役割

「あー、やること無いな・・・。」


青年Aはつぶやく。彼は大学を卒業してフリーターとなったが人間関係の悪化を理由に辞め、今はニート状態となっていた。今日もいつも通り街をぶらぶらしようと思っていると・・・、


カタン。郵便受けに何かが入る。


「何だこりゃ・・・。」


見るとそれは一通の封筒だった。差出人は改革塾と言う名前の会社だった。


「胡散臭いな、全く。」


そう言いながらも開けると中には講義の案内があった。暇だし行ってみるか、そう思い立ち家を出る。



「皆さん、お越し下さりありがとうございます。私が塾長の佐藤、と申します。この度は恐らく現在の生活に満足されていないであろう方々にご連絡をさせていただきました。」


講義が始まって早々、男はそう切り出す。聴衆は当然怒る。お前に何が分かるんだ、放っておけ!口々に叫ばれる中、男は語り始める。


「勘違いしないでください。私は同情や共感と言った感情を持ち出すつもりはありません。ここに皆さんをお呼びしたのはとある学説について紹介するためです。」


聴衆は静まる。


「興味を示して頂いてありがとうございます。さた本題に入りますが、先ほど私は皆さんが現在の生活に満足されていないだろうと申しました。それは皆さんが劣っているとかどうしようもないと言う意味ではありません。強いて言うのならば運が悪い、と言ったところでしょうか。つまり皆様はなるべくして今の状態になっているのです。」


誰も口を動かさない。


「急に言われても理解できないでしょう。簡単に説明しますと、人間にはそれぞれ役割分担があるという事です。エリートコースを進み社長になる人間、エリートコースを進んだのにも関わらずおちぶれる人間、犯罪を犯す人間、それを取り締まる人間。この様に様々な役割が全ての人に与えられてこの社会が成り立っている、それが新しい人類科学の主張です。」


聴衆の中には首を傾げる者も頷く者もいる。Aは黙ってそれを眺める。


「今も皆さんの中にはこの話を理解する者、理解できない者、信じる者、疑う者。様々な方が居るでしょう。しかし我々の論ではそれは個々の能力や育ちだけに影響される物ではないのです。」


皆が顔を上げる。Aも塾長を見つめる。


「ある程度の影響はあったとしても、それは人の努力で覆せます。今もし皆さんが腐っていたとしても、少し努力することにより、逆に今輝いている人々が腐ると言う役割を担うことになるのです。皆さんどうか希望を捨てないでください。」


拍手がどこからか湧く。次第に広がり拍手喝采となる。


「ありがとう、皆さん。我々はこの議題について研究をしています。是非とも賛同を得られたのであれば我々と共に新しい役割を担ってみませんか?」


Aは立ち上がり、俺はお前たちを信じるぞと叫ぶ。すると口々に叫ぶ者が増え、全員が立ち上がり賛同の意を示した。


「本当にありがとうございます。皆さん、我々と共に世界を変えましょう!!」



講義が終わり聴衆は皆、満足げな顔で帰る。塾長の元にAが向かう。


「こんなん良かったのか?」

「ええ、結構です。お疲れ様。」

「サクラをやってくれないか、なんて普通手紙に書くかよ。」

「あなたならやってくれると思いましたよ。」

「そんで、あの話はどこまで本当なんだ?」

「おや、疑っているのですか。学説については私は信じていますよ。」

「ああ、そうかい。だとすれば今日集められた俺たちはまんまと乗せられる不運な被害者、と言う役割なんだな。」


本当に運が悪いことだ。

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