第九話 しーな大激突

 竹中さんが「勤怠記録の改ざん」について調べるのを待つのと、年末も迫ってきてシフトが乱れ始めた事も重なって、年が明けるまではオーナーの出方を静観する形になってた。

 さすがのオーナーも、竹中さんに直接注意されたのが効いているのか、この時期、へこみ缶だ罰金だというひとり騒ぎはしてない。

 もちろんこの間も、情報収集や過去の証拠あつめは怠らなかったしーな。



 罰金の騒ぎこそはなかったけど、何度か小さな衝突はあった。

 暮れも押し迫って、世間的に大掃除ムードが高まる中、オーナーにお小言をいわれたのは12月最後の週の水曜日。

 午前中の時間帯は、発注と納品で馬鹿みたいに忙しいのに、週に3回は窓掃除まで割り当てられていたから、仕事のやりくりが大変だったんだ。

 この日は、年末の人手不足のせいでシフトが変わっていて、いつもならしーなはお休みの所をたまたま出勤してきていて、そしてたまたま水曜日はお店のガラスの外側を掃除する日で、そして掃除の順番がしーなだった。

 それでも、お客さんの応対をしつつ、なんとか掃除を終えた後、



「もう少し綺麗にならない?」


 しーなが掃除を終えるのを待っていたような、オーナーからの一言。

 確かに多少のふきムラはあるけれど、私は指示されたとおりに掃除をしていたし、店内の様子を伺いつつ時間内に終わらせるのだからこれが精一杯。

 と説明したのだけれど、判っているのかいないのか。

 でも、しーなの説明を聞いてもぶつぶつお小言を続けようとするオーナーの気配を察してか、奥さんが掃除道具を引っ張り出してきて、オーナーと奥さんでまた掃除を始めたんだ。


 まぁ、年末だからいつもよりも綺麗にしたいという気持ちもあったのだろうし、自分たちでやって気が済むのならそれが一番だろうな。

 と、しーなはその行為をとってもおおらかに受け取ったよ。

 二人がかりで、時間もしーなの時より倍以上かけた丁寧な作業。

 しーなの交代の時間が来る頃には、業者さんが掃除したみたいに、ガラスはぴかぴかになってた。

 ああよかったね、これで気持ちよく年が越せるね。

 と、温かい気持ちで見守りつつ、しーなは次の人と応対して、事務所に戻ろうとしたんだけど。

 よせばいいのにオーナー、わざわざしーなを呼びとめて、


「ほら見てよ、綺麗になったでしょ」


 イヤミをいっているのは十分に判った。

 けれどこの頃のしーなはもう、一連のオーナーの非常識な態度に免疫ができてしまっていて、その程度の嫌みレベルでいちいちとんがっていられるほど、かわいい人ではなくなっていたんだ。

 しーなはとってもにこやかに、


「ええ、綺麗ですねー」

「綺麗ですねー、じゃないよ。やればできるんだよ」


 つまり、しーなが『きちんとやっていない』と言いたいみたい。

 しーなも黙って受け流せば良かったのに、にっこりと答えてしまった。



「そりゃあ、これだけ時間かければきれいになりますよね」


「なんだその言い方は!」


 このとき。

 がらっとオーナーの目つきが変わったのを、しーなははっきり覚えてる。

 奥さんの意見を屁理屈でやりこめ、ミスを一方的に責め立てる時の高圧的な口調。

 でも残念なことに、それでひるむほど、しーなにはオーナーに対して前ほどの信頼感も遠慮もなくなってた。

 ろくに人の話も聞かず、都合のいいルールを押し通そうとして、気分次第で従業員に八つ当たりしたりイヤミを言って憂さ晴らしする人に対して、しーなはそれでも十分すぎるほど敬意を払っていたと思う。

 ぎりぎりまでしーな、穏やかに笑顔で答えてたんだから。


「しーなだって、勤務時間中に掃除だけしていていいなら、きっとやれますよ」

「それでもいいよ。あなたには時間中ずっと掃除していてもらうことにしよう」

「そうですか。でも残念ですね。水曜日は私のシフトの日じゃないですから」

「じゃきっと、次からは毎週水曜日に出てもらうことになりますから」


 これだ。

 どんな屁理屈を使ってでも、相手をやりこめようとするこの姿勢。

 以前のしーななら、ここで黙っていたかも知れない。

 でも、オーナーの言うことは絶対ではないのだと、しーなはこの数週間のうちに学んでいたのだもの。


「どうしてそういう話になるんですか!?」


 いきなりしーなが強い口調で言い返したせいか、オーナーはさすがにひるんだようだった。


「本当はしーなは今日お休みなのに、今の時期人がいないから、協力して水曜日にも出てきてるんじゃないですか? 自分が面白くないからって、気分次第でそういうことを言い出されるのは 迷 惑 で す !」


 怒鳴りつけてしまったよ……

 しかもお店の中で。

 お客さんがたまたまいなかったからよかったけど。

 さすがにオーナーが気まずそうに辺りを見回した隙に、しーなはさっさと事務所に引っ込んで退勤の記録をつけて、帰っちゃった。




 これはちょっと行き過ぎてたかな、と反省はした。

 この程度のことで熱くなってしまったしーなも、まだまだ冷静さに欠けるな、とも思った。


 でも、言っていることはしーな、間違っていない。

 おかしいのは、オーナーと、オーナーの間違いに気づいていながら身を守るための最低限の行動すらできない、周りの人たちなんだ。





 そして。

 やっぱり後になって、窓掃除の件で連絡ノートにオーナーの書き込みがあった。


『おおざっぱな仕事なら、しないほうがマシです』


 ……そこまで言うなら、もうやらないぞ?

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