四 ある時は行商人の護衛、またある時は……

 深い谷底の街道を、おんぼろの荷馬車が行く。天気は上々、のんびりしすぎてうたた寝してしまいそうだった。


「寝るなよ」

「ね、寝てないし!」


 御者台の隣に座るヤードに突っ込まれ、ティザーベルは慌てて姿勢を正した。正直、半分意識が飛びかけていたのだ。


 依頼として、冒険者パーティーオダイカンサマは行商人の護衛をしつつ帝国の南東にある辺境の街ヨストに向かっていた。奇しくも、今通っている街道はつい先日彼等が盗賊を捕らえた街道である。


「あの時盗賊共は掃除し終わったし、この辺りには厄介な魔物は出ないし、どうも気が抜けるよねえ」

「何が起こるかわからないんだから、気を引き締めておけ」

「へいへい」


 そう言いつつもあくびをしたティザーベルに、ヤードが呆れた視線を寄越したが気にしない。半径数キロの範囲に伸ばした魔力の糸には、何も引っかからないからだ。


 ティザーベルの使う魔力の糸は、魔力を細く長く放出したもので様々な用途に使われる。手や指の代わりにしたり、今のように探索に使ったり、糸を起点として術式を展開したりする。これもまた、彼女が独学で魔法を学んだ結果だった。


「それよりも、このおんぼろ馬車、途中で壊れたりしないでしょうね?」

「その辺りは持ち主に聞いてくれ」


 現在ティザーベル達が乗っている荷馬車は、依頼人である行商人ミドの持ち物だ。かなり年季の入った代物で、車輪の辺りから嫌な音が響いている。この荷馬車を引く馬もかなりの高齢なので、馬車の速度はジョギング程度だ。


 ヤードに言われた事を真に受けたティザーベルは、荷台に向かって声を掛ける。


「ミドー。車輪の辺りから変な音が響いてるんだけどー。車輪が外れたり車体が壊れたりしないー?」

「大丈夫ですよ。普段は荷台に一杯の荷物を乗せても大丈夫なんですから」


 荷台からひょいと顔を出したのは、年若い行商人ミドだ。鼻の辺りにそばかすの浮く、愛嬌のある人物である。


 とはいえ、今は馬車の状況の方が気になったティザーベルは、彼の言葉を怪しむ素振りで聞いた。


「……本当に?」

「本当ですってば。信じてくださいよ」

「まあ、いっか。いざとなったらどうとでも出来るし」

「えー……」


 ミドは自分の言葉を信じてもらえなかったのがショックのようだが、誰だって今の荷馬車の様子を見れば疑いたくもなる。ティザーベルは万一荷馬車がばらけても大丈夫なように、対物の防御結界をいつでも張れるようにしておいた。




 ミドは数年前にある商人の元から独立して行商人を始めた、言わば駆け出しの商人である。そんな彼がこれから行こうとしているヨストという街は、海に面した崖に作られた街だそうだ。


 そんな立地条件から、商人は船を使って品物を街に運び入れるのが普通らしい。そこを、ミドだけは頑なに陸路を選んでいるという。


 理由は簡単で、船に乗れるのは一定以上の経験を持った商人に限られているからだそうだ。


「なら、別の街で経験を積めばいいんじゃないの?」

「いやあ、実は独立を決めたのがあの街だったんです。だから、商人としてやっていくならヨストでの商売抜きには考えられなくて」

「ふうん」


 彼のこだわりは理解出来ないが、こだわりを持つ事自体は理解出来る。ティザーベルはすぐに話題を変えた。


「で? そのヨストが今大変なんだっけ?」

「ええ……」


 そう言うと、先程まで朗らかだったミドの表情が曇る。これから向かうヨストは、今危機に直面していた。


 ミドが商人仲間から聞いた噂では、街を海賊が乗っ取っているという。海上も殆ど封鎖された状態なので、物資を街へ運べないのだとか。


 ヨストは魚以外の食料を、他の街に頼っている。平地がないヨストでは、作物を育てる場所がないからだ。


 今まではそれでも良かった。帝国が東の端にある国々と交易をする際、使うのは海路である。ヨストはその交易における帝国最後の補給基地なのだ。多くの商船が金と物を落としていくので、ヨストは小さいながらも潤った街だった。


「じゃあ、海賊達はその街の利益が欲しいの?」

「聞いた話だと、ヨストに入る船を制限していくつかの商船は襲っているんだそうです」

「陸と海の利益を独り占めか……」


 船の選別が何を基準にしているかは知らないが、大方見逃してもらう為に商船側が金を払っているのだろう。多少出しても、東との交易で得られる利益の方が大きいのだ。


 だが、これは海賊のやり口ではない。誰かが入れ知恵したのか、それとも黒幕がいるのか。


「考えるのは私の仕事じゃないか」

「は? 何か言いましたか?」

「何でもなーい」


 呟きがミドに聞かれたようだが、内容までは伝わらなかったらしい。ティザーベルはもう一度大きなあくびをして、街道の先を見据えた。




 これから行くヨストの異変こそ、ティザーベル達が請け負った依頼の元凶である。護衛依頼を終えたばかりのティザーベル達オダイカンサマに言い渡されたのは、帝都の中央政府からの依頼だった。


 何でも、ヨストに寄港する船のうち、いくつかが襲撃されて消息を絶っているのだとか。その事件と合わせて、ギルドのヨスト支部との連絡が取れなくなっているらしい。ポッツ達の耳に入ってきた情報としては、ギルドも船の襲撃に関わっているという。事実なら由々しき事態だ。


 てっきりその件を調べるのかと思ったが、理由はわかっているという。じゃあ自分達は何をするのかと言えば、ポッツは意外な事を口にした。


 ――まさか、囮役とはねえ……


 ティザーベル達は普通の冒険者として街に入り、ギルド支部から理不尽な扱いを受けてその証人になるのが役目なのだそうだ。普通にギルドの不正証拠でも探った方が早い気がするが、連中が証拠隠滅していないとも限らない為、念には念を入れるのだとか。


 それだけ、ヨストは帝国にとって大事な場所らしい。その割には、街がおかしくなってから大分長い事放置していたようだが。


 その辺りに関しては、中央政府の大改造があったから辺境にまで手を伸ばせなかったのだと知っている。何せ、その大改造の一端に触れてしまったのだから。本来なら一冒険者如きが知る事ではないのだが、あの時は致し方なかったのだ。ティザーベル達にとっても、中央政府にとっても。


 ともかく、まずはヨストに疑われないよう自然に入らなくてはならない。その為には、依頼を受けた冒険者として行くのが一番いいという事になった。


 当初は軍関係者を商人に仕立てて、偽の依頼で街に入る手筈になっていたが、直前で本物の商人が護衛を探しているとポッツの手元に舞い込んだのだ。渡りに船とばかりに、ギルド本部長の権限をフル活用し、オダイカンサマをその護衛にねじ込んだという訳だ。


 本来なら、オダイカンサマの護衛依頼料はかなり高額になる。だが、今回は事情が事情なので値引きする事になり、不足分はギルドが持つ事になっているのだ。当然、その辺りの事情はミドには黙っている。


「いい天気だなあ……」


 今進んでいる街道をさらに三日程進むと、今度は崖だらけの山道に入るそうだ。そして、今回の依頼でティザーベルが一番楽しみにしている事がある。


 その山道には、希少な魔物が出るのだ。黒い肌をした人型の魔物で、その名も黒小鬼というまんまなものだ。


 この黒小鬼の角が薬の材料になるらしく、生息域が狭い上に群で襲ってくるので討伐が難しい魔物とされている。しかも素材として取れるのが角なので、そこを傷つけないように倒すのがまた至難の業らしい。


 黒小鬼はギルドに討伐依頼が出るが、その殆どは帝都にある魔法士部隊が討伐するので、依頼取り消しになる事が殆どだそうだ。


 その黒小鬼を狩るチャンスがきた。角は一つでも三万メローいくのだから大きい。ちなみに、メローとは帝国の通貨で大体一メロー一円程度の価値観だ。


 さて、この先の山道で何匹の黒小鬼を狩れるか。角の買い取り総額を皮算用したティザーベルの口元からは、不気味な笑い声が漏れていた。

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