第8章:仲間の章②・その3

周囲を林に囲まれた広場に、その部隊は集まっていた。

屈強な体躯を頑丈なプレートで包み込む男達。

銀に鋭くも気品の柄が並ぶ、武器倉庫。

簡易に作られた木人を相手取って、鍛錬を続ける兵士。

張られたテントに、要所をピンで打たれた地図を広げた卓。

作戦の概要を説明されている、賢者と勇者。

「一番重要なのが、城塞都市に向かっている敵の補給部隊を潰すことです。既に魔族領側への抜け道は確認しているので、奇襲は簡単でしょう」

「補給さえなければ、敵もバロニアを拠点として運用するのが難しくなるはず。失敗はできんぞ」

ふむふむ、なるほど。とメモを取るのは勇者ゆき。

素人感漂う姿に、周囲の武人達は困惑していた。賢者にとっては当たり前の姿だったので、特に気にせず、むしろ微笑ましい感情を持ってそれを見守る。兵士たちは仕方なく、大人然とした賢者に対して作戦概要の説明を続けた。

「補給部隊を掃討した後、一度体制を整えて城塞都市の攻略戦を行います。傭兵部隊と協力して、魔族領側からも進軍、挟み撃ちにする算段です」

「表にいる雑魚どもは、我々傭兵部隊が受け持つからな。騎士団と君たち勇者一行は少数精鋭として、城塞内部の親玉を討ち取ってくれ」

作戦を説明するベテラン兵士は、さも簡単なことのように言う。

近くでその様子を書記していた若い文官は、実力の測りきれない女性勇者とヒョロい賢者を見やって、不安の顔を見せていた。

不意にテントの入り口に人影がさす。

「積み荷の準備は整いました。後は斥候の帰りを待つだけ、といったところでしょうか。調子はどうです、ユキミチ」

テントに入ってそう言葉をかけてきたのは、ローズだった。

王国に属する兵士はその影に敬礼を示し、騎士もまたそれに返す。

「ローズ卿自ら動かれずとも、雑事は我々の方で片しますのに……」

「いいんですよ、ついこの間まで倉庫整理ばかりやっていたような身の上ですから」

兵士の困った顔を尻目に、騎士は賢者の対面を陣取る。

「作戦の説明はちょうど聴き終わったところだよ。こちらとしては、手持ちの薬草を少し足して置きたいところかなぁ」

「それでしたら、向かいの倉庫にある備蓄から持っていってください。こちらから許可の方は出しておきますので」

勇者一行に対する憧れから見せる笑顔で、騎士は気安さを強める。対する賢者は変わらずの表情で礼を言った。

隣で作戦を反復してつぶやいていた勇者は、

二人が会話を交わしていたことに遅れて気付き、慌てて騎士への敬礼を見せる。

「それじゃ、少し外で話をしよう。伝えておきたい情報もいくつかあるし。ミックさん、フレアーさん、作戦概要の説明ありがとうございました。お互い頑張りましょう!」

腰を上げながら礼を尽くす男に、自信に満ちた笑顔で返す戦士たち。

しばらくして、ゲストがいなくなったテントは静まり返り、戦いの玄人たちは肩をすくめ、文官は資料をまとめながら、ため息をつく。

「せいぜい、死なねぇようにだけは見ててやるかね……」

「大人しく待っててくれたほうが助かったんですが、若いってのは、どうも勇み足が過ぎますなぁ……」

面倒そうな顔をしながら、獲物の手入れをする男たちも、しばらくのちの号令とともにその腰を上げた。


「グレートファンガスは胞子攻撃以外にも、毒の触手を持ってるから、そっちの攻撃に注意するように。エレクトロネイルは麻痺攻撃に細心の注意を。ローズさんはできるだけ前に出ないように、ゆきが倒しきれなかった敵を狙ってください」

「えっ……は、はい!」

己の腕に多少の自信があったのか、若い騎士は賢者の采配に少し戸惑う。

いつもの調子といった様子の勇者は、変わらぬようにブーメランを巧みにふるい、目の前の脅威を排除していく。

先ほどまでの素人感はどこにいったのか、そこにあるのは、魔王を見据えた狩人の顔だった。

城塞都市を魔族領側から攻めるための抜け道は、狭く湿り気を帯びた洞窟で、キノコやコウモリ、植物といった系統の魔物が跋扈している。

通り抜けることすら並みの人間ではかなわないような道も、この勇者にとっては既に経験値の足しにもならない散歩道とかしていた。

「……ゆきさんもすごいですが、それもユキミチの采配があってこそですね……本当に僧侶じゃなかったんだ」

騎士は目の前の無双を目の当たりにしながらも、これまたいつも通りメモを片手に、一切の戦闘行為を行わないスーツの男を見て感心していた。

「賢者さまがいなければ、今の私はいませんからね! 回復はこの薬草で十分なんですよ!」

この場に僧侶がいたら泣きかねない発言に賢者と騎士も苦笑いしつつ、ひとまずは周囲の雑魚を掃除し終えた一行。

不意に前方から、何者かが戦闘を行なっている音が耳に入る。

先行していた兵士たちが、影から飛び出してきた魔物に、苦戦はしないまでも時間を取られているようだった。

「んー、まぁ、せいぜい死なないように見てあげよう」

「大人しく待っててくれたら、助かったんですけど……」

賢者と勇者は通りすがりのゴミ拾いをするかのような気持ちで、前を進んでいく。

その剛胆さにただただ、たじろぐことしかできないローズ卿なのであった。



---第8章・その3 Fin---

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