第4話 目的は観光です。

真白ましろさん・・・出来上がっている初版本のすべてにアルがいません。」

片岡詩織かたおかしおりの顔は青ざめ、今にも泣き出しそうだった。


「本当に申し訳ありません・・・。完全にこちらのミスです。責任を持って私が刷り直しの交渉をして・・・」

「いや、それは少し待ってくれませんか?」

嫌な予感がした僕は彼女の言葉を遮って、アルの消えた初版本のページをいくつかめくった。

残念ながら予感は的中していた。裏表紙の絵だけでなく、挿絵や地の文、会話文の全てにおいてアルの情報が抜け落ちている。

このままではとても読めない。

ゲラの段階で何の問題もなくできていたにもかかわらず、ここへ来て急にアルの記述だけが消えるなんてどう考えてもおかしい。僕の想像の域を超える何かが起きているとしか思えないのだ。だから、彼女の言うように刷り直したところで解決することではない。

自分の手で生みだした者達の面倒は、自分で最後まで見てやらなくては。


「詩織さん、一先ずこの問題は僕に預けてくれませんか?そして今日はこのまま予定通りプロモーションのお話をしましょう。」

彼女は目を丸くして、叫んだ。

「発売は1ヶ月後ですよ?!ミスした側の人間の言える言葉じゃないですけど、原稿はこちらでもお預かりしてますし、早急に刷り直します!」

「どうか落ち着いてください。これはあなたのミスでも印刷会社さんのミスでもないんです。恐らくですが、お渡ししている原稿からもアルはいなくなっていると思います。」

絶句している彼女を混乱させないよう慎重に言葉を探しながら虫食いだらけの本を見せた。

「そんな・・・見落としようがない・・・どうなってるの?」

「僕にも何が起きているのか分かりませんが、とにかくこのような状態になってしまっているのは事実です。・・・でも、これは僕の作品です。そしてこの作品には待っていてくれる読者がいる。できる事なら発売を延期することは避けたいんです。僕に解決策を考える時間をくれませんか?」

沈黙が流れる。

アルがいなくなっている原因も分からず、さらに印刷や製本技術に関して素人の僕がこの異常事態をどうにかできるのかと疑問に思っているのだろう。

しかし、片岡詩織は僕の目を真っ直ぐに見て頷いた。

「真白さんがそこまで言うのなら、私はお任せするほかありません。」


僕たちは広報担当を交えてプロモーションの打ち合わせをし、発売後のトークイベント以外はホームページなどの企画にまかせることになった。

片岡詩織に進展があれば必ず連絡すると約束し、アポロ書房を後にした。

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