第42話 リリヤ

 冷たい宇宙の中を、両の肩にそれぞれ「無」、「敵」と刻印された機体は漂っておりました。


 いえ、漂っていた、という表現は、その機体の様子からすれば、適当とはいえないでしょう。それは一目散に、本土から見て南極方向に当たる方位に向けて、大気のない空間を突き進んでいたからであります。始めは本土のカタパルトから射出された勢いそのままに進んでいましたが、途中で航宙機や戦艦を砕き、その一部を己のものとして取り込み、速度を増し、時空を捻じ曲げ、矢のごとくに駆けたのであります。その速さたるや、人類の技術の粋を結集した戦艦、『耐え忍ぶ槍』号などとは比類にもならぬほどでした。矢が槍に追いつくほどに。


 彼女が目指していたのは惑星オングルでありました。およそ百年前、その惑星に同じく無敵の名を冠する機体が落ちたことを、彼女は知りません。先に落ちた無敵号が、自身と同じく、魂の力を利用した機構を備えているということも知りません。逃げた先のオングルで、ただただ己の身を守るためにその腕を振るっているということも知りません。


 彼女がオングルを目指した理由は、ただのひとつでありました。

「恋人がいるから」

 その身を兵器とされてもなお、女は自分が以前と変わらぬ身のつもりでありました。明らかに異常が起きていることを知りながらも、知らぬふりをしていました。そして、ただ、ただ、己の縋るよすがを求めて、恋人のもとへと向かったのです。


 こうして矢は槍を貫いたのです。

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