第20話 花と苔

         花と苔


 「お~。一斉に芽が出てきたな。桜も咲き始めたし、いい季節が

やって来ました。アハハハ。」

 「何。1人で盛り上がっているの。オヤジ、お小遣い頂戴よ。

へへへ。」

 「ん?何で?晶子はもう大学生だろ。自分で稼ぎなさい。俺なん

か晶子の年には、学校と仕事を両立させていたんだぞ。」

 「じゃ。ここでバイトをやらせてよ。オヤジの仕事の半分をやっ

てあげるから。」

 「やってあげるって。そんなにあまいものじゃないぞ。高校の部

活とは違うからな。お金を稼ぐというのは結構難しいぞ。・・・

 まっ、滝くんも両立させているけれど、晶子と合わせて一人前の

従業員かな。アハハハ。」

 「なんか呼びましたか?ニシさん?」

 「滝さんは半人前の従業員で、私と足せば一人前の従業員になる

ってさ。」

 「アハ。確かに。学校がある時は一日中休むこともあるし、半日

しか出られないこともあるからね・・・。

アキちゃんも学校と両立させてここで働くの?

じゃ、俺と半分ずつでローテーションできるかもね。へへへ。」

 「滝くんはやさしいね。少しは見習ったら。オヤジ。」

 「やさしいんじゃないの。正直なんだよ、滝くんは。良い社会人

になれるかどうかはわからないけどね。へへへ。」

 「・・・・・。」


 それってどういう意味なのか分からないけど、この性格じゃ社会

人として難しいということなのかな。もうそろそろ就職活動をしな

いと。いい建築会社に入りたいなぁ。


 「こんにちは。」

 

 「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ。」

 「あっ。あそこの席にしよう。初めて来た時もあの席だったの。

この白いカフェに行ったら隅っこの1番席がいいって、誰かが言っ

ていた。庭の眺めがいいし、店内全体も見渡せるから。

 それに、すぐ近くに小物が沢山あって楽しくてなんとなく落ち着

くの。」

 「ふ~ん。」


 あっ。あのおふたりもやっぱり1番席に行っちゃった。何か誰か

に聞いてきたようなことを言っていたね。この白いカフェのことま

で噂になっているのかなぁ~。でも、ちょっと変わったカップルだ

ね。


 「いらっしゃいませ。メニューはお決まりですか?」

 「はい。玉葱スープと特性サンドイッチ。それに、ホットを下さ

い。先生は何にしますか?」

 「ん~、じゃ、ブラックスープと海鮮ピラフをいただこうかな。

後でコーヒーを下さい。よろしく。」

 「はい。玉葱スープに特性サンドイッチ。それに、ブラックスー

プと海鮮ピラフですね。後で、コーヒーを2つお持ちいたします。

しばらくお待ちください。

 あっ、庭や回廊にはご自由に出入りしてください。そこの扉から

出られますので。桜はもう8分咲きになっています。苔も美しいで

すから是非観てください。それじゃ、失礼します。」


 「お~。滝くん、トークが上手くなったね。かなり慣れてきたよ

うだ。1年で随分成長したような気がするよ。相手が何を求めてい

るのか少しずつ分かるようになってきたな。うんうん。」

 「えっ。そうですか?ありがとうございます。今のお客様は、先

生のようですね。先生はしきりに庭を気にされていたようなので、

外への出入りは自由ですって案内をしておきました。これでよかっ

たんですか?」

 「珍しく、ニシさんが滝くんを褒めたね。いつもなら、少し厳し

くしていたのに・・・。うふ。」

 「そうかな。マキちゃん。滝くんは成長したと思うよ。」

 「アハ。ありがとうございます。そう言われると何か照れます。

へへへ。」

 「そうね。最初はどうなるのかと思ったけど、チャンと接客がで

きるようになっているからね。以前のようなあまえることはもう無

いようだし。」

 「えっ。以前はあまえていましたか?・・・そうなんだ。やっぱ

り学生気分だったんですね。なんか、フワフワしていたのかな。地

に足が付いていないというか、この家が面白くて、楽しくて毎日充

実していましたが・・・。

いや。今もそうですが。でも、今年は就職活動をしないとね。何と

か一人前の社会人になりたいので。へへへ。」

 「そうそう。その気持ちが大切だよ。そうすればいろいろなもの

が見えてきて、自分の立ち位置がわかり始めるんだよ。そして、目

指すものも見えてくるよ。

 滝くんは一般の人より洞察力が高いから、良い社会人になれるよ。

俺は、滝くんの年のころは、まだフラフラしていたからね。アハハ

ハ。」

 「うんうん。そんな感じだね、ニシさんは。」

 「コラ!マキちゃん。そこは、そんなことは無いです。・・・だ

ろ。へへへ。」

 「あいよ。お待ちどう。」

 「あっ。私が持っていく。」


 マキさん。また、その服を見せようとしているね。あの先生って

いう人は、ちょっと気難しそうだからどんな反応をしてくれるのか

な。


 『アキちゃん。その先生という人、ちょっと気を付けた方がいい

ですよ。何か感じちゃいます。悪い感じじゃないけれど、ちょっと

変な人のようですね。』


 「お待たせいたしました。ブラックスープに海鮮ピラフです。そ

して、玉葱スープと特性サンドイッチです。後ほど、コーヒーをお

持ちいたします。

 あっ。これはこちらからのサービスの紅茶です。お食事と一緒に

どうぞ。少し薄い目に作っていますので、食の邪魔にはならないと

思います。ごゆっくりどうぞ。」

 「はい。ありがとう。へぇ~、従業員さんですよね。なかなかい

いセンスしていますね。アヤくんどう思う?」

 「はい。なんか、可愛い。今の季節感がたっぷり感じますね。と

ても素敵です。先生はこんなファッションはお好きでしょ。うふ。」

 「うんうん。大好き。白のワンピースドレスに鮮やかな草木と花

がアレンジされていて爽やかですね。それにドレスの裾はレース柄

になっているのですね。

 あっ。そのレース柄って桜じゃないの?いいね。このお庭にピッ

タリだし、一体感があるね。ちょっと写真を撮らせてください。い

いかな?」

 「えっ。あっ、はい。どうぞ。・・・」

 「ありがとう。」

 

「あの先生って何?おかまさんなのかな。」


 「ふ~。ビックリした。急に写真を撮ろうとするんだもん。」

 「マキさん、あの先生の言葉使い、ちょっと変わっているね。男

性だよね。」

 「うん。オネエ言葉に近かった。でも、やさしい感じがしたよ。

もう1人の女性も学生という感じじゃなかったね。私と同じか、も

う少し年上かもね。それに、2人ともに和服でしょ。普通の先生と

生徒じゃないね。」


 「あっ!あの女性。知っているよ。前にふたり連れで来た看護師

の人だ。和服を着ているから全然わからなかった。イメージが違う

ね。」

 「えっ。そうなんですか、ニシさん。よく覚えていますね。」

 「アハ。だって美人だからね。へへへ。」

 「・・・。」

 「年末年始のイベントにも来てくれたじゃないか。滝くんは覚え

てないんだ。それだけの洞察力がありながら、物覚えが悪いのか・

・・。アハハハ。」

 「すみません。以後、覚えられるよう努力します。へへへ。」


 『流石。ニシ店長ですね。やっぱり神経質なところがあるから、

ほとんどのお客様を覚えているのね。とっても大切なことです。』


 「先生。さっきの店員さん、よかったでしょう。前にレイと来た

時も感激しちゃった。この家って落ち着くし楽しくって元気が出る

の。それに、音や香もいいしね。

 ん?どうかしましたか?」

 「このスープは何でできているのでしょう?パっと見ると濃い茶

色というか、黒に近くて重そうだけれど、飲むと軽いのにコクがあ

るよ。そこに赤と白の小さなお餅が入っていて綺麗。器は白だけど、

さっきの店員さんのドレスの裾柄と同じ桜のレース柄が周りを飾っ

ているよ。いいね。

 それに、海鮮ピラフも白が基調なんだけれど、深みのある味だし、

海の香りもしっかりと残っている。飾りのグリーンは海藻なんだね。

アヤくん、いいお店を見つけたね。こんなに近くにあるのに全然知

らなかったよ。」

 「でしょう。先生。私のこの玉葱スープもすごいですよ。丸ごと

玉葱を1つ使っているのに形が崩れず、柔らかい。甘味もあってダ

シがしっかりとしみ込んでいます。美味しい。

 この特性サンドイッチなんかは、スパイスが効いた白いソースに、

豚肉だと思うのですが、薄くスライスした肉を何枚も重ねてあるか

ら、口当たりが優しくって、ソースが程よく馴染んでいます。この

豚肉も下味が付いているのでしょうね。ソースとのバランスがとて

もいいです。

 それに、ホールトマトがわずかですが、挟んであるので少しだけ

酸味もあります。これも美味しい。へへへ。」

 「それちょっと食べさせて。私のも少しだけ上げるから。」

 「は~い。」


 「あ~、あのおふたりは医者と看護師の関係なのかな。でも、な

んで和服なの?」

 「ん~、わからん。和服が趣味じゃないのか。」

 「いや。違うね。私の勘だと、あの先生のしぐさと洞察力、そし

て、庭の木や花、苔などを観ている姿は、花道の心得ありと見た。

多分、あの2人はお花教室の帰りですね。うん。」

 「えっ。ユミさん、いつの間に現れたのですか?・・・そうなの

かな。」

 「俺、滝くんほど洞察力は無いけれど、人は沢山見てきたからわ

かるのです。それに、ほら、バックのところにハサミのグリップが

見えているでしょ。」


 「あっ。そうですね。俺としたことが見過ごしていました。へへ

へ。」

 「コラ!お前ら探偵か。そんなにお客様のことをジロジロ見ちゃ

ダメです。」

 「は~い。」


 『ユミさんいい勘をしていますね。私もそう思います。あの姿に

花束も持っておられますから、100%花道をされていますね。で

も、アヤさんはどうして先生をここに連れてきたのでしょうか。食

事だけのことなのでしょうか。』


 「先生。私、ここにレイと2度来たのです。真冬だったので寒く

てあまり周りを見ていなかったけれど、ここは音と香だけじゃなく

て、この食も含めていろいろなところに気配りがされています。だ

から、春になると、また、何かを発見できるかなと思って。どうで

す、このお庭?」

 「うん。感動します。よくお手入れがされていますから美しい。

 それに、あれを見て。あの苔を・・・どう?何か感じないかな。

私たちがやっているお花の世界に通じる何かを・・・。」

 「あ~、綺麗な緑の苔に所々から草の芽が出ていますね。それに、

芽が伸びて先には小さな花が咲いています。ワァ~、可愛い。あん

なに小さいのにしっかりと主張していますね。」

 「うんうん。そうだね。私たちが学んでいる花道は、単に花木な

どを切って、上手くコーディネートやアレンジをして、人に魅せる

ものだけじゃないと思う。

 むしろ、人に魅せつけない。強く表現しないところに本当の美が

あり、花道の奥深さがあると思うよ。目立たないところほど大切に

して、正しく表現をしてあげる。結果、花、木、草などは生き生き

としてくるような気がするね。

 精神世界のことだから、まだまだ分からないが、技術の向上も大

切だけれど、感性を磨かないとね。さり気ないところも大切なんだ

と思う。

 私たち医療の世界も同じだよね。技術にもいろいろあって心の技

術も磨かないとね。そうでしょ。アヤくん。」

 「はい。先生。私もそう感じています。苔の中にひっそりと咲く

一輪の花。可憐で寂しそうに感じますが、しっかりと生きています

よね。あの苔と共に生きていますよね。花の美しさはわかりますが、

苔の美しさはなかなかわかりませんし、気が付きません。

 でも、一輪の花や小さな葉や芽を観ていると、さりげないけれど、

美しくしっかりと生きていると感じます。自然界からはいろいろ学

べますね。」

 「そうだね。ここの庭を演出された方は、素晴らしい人でしょう

ね。自然のあるがままの力をちゃんとご存知の方だと思います。

 だから、この家には目に見えない多くの何かが宿っているのでし

ょう。今の店員さんたちもそうだし、この小物たちもそうだと思う

ね。すごく落ち着くね。」


 『ドキッ!えっ。私たちの存在がばれています?見えているの?

・・・

 この人のように。時々こういう人が居るのよね。オーナーと同じ

ような感性を持っている人がね。なんか、いいお医者様のようです。

私も診察をしてほしいです。・・・ちょっと無理か・・・うふふ。』


 「いいお話を聞かせていただきました。私ももっと服を大切にし

ようと思います。はい。」

 「何それ?マキちゃんはいつも朝早くに掃除をしているし、庭の

手入れもしっかりやってくれているじゃないか。それに、服も大切

に着ているでしょ。」

 「ありがとう、ニシさん。私もそう思う。へへへ。」

 「何それ?自分で自分を褒めているじゃないですか、マキさん。

シラケる。アハハハ。」

  

 えっ。マキさん今のおふたりの話を聞いていたんだね。どうりで

静かだし、やけにあの席に近いところに立っているなぁって思てい

たけど、どういう性格をしているのかな。


 「ごちそう様でした。美味しかったです。」

 「美味しかったです。また来ますね。」

 「は~い。いつもありがとうございます。今度はもう1人の方も

ご一緒にどうぞ。看護のお仕事頑張って下さい。」

 「えっ。店長さん、私のことをお覚えていて下さったのですか?

嬉しい。それに、もう1人の彼女のことも。・・・

 ありがとうございます。益々ここが好きになりました。皆さんあ

りがとう。ごちそう様でした。」

 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています。」

 「アヤくん。いいお店だし、いい空間だね。それにいい店員さん

たちだ。私も時々来させていただきます。ありがとう。」

 「はい。宜しくお願いします、先生。」

 

 『またのご来店をお待ちしております。アハ。

 花と苔。あの人の言う通りですね。花さんも苔さんもお互いに助

け合うこともあるけれど、邪魔もしないように咲いています。生き

ています。花道の世界は良くわかりませんが、この“白い家”同様

に様々なモノたちのコラボレーションなのでしょうね。

 それぞれがいい影響を与えながら1つの空間とか、時間を共有し

ているし、感情を出しているのでしょう。うちの花と苔もあのおふ

たりにお礼を言っていますよ。うふふ。』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る