこつの声をあげそうになるエリ。しかし彼女は、一際強い光を放つ己の肉体から、纏う着衣がまるで蒸発するように霧散むさんして悲鳴を上げた。


「ちょ、ちょっと私のスーツが!高かったのに……って裸っ!?」

『安心しろ、服は後で再構成する。それよりぶぞ、エリッ!』

「えっ、や、待っ……いやあああああ!」

『さあ行こう、エリュシオーネ!共和国の連中に見せてやろう……私とヨシアキが生み出した、地球を守る皇国こうこくの力を!』


 つま先でトンと地を蹴る、我が身はまるで羽の様に軽い。まるで夜を切り裂く流星のように煌々こうこうと、しかし真逆に青空へと力強く駆け上がるエリ。

 見慣れた校舎が急速に遠ざかり、点となって見えなくなると。彼女は光の尾を引く一陣の風となって、青森市へと飛ぶ。地球を守護するくれないの女神、はがねのエリュシオーネとなって。

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