第61話 陽動作戦

 ミラーはブレイクの投げた視線に、了解したと言うように頷いた。

「それでは具体的な軍事行動についてご説明します」

 その言葉と共に、ミラーはテーブルの上に置いた資料を手に取った。


「本作戦はノルウェー国内で行われるため、他国の反発を避けるため、NATO軍が主導するものとします。よって実行部隊の中心である我国の海軍と海兵隊は、NATOからの支援要請に沿って作戦に協力する形をとります。当事国のノルウェー軍もNATO軍の一部として活動します。


 作戦は海上における対潜活動と、地下のブンカーに対する、地上からの兵力投入の二本立てです。海上兵力はリスボンに駐留するNATO即応部隊が主力です。

 ミサイル巡洋艦と通常巡洋艦がノルウェーに向かいますが、最大戦速でも到着に2日かかりますので、これは万が一、潜水艦が出港してしまった場合の掃海作戦用です。


 実際の作戦の主力は空挺部隊と陸上兵力で、まずは空挺部隊がブンカーの直上にある街、テレンダールを急襲します。この街には現在、ネオ・トゥーレに無関係な民間人も多数居住していますので、まずは作戦開始の1時間前に、第二次大戦中の不発弾処理という名目で、全住民の避難を促します。避難せずに残った住民は、全てネオ・トゥーレ側の人間と判断します」


「馬鹿な、そんな荒っぽいことをすると、かなりの犠牲者がでてくるぞ」

 バウアー副大統領が口をはさんだ。

「多少の錯綜は生じるでしょうが、万が一の場合は補償すればよいだけです」

 いつもとは違うミラーの強い語気に押され、バウアーはそれきり沈黙した。ミラーはバウアーが完全に引き下がったこを確認すると、再び話しはじめた。


「既に潜入しているモサド諜報員より、地下施設への突入経路は、エレベーターが2基と、階段が3ヶ所と報告されています。エレベーターは突入時点で止まるでしょうから、使いません。

 必然的に階段を使う事になりますが、下から狙い撃たれるとなす術がありません。そこで中にいるモサド諜報員が地下で爆破活動を行い、搖動作戦を展開します。敵が地下に気を取られている間に、地上からの兵力を送り込むわけです。かなりの犠牲が予想されますが止むを得ません」


「異常が作戦の概要です、何かご質問は?」

 ミラーの言葉に、ここぞとばかりにバウアーが反応し、挙手をした。

「モサドの諜報員は何人潜入しているんだ? 一人や二人では陽動作戦など、とても無理だと思うが」

「大丈夫です。3人潜入しており、更に一人、民間人が協力している模様です。ついでながら、武器と弾薬も既に施設内で調達したようです」

 ミラーは先ほどよりも、さらに強い口調で答えた。

「4人いれば、何とかなるか……」

 ここでもバウアーは、ミラーの語気に押された。


「大統領、発言してよろしいですか?」

 ブラウン国家情報長官が挙手をした。

「情報をもたらしたモサドから、イスラエル軍も本作戦に参加したいとの要請があります。どう回答しましょうか?」

「駄目だ。ノルウェーとイスラエルの関係は良くない。奴らにノルウェー国内での軍事活動の痕跡を残されると、後がやっかいだ」

「しかし、イスラエル軍が出動準備に入っているのは、通常兵力ではなく化学戦部隊とのことです」


「わが軍にも化学戦部隊はいるだろう」

「こと化学戦に関しては、我が軍は、質も量もイスラエル軍の足元にも及びません。何しろ向こうには、中東戦争での豊富な実戦経験があります」

「それでも駄目だ。今後本件に関しては一切、イスラエルに主導権を持たせたくない」

「分かりました――、仕方ありません。モサドの要請は断ります。相手は渋い顔をすると思いますが」

 ブラウンはすぐに引き下がった。



――2018年8月16日、トロムソ・Uボートブンカー――


 矢倉は監禁部屋の粗末なベッドに横たわり、焦点の定まらぬ目で天井を見上げていた。矢倉の脳裏からは、カルロスから聞かされた伊220の艦長、の名が離れなかった。

 何故水睦社で見たリストには、と記載されていたのだろうか?


 改めて、これまでの一連の動きを俯瞰してみると、やはり水睦社の存在が奇妙に浮き上がって見えた。水睦社を端から信用していない玲子の不信感が、矢倉に伝染したといえばそれまでだが、矢倉自身もこれまで、菅野の言動に違和感を覚えたことは、一度や二度では無い。


 菅野らは零号作戦の内容を知り、伊220の青焼きさえも持っていた。リスボンで菅野と会った場所は日本大使館。しかも彼らは外交官のライセンス証さえ持っているという。

 彼らが政府系の人間という事は間違いないように思える。海上自衛隊の特務部に所属という話も、裏取りはできないものの、十分にあり得る話だと思う。しかし大きな疑問も残る。

 諜報機関に属する人間が、防衛省内の機密情報を、例え本件の当事者であるとは言え、一民間人の自分に話すという事など、有り得るのだろうか?


 確かにそれを聞かされたからこそ、自分は水睦社を信用した。それは事実だ。しかし、何も真実を語らなくとも、嘘の話で自分を信用させることも出来たはずだ。

彼らの語った話は、一様にディティールが細かい。

 水睦社の発祥から始まり、零号作戦、ナチスの第四帝国、そしてザビアという毒ガス――。どれもこれもそうだ。何もあそこまで詳細に話さずとも良かったのではないだろうか?


――待てよ――

 矢倉は思った。


 矢倉が聞かされた話の方が、実は嘘であったのだとしたらどうだろうか? 全てが嘘で無かったとしても、部分的に事実とは違う内容を矢倉に伝えていたのだとしたら――。

 細かいディティールは、虚構の綻びを隠すための道具立て――。矢倉には、それが一番筋の通った考え方のように思えた。


 何が真実で、何が嘘だったのだ?

 細かいディティールの裏に真実が……


 矢倉が考えを纏めようとしている最中、急にドンという重い爆発音が廊下で聞こえた。矢倉のいる部屋のすぐ外――恐らく、向かいの菅野が監禁された部屋辺りからだ。続けてタタタタッという乾いた音が、断続的に聞こえてきた。恐らくはマシンガンの銃声だ。

 何事かとドアを注視する矢倉の目の前で、ドアノブとヒンジの辺りに閃光が瞬き、轟音と共に矢倉の全身に強い風圧が加わった。


――爆発!――

 瞬時に判断した矢倉は口を開けた。それは海底の現場でテルミット火薬を使う時、鼓膜を守るための習性だった。


 ドア自体が外側に取り除かれると、そこには突撃銃を握った菅野とベングリオンがいた。その後ろには花園もいる。菅野が矢倉に向かって何かを話しているようだが、大きな風圧のために聴力を失った矢倉の耳には、それを聞き取る事ができなかった。

 ダイビングのサインを使って、耳が聞こえないことを菅野に伝えると、菅野はいきなり矢倉の腕を掴んで、廊下を走り始めた。

 キーンという耳鳴りのその奥に微かにタタタタッというマシンガンの音が聞こえた。幸い鼓膜が破れたわけではなさそうだ。


 菅野はベングリオンの後を追うように走った。どうやらベングリオンは施設内の構造を頭に入れて行動をしているようだった。花園も後ろを走っていた。

 恐らくベングリオンは菅野、矢倉とはぐれた後で、このブンカーに侵入して、密かに内部を探りながら、行動する機会を伺っていたのだろう。

 武器や火薬類も施設内で調達したようだ。花園がここにいると言う事は、。恐らくリスボンで拉致された後、ここに連れてこられ、監禁されていたところをベングリオンが救い出したのだ。


 通路が交差する場所に来ると、まずはベングリオンが壁の隅ぎりぎりに身を寄せて銃を構え、菅野がその対面の壁から、進行方向の通路に向かって銃口を向けた。ベングリオンが合図を送ると、花園が菅野とベングリオンの援護を受けながら、銃を構えたままの姿勢で、床面に身体を滑らせて、向かいの通路に移動した。


 あまりの連携の良さに、矢倉は舌を巻いた。まるで3人は同じ軍事訓練を受けた仲間のように矢倉には思えた。それほど整ったチームワークだった。

 ふと気が付くと、矢倉の聴力は次第に回復してきており、耳鳴りが少しずつ治まっていくと共に、菅野たちの足音が段々と鮮明に聞こえ始めていた。


 幾つかの通路を横切って、廊下の先に急に視界が開けると、そこは矢倉達が侵入してきた場所。潜水艦を停泊させるドックだった。広い地下ドックには、全長120mを越える伊404がその威容を浮かべていた。

 矢倉の目の前には、施設内の至る所で赤いパトライトが回る中、急いで伊404に乗り込んで行く搭乗員たちの姿があった。


 伊404艦首は矢倉の方を向いており、その司令塔の基部には、大きく丸く、そして横に開いたハッチがあり、その奥は筒状の格納庫になっていた。

 甲板にはかつて矢倉が何かの書籍で見たことがある、ナチスのV2ミサイルが一基、台車に乗っていた。男達はそのV2を台車ごと艦内に押し込んでいった。

 完全にV2が格納庫の中に収まると、横開きの大型ハッチはゆっくりと閉じられた。



――第十六章、終わり――

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