第42話 戦闘開始

 ティラノサウルスが右足を後ろへ大きく振り上げ、エメラルドに向かって蹴りを放つ。

 動作が大きい割に緩慢では無いその蹴りを、エメラルドは辛うじて躱す事に成功するが、その余波だけで吹き飛ばされてしまう。

「きゃあっ!」

 倒れたエメラルドに、不敵な笑みを浮かべてツカツカと歩み寄るストーカー男。

「ふふふ。お前は気絶させる程度にしといてやるよ。弟の方は完膚なきまでに叩きのめすがな。このティラノは生成機の中で最も強力なSSS級生成機で作られたんだ。コランダムだって敵わない強さだぞ」

 激痛で動けないエメラルドの顎をストーカーが指先で持ち上げる。

「俺はこのティラノを使って次期六将になる。どうだ、俺の女に成りたくなっただろう?」

 声を発するのも辛いのか、エメラルドは双眸を歪めて睨む事しか出来なかった。


「その娘はお前如きにくれてやれる程安くないんだよ!」

 コランダムとの戦闘ログから算出した動きで、俺は自重無しの全力の蹴りをストーカーに叩き込んでやった。

「ぐぶおぁっ!!」

 ストーカーはくの字に折れた状態で吹き飛んでいく。

 そして、目の前に着地した俺を見て、エメラルドは目を見開いた。

「あ、あなたは……」

「おっと、君と戦うつもりは無いから。と言うか寧ろ守る為に来たから、攻撃しないでね」

「守……る為?」

 俺の言葉が理解出来ないのか、頬を薄らと赤く染めて呆けるエメラルド。

 頭でも打ったのだろうか?

 大丈夫かな?

 そう思ったと同時にドンッ!という音が響き、ティラノサウルスがグラリと揺れて横倒しに倒れた。

 恐竜の左足にシャナがダッキングした体勢から左のパンチを叩き込んだのだ。

 羚羊が跳ねるように低い位置から発射されたその一撃によって、倒れたティラノサウルスの足が歪んでいた。

「そんな漫画みたいな攻撃、実戦じゃ使えないと思ってたよ」

「下半身を重点的に鍛えれば実戦でも使える」

 俺の呟きに、さも簡単であるかのように応えるシャナ。

 やっぱり、ホントに強い人達ってちゃんと体を鍛えてるんだな。

 俺はプログラムで誤魔化してるとこがあるから、見習って鍛える事にしよう。


 多少の足の歪みなど気にもならないようで、ティラノサウルスは此方を睨みながら立ち上がる。

 感情があるのか?

 SSS級とか言ってたし、AIもそれなりのものが積んであるのかも知れないな。

 俺達を狙ってティラノサウルスが尻尾を振り回して来たので、俺はエメラルドを抱えて後方に飛び、シャナは逆に前に踏み込んでティラノサウルスの懐に潜り込んだ。

 それを嫌ったティラノサウルスはその巨体を宙に飛び上がらせる。

 10mにも及ぶ巨体は大きく後ろへ跳躍し、その途轍もない重量で着地した為に大地が軽く揺れた。

 あんなのに踏みつぶされたらアウトだな。

 脇に抱えたエメラルドは顔が真っ赤になっており、潤んだ瞳で俺を見ていた。

 やはり様子がおかしい。

 咄嗟だったから無造作に抱えて飛んだけど、俺のせいで何処か痛めたんじゃないだろうな?

「だ、大丈夫?」

「はい」

 一応俺の問いにはっきりと応えたので大丈夫だとは思うが、エメラルドは更に顔を赤く染めて俯いてしまった。

 心配だなぁ。

 これは早めにケリを付けないといかんな。

 俺はエメラルドを下ろし、此方を睨んでいる恐竜に視線を向ける。

「直ぐに倒すから、此処で大人しくしててね」

 地面を蹴り、大きく跳躍した俺は虎ンザムに命令を出す。

「虎ンザム、精神感応で俺が感じる動きの違和感を修正しろ。基礎データはコランダムの武術のままで」

『了解。と言うかマスター、この武術、態々解析しなくても俺のメモリー内にあるぜ』

「はぁ?何で正義のヒーローのエクステンションに悪の組織の武術データが記録されてんだよ?」

『だって瑠宇の姉御が使う武術だもん』

 虎ンザムは何を今更と言いたそうな声を出すが、そんなの知らんもん。

 瑠宇の姉御って黄桜さんの事か。

 考えてみればコランダムとは友人だと言ってたから、黄桜さんは手解きを受けていたのかも知れないな。

「まぁ何でもいいや。データが有るならそれをベースに、俺の筋力に合わせて修正してくれ。因みにリソースを食わないように支点力点を使ったテコの原理で動かすのが理想だから、紋章OSの記録を読み取ってな」

『解った!』

 元気に返事をする虎ンザム。

 そういえば、さっき学校でシャナの戦闘を見て思い付いた事が有ったんだ。

 支点力点の作用を指先まで細かく使い、捻る動作を組み込んで威力を上げようと思ってた。

 紋章OSだけじゃリソースを食い過ぎてダメかもと考えてたけど、エクステンションに演算を分散すれば問題無く出来るんじゃね?

「虎ンザム、武術データを支点力点作用に変換する際、指先や爪先まで細かく作用させて、更に回転動作を加えて威力を増したい。出来そうか?」

『う~ん、尻尾を3本に増やせば行けると思う』

「そうか。じゃあそれで頼む」

『ラジャ』

 虎ンザムの返事と共に、俺の尾てい骨の辺りから3本目の尻尾がニョキニョキと伸びる。

 キモい……。

 妹の檸檬には、尻が光ってるだけでキモいって言われたけど、この姿を見られたらドン引きされるだろうな。

 兄妹の縁を切られかねない程のキモさだ。

 絶対にこの仕様は改造してやると心に誓い、俺はティラノサウルスと相対した。


 シャナが素早い動きでティラノサウルスの攻撃を躱していたので、俺は隙を突き脇腹目掛けて蹴りを放つ。

 ドンッ!と鈍い音が響き渡るが、シャナの攻撃程のダメージを与えられなかった。

 蹴りの方が威力弱いって、どういう事?

 俺はもう一度蹴りを放ってみたが、やはりあまりダメージを与えられない。

 俺の攻撃が弱いって言うより、ティラノサウルスが力を込めて防御している感じがした。

 ナノマシンの集合体なのに、筋肉に力を入れるような事が出来るのか?

 あるいはナノマシンの密度を変化させて硬質化しているとか。

 打ち破るにはそれを上回る力で攻撃するか、防御へ意識が向く前に素早く打ち込むしか無いだろうな。

 俺はシャナとは反対側に回り込み、回転を上げてティラノサウルスの意識を分散させる事にした。

 右からシャナが、妖精が踊るように輝く粒子を翼から舞い散らせながら拳を打ち込む。

 そして左から俺が、サンバカーニバルで踊る女性のように輝く粒子を尻尾から吹き出させながら、蹴りを打ち込む。

 サンバカーニバルのあの背中の羽根って意味あるのかな?

 などと、自分の不格好さに若干現実逃避しつつ攻撃を続けた。

 しかし、流石SSS級だけあって、俺とシャナの攻撃をかなり食らってるにも拘わらず、一向に倒れる気配が無い。

 エクステンションを得た俺の攻撃力だって、シャナに勝るとも劣らない筈なのに。

 虎ンザムが俺の動作を修正して行ってくれるお陰で動きは徐々に洗練されていくが、捻りを加えた攻撃もそれ程大きなダメージを与えられない。

 ちょっと無理してでも、出力を2倍まで上げてみるか?


 と、そこへ復活した黒木君が参戦して来た。

「はあああっ!!」

 3連続で繰り出した黒木君の蹴りが、ティラノサウルスの脇腹に突き刺さる。

 黒木君はコランダムの息子だけあって、蹴り主体の武術でティラノサウルスを蹌踉めかせた。

 俺も同じ武術のデータを使ってる筈なのに、ちゃんと鍛えてる人が使うと全然威力が違うな。

 でも、3人合わせた攻撃力でもあの恐竜を倒せる程とは思えない。

 SSS級ってのはホント化物だ。

 取りあえず、このままではらちが明かないので、俺は切り札である精神感応フィールリンクを使う事にした――のだが、

『ちょっと待って、マスター!精神感応フィールリンクを使うなら、シャナの姉御にパスを開いて貰った方がいいっすよ』

 虎ンザムが慌てて止める。

「どういう事だ?」

『瑠宇の姉御がマスターの能力を解放しただろ。その中に『デュアルドライブ』ってのがある筈だ。エクステンションは本来、紋章OSの補助演算をしているに過ぎないんだけど、『デュアルドライブ』を使えばエクステンションも独立OSとして機能させる事が出来る。2つのOSから出た演算の相乗効果で数倍の戦闘力が引き出せるんだ。更に精神感応フィールリンクを使う事で、パスを開いた相手にも擬似的にデュアルドライブを解放出来るから、パスを開いて貰えば大幅に戦闘力アップが期待出来るよ』

 デュアルドライブか。

 演算補助はOSから出された命令に対して処理を返すだけだけど、それぞれのOSで独立した演算を相互に渡し合うのか。

 直列演算から並列演算に切り替えただけじゃなく、相互にデータ共有してシナジーを生み出す。

 それをシャナにも使わせればいい訳だな。

 ん?ちょっと待てよ?

 OSが2つあれば普通にデュアルドライブを使えるのか?

 俺はある事を思い付いたので、ティラノサウルスと交戦している一人に近づき耳打ちした。

「黒木君、ちょっとOS弄らせて」

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