第15話 願いごと


 せっかく冬休みに突入したのに、

 未織が親の実家に帰ってしまって退屈な年末だった。


 それもやっと終わる。

 それが、新年を迎えるよりもおめでたい。



 神社はぼちぼちの客入り。

 こんなに人が入ってるなんて、新鮮だ。

 未織、見つけられるかな……。

 あ、いた。


「未織」

「……あ。かなた」


 人ごみ、というほどでもない。人の群れの向こうに、振袖姿が見える。


「かなた、久しぶり。あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「あけましておめでとう。こちらこそ、よろしく。

 髪アップにすると大人っぽいね。可愛い。なんか、ちょっと見ない間に痩せた?」

「……ワガママ言って、着せてもらっちゃった。似合うかな……?」

「似合う! すごい似合う。可愛いよ、未織。もっと色んな服、着せてみたくなる」

「そこまで言われると、なんか、恥ずかしい……」

「本当のこと言ってるだけだよ。可愛い」

「う……。言い過ぎです」

「まだ言い足りないけど。このへんで許してやろう、しかたない」

「なんか悪っぽい……」

「あー、俺も正装してくればよかったかなぁ。制服しかないけど詰襟だし」

「ううん、いいの。秘密にしてたし。びっくりさせようと思って」

「びっくりしたよ! でもなんか嬉しい。てか、うん、嬉しい」

「ほんと? よかった。わたしも嬉しい」


 久しぶりに会った嬉しさの勢いで喋りつくして、お互いに一息つく。

 そうしてじわじわと、未織と久しぶりに会えた喜びが体を熱くした。


「お参り、行く?」

「うん」


 どちらともなく、今年初めて手を繋ぐ。

 未織の手はちょっと冷たい。ずっと外に居たからかな。

 小さな歩幅に合わせて、のんびり歩く。


「年末は、お父さんの実家、だっけ? どうだった?」

「うん。おじいちゃんもおばあちゃんも、元気で安心した。

 のんびり過ごしてたよ。かなたは?」

「部活も終わっちゃってからは、家でぼんやり。

 未織がいないと、やる気でない。

 将棋盤の前で岩みたいに親父が固まってるからさ、丁度いいと思ってデッサンさせてもらってたんだけど、あんまり楽しくなかった」

「お父さんは、嬉しかったんじゃない?」

「いや、どうかな?」

「お母さんは、描かないの?」

「母さんは、俺が描くと文句ばっかりだから。あんまり描きたくない」

「文句?」

「このシワを消して顔を小さくしろ、とか。目を大きくしろ、髪の量を増やせとか」

「お母さんも、乙女なんだねえ」

「それはちょっと、解釈が好意的過ぎるような……」

 歩いているうちに本殿が見えてきた。

 出店もいくつか出ていて、夏祭りを思い出す。

「あ、行列してるんだ。すごい。人、いっぱいだね」

「ほんとだ。でも、長く待たなそうだね。

 やっぱり、人気の神社とかとは違うな。混み方まで地味っていうか」

「ゆっくりできて、丁度良いよ」

「ま、それもそうだね」


 待っているうちに順番が来た。

 お賽銭を投げて、鐘を鳴らす。

 二礼二拍手一礼……だっけ?

 横目で盗み見た感じだと、未織はそつなくこなしてるなぁ。

 真剣に目を閉じて、何をお願いしてるんだろう。


「……そろそろ、行く?」

「あ、ごめん。夢中になっちゃった」


 後ろに並んでいる人へ譲る。

 引き返す道には、もうほとんど行列はない。


「お参りをしたあとって、40分くらい、神社にいると良いんだって」

「そうなんだ。じゃあ、しばらくぶらぶらしようか」


 十分もあれば一回りできそうな、小さな神社だ。

 手を繋いでゆっくり歩く。


「……どんなお願いしたの?」

「うん。家族が元気でいられてありがとう、って。

 これからも元気でいられますように。

 かなたも、健康で、幸せになりますように、って」

「健康のことばっか?」


 なんだかおばあちゃんみたいな気遣いに笑ってしまう。未織らしいな。


「あと……、かなたが、絵を、完成させますように」


 ちょっとだけ、試すみたいな眼差しを感じた。

 もう、わかってる。

 未織の考えは、俺とは違う。

 未織は、俺を好きなことと、俺と別れることを、両立できるんだ。


「なんだか、無欲だね」

「そうかなぁ? 彼方は?」

「俺は、一個、わがままなやつ。

 未織といつまでもずーっと、一緒にいられますように」

「うん……」


 未織の気持ちがちょっと沈んだのが分かる。

 でも、試されたお返しだと、今だけはちょっと意地悪にそう思う。


「あ、おみくじ、引く?」

「うん」


 あえて反応を待たない。もう、分かったから。

 未織は俺のことを好きでいてくれる。だけど、約束は譲らない。

 なら、俺だって譲らない。

 もし一度別れたって、また、告白からやり直す。

 何度だって、そうしてやるんだ。



 ベンチで腰を落ち着けて、配られていた甘酒を手に一休みする。

 参拝客が、ちらちら未織を見てる気がした。

 振袖姿が綺麗だから、人目を引いてるのかも。


「……去年は、どんな一年だった?」

「うん、……幸せだった。かなたと、恋人になれた。

 楽しいこと、いっぱいだったよ。かなたは?」

「うん、俺も。あと、やっぱ、絵、上手くなったと思う。

 人生で一番いっぱい描いてたし。振り返ってみたら、楽しい一年だったな。

 今年も、そうなるといいな」

「うん……」


 未織は困ったように笑う。

 別れが近いことを、予感しているから。

 どんなにじっくり描いたって、もうすぐ、絵は描き終わる。


「ああ、でも、クリスマスだけは悔しかった。

 今年のクリスマスは一緒に過ごしたいな」


 だから、わざと、約束の上書きを試みる。


「それに、こたつで新年を迎えるのもいいな。

 一緒に、除夜の鐘も鳴らしに行こうよ。……約束」

「……うん」


 差し出す小指に触れる。

 最初に触れたときと同じ感触に、あの夏の日を思い出した。

 これは、きっと、果たされない約束だ。嘘になる約束だ。

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