第7話 魍魎

 光が転送してきた住所にむかって等は歩き続けた。

 何度、仮想画面で確認しても間違いない。

 彼女の住所は「丙種地区」のなかでも、かなり奥まったところにあった。

 通常であれば、こんなことは考えられない。

 彼女の個人情報を閲覧した限り、あくまで乙種市民である。

 ならば、乙種市民の地区に住んでいるはずなのだ。

 乙種市民が勝手に丙種地区に居住している時点で、反人権的行為である。

 もっとも、光は電網で結ばれた電脳に自在に接触できる電脳狩人だ。

 あるいは、個人情報などもすべて捏造しているのかもしれなかった。

 とんでもない危険人物、としかいいようがない。

 それでも自分はなぜ光のもとに行きたいのだろう。

 個人的感情、あるいは健康な少年として、あこがれの異性のもとに近づきたいという感情は否定できない。

 だが、むろんそれだけではなかった。

 やはり「紙の本」やその他、光の私生活などに興味があったのだ。

 果たして電脳狩人とはどんなところに住んでいるのか。

 いま教えられている歴史は本当に嘘ばかりなのか。

 好奇心を持ちすぎることは危険だとわかっているのに、足がとまらない。

『ここからまもなく、丙種地区です。現在、該当地区に治安度は乙種市民にとって、深刻な危険をもたらす状態となっています。この先には進まないことを推奨します』

 左手首に巻いた携帯電脳が、女性の声で警告を発した。

 等にとって、丙種地区に入るのは初めての経験である。

 その恐ろしさは噂で知っていた。

 丙種の人々はみな貧しく、平気で反人権的行動をとるという。

 強盗や殺人なども日常茶飯事という話だ。

 魍魎堕ちした者さえ、その奥には隠れ潜むという説さえある。

 もし魍魎にあったらと考えるだけでぞっとした。

 彼らは反人権的行為を行った罰として、あらゆる人権を絶対人権委員会により剥奪されている。

 そのなかには生存権まで含まれるのだ。

 額には、どんな光学偽装を行ってもごまかしようのない「魍」の字が刻まれているという。

 かつて人ではあったが、いまは人ではないものの証である。

 魍魎は人ではないのだから、なにをしてもよいことになっている。

 人権がない以上、それは人ではないのだ。

 魍魎の多くは人々に「狩られる」という話だが、なかには人目を忍び、丙種地区の暗がりに棲むものもいるという。

 彼らは食料も得られないため、人を食うという話だ。

 魍魎を退治する創作物は人気がある。

 すでに魍魎は人ではないので、創作で殺害しても絶対人権委員会はなにもいわない。

 たいていは苦難の末に少年少女が魍魎を狩るのだが、彼らが怪我をしたりすることはない。

 もしそんなことをすれば作者が絶対人権委員会に目をつけられる。

 だから常に魍魎が退治されて話は終わるのだが、それはあくまで創作のなかの話である。

 現実はそう簡単にはいかないだろう。

 むしろ魍魎に反撃され、食べられてしまうかもしれないのだ。

 武器の携帯はやはり反人権的なため、禁止されている。

 徒手空拳で、これから丙種地区に足を踏み入れるのだと思うとぞっとした。

 しかし、ここに入らなければ光の家に行くことはできない。

『丙種地区に入りました。ただちにこの地区からの離脱を推奨します』

 最後の警告を無視して、覚悟を決めると等は歩き続けた。


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