第14話

 二十八日、僕たちは新幹線と私鉄を乗り継ぎ、千平に降り立った。前日まで何を詰めたら良いのか迷いに迷って、結局は様々詰め込んだ僕に比べ、香織さんは身軽だった。

 旅館へ向かい、荷物を置いて、ようやく煙草で一息つく。電車での長旅も久しく、とにかく座りっぱなしでお尻が痛かった。香織さんはそんなことも気にならないくらい浮き足立った様子で、何度も煙草を灰皿に叩きつけ、落ち着かない。

「大丈夫ですか?」

 ついにほとんど吸わずに煙草をもみ消すので堪らなくなって尋ねると、香織さんは無言のまま頷いた。

 確かに、彼女にとってここは、僕が美奈子の出身地を訪れるのに等しいことなのだろう。僕であれば酷い抵抗感で、吐いてしまうかも知れない。もちろん、この街が良いとか悪いとかという話ではなく、その場に訪れることによって彼女自身のことを、そしてそれに付随する思い出を頭に浮かべてしまうのが良くない。

 あれから、香織さんに進言されたこともあって、家族へ向けた感謝の手紙は書き足しを繰り返していた。確かに二十四年も身内として関わっているのに多くて一枚という分量では情けなくも思えたので、本当に些細なことから書くよう努力をした。高科にも充ててみたし、それもそれなりの枚数にはなったが、どうしても、美奈子に宛てたものは書けなかった。

 四年の付き合いとは言え、人生で割れば六分の一である。何より最初の数年は記憶に残っていないのだから、僕の脳みその僅かなキャパシティの中では、美奈子の存在はそれなりに重さを持つ。交際中様々なところへ出かけたし、真実を知るまで、それは素敵な記憶として刻み付けてもあったから、書こうと思えば、もしかすると一番多くの感謝を書けたかもしれない。ただ、その度胸が湧かなかった。

 先日までミナコという偶像を愛し続け、未練がまるで残っていないとはとても言えない。むしろ彼を美奈子の代用としそれを亡くしたことによって再度彼女のことを思い出すことになったと言っても過言ではなく、苦い思いをしようと、何度も咀嚼してしまうのは紛れもない事実であった。

 今、美奈子は何をしているのか。あの時本命であった彼と、うまく行っているのだろうか。二十四歳と言えば、結婚して子どもまで居ても、おかしな年齢ではない。それこそ僕だって結婚、仕事、そういう社会人としての要素に囚われている面もあったわけだから、彼女の思考ばかりがそこに到達しないと考えるのは幼稚だ。もうすでに手を離してしまっているのに、その感触が頭にあるせいでいつまでもそれを自分のものだと考えてしまうのが、人間の浅はかなところだろう。

 香織さんはここで決別をするという。

 そうならば僕も、しっかりと眼前の彼女を見つめ、美奈子の一切を忘れることにしなければならない。そうしなければ、本心からこちらを向こうとしてくれている彼女に申し訳が立たない。

 あるいは今度、そのための旅に付き合ってもらうのも、いい口実かもしれない。

 外を歩きたいという香織さんの申し出で、僕たちは旅館を後にする。宛てもなく、適当に散策する。彼女は周囲を見回しながら、時折立ち止まって空を見上げたりした。目を閉じ、息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。僕もそれを真似した。

 辺りがすっかり闇に覆われてから、旅館に戻った。クリスマスと同じように、無職には不釣合いに豪勢な食事を頂いてから風呂に浸かる。

 テレビを見て、煙草を吸って、ようやく落ち着いてきたらしい香織さんと話をしているうちに、あっという間に夜は深まった。布団を並べて敷き、初めのうちは別々に寝ていたが、僕が彼女のほうの布団に移って、行為に至る。その後は乱れた浴衣もそのままに、眠りに就いた。こうしてこの地で僕に抱かれることにあからさまな不快感を示さないのは、気持ちの面で大いに救いだった。

 行為の最中まで、誰かの顔を浮かべられていたのなら、堪らない。

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