WAVE:04 イブキ・オリジン

 PCのディスプレイに3Dモデリングで描かれたプロフェシー。

 機体の大部分は明るいオレンジで、フェイス部のバイザーはグリーンになっている。バイザーの奥に隠れたモノスコープ状のメインカメラがポイントだ。

 ハーヴェスターの刃と各種エフェクトもオレンジにしてある。

 プロフェシーのシンボルカラーをこの色にしたのは戦場ステージで目立つから。ギアの塗装やエフェクトに黄系をメインで使う人は少ない。まわりとかぶらないのもいいと思った。

 機体のサイズは小さめで、そのぶん装甲も薄いけど、速さならどんなギアにも負けない自信がある。

 ベース機にしたF ・ Eフィラデルフィア・エクスペリメントも小型軽量のギアで、旋回性能の高さと食らい判定の小ささが特徴だった。火力の低さと耐久値の少なさがネックになって、標準デフォルト仕様では勝ちに恵まれないギアだったけど、オレはこいつが嫌いじゃなかった。

 自分の身長が少し――あくまで少しだからな!――足りてないから、小型ギアを使ってるワケじゃないぞ。ただ、小さいヤツがデカイやつに挑みかかる姿って、何かカッコいいだろ?

 主力兵装メインアームの大型実体れん「ハーヴェスター」はプロフェシーの機体サイズを考えると少しオーバーサイズだけど、オレは特に気にしてなかった。小さい体にデッカイ武器って、個人的に燃えるんだよ。趣味的な要素ってオラクル・ギアでは大事なんだ。

 このハーヴェスターと機動性を最大の武器にして、大型ギア相手でも怯むことなく格闘戦を仕掛けていく。

 オレのサイコーの愛機パートナー

 ディスプレイに描かれたそいつを、マウスでグルグルと回転させてみる。特に意味はないけど、こうやってると何となく落ち着く。

 プロフェシーの強化プラン。漠然としたアイデアは前からあったんだ。でも、いざはっきりとした形にしようとすると、何か頭の中が急にわやくちゃし始めて考えがまとまらなくなる。

 透吾とうごいぬいの前で、オラクル・ギア新作稼働までに達成すべき三つの目標を掲げ、宙埜さんへの告白を宣言したオレは、家に帰るなり自室に籠って新型プロフェシーの開発に取り掛かった。

 あ、ちなみに、ヒナにもちゃんと目標と告白の話はしておいたぞ。オレが宙埜そらのさんに告白する!って宣言したら、いきなり顔を真っ赤にして「おれ、そうゆうのよく分からねー!」とか言いながら仕事に戻っていったけど。何なんだよ、あの反応は……。眼鏡割るか?

 で、新型プロフェシーに話を戻すけど、これが思った以上に難題だった。

 頭の中でまとまりかけたアイデアに手を伸ばすと、指先が触れた瞬間に砂になってサラサラとこぼれていく。

 ふんわりとしたイメージを明確なビジョンにするためには、まだ”何か”が足りない。だけど、その”何か”が分からない。

 だから、オレはそれを探すために、ギアの改造エディットツールでプロフェシーを徹底的にいじり倒していたところだ。

 前にも言ったけど、オラクル・ギアの改造自由度の高さは相当のモノだ。ゲーム最大の売りと言っても過言じゃない。実際、メーカー側もそれを謳い文句にしている。

 ゲームバランスを著しく破壊するようなカスタムや、あまりにもポリコレ的にあかんヤツだと、マスターシステムの判断で弾かれる可能性が高いけど、核兵器や化学兵器とかでもない限り、そこまで心配する必要はない。エロっぽいデカールを貼ったギアが対戦中にいきなりアカバンされたのを見たことあるけど、あれは特殊なケースだしな……。

 その自由度の高いカスタムを実現するのが、オラクル・ギアのプレイヤー登録をするだけで無償配布されるこの改造ツールだ。

 ギア本体をパーツごとに分解し、それを違うギア同士で繋げたり、パーツの各種パラメーターを操作することで、形状などをプレイヤーの好みに近づけることが出来る。他にも、ギア本体と同じように多数のメーカーから販売されている兵装に様々な付与効果を追加することも可能。細部まで可能な塗装カラーリングや、好みのグラフィックスを使ったデカールの作成と貼りつけ、ヒナのM・Mマイケル・マイヤーズのように可変機構の追加など、多岐に渡るカスタマイズをライナーにもたらす魔法の電脳工具。

 そいつで、プロフェシーを一度バラバラにして、パーツを展開しては数値を微調整。再度組み立て、基本動作を繰り返し、機体の具合を確認する。

 オラクル・ギアで壁にぶち当たったときにする儀式のようなモノだ。

 電脳空間の戦場における分身とでも呼ぶべき存在のプロフェシー。そいつを腑分けすることで、その中からオレの行く先を示してくれる”光”を探し出そうとしているのかもしれない。……って、自分でも何言ってんだかよく分らないけどさ。ポエム読むよりゲームしろってか。わっはっは。

 オレがこいつプロフェシーに辿り着くまで、自分でも呆れるぐらいの数のカスタマイズを試した。何機もギアを乗り換えて、自分の納得いく理想のギアを目指した。

 始めてプロフェシーで勝ち星をあげたときは、嬉しくて嬉しくて、思わず泣いてしまった。ヒナと透吾は何も言わず、バカみたいに泣くオレの肩を抱いてくれたっけ。


 オレは一旦、改造ツールを閉じて、動画サイトでオラクル・ギアの対戦動画を再生する。

 もう、何度となく観た、数多の名勝負。オレの心を掴んでは離さないライナー達の輝き。その輝きに触れるたびに、オレは大声で叫び出したいような、今すぐ部屋を飛び出して、いつものゲーセンアクト・オブ・ゲーミングに駆け込みたくなるような、不思議な熱を感じる。

 オレのプレイングで宙埜さんもこんな感情を覚えてくれるのだろうか。

 オレの気持ちは宙埜さんに届くのだろうか。

 乾はワンチャンあると言っていたけど、何となくその場のノリで押し切られたような気もする。

 そもそも、乾はオレのプレイングをどうやって宙埜さんに伝えるつもりなんだろう? ゲーセンでの対戦を動画サイトにアップする方法はあるけど、他店からもプレイヤーがエントリーされるバトルロイヤルモードでは、相手に許可が取り難いのでまず無理だ。オレは、当分、シアンと一番やり合える可能性が高いバトロでしか遊ぶつもりはない。細かいことは任せておけと乾は言っていた。信用しないワケではないけど、全く気にならないワケでもない。

 でも、オレが今一番気にするべきことは、自分で立てた三つの目標をどう達成するかの方だろう。


 動画プレイヤーを起動して、お気に入りのロボットアニメを再生する。

 さすがに全部観ている余裕はないので、特に気に入っている作品のメカアクションを中心に、幾つか再生していく。

 オレはヒナや透吾ほどアニメを観る人間じゃないけど、昔からロボットアニメは大好きでよく観ていた。ゲームと同じぐらい大好きで、そんな人間がオラクル・ギアに出逢ったらハマるに決まっているだろうし、運命のようなモノを感じてもおかしくないだろう。何、大げさなこと言ってるんだよってツッコまれそうだけど、オレみたいな人種にとってはそれぐらいエポックなゲームだったんだ。

 PCのディスプレイでは、とあるロボットアニメの最終回が再生されている。

 そこでは、禍々しいオーラを放つ漆黒の巨大ロボットと、まるで人形のように華奢で美しい純白のロボットが、ヒロインのモノローグと挿入歌をバックに宇宙空間で戦っていた。大切なヒトたちを護るため、漆黒のロボットと共に自ら永い眠りにつこうとした少年が、純白のロボットを駆るもう一人の少年と、二人の少年が一番大切に思う女の子ヒロインによって宇宙そらへと解放されたのだ。純白のロボットは傷つきながらも、黒き威容のロボットが繰り出す猛攻を凌ぎその内部に到達。そこで眠る少年を救出する。二人の少年が向き合う姿を映し、物語は一応の完結を迎える。

 思わず見入ってしまった。

 はぁー、オレ、やっぱりこのアニメがしみじみ好きだわ。

 この作品が本放送されたのって、オレが小学校にあがる前だった気がするけど、いいものは時代を越えて人の心に刺さるんだ。

 こうやって、今の自分を形作っているであろう、偉大な先人達の成果に改めて触れ直すことで、自分の一番深い場所から、湧き上がってくるものを感じた。

 今なら、足りなかった”何か”を見つけられるかもしれない。そんな気がする。

 それは、ただの錯覚かもしれないけど。

 そんな簡単な話じゃないのは分っているけど。

 それでも……。


「オレには見えているっ!」

 

 とか言ってみたくなるじゃん?





 オレは夢を見ている。

 プロフェシーの強化案を深夜遅くまで考えていたからだろう、寝落ちしたようだ。夢だって理解している夢の中で、オレはそう考える。

 夢の中の風景は、高校二年生に進級してからまだ日の経っていない五月の朝。

 馬鹿みたいによく晴れているけど、この季節にしては少し肌寒い。

 偶然、普段よりも早起きしたオレは、偶然、普段よりも早く家を出た。時間があったので、何となく遠回りして学校に向かった。

 普段なら通らない古びたアーケード街。ほとんどの店はシャッターを閉じているけど、それを物珍しげに眺めていた。

 そこで気が付いたんだ。

 商店街の路地裏で、隠れるように身を屈めて泣いている誰かの姿に。

 まわりに人はいない。商店街の店はほとんどが開店前だから、人通りがないのだろうか。たまたまやってきたオレには分らない。

 分っていることは、女の子が泣いていること。

 そして、よくよく見てみると、その女の子が自分が通う高校の制服を着ていること。

 顔をあげた女の子が自分のクラスメイト、クラス委員長である宙埜カナタさんだということ。

 それぐらいだった。


「ゴ、ゴメン……!」


 相手が何かを言うより先に思わず謝ってしまった。何となく、見てはいけないものを見てしまったような気がしたから。

 オレの顔を眼鏡越しにまじまじと眺めた宙埜さんは、小さな声で言った。少し震えるような声だった。


「こせがわ、くん……?」

「そ、そう。オ、オレ……じゃない、ぼくは小瀬川伊吹こせがわいぶき。きみ……じゃなくって、宙埜さんと同じクラスの男子のっ! べ、別に怪しいもんじゃないぜ?」


 自分でもどうすればいいか分らず、しどろもどろになりながら答える。


「……どうして、謝るの?」


 さっきよりも、少しはっきりとした声で宙埜さんが聞いてくる。


「え! だ、だって、こっちは宙埜さんの泣いてる姿を勝手に見ちゃったワケだし……」

「別に、見ようと思って見たわけじゃないんだよね? それに、小瀬川くんが私のことを泣かせたわけでもないんだから、そんな風に謝らなくても大丈夫だよ」

「えーと、そ、そうゆうもんなの?」

「そうゆうものじゃないの?」


 小首を傾げながら聞き返してくる宙埜さんの表情はもう泣いてなかった。


「私は大丈夫。心配かけさせてごめんね」

「オ、オレの方は特に問題ないよっ!」


 宙埜さんは制服――女子は緑がかった青のセーラー服で、男子は同じ色の学ランだ――のスカートの誇りを払いながら立ち上がる。


「ほ、本当に大丈夫? どうせ同じ学校の同じ教室なんだし、送るよ?」


 オレの言葉に宙埜さんは怪訝な表情を浮かべる。

 今にして思うと、自分でもどうかしている発言だった。

 宙埜さんがクラスどころか学校中の男子の憬れの的であることをすっかり忘れていたのだから。

 

「おかしなこと言ってゴメン! 怒ったなら謝る。ただ、本気で具合とか悪いなら放っておくワケにもいかないし、クラスメイトが泣いてたら、何か心配だから、無視するのもおかしいと思って……」

 

 改めて、あの日のことを夢で再体験すると顔から火が出るほど恥ずかしい。

 今すぐこの場所からBダッシュで走り去りたいぐらいだ。

 オレは一体、何を考えてこんな血迷った発言をしたんだ。

 これじゃ、泣いている女の子に粉をかけようとする最低の軟派男だ。


「そんなに謝らないで」


 宙埜さんはもう泣いていなかった。

 オレに、謝らないで、と言う宙埜さんの声は、まるで鈴の鳴るような透明で澄んだ声。

 おかしいな。

 教室で何度も聞いた声なのに、この日はやたらと耳に残ったんだ。


「小瀬川くん、ありがとう」


 そう言う宙埜のさんの笑顔は、どれだけ複雑なコマンド入力をすれば出せるのか想像も付かない破壊力バツグンの可愛らしさで、オレは一撃でやられてしまった。

 宙埜さんはその笑顔で、一体どれだけの男子をKOしてきたんだろう。そのうちマイルド調整が入るんじゃないかと、心配になる。


「それじゃあ、一緒に学校行こ」


 宙埜さんの言葉に、オレは壊れた水飲み鳥みたく、コクコク頷くことしか出来なかった。自分から誘ったくせに、情けないヤツ!

 学校までの道すがら、会話らしい会話はなかった。

 結局、宙埜のさんに何であんな場所で泣いていたのかは訊かなかった。その質問をする権利がオレにはないように思えたからだ。

 今日は天気がいいねとか、でも少し肌寒いねとか、カーディガン羽織ってくれば良かったとか、小瀬川くんの学ランの下のパーカー温かそうだよねとか、宙埜さんが呟く言葉に、オレはヘッドバンキングを繰り返すだけだった。

 きっかけは偶然で些細なことだったけど、あの日、オレは確かに宙埜さんに恋をした。

 あの声と笑顔に恋をしたんだ。

 その感情は、すごく恥ずかしくて、むず痒いものだけど、同時に、とても幸せで、そのまま宇宙にでも飛び出せそうなぐらいオレを浮足立たせるんだ。

 そんなことを考えていたからだろう。

 オレは気が付くと一人で宇宙空間に浮かんでいた。膝を抱えて丸まりながらプカプカと漂うオレの前を、オレンジとグリーンで塗り分けたプロフェシーが通り過ぎていく。おーい、プロフェシー、どこに行くんだよ。オレはここだ。相棒が宇宙で漂流をしているんだから、助けてくれよ。オレは声に出ない声で呼びかけるけど、プロフェシーは無視してどこかへと去っていこうとする。よくよく見ると、そのプロフェシーはオレの知っているプロフェシーではなく、オレが近いうちに完成させる新型プロフェシーの筈なんだけど、雨に煙る景色みたいにぼんやりとしていて、その姿をはっきりと視認することが出来ない。

 プロフェシーを覆う雨はオレの頭の中に降り続ける雨で、いつまでたっても止むことはない。それに腹を立てたオレは、プロフェシーにオプションパーツの光学迷彩マントを被せて、首のあたりを有線クローアームの制御に使われるワイヤーでグルグル巻きにして、宇宙に浮かぶ巨大なてるてる坊主にしてやった。ドヤ顔でキメるオレに、ヒナと透吾と乾が地球から手を振って笑っている。フロニキも一緒だった。そして、そこに宙埜さんが加わる。オレはそれを確認すると、とても満ち足りた気分になって、泣きそうになる。

 人を好きになるって、誰かを想うって、すごく恥ずかしかったり嬉しかったりするのと同時に、何だかひどく切ないんだ。

 夢だって理解している夢の中で、オレはそう思った。





「懐かしいモノを読んでるね」


 アクト・オブ・ゲーミング二階の休憩スペース。

 オレはそこで古いアーケードゲーム雑誌のバックナンバーを読んでいた。

 声をかけてきたのは、顔見知りの常連の一人。オールシーズンをアロハシャツで通すことに定評のある眼鏡の男性、宗像徹平むなかたてっぺいさんだった。


「その雑誌でよくを記事を書いていたんだよねぇ」


 昔を懐かしむように目を細めて宗像さんが言う。

 宗像さんの職業はフリーのゲームライターだ。

 と言っても、今は紙媒体での仕事はほとんどしておらず、もっぱらゲームサイトなどで記事を書きながら、時々、知人の配信やイベントの手伝いなどをしているらしい。

 自由業だからだろう、普通のサラリーマンが働いているような時間帯でも、比較的よく見かける人だった。


「オラクル・ギアの記事ですか?」

「オラクル・ギアが稼働する頃にはその雑誌は休刊していたね。僕が攻略記事を書いたのは『閃甲のスタァ・ギア』の二作目あたりかな」

『閃甲のスタァ・ギア』。

 懐かしい名前だ。と言っても、オレがゲーセンに入り浸る頃には既に見かけなくなっていたゲームだけど。

 タイトルからも分かるとおり、『奏甲託閃そうこうたくせんのオラクル・ギア』の原型となったゲームだ。全てはこのシリーズから始まったと言っても過言じゃない。

 二作目のタイトルは『閃甲のスタァ・ギア・セカンド ジ・カレイドライナー』。生半可なハッキングをするまでもなく思い出せる。遊んだことはないけどさ。


「二作目……カレイドライナーですよね。アレ、大変なゲームだって聞きましたけど」


 オレの言葉に、宗像さんは、うんうん、と頷く。


「本当に大変だったよ。通信対戦のマッチングはやたらと遅いわ、対戦中に処理落ちしまくるわ、ロケテで発見された永パは修正されないまま製品版が出回るわ、頻繁に調整が入りまくるわ、話題には事欠かなかったよ」


 ……どんな、ゲームっスかそれ。”ヤバ”過ぎでしょ。


「ネットでも散々な評判だったね。このゲームの関係者はサイコパスか? みたいなことを言い出す人もいて、僕たちは腹を抱えて大笑いしていたよ。何もかもみな懐かしい」

「……それで、よく攻略記事書けましたね」

「まぁ、仕事だからね。必要なら、やってみるさ」

「さすが”プロ”ですね……」

「まぁ、あの頃から、”プロ”と”アマ”の境界は曖昧だったけどね。それでも、みんなでワイワイ騒ぎながら目の前のゲームと向き合っていた」

「楽しい時代、だったんですね」

「そうだね。騒々しくて猥雑で、今とは違う楽しさがあった。あれは、過渡期の楽しさだったんだろうな」

 

 少しだけ翳を宿した目で宗像さんが言う。

 大人は昔を懐かしむとき、あんな目をすることがある。

 オレもいつか、あんな表情で過去に思いを馳せる日が来るのだろうか……。


「ハハハ、すまないね。ワカモノにおかしな話をして。これが大人の特権だと思えないほど青臭い君ではないだろ?」

「……大丈夫ですよ。別に気にしてませんから」

「そうか、だったらいいんだ。ところで、今日は一人なのかい? 珍しいね」

「オレだってたまには一人で行動しますよ。と言っても、透吾は何かの用事、ヒナはバイトがあるので、一人で来るしかなかったんですけど」


 バイトで思い出したけど、小遣いがピンチなんだよな。オラクル・ギアのプレイ料金は親切設定だけど、こうも毎日遊んでると財布に響く。あと、新型プロフェシーの開発に使うパーツや武装も買いまくったし。おかげで、懐が涼しい。

 豊島のじーさん、バイト募集してないかな。あとで、ヒナに聞いてみよう。


「そうか。君たち三人の漫才を楽しみにしている部分もあるんだけどな。僕は一抹の寂しさを禁じえないよ」

「いや、オレたち漫才とかしてないし」

「ハハハ、面白いジョークだ。それも若さか」

「若さは関係ないですから。あとジョークじゃなくてマジです」

「なんとー!?」


 宗像さんが心底驚いたような声で言う。

 普段からこの人にどう思われているのかちょっと心配になってきた。


「……小瀬川くん、そろそろ次のバトロ始まるんじゃない?」


 休憩スペースで珍妙なやり取りをする宗像さんとオレをジト目で睨みながら、店長の美佳みかねぇが、声をかけてきた。





 今日のバトロの戦績は、自分としては満足いくモノだった。

 シアンのカメラ・オブスクラに二回勝利して、最後まで生き残ることが出来た。これで、この前の借りは返したぞ。

 例によって、カスタムサスペリアとドリームキャッチャーのコンビが妨害をしかけてきたけど、簡易メッセンジャーで共闘を申し出たシアンと一緒に撃退した。そういや、あいつら、カメラ・オブスクラには攻撃らしい攻撃をしなかったな。基本、オレしか狙ってこなかったのは何なんだ。オレは、お前らからそこまで恨みを買うようことをした覚えはないぞ。

 それはともかく、シアンとの共闘は悪くないものだった。一年以上も繰り返し

対戦を続けた相手だ、向こうの考えや行動は大体分る。それはシアンの方も同じなんだろう。オレの意図を的確に汲んでくれて、なかなか気持ちの良い連携を組めた。

 ライナーネーム「cyanシアン」。カメラ・オブスクラのギアライナー。

 こいつは……いや、この人は、一体、どんな人物なんだろう。

 オレは、それが気になるようになっていた。





 教室では相変わらずヒナや透吾と一緒に馬鹿話をしている。

 そこに時々、乾が加わるのも変わっていない。

 乾はオレに三つの目標の進捗具合を確認する。オレは、まぁまぁだ、と答える。乾はしばらくオレ達の馬鹿話に付き合うと、宙埜さんのところへ去っていく。オレは、乾を通して宙埜さんと挨拶したり、ちょっとした世間話をする。そのたびに、ふわふわと浮き足だった気分になるけど、それは決して嫌なものではない。クラスメイト(以外も)の男子達(たまに女子達も)が羨ましそうな顔でこっちを見てくるけど、勤めて気にしない。

 乾がオレの”頑張り”ってヤツを宙埜さんにどう伝えているのかは未だに分らない。透吾も協力しているのだろうか。

 まぁ、友達を信じるしかないんだろうな。だから、オレは目の前の目標、自分でぶち上げた三つの目標に全力で向き合うだけだ。目の前のゲームを自分のために、自分のやり方で楽しむ。他のライナー達と対戦を繰り返し、その中で、自分の”本気”を示す。そこに、誰かを惹き付ける、”熱さ”の片鱗があると信じて。

 自分のために遊ぶと言いながら、同時に、他人を惹き付けるような熱も求めている。 

 矛盾しているかもしれないけど、多分、人間は自分の中の矛盾を受け入れることでより強くなるのだと思う。いや、自分でも、何言ってるんだかよく分かってないけどさ。

 よく分かってないけど、今はこれでいい。

 分からないものは分からないものとして、今はスコンと前に進んで行こう。


 連日のゲーセン通いと、プロフェシーのパーツ代で足りなくなった小遣いは、かーちゃんに頼みこんで、翌月分を前借することでなんとかした。最初、かーちゃんは渋ったけど、フライング土下座で頼み込む息子の熱意に負けてか――あの表情は決してドン引きしたものだとは思いたくない――最後には小遣いの前借りに応じてくれた。おかげで、来月は豊島のじーさんのところでバイトだけどな。

 オレは過去の対戦動画や、好きなロボットアニメの名シーンを観て、インスピレーションを貰う。

 はじめは蜃気楼のように頼りなかった強化型プロフェシーのアイデアは少しずつだけど、はっきりとした像を結び始めた。


 オラクル・ギア新作のロケテストにも何回か足を運んだ。

 新型のプロフェシーは、シアンに勝ち越すためと、オラクル・ギアの新作をトコトンまで遊び倒すためのものだ。

 新作の最大のフィーチャーである、宇宙ステージの三次元戦闘を体験せずして、完成はあり得ない。

 残念ながら、現在がロケテ版では自分のギアデータをゲームで使うことは出来ない。

 あらかじめ用意された数十種類ほどのギアから選択して、一人用のストーリーモードで遊ぶのだ。

 と言っても、ストーリーモードの物語はまだ解禁前。ステージ間に最低限のデモがあるだけだ。

 オレはプロフェシーを開発するときにベース機として使った、F ・ Eフィラデルフィア・エクスペリメトの後継機を選択してロケテをプレイした。

 初めて体験した宇宙での三次元戦闘は、夢の中で飛び立った宇宙みたく、やたらふわふわしていて、最初は手こずったけど、何回か遊んでいるうちにコツを掴んできた。

 これなら、きっといけるだろう。 

 そんな気がした。

 ライナーピットから降りてきた透吾の顔色が冴えなったのは宇宙酔いでもしたからなのか。

 ヒナとオレは二人で透吾の背中をさすってやった。

 

 シアンとは、いい感じにバトロでり合っている。





 オラクル・ギアの最新作稼働まで一週間を切ったある日。

 フロニキが仕切るバトロ大会のエントリー表を眺めていたオレは、思わず大声をあげてしまった。

 そこには、発起人のフロニキはもちろん、ヒナや透吾、宗像さん、普段は別のゲーセンをホームとする乾、その他にも見知った顔の名前が幾つかあった。

 ここにエントリーされたメンバー以外にも、サプライズゲストがいるようだけど、オレにとってはそんなことはどうでもよかった。

 エントリー表にはシアンとその愛機バディであるカメラ・オブスクラの名前があったのだ。多分、締め切り直前に申し込んだのだろう。ちょっと前にエントリー表を確認したときには名前を見かけなかったし。

 自室のPCのディスプレイの前で、奇鳥けちょうのごとき声を発するだけのBotと化したオレに、洗濯物をしまいにきたかーちゃんが、うるさいわよ! と思いっ切ゲンコツを落としてきた。

 いてーよ! 縮むだろ!

 あと、思春期の息子の部屋にノックもせずに勝手に入ってくるなよ!!

 いや、それよりもシアンの方だ。

 シアンとオレの対戦成績は今のところピッタリ五分。この数日でどうなるか予断は許さないけど、稼働日前日の大バトルロイヤル大会でシアンと雌雄を決することになりそうだ。

 ああ、まったく。

 勝手に”運命”とか感じるぜ。

 こいつは”燃える”ってもんだろ?



【To Be Continued……】

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