第16話
もう遠い過去の出来事のように思える。
中3の夏休み前、期末試験を終えた俺はゲーセンを訪れていた。あの頃は、帰りにゲーセンで遊んで帰る友達と呼べる仲間がいて、いまよりも楽しく過ごせていたのかも知れない。
そして、そこで件の異母の姉、
ゲームセンターは、都市部にあるような大規模なモノではない。
どちらかというと、地方の商店街にポツンとあるゲームセンターで、休みともなれば中高生の溜まり場になっていた。
もちろん、平日のそれなりの時間ともなれば、中学生などあっという間に補導されてしまう。
そうした事情も加味して、俺たちは学校が終わると私服に着替えてから、5時過ぎまでという自分ルールでゲームセンターに屯していた。
「ちょっと両替してくる」
と言って、かじりついたゲーム台から離れる。
俺が宣言すると、友人たちからはいい加減な答えが返ってきた。素っ気ない返事の理由は、彼らもゲームに夢中だからだろう。
通路を抜け、奥のフロアカウンターへと行く。歩きながら周囲に見回すと、どこもかしこもゲームに夢中な学生の姿が散見した。
クレーンゲームの景品を必死に獲ろうと意気込む男子、友達とプリクラを撮ってはしゃぐ女子――みんなが思い思いにゲームを楽しんでいる。
そんな中で、俺はある学生グループに目が行った。
「キャハハッ、もうそれがさ――」
ギャルっぽい女子高生らしき3人のグループ。
なにやら、とても楽しそうに話している。
なんとなく「そういう女子がいるな」ぐらいの気持ちで目を向けたつもりだった。しかし、とっさに3人組とは違う視線と目が合ったことで、それは『別の意味』を持つこととなった。
俺を見ていた人物――。
それは、ギャル3人とは全く対照的に真面目そうな女子高生だった。
黒い髪をつむじの下でポニーテイルに仕立て上げた女子高生がトイレの入口付近に備えられたソファに1人で佇み、周囲を窺っている。そんな光景を見たとき、彼女は誰かを待っている様子も、暇潰しにメールも打っている様子も見られなかった。
ただ、ソファに座っていただけなのである。
(……何だろ? あの子?)
気のせいかもしれない。
本当はたまたま目があっただけで、なんてことない所作だ。俺は相手にすることなく、奥の両替機へと向かった。
両替機の前には、フロアカウンターがあった。
そこでは、店員さんが目もくれず景品の検品をしている。
俺は、その横に置かれた両替機に千円札を投入して百円に両替すると、元来た道を戻った――が、戻る道の半ばでとんでもないモノを目撃してしまう。
それは、さっき目を合わせた女子高生が連なるようにして置かれた3つのスクールバッグのうち1つを開けようとしていたからである。
(まさか置き引き……?)
ハッとなって気付き、頭が混乱を来す。
普通、こんなことが起きれば誰だってそうなるはずだ。現に、俺は目の前で起きている出来事をどう受け止めればいいのかわからなくなっている。
頭の中が真っ白になり、固まって動けない。
そんな状況が続く中、再び女子高生と目があった――これで、2回目。
今度は、彼女の方から俺に気付いた。しかも、見られたことを驚いて焦心しているのか、とっさに顔を背けられた。
しかし、横から見る顔は明らかに青ざめている。
俺はそれを見て、どう返せばいいのかわからなかった。ただ、一言言えることがあれば「やめた方がいいよ」と言えばいいのだろう。けれども、それを言う勇気を作ることが容易ではなかった。
何も言えず、時間ばかりが過ぎていく。
「ちょっと、アンタなにしてんのよっ⁉」
そんなときだった。
とっさの叫び声に顔を振り向かせると、いつの間にかギャル風の女子高生3が激しい剣幕をあげて立っていた。
先ほどの女子高生3人組のうちの1人である。
しかも、残りの2人もトイレから直ぐに出てきて、「なになに」といった表情で友人の声に耳を傾けようとしていた。
「ねえ、アンタ。ウチらの鞄に手付けてたけど、なんかしようとしてた?」
その問いに目の前にいるポニーテイルの女子高生は答えなかった。
いや、答えられないという方が正解だろう。なにせ、俺の目の前で盛大に鞄を開けて漁ろうとしていたのだから。
当然、ギャル風の女子高生が怒るのも道理。
けれども、当の本人は黙ったまま何も言わなかった。
「コイツ、みかちーの鞄触ってるってことはパクろうとしてた?」
「マジで……? うわぁーっ、犯罪者!」
「つか、なくない? M高の制服で犯罪とかさ。あそこ、頭いいとこじゃん」
「バカなんじゃないの? 案外、成績最下位だったりしてさ」
3人組が下卑た笑い声を上げる。
なんだか自分が馬鹿にされているようで妙に腹立たしく思える。しかし、実際にはポニーテイルの女子高生に向けられたもの。
それを考えれば、自分には関係ない。なにせ、この後に待つであろう展開は予想できたのだから。
このまま無視を決め込んでしまおうか……そう思った最中、突如として3人組の女子高生のうちの1人が強い歩調で歩き出す。
ポニーテイルの女子高生の前まで行き、顔を近づけると醜く歪ませる。同時にソファの後ろの壁が鈍い音を響かせて強く叩いた。
「ねえ、アタシの友達のバッグになにしてくれちゃってんの?」
そう言って、ギャル風の女子高生はドスをきかせた声で、ポニーテイルの女子高生を威嚇し始めた。
俺は、その様子をわずかに離れたところで眺めていた。
手を出せるような状況ではない。ましてや、置き引きをしようとした人間を庇えるはずがなく、黙して見ているだけ。
なら、やっぱり無視を決め込むしか……いや、このまま何もしなかったら後悔しそうな予感がする。そう思ったら、あの子のために何かしてあげられずにはいられなかった。
「あ、あの……」
有りもしない勇気で声を掛ける。
すると、途端にメンチを切っていた女子高生がこちらを向き直った。場の空気を読まず、俺が声を掛けたことが気にくわなかったのだろう。
睥睨する女子高生が語りかけてきた。
「なに……? いま忙しいんだけど?」
怖い――そう思わずにはいられない。
だって、下手をすればこっちがぶっ飛ばされる。そんな予感がして、俺の中の警告ランプが激しく音を鳴らして口にシャッターを掛けようとしていた。
それゆえ、無闇矢鱈と2人の間に入るのは無謀のような気がしてならなかった。
不意にわき上がった恐怖にうつむく。そして、出来るだけギャル風の女子高生の顔を見ないよう心がける。
そんなとき、足下に『なにか』が落ちていることに気が付いた。
それは、ちょうど俺とギャル風の女子高生の間。足のつま先とつま先に挟まれる格好で落ちており、「ここにいるぞ」と誇張しているかのようだった。
どうやら、キーホルダーらしい。
ベビードール風の服を着たウサギのぬいぐるみ型のキーホルダー。明らかに女の子が好き好みそうなアクセサリである。
ならば、その人物はいったい誰か……?
答えを得た途端、俺は水を得た魚のように勇気を奮い立たせた。そして、足下に落ちていたキーホルダーを拾い上げ、ギャル風の女子高生の前に差し出す。
「これって、お姉さんたちのキーホルダーじゃないですか?」
正直に言えば、これを渡しただけでどうにかなるという自信はない。しかし、みかちーと呼ばれたギャル風の女子高生にとっては別なようだった。
唐突に「あぁ~っ」という声が聞こえてくる。
「ソレ、ウチのお気にのキーホルダーじゃん!」
どうやら、正解だったらしい。
すぐさま「みかちー」というあだ名のギャル風の女子高生が駆け寄ってきた。
「落ちてましたよ」
「超ありがと~。でも、よく気付いたね」
「いえ、その人がずっと気にしていたみたいでしたし」
とっさに有りもしない事実をうそぶく。
こうしなければ、ポニーテイルの女子高生の罪はごまかせないと思ったからだ。俺の言葉を聞いて、さすがの3人組も完全に信じたのだろう。
「……あ……そう……なんだ……」
と言って、バツの悪そうな表情を見せていた。
しかも、散々悪口を言って、因縁まで付けた相手が無実。これでは、自分の心のよりどころがなくなってしまうのも頷ける。
俺だったら、素直に謝っているところだ。だが、女子高生たちはプライドが許さないのだろう。
オロオロと互いの顔を見つめ合っていた。
「ねえ、どうする?」
「どうするって……。アタシらが悪者みたいになってんじゃん」
「じゃあ、どうすんのさ?」
とっさに3人で談義し始める。
この様子だと、なかなか答えが出ないかもしれない。俺はそう思って、先手を打とうとある提案をすることにした。。
「赤の他人の俺が言うのもなんですけど、この人のことを許してあげてくれませんか?」
「許すって言ったって、結局ウチらが見間違えたってことでしょ?」
「はい、出来れば穏便に済ませたいなと思うんですけど……」
もちろん、そんな一言で許せるはずがないのだろう。
不信感から、3人は訝しげな表情をしている。これで許せるなら、ポニーテイルの女子高生に掴みかかったりしなかったはずである。
だから、余計にどうすべきか悩んでいるのだろう。
ようやく結論が出たのは、それから2〜3分してからのこと。
渋々といった表情でみかちーと呼ばれた女子高生が「わかった」と声を漏らした。それから、すぐにリーダー格と思われる女子高生が返事をかえしてきた。
「……いいよ。今回は、アンタの提案に乗ってあげるよ。でも、また同じようなことしたらタダじゃおかないからね?」
俺はその一言を聞き、ポニーているの女子高生の方を見た。
顔を合わせづらいのか、はっきりと俺と目を合わせようとはしていない。しかし、わずかに見える表情には、なぜか複雑な表情が浮かんでいた。
……本当に置き引きする気だったのかもしれないな。
そう思いながらも、顔を微笑みで繕って女子高生グループの方を向きなおる。
「よかったぁ、ビックリしたぁ〜」
「とにかく、もうこんな事やらせないでね。アンタとコイツがどんな関係かは知らないけれど、アタシらにとっちゃいい迷惑だから」
「はい、以後気をつけますんで」
「本当に気をつけてよ? アタシ、これでも手をあげるの早い方だかんね?」
「ありがとうございます。じゃあ、俺たちはこれで……」
などと、でっちあげたという真実を覆い隠して返事をする。
それから、俺は3人組に軽く会釈すると、置き引きをしようとした女子高生の腕を引っ張って、そそくさとその場を後にした。
向かった先は、ゲームセンターの外。
しかし、店外へ出た途端。いきなり、ポニーテイルの女子高生に握った手をふりほどかれた。
「どうして助けたの? 私、誰も助けてくれなんて頼んでないのに」
女子高生はお礼を言うどころか、俺に対して憎まれ口を叩いてきた。
もちろん、そのことは腹が立つ。だが、いますべきことは、きちんと話すことだろう。俺は、その考えから怒りを堪えた。
「それでも、あんなことしちゃいけないと思います」
「私は、わかっててやってるの。パクらたからって、別にそれでよかった……君が来なければ、今頃警察に捕まってたに」
「青い顔して目をそらしたくせに、よくそんなことが言えますね」
「うるさいわね。だいたい赤の他人の君は、いったい誰なの?」
「どうだっていいじゃないですか、そんなこと。たまたま悪いことしようとしていて、それを咎めようとすることのどこがいけないって言うんですか?」
「偽善よ、そんなの」
「正しいか悪いかは別として。俺は止めるべきだと思ったから止めただけです」
ハッキリと意思を告げる。
そんなことで、彼女が考えを改めてくれるかもしれない—と、思ったのが甘かったのだろう。突如となく、女子高生は一纏めにした髪をなびかせて身を翻した。
「待ってください。話はまだ――」
当然、止めようとした。
けれども、彼女は聞く耳を持たず。俺の言葉など無視して、脱兎の如く往来の激しい商店街を駆けていった。
すぐさま捕まえようと後を追う。
しかし、夕飯の買い物どきということもあって、女子高生の姿はあっという間に人混みに消えた。
やむなく、俺は捜索を諦めてゲーセンへ戻ることにした。
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