第37話 復讐編 3 卒業式

 卒業式です。

 私はボタンの留められなくなった学ランの中に鉄パイプを隠していました。

 60センチメートルくらいでしょうか。

 正確な長さは測ってないのでわかりませんが、今使っている樹脂製のカリスティックが70センチメートルくらいで、それと比べるともうちょっと短かったような記憶があります。

 ですのでおそらく60センチメートルくらいだったと思います。

 重さは1.5キログラムくらいでしょうか。

 ラタン製のカリスティックが200グラム行かないくらいです。

 樹脂製だともっと軽くて100グラム程度です。

 一般的な木刀でも500グラムくらいです。

 武器としては不適当と言わざるを得ません。

 それもそのはずです。

 私は不適切な改造を施してました。

 鉄パイプは1メートルで2.5キログラムです。

 私はそこにわざと隙間ができるように砂を入れました。

 遠心力でインパクト時の威力を高めるためです。

 こんなことをやっているから重くなるのです。

 今ならとてつもなく恥ずかしい聞きかじりの知識です。

 冷静に考えれば素直に木刀で殴っても目的を達成できていたはずです。

 これは私がK平を殺害する意思が存在していたというわけではなく、ただ単に彼らの強さを過大評価していたためです。

 彼らはバットで殴っても起き上がってくるのを何度も見ています。

 なので私は彼らが人類の平均と比べてとんでもなく強いと勝手に思い込んでいたのです。

 正直言って怖かったのかもしれません。

 実戦経験の少なさはこういう所に表れるものです。

 今だったらわかります。

 私の妄想ほど彼らが強ければ柔道や空手、ボクシングなどの格闘技やラグビー、アメフトなどの激しい接触があるスポーツの大学推薦や企業の実業団への誘いがあったはずです。

 それに我が学校にはそこそこ強豪の相撲部だってあったのです。

 漫画みたいに強ければそれこそ周りが放っておきません。

 そういったアグレッシブな競技をやっていない時点で実力も危険性もたかが知れているのです。

 つまり彼らは勉強も運動もできない弱者中の弱者なのです。

 私はそんな彼らを過剰な殺傷力がある武器で殴ろうと思っていたのです。


 卒業式の日に私が教室に来るとオークさんがざわめきました。

 「騒ぐことではなかろう。大げさな」と思っていたところ理由がわかりました。

 留年生の彼の姿がなかったのです。

 留年二回目決定か、それとも本当にドロップアウトしたのかはわかりません。

 とにかく卒業式にはいませんでした。

 私ですらいかがわしい手段で卒業できたというのにどんな奇跡を起こしたというのでしょうか?

 でもいいのです。

 多少の遺恨はあれどターゲットではありません。

 私は席に座りました。

 机にはうっすらとホコリが被ってました。

 私はカバンから本を出しました。

 受験のための英単語本です。

 小説を読むのはやめました。

 この頃の私はもっと現実だけを見て生きるべきだと考えていたのです。

 (今考えると大間違いです)

 私が単語集を読んでいるとオークが話しかけてきました。


「おおい藤原ぁ。俺が怖くて登校拒否になったんだってなー」


 私は無視しました。

 でも私の腹は煮えくりかえってました。

 そもそもストレスで体を壊したのも、無茶な肉体改造で体の調子が悪いのも、受験コケたのも、親父の宗教問題も、私の背が残念なのもこの野郎のせいなのです。

 ストレスで体を壊した以外は全く関係ないような気がしますがそれは気のせいに違いありません。

 とにかくこのバカを血祭りにあげさえすれば悩みの全てが解決するに違いありません。

 と自己正当化しながらも私の胸にはは不思議と高揚感が溢れてきてました。


「ねえ泣きそう? 泣いちゃうの?」


 私はK平の横っ面を引っ叩く姿を想像してニヤニヤとしました。


「なんだその顔は! テメエ殺すぞ!!!」


 K平は顔を真っ赤にして怒りましたが、そんな威嚇は私には効きません。

 当たり前です。

 私はそれ以上の怒りをK平に持っていたのです。

 すでに私の中でK平は倒すべき障害などではなく、狩りの獲物にすぎなかったのです。

 いえ少し違いますね。

 人類学的には人間は狩りの獲物には敬意を払ってきました。

 神として崇めたりとかの痕跡が各地に残っています。

 私の中にK平へのリスペクトはありません。

 『駆除すべき害虫』が一番近いでしょう。

 とにかく彼を半殺しにしさえすれば、私は少しは自分を許せるようになるでしょう。

 あ、そうか……この暴力は自分の誇りを取り戻すためのものだったのです。

 これは単にスカッとするための無軌道な暴力ではありません。

 学校という呪縛を断ち切るために必要なプロセスだったのです。


「クソッ! てめえ埼玉から出るなよ! 見かけたらぶっ殺してやる」


 それはこちらの台詞です。

 千葉から出てきたら殺しますよ。

 私はニヤニヤしてました。

 人生でこれ程わくわくした瞬間はありません。


「死ね!」


 K平は舌打ちをしてどこかに行きました。

 ここがポイントオブノーリターン的な場所だったのかもしれません。

 今から考えると「ごめん」の一言でもあれば、私は凶行に及ぶことはなかったのではないかと思うのです。

 さて卒業式ですが、我が家では親が来ることはありませんでした。

 私はこの学校を心の底から恥じてましたが、親はもっと私という存在を恥じてました。

 メンタルヘルス的な「愛されてない」という話ではなく、客観的視点から考えて私を疎んじていたという話です。

 出来損ないだと思われていたのです。

 実際、母は友人に「お宅の息子っておかしいんじゃない?」とハッキリ言われたらしいです。

 カフカの『変身』のグレーゴル・ザムザの気持ちがよくわかりますね。

 まあ客観的事実として私は出来損ないなので反論する気がありません。

 それに私を責める親だってブーメラン投げてるのと同じですからね。

 と、親との確執はそんなものですが、我々をもっと疎ましく思っているのが学校でした。

 恥ずかしいと言うより、外に出してはならないと本気で思っていたのでしょう。

 その証拠に我々を卒業式に出席させなかったのです。

 一応、学校側は講堂が狭いからとアナウンスしてました。

 ですがそのアナウンスは「なぜ普通科は講堂で我々は教室なのか?」という問いの答えにはなってません。

 でもそれは誰もが知ってました。

 あらゆる面で我々は不当な扱いを受けてました。

 それが卒業式にまで及んだだけです。

 我々はこの程度の扱いなど怒る気にもならなかったのです。

 教室に設置されたスピーカーから卒業式の様子が中継されてました。

 私たちは最後まで学校側に受け入れられないままだったのです。

 さすがのSさんも顔を真っ赤にして怒ってました。

 でも私にはどうでもよかったのです。

 お楽しみはすぐそこです。

 私自身の卒業式が楽しみでしかたありません。

 ずうっとニヤニヤしているといつの間にか卒業式が終わってました。

 五分後に担任がやって来て私たちに紅白饅頭を配りました。

 最後に通知表と卒業証書を配って終わりです。

 通知表には8が並んでました。

 出席率が悪すぎてそこが減点になったのです。

 でも私は学校の成績に興味はありません。

 なにせその後の人生にはなんの関わりもありませんから。

 私は成績表を乱暴にカバンに詰め込みました。


「藤原……なにを考えているんだ?」


 私の様子を見て心配したSさんが声をかけてきました。


「知りたい?」


「やめた」


 それが懸命です。

 卒業証書を受け取るしばらく待つと解散が言い渡されました。

 さて、ここからがお楽しみです。



 私は普通科棟に行きました。

 ちょっと漫研の連中に挨拶せねばならなかったのです。

 物事はなんでもそうですが後始末というのはちゃんとやっておくべきなのです。

 この辺の行動を考えると私はギリギリ正気だったのかもしれません。

 私は漫研の仲間に挨拶をして帰ろうと廊下に出ました。

 あとは暴力を振るうだけ……と思ったときイレギュラーが発生しました。

 K平が歩いてくるのが見えました。

 私はとっさに空き教室に入って様子をうかがいました。

 心臓がバクバクと高鳴っています。

 今か?

 今なのか?

 いいのか?

 本当にやってもいいのか?

 私は多少葛藤しました。

 でも私の選択は決まってました。

 私は鉄パイプを出しました。

 声なんて出しません。

 後ろからヒットするのです。

 私は様子をうかがいました。

 どうやらK平は私と同じように何かをしてきた帰りのようです。

 完全に隙だらけです。

 私は走りました。

 この当時私の体重はとうとう150㎏オーバーになってました。

 ですがそれでも私はジャンプができたのです。

 私は飛び上がりました。

 決して高くはありません。

 でもそれは攻撃をするには充分でした。

 私は空中で片足を突き出し蹴りを放ちました。

 蹴りが背中に当り打撃が通ったあの感触が足から全身に伝わりました。


 さてさてここで問題です。

 体重150キロの人間が走って飛び蹴りをしたらどのくらいの威力になるでしょうか?


 答え:カブに撥ねられたくらい。


 つまり軽い交通事故です。

 それもなんの警戒もしてないその背中への容赦のない蹴りです。


 どっばーん!!!


 私の蹴りで海老反りになって吹っ飛んだK平が受け身もできずに顔面から地面に突っ込みました。

 どうん。

 顔面がバウンドします。


 ……ハッキリ言いましょう。

 今ならわかります。これで終わりだったのです。

 だって立てるわけありませんもん。

 医師を呼ぶレベルのやばい倒れ方しましたもん。

 これ以上はオーバーキルだったのです。

 でも私ことアンデッド藤原はオークさんを過大評価してました。

 いえ、未だにオークさんを過大評価してます。

 理性では「ねえよ!」って思ってても経験に基づく意識的なものが過大評価をやめません。

 だって殴っても蹴っても起き上がってきそうですもの。

 私は持っていた鉄パイプで容赦なく背中を殴打しました。

 さすがに頭をヒットする勇気はありません。

 途中、手を投げ出していたので、生きてる稼働の確認のために指の先を踏みつぶしました。


「ぎゃああああああああ!」


 オークが叫びました。

 まだ動く。

 襲ってくるかもしれません。

 鉄パイプを重く感じるようになったので今度は蹴りを入れました。

 サッカーボールキックです。

 ちなみにこの時は、少年漫画のように「うおおおおおおおおッ!!!」とかの叫びはありません。

 ひたすら無言で作業をこなしてました。

 完全にキレた人間って無言になるんですね。

 この作業に憎しみがあったかと言われると正直難しいです。

 今から考えると私は彼に復讐したいわけでなかったのではないかと思います。

 それよりも重要だったのは、私は私の私自身の誇りを取り戻したかったのです。

 性格的に人を殴るのはそれほど好きじゃありません。

 闘争本能というものが薄いのです。

 そうでもなければ三年間も我慢を重ねるはずがありません。

 殴ることで屈服させてマウンティングすることでエクスタシーを感じるほど愚かでもありません。

 要するに私は作業感満載で暴行を加えていたのです。

 しばらく蹴り続けると、私はどうしようもなく面倒くさくなりました。

 飽きたのです。


 あっれー?


 Y岸を殴ったときとは違い、全く心が動きませんでした。

 恐れも、後悔も、怒りもありません。

 特に怒りはあっと言う間に枯渇してしまいました。

 なんか……こう……予定ではもっと心が震えるものがあったはずです。

 全くなにもありません。

 誇りを取り戻した感じもしません。

 今だったらわかりますが当たり前のことです。

 だって私は喧嘩の強さに価値があるなんて思ってませんもの。

 格闘技を技術的に楽しいとは思ってますが、それで喧嘩が強くなるなんてどうでもいいことだったのです。

 つまり私の誇りの中には喧嘩の強さはなかったのです。

 完全に害虫駆除程度にしか思ってなかったのです。

 ですが当時の私はそれを知りません。

 自己分析ができてなかったのです。

 

 もしかして『俺より強いやつに会いに行く』って心境なのかな?


 自分の心に疎い私はバカなことを考えてました。

 ですので予定通りプランを遂行することに決めたのです。


 私はそのまま階段を降りて体育館裏へ行きました。

 そこにはオークさんが何人もいました。

 いきなり襲撃して勝てる人数ではありません。

 私は観察することにしました。

 殴られているのはラーメンのはずです。

 私がド近眼の目を必死に細めているとW辺が倒れている人物に蹴りを入れました。

 ラーメンとは背格好が違います。

 誰でしょうか?

 私は首をかしげました。

 私はさらに注意深く見ました。


 ……M先生!!!


 オークさんのリンチのターゲット、それはラーメンではなくM先生だったのです。


 あー……そういや私も殴りたいな。


 と私はやや不謹慎なことを考えてました。

 だって意味がわかりませんもの。

 もう学校が庇ってくれないんですよ。

 なのに教師を殴るって愚かすぎるでしょが!

 自分のやったことは棚に上げて私は思いました。

 人間っていうのは、冷却期間をおかないと案外自分を客観的に見られないものなのです。

 だから私はとんでもないイタズラを考えつきました。


 私はそのままゆっくりと購買に向かいました。

 そこには公衆電話があるからです。

 私は公衆電話の前に立つと脂肪でぶよぶよになった指で大きく緊急通報ボタンを押して『110』と押していきました。

 究極召喚魔法『110』です。

 伝説の召喚獣『国家権力』を呼び出し一撃死判定で敵パーティを葬るのです。


「もしもし……」




 次回最終回。

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