第9話―他人の評価―

 二日目は、朝のラジオ体操を終えた後はすぐに狩りであった。晩まで山を駆け回り、食料を得て帰り、今日を生きる。


 その間、エンリは洞穴でエイリーネと過ごしていたのだが、全く会話がなく、母が話しかけても何も答えないので俺が帰ってきた時には母が泣きついてきた。


 まだまだ攻略は難しそうではあるが、何としてでも少女には生きてもらう。


 そんなものは俺の我儘でしかないのだが……この少女は、絶対に生きる希望を見つけられると思う。


 三日目は川で釣りをした。

 かかるまで待つ楽しみ。

 緊張感。

 釣れたあとの喜び。


 そんなものは少女の心を動かすことなんてなく無駄に終わった。


 四日目はゲームをした。

 これは母であるエイリーネが暇だろうと思い、俺が前世のゲームである丸罰ゲームを地面に書いてやったのが始まりである。


 俺とエイリーネがやっているのを見せ、おおげさにリアクションをとっても、まったく興味は向かず、やることもないまま終わってしまった。


 五日目は雨。

 ジメジメとした空気、だがあえて外に出る。

 体に打ち付ける雨粒、天気を、自然を楽しむ。

 この頃は俺も訳がわかんなくなっていたので、エンリも俺も濡れただけで特に何もなく終わった。





 そして六日目の朝、ラジオ体操と食事を終え、俺はエンリを連れて薪割りに出る。


 薪は火となり、火は様々な用途で使うため薪割りは欠かせない。

 しかしとても面倒で更に疲れるので誰もやらない。なので俺が定期的に任されているのだ。


 洞穴から遠く離れたいつもの切り株へと着くと、置いてあった相棒である手斧を取る。

 ここには俺以外殆ど来ず、音が煩いとの理由で離れている。


 横に積んであった、予めある程度の大きさに切断された丸太を一つ縦に切り株の上へ置くと、手慣れた作業を繰り返した。


 斧を肩に担ぐように振り上げ、力任せに思いっきり振り下ろす。


 薪割りなんて今まで経験したこともないし、割れて小さくなれば良いだろうという考えの元こうやっているのだ。


 誰も教えてくれなかったし、仕方ない。


 木の破片が飛び散ったり、大きく外れて切り株に斧が刺さったり、頑丈なのか全く木が割れなかったりすることもあるが、全てが楽しく感じた。


 減る丸太。流れる汗。

 この薪たちが絶対に役に立つという安心感。


 何度もすることで、最初はいくつか割ったところで息を荒げていたが、次第に体力もついて割れる数が増えていくというのも嬉しい。


 成長を実感できるということは、とても嬉しいことだと俺は思う。


 太陽が真上を通り過ぎた頃、ようやく終えた俺はエンリの方に振り返る。


 ……四時間程ひたすら割っていた俺もアレだが、四時間ずっと動かずその場に立っていたエンリも俺はどうかと思った。


 すると、思いもよらぬことが起こった。


「……ねぇ、それ楽しい?」


 エンリが、言葉を発したのだ。

 俺が目の前でラジオ体操をし続けても。

 目の前で美味そうに肉に食いついても。

 前世で覚えていた芸人のネタを披露しても。


 全く動じも反応もしなかったエンリが、言葉を発したのだ。しかも、疑問という形でだ。


 すかさず俺はとびっきりのスマイルを浮かべて返す。


「あぁ、すげぇ楽しいさ!」


 答えとは言葉だけでは伝わらない。

 表情や声、全身からつたわるのだ。


 俺は嘘をついてるわけでもないし、最高の答えをできたと思う。


「それは、何のためにやってるの?」


 しかしエンリは華麗にスルー。

 いや、俺もこの程度で怯むほどではない、むしろもう慣れた。


 ……何のため、か。

 少女の問は、多分だが火をおこすためとか、薪用途について聞いているわけではないだろう。


 エンリにどれだけの一般常識があるかはわからないが、違う。


 なら何か。


 それは――


「みんなのため、かな」


 少女の身体が、びくりと大きく揺れた。

 ……我ながらクサイことを言ったと思う。


 けれど事実だ。

 もちろん、体力がつくからとか、自分のメリットのためにやっているふしもある。


 だけどもその根本は、やはり人のため。

 人といっても山賊だが、誰かの役に立てるってのは、何よりもすげぇ嬉しいことなんだ。


 少女はしばらく俯いた後、面を上げ俺のことを見て言葉を続けた。


「それが、誰にも評価されなくても? 誰にも認められなくても? 誰にも……褒めてもらえなくても?」


 その言葉に、また胸に針が刺さるような痛みが襲う。

 前世の俺が、正にそれだったからだ。


 仕事をやり遂げても、当たり前のこととして評価されず。

 俺の取った案件は会社の一部として処理され。

 どれだけ頑張っても、自分よりも優秀な者の方に皆の目は向く。


 それはとても辛い。

 自分は何のために必死に頑張っているのだろうと多々思った。

 何のために生きているのか考え、そして自殺を図ったんた。


 黙っている俺を、エンリはずっとその虹色の瞳で見つめていた。

 自分でどうしても出なかった答えを求めるように、それはもう必死の表情で。


 ――あぁ、やっぱりこいつも俺と同じだったのか。

 この精霊にどんな過去があったのか俺は知らない。


 だが、答えてやることは、できる。




「あぁ、構わないさ。確かに認められないのは辛い。だけど――」


 俺は一息置いて続ける。


「評価ってものは後から付いてくるものだからさ。だからまずは俺のやりたいことを必死に、頑張って、頑張って……好きに生きて。それをもしも評価してくれる奴がいたら、俺はそれで今まで生きてて良かったって思えるよ」


 前世はやりたいことをできず、縛られた生活をしていた。

 しかし最後には、俺の意思で少女を助け、礼を貰った。あの時は、礼なんて期待していなかったんだ。


 今もそうだ。

 山賊のやつの中にも、進んで雑用をやる俺に、労いの言葉をかけてくれた奴が一人いた。


 俺はその場で泣いたよ。

 あぁ、見てくれていた奴がいたんだって。


 だが、それもないこともある。

 だから自分の好きなことをやっていく。

 人のために何かをして、自分のしたことが誰かの役に立っているところを見れれば満足だ。

 そうすれば少なくとも、今は生きられるんじゃないかって。

 それで誰かにそれを認めて貰えたのなら。


 俺の答えに、少女は固まっていた。

 よく見れば、ぷるぷると肩を震わしている。


 少女も思うことがあって、今まで色々考えてきて。それで死のうとしていたんだ。


 整理する時間が欲しいだろう。


 暫く待ったあと。


「あなたは――」


 少女が口を開いた時だった。


「よぉライクぅ。へへへ、おっ、例のチビもいるじゃねえか」


 二人の中にやってきたのは、あの攫った少女を食った男だった。

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