第29話 謎の組織と悪の組織

※第三者(神)視点です。


 透明な硝子の向こう側で、各階を照らす光が流星のように上方へ流れていく。

 地下へ深く深く降りていくエレベーターの闇の中で、嘆息する白銀の天使は、下降していく自身を心の中で堕天に例えていた。

 それ程に自分を貶めたくなる敗北だった。

 ヒーロー達の設定したランクで言えば、自身はSSS《トリプルエス》級であると自負していたにも拘わらず、コランダムではなく、見た事も無いヒーローに遅れを取ってしまった。

 最後の一撃を放った後、あのヒーローは倒れてしまったが、エクステンションである翼を失った状態では万全なコランダムに勝てる筈も無い。

 撤退させるのが目的であったなら、完全にあのヒーローの勝ちである。

 天使は悔しさに拳を握り締めた。

 奢りがあったとは思わないが、何かが足りなかったのは事実だ。

 力と心が未だ拮抗しない自身に苛立つ。


 間もなくエレベーターは深淵の階層へと辿り着いた。

 ドアが開き、その先に伸びた薄明るい回廊を、天使は重い足取りで歩く。

 報告する迄も無く、何らかの形でモニタリングされているだろうが、その後の処置を聞きに行かなければならないのだ。

 足取りが重くなるのも仕方の無い事だろう。

 辿り着いた扉の前で、一つ息を吐く。

「戻りました」

「うん。入って」

 促されると同時に扉が開き、室内の光が廊下へ飛び込んでくる。

 無数のモニター上に複雑な動作をする文字列が飛び交う、コンピュータルームのようなその部屋で、椅子に座った声の主が振り返る。

「御苦労様。楽にしていいよ」

 失態を侵した天使には逆にキツイ言葉だった。

「申し訳ありません。コランダムを仕留める千載一遇のチャンスを」

「ああ、気にしなくて良いよ。あんなイレギュラーがいるとは僕も思わなかったし。逆に収穫だったと言ってもいいぐらいだ」

 椅子に座った彼は仮面の下でほくそ笑んだようだった。

 髪以外はほぼ全て仮面で覆われているので、声だけで天使はそう判断したのだが。

 しかし、あの敗退した戦闘のどこに収穫があったと言うのだろう?

 訝しむ天使に椅子に座った彼は言葉を続ける。

「あの『イエロー』は、あいつ・・・に連なる者なんだよ。何故なら、あいつは先代のイエローなのだから」

「なっ!そうなのですか!?」

 戦闘中でもそこまでの感情を表に出さなかった天使は、動揺を顕わにする。

 その様子をみた仮面の男は、そういえばと気付く。

「君には教えていなかったね。古参の者には周知の事実だったから失念していたよ。まぁそういう訳だから、イエローが出てきたのは僥倖だったと言える。残念ながら追跡させようとした人間はコランダムに蹴散らされてしまったが。いずれまたまみえる事もあるだろう。戦いが激化すれば必ずあいつは現れる筈。その時を待とう」

 彼の言葉に、天使は小さく頷く。

 しかし、それだけでは終われない。

 イエローの事では無く、コランダムを仕留められなかった咎に対する罰を言い渡されていない。

 焦れた天使は自らそれを懇願するように問いかける。

「それで、私がコランダムを仕留められなかった件については……?」

「ああ、不問でいいよ」

「っ!?それでは他の者に示しがつきません!」

「いや、その程度の事で君を罰する方が君の地位を貶めるよ。君はこちらの最強の切り札なのだから。あえて言うなら、その翼の修復には時間は掛かるだろうし、休息を取るためにも暫く待機していてもらうのが罰かな」

「……了解しました」

 罰に対して不服を申し立てる訳にも行かず、渋々了承する天使だった。

 そんな天使を見ながら仮面の男は告げる。

「心配しなくても直ぐに君の出番は来る。あいつは必ず『イエロー』に接触してくる筈だからね」

 そして来たる未来の戦いを思い浮かべてか、仮面の男は楽しそうに笑った。




―――――




 休日という事もあって、悪の組織の本部は閑散としていた。

 山になった書類の束を抱えて、父の使う執務室の扉を開けたエメラルドは、そこに居る筈の人物の姿が無い事に怒りが湧き上がる。

「また、逃げたわね……!」

 投げつけるように机の上に書類を置くが、その程度では収まる訳が無い。

「ダメだわ。お父さんを一発殴りたい」

 ワナワナと震える拳には数本の青筋が浮き上がっていた。

「書類仕事を私に押し付けて、いつもみたいに自分は外に行くなんて。どうせ闘いも怪人に任せて居眠りしてるに決まってるわ。帰って来たら、お仕置き決定よ!お母さんにも言いつけてやる!」

 苛立ちをぶつけるように扉を閉め、エメラルドは執務室から肩を怒らせながら廊下へと出た。

 そこでエメラルドは更に神経を逆なでする人物に出会ってしまう。

「おぉ、休日に君に会えるなんて運命を感じるね。これはもう俺の求愛を受け入れるしか無いだろ?」

 今や全身が逆鱗と化しているエメラルドの神経をここぞとばかりに突きまくる、そんな馬鹿な男が下卑た笑みを向けてきた。

 視線を交わらせるのも嫌なエメラルドは、一瞥して直ぐに外方を向く。


――最悪。


 その態度が嫌悪である事を全く理解出来ていないのか、男は気持ち悪い笑みを更に強めた。

「くくく、照れているなんて可愛いね。どうだ、これから一緒に食事でも?今更俺達の仲を疑う者などいないが、より親睦を深めようじゃないか」

 顔を覆う爬虫類のようなマスクの下で、爬虫類も青ざめるような不気味な眼を向けてくる男。

 その双眸に背筋が凍る思いをしたエメラルドは先程までの怒りが急速に収まり、逆に戦慄を覚える。

 何時お前なんかと仲良くなった?と問い糾したい衝動に駆られるが、この頭の腐った男には言っても意味が無いと知っていた。

 只管、嫌悪感と不快感だけが募る気持ち悪い男。

「私、父の手伝いで忙しいから、お断りするわ」

 なるべく相手に自分の意志が伝わる様に、エメラルドはぶっきらぼうに、刺々しく突き放した。

 それで伝わるような普通の人間が相手ならば良かったが、悪の組織の中にあって、悪ではなくクズである彼の心には微塵も届かなかった。

「紋章も持っていない終わった人間の手伝いなど後でも良いじゃないか。未だ六将の一角を担っている気の勘違い野郎は、すぐに俺の父が蹴落とすよ。君にとっては俺の側にいる方が有意義だろ。さぁ、行こうか」

 人の話を聞かないどころか、自身の父親をバカにされて、再びエメラルドの心に怒りが沸き立ち始める。

 それは先程とは違うベクトルのものであり、しかも今回はその怒りの矛先を向ける相手が目の前にいる。

 会話など成り立たないと解りながらも、怒鳴らずにはいられなかった。

「父をバカにしないで!紋章なんて無くてもSS級の強さを持つ偉大な人よ!あなた如きが父を評価しようなんておこがましいわ!」

 エメラルドの叫びも馬の耳に念仏かと思われたが、僅かに彼の琴線に触れたのか、爬虫類の仮面の下の顔が歪んだ。

「俺を如きと評したか?六将筆頭の息子であるこの俺を、引退した雑魚の娘であるお前が?」

 親の威光を振りかざす小物振りが吐き気を誘う程気持ち悪く、エメラルドは一歩後退ってしまう。

 いや、今すぐこの場から逃げた方が良いのだろう。

 彼は既に紋章の機能を戦闘用に切り替えているのだから。

 一瞬の静寂。

 それは戦闘の前の張り詰めた空気。

「お止めなさい」

 リンと響く鈴の音のような声が、閑静な廊下に響き渡った。

 パキンと音が鳴ったかと思う程、あっけなく張り詰めた空気は砕け散った。

 声の主は徐に二人の下へと歩み寄る。

「父親の威光を笠に着るなんて、プライドが矮小すぎてナノマシン並ね」

 全身真っ白な服に白いフルフェイス状のヘルメット。

 悪の組織に似つかわしく無い様相のその女性は右掌を開き、それを男の顔に近づける。

「その娘に手出ししようと言うなら、私が先に相手になるけどいかが?六将筆頭の息子殿」

 如何にバカな男でも、圧倒的力量差位は理解しているようで、苦虫を噛み潰したような顔でその場を引く体勢を見せた。

「ちっ。お前が僕に見せた態度は父に報告させて貰う。覚えておけよ!」

 捨て台詞まで小物臭が漂う男は、踵を返してその場から立ち去った。

 安堵した二人はお互いの顔を見て、表情を綻ばせる。

「ありがとうホワイトさん。ストーカー撃退してくれて」

「ふふっ。ストーカーとは、妙にシックリくるあだ名だね」

 フルフェイスで顔は見えないが、明らかな笑顔でホワイトと呼ばれた人物は笑った。

 それを見て、エメラルドは逆に急に心配になり、

「でも、大丈夫ですか?あんな奴でも、父親はそれなりに権力がありますよ?」

「大丈夫。私はボス直属だから、如何に六将筆頭でも簡単に手出し出来ないのよ」

 ホワイトの言葉に、今度こそ完全に安心したエメラルドだった。

「ほんと、ホワイトさんって何者なんですか?」

「ん~、それはいずれ分かるよ。彼が遂に出てきたみたいだしね」

「彼……?」

 エメラルドは、ホワイトの言った『彼』という言葉に、ホワイトと似た格好の黄色い戦士を思い出していた。

 そして、一番初めにその人物を想像してしまった羞恥に耐えられず、頬を桜色に染めた。

「おやっ、何やら春の気配がするね?何か楽しい事でもあったの?」

「ありませんっ!」

 桜色の頬が真っ赤に染まったエメラルドは勢い良く顔を背けた。

 それとほぼ同時に、エメラルドのOSへメールが着信する。

「え、メール?って、お父さん……。はぁ?家に帰る!?」

 仕事を放って家に帰るという父からのメールで、そこに般若を背負った怒りの化身が顕現した。


 男は離れた場所から、爬虫類のような双眸でその光景を見ていた。

 忌々しげに唇を噛んで一人呟く。

「あいつを拉致するために送り込んだ怪人はヒーローに撃退されるし、仕込んでおいたウィルスも何故か発動しなかった。やむを得ん、次はアレを使うか。お前は俺の物なんだからな、エメラルド――いや、みどり

 怪しく瞳を光らせて、男は闇の中へ消えていった。

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