第14話 切り札

 エメラルドの仮面で隠れた顔が「ぐぬぬ」となっていて、僅かしか見えていないにも拘わらず、とても可愛い。

 いやいや、見とれている訳にはいかない。

 俺は次の怪人の攻撃に備えて、キュービットを4つとも自分の所へ戻しておいた。

 そしてTVで見たヒーローっぽい構えをとり、精神感応で命令を出して前方にキュービットを展開させる。

「さぁ、続きをやろうか?」

 今のはかなり決まったな。

 最早イエローなんていう微妙なポジションどころか、主人公並に格好良くね?

 そんなノリにノってる俺とは対照的に、カメムシ怪人のテンションは低い。

「お前は我々にとって危険な存在のようだ。ここで排除する」

 表情が変わっているのか分からないけど、神妙な面持ちに見える顔で何やら力み始めた。

「ぬぬぬっ!!」

 そんなに力んで何を産む気だ?

 産む時は寧ろ、ひっひっふーの呼吸だろ。

 今も昔もラマーズですよ。

「ぬぬ……ぬ!?おかしい、ガスが出せない!?」

 やっぱりガス系の攻撃を隠し持っていたのか。

 カメムシ怪人は妙に焦っている様だったが、俺はそれに心当たりがあった。

 俺の仕掛けたセキュリティプログラムがちゃんと働いたみたいだ。

 きっとカメムシ怪人は切り札になる何らかのガス攻撃を使おうとしたんだろう。

 危険度の高いモノを優先排除するプログラムだから、カメムシの攻撃の中で最も強力なモノを駆逐したんだろうな。

 ヘルメットがある俺達に普通のガスは効かない筈だから、対ヒーロー用の専用兵器かも知れない。

 キュービットで大抵の攻撃は防げると思うけど、カメムシ怪人の切り札がどんなモノか迄は解らないし、黒木さんにプログラムを見せて貰ってたのは幸運だった。

「またお前が何かやったのか!?おのれぇ!」

「おいおい、何でも人のせいにするなよ」

 鋭いなカメムシ君、プログラムを仕掛けたのが俺だと気付くとは。

 でも俺はとぼけて、遺憾の意で応えとくけどね。

 その俺の態度に憤慨するのはカメムシ怪人だと思いきや、美しい双眸を細めたエメラルドの方だった。

「舐めたマネをしてくれたわね」

 怒気を含んだ低めの声で呟いたエメラルドは、地を蹴り、低めの姿勢で俺に向かって駆け出した。

 舐めさせて貰えるなら、エメラルドたんをペロペロしたい!

 はっ!いかんいかん、欲望が暴走した。

 心を落ち着かせねば。

 ひっひっふー。

 いや、これラマーズやないかーい!

 そんな余裕を見せている俺は今、エメラルドにボコボコに殴られている――ように見えるんじゃないかな。

 実際はキュービットで全部防いでるけどね。

 もう4つ同時に操作しても混乱せずにちゃんと動かせる。

 さっきは多分エメラルドとピンクが離れた位置にいたから、視認するのが難しくて操作が雑になったんだと思う。

 キュービットの位置情報を立体認識するプログラムも考えてみるか。

 今回の戦闘で色々修正点が見えて来たな。


「くっ、このっ!なんでこんなへなちょこな防御を突破出来ないの!?」

 エメラルドにまでへなちょこ言われた……。

 まぁ、彼女達はそれなりに訓練を受けているのかも知れないし、運動神経ゼロの俺の防御なんてへなちょこに見えても仕方が無いか。

 でも俺、動体視力と反射神経には自信あるんだよね。

 だからキュービットをゲーム感覚で動かすのは、そこらのゲーマーより上手いのよ。

 普通その2つの能力が高かったら運動出来るんだろうけど、筋力が無いから運動には活かせないのが悲しい。

「ぬおおっ!」

 カメムシ怪人も参戦して俺に殴り掛かるが、キュービットの操作に慣れた俺はエメラルドの攻撃共々易々といなしていく。

 なんかもう飽きて来たので、鼻ほじりながら捌くジェスチャーを見せたら、エメラルドとカメムシ怪人が顔を真っ赤にして怒りを顕わにする。

「こんのーっ!○○ピーッがーっ!!」

 普段の清楚可憐な黒木さんからは想像も出来ない程のスラングが飛び出した。

 怒るとそんな風に豹変するの!?

 きっとエメラルドに変身してる時の副作用だよね?成りきって、ちょっと悪ぶってるだけだよね?

 そう思いつつも、絶対に黒木さんだけは怒らせないようにしようと心に誓った。


 おや?カメムシの様子が……?

「ぬぬ……ぬ……」

 今迄アオクサカメムシのような緑色の体色だったのが、越冬前のセアカツノカメムシのような赤褐色へと変化していく。

 しかしおかしいな?

 アオクサカメムシはカメムシ目カメムシ亜目カメムシ科カメムシ亜科で、セアカツノカメムシはカメムシ目カメムシ亜目ツノカメムシ科だから種類が違う筈なのに。

 何で俺こんなにカメムシに詳しいんだ?

 何時の間にかカメムシマニアに……って、そんな場合じゃねぇよ!

 俺の紋章システムが怪人を赤く囲んでアラートを表示している。

 『自爆まであと7秒』!?

 カメムシが俺を自爆に巻き込もうとするのは分かるけど、すぐ側にエメラルドもいるんだぞ?

 そう言えばこの怪人、最初に俺達じゃなくてエメラルドに向けて攻撃してたっけ。

 黒木君が言ってた「黒木さんを良く思わない奴」が関与してる可能性はある。

 何らかのウィルスが怪人のプログラムに仕込まれてたとか?

 怒りに我を忘れているエメラルドは、カメムシ怪人の変化に気付いていない。

 間に合うか!?


――キュービットは平板状に形状変化!2機はピンクを、残りの2機は俺とエメラルドを守れ!


 精神感応で命令を出してから、俺はいまだに攻撃し続けるエメラルドに覆い被さるように突っ込んだ。

「なっ、何を!?」

 エメラルドの困惑する声が聞こえたが、そんな事を気に掛ける余裕はもう無い。

 先日プログラムしておいた別の機能を発動する為に、精神感応でもう一つ命令を出す。


――硬化!


 エメラルドの杖の仕組みを逆に応用したプログラムで、ナノマシンの密度を上げて防御力を上げる機能だ。

 それをキュービット4機と俺のスーツに反映させる。

 と同時にカメムシが赤い光を放ち、轟音を響かせながら爆発した。

「きゃあっ!!」

「きゃっ!!」

「ぐうっ!!」

 三者三様に呻きながらも、爆風に飛ばされないように懸命に堪える。

 もっともピンクはエメラルドの杖で硬化させられてて動けないけど。

 キュービットは衝撃波をモロに受けて全て砕け散り、爆発の余波が俺達を襲う。

 硬化によってスーツの防御力は上がっている筈だったが、それを上回る程の衝撃が体を突き抜けた。

 爆発による破壊は数秒で終わりを告げ、辺りに戦闘前の静寂が戻る。

 屋上の壁や地面はひび割れて破損し、その威力の大きさを物語っていた。

 この攻撃は、先日レッドとピンクが放った『ファイナルフラッシュ』クラスの破壊力だ。

 キュービットを障壁にしてなかったらやばかったかもな。

「な、何なのよ~!」

 運良く硬化していた御陰で無事だったピンクが文句を言うけど、フォローのしようも無いのでほっとく。

 俺も硬化してたけど、至近距離にいたせいか割とダメージが大きいな。

 いやそれよりも、俺とキュービットが間に入ったけどエメラルドは無事か?

「だ、大丈夫?」

 俺が倒れたまま動かないエメラルドに眼を向けると、エメラルドは薄く眼を開けて状況を確認する。

「いったい何が……?っ!?」

 唐突に眼を見開いたエメラルドの仮面の下の顔が、燃えるように赤く染まっていく。

 どうしたんだ?

 そう思った瞬間、両手に何やら柔らかい感触を感じた。

 最高級のマシュマロすら陵駕するその柔らかさは、間違い無くアレであった。

 ……うん、お約束だね。

 そして――俺の本能、覚醒!

 両手が勝手に動き出し、揉む。

 ムニムニ。

「きっ……!!」

 俺の意志とは無関係に動く手は、まるで別の生き物の様だった。

 これが男のさがという奴か?

 能力名『オトコサーガ』と名付けよう!

 ムニムニ。

「きゃああああああっ!!」

 バチコーン!とエメラルドにヘルメットをぶっ叩かれて、俺は回転しながら吹き飛び、地面へダイブした。

「ぷぎゃっ!」

 ズザザーッとCの形で滑っていく俺の下へ、硬化が解けたピンクがツカツカと歩いて来て――ドカッ!

「ぐぇほっ!!」

 思い切り俺の腹に蹴りを入れた。

「女の敵っ!!」

 ヒーローは正義の味方の筈なのに、女性からは敵認定されました。

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