蒼穹飛行船物語

笛吹ヒサコ

Prologue

0-1

 エスタ歴元年、あるいは緑の悪魔の年グリーンオークイヤーと呼ばれる年の秋、人々を強い違和感が襲った。


 大樹海が作り上げた箱庭の中の人々は、自分が何者か知っていた。名前も家族も生い立ちも知っていた。

 しかし、誰もがその記憶や生い立ちに違和感を抱いた。


 自分たちの知っている世界は、こんな世界ではなかったはずだ。


 だが、目の前に広がる世界が、ここがお前たちの世界だと見せつけてくる。


 ぐるりとエスタ大陸とリンデア海、双方の一部をぐるりと囲んでいる大樹海の存在に、人々はとりわけ強い違和感を抱いた。


 それはまるで、覚めることのない悪い夢だった。


 違和感ばかりの箱庭のような世界の中を生きるが、違和感は決して消えなかった。子どもの代、孫の代になっても消えなかった。


 旧時代ロストエイジと呼ばれるようになった違和感のない、あるべき姿の世界の鍵は大樹海にあると誰もが考えた。


 三桁を軽く超える者たちが、大樹海に挑んだが帰ってくることはなかった。



 次第に人々は、大樹海の向こう側に希望を見出すことをやめた。




 閉ざされた土地でたくましく生きていく人々から、変人と呼ばれ続けた男がいた。熱機関を生み出し、飛行船を作り上げた男は大樹海ではなく、空に希望を見出した。


 エスタ歴309年の春、最初の飛行船が空を飛んだ。

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