ラノベ新人賞短編初挑戦作。2008年6月30日、第4回電撃リトルリーグに応募。お題『3つのお願い』(投稿以来修正一切無し)。ラノベ作家を目指す原点となった作品です。

 昭和20年 7月6日  

 大都市だけでなく地方都市にまで空襲の被害が広がり始めていた。


 当時は珍しく1人っ子の高等女学校2年(現在の高校1年)の孝子は3月におきた東京大空襲で家と共に母の静子を失ったため、甲府にある祖母の千代の家に住むようになった。      

 元々体の弱かった父の茂は、戦地へ行かずに済んだが半年前に肺結核で亡くなっていた。


 近くの軍需工場で働いている孝子が帰宅した。

「ただいまーっ」

「おかえり、今日の夕食はたっちゃんの大好物の桃があるよ。最近ずっとすいとんとかサツマイモばかりだったろ?たまには贅沢な物をたっちゃんに食べさせてやりたくてね」

「おばあちゃん、ありがとう。わたし甘い果物が大好きだよ。裏庭で育てている梨の木もあと1月ほどで甘くて美味しい実が出来るね。楽しみだなぁ。そういえばこの梨の木って不思議な力を持ってるんだよね?」

「そうなんだよ、たっちゃん。この梨の木は、私が生まれるよりもずっと前、100年以上毎年実をつけ続けているんだよ。普通はとうに寿命が尽きているはずだけど……この木には、ある条件をつけてお祈りをすれば願い事が何でも叶うって言い伝えがあるんだよ。だからこの家では昔から七夕飾りは笹の代わりに梨の木の枝に飾っているんだよ」

「100年以上も実がなるなんて本当に不思議な梨の木なんだね。ところで、ある条件ってどんなものなの?」

「先祖代々からの言い伝えで、この巻物によると条件は3つあって1つ目は、2礼2拍1礼、神様を拝む時と同じだよ。2つ目は、少し特殊な条件で、桃栗3年柿8年、梨の馬鹿めは18年って云われているだろ?これの漢字を変えて梨の馬鹿めは18念、つまり願い事を18回念じるようにすれば梨の木も願い事を聞いてくれるっていう訳さ。3つの条件のうち2つは分かるんだけどもう1つは破けて分からないんだよ」

「そうかぁーっ、残念だなぁ」


 近所に住む孝子の幼馴染の実くんが七夕の飾りつけを手伝いに来てくれた。孝子が東京に住んでいた頃も度々会いに来て、昔から実くんに恋心を抱いていた

「こんばんは、孝子ちゃん」

「こんばんは、実くん。実くんは、どんな願いことを短冊に書くの?」

「ボクは将来の夢を書くよ。ボクの将来の夢は湯川秀樹さんみたいな立派な物理学者になることなんだ」

“素敵な夢だなぁ、わたしも将来の夢を書こう。わたしは実くんと結婚できますようにって書こう。実くんに見られたら恥ずかしいな。裏向きにして飾ろう”

 孝子は心の中でそう思った。

「おばあちゃんは、どんな願い事を書いたの?」

「私はこの梨の木のように長生きできますようにって書いたよ」

 3人で梨の木の枝に七夕飾りや願い事を書いた短冊をつけ、七夕の夜を楽しんだ。

「実さん、今夜は泊まりなさいな、たっちゃんも喜ぶよ」

「それでは、お言葉に甘えて泊まらせていただきます」

 実が泊まってくれることになり、孝子は恥ずかしくもとても喜んでいた。

 

 日付が変わる少し前、空襲警報のサイレンに起こされた。

「おばあちゃん、実くん、早く安全な場所へ逃げよう」

「確か火の手がおさまる川の方へ逃げれば安全みたいだね」

「おばあちゃん、川の方は危ないよ!みんなが安全だと思って流れ込んで来て逃げ場がなくなるの。東京の空襲の時も隅田川の方へ逃げた人がいっぱい死んでしまったの。庭の防空壕に隠れようよ」

「孝子ちゃん、防空壕の中は危ないよ。焼夷弾が直撃でもしたら崩れて閉じ込められてしまうよ」

 3人で安全な逃げ場所を相談しているうちにアメリカ軍の爆撃機が上空を通り、焼夷弾が落とされ、家を直撃し瞬く間に家の中や周辺が火の手に覆われ、逃げ場をほとんど失ってしまった。3人は、唯一まだ火の手が来ていない梨の木の下に逃げ込んだ。しかしそこも徐々に火の手が迫ってきた。この梨の木だけは絶対守りたい。そう思った3人は防火用水槽の水を梨の木にかけて、火の手から守ろうとした。この空襲は後に甲府(たなばた)空襲と呼ばれる。


 あれから60数年後の8月15日


 その梨の木は今でも毎年実をつけ続けている。今では老夫婦になった実と孝子はその梨の木の話を伝え続けている。

「この梨の木のおかげで、ボクも妻の孝子も孝子のおばあさんの千代さんも命が助かり千代さんはつい最近まで、111歳まで生きていました。ボクも物理学者になることができ、孝子と結婚することが出来ました。皆様もこの木の不思議な力を感じて下さい。でも願い事をする前に3つのお願いがあります。1つ目は神様に拝む時と同じ2礼2拍1礼、2つ目は、少し特別で18回念じること、そして3つ目は、特別なことではありません。この木に愛情を注いであげて下さい」

「家は跡形も無く焼けてしまったけど、梨の木は奇跡的に全くの無傷で残って今でも毎年終戦の日が近づくと美味しい実をつけます。わたしたちは、この木のこと、そして戦争の実体験の話を子供たちに伝え続けていきたい」

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