TOPIC④:宿屋で回復しよう!

「はい、村長から伺っております。この度は村を救ってくださり有難うございました……狭い宿ですが、ゆっくりとしていってくださいませ」

深々と頭をさげるのは、初老に入った宿屋の主人。

所はムートン村の宿屋。カウンター越しに勇者一行が、宿泊予定の部屋について案内を受けていたところだった。

宿は村長の厚意により準備してもらったと、二人は憂いなく、主人の話を聞いていた。

「こちらがご用意させていただいたお部屋にございます。何か不都合がございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」

そう連れられた部屋は一つ。ツインではなくダブルルームであった。

部屋を覗き込んで、男は思わず硬直、女は部屋の小綺麗さに感心していたようだった。

「えーっと、二部屋は用意できなかったんですかね、もしくは今から用意とか……」

焦るように問いかける賢者さま。

それは流石に追加の料金が掛かる、と渋い顔をする初老の主人。

何故もう一つ部屋を用意する必要があるのかと、首をかしげる女勇者。

結局、手持ち皆無の二人は村長の厚意のみ受ける形で、その場を落ち着ける。

落ち着かないのは賢者の心持ちのみであった。

「ま、まぁ、オレが床で寝れば問題は起きるまい、うんうん……」

「何で床で寝るんですか? ベッドで寝ましょうよ、ふかふかですよ?」

既にベッドに腰を下ろして上機嫌の勇者は、男の理性がひねり出す呟きを聞き逃さずに、無邪気に問いかける。

無邪気すぎるその表情と言葉が、更に頭を抱えさせる。

「いやいや、ほら、汗臭いし、僕」

煩悩を極力悟られぬように、それらしい理由でトラブルを避けようと努力する。

「んー、汗なら私の方がかいてるかもしれませんよ! ほら」

「ちょーっとちょっととまま待って待って。脱がないでここで脱がないでくださいお姉さん」

鎧に手をかけ、インナーを見せようとするレディ。それを慌てて制止し、どこか遠くを見やる賢者。

困惑しながら、ひとまず風呂に入ってくると、その場からの撤退を決行する。

「あ! じゃあ私も行きます!」

「そ、そう? じゃあ、とりあえず行きますか……」

この場、この話題はひとまず置いといてと、浴場へと向かう二人。

歩いて二分。扉が一つ。看板には、混浴の文字。

「何でだよ…ッ! 天国かよ……ッ!!」

抑えていた男の理性も、本音混じりの悲痛な叫びで台無しとなる。

「おぉー、混浴ですか、お背中流しますよ賢者さま!」

「もう、お願いします、どうとでもしてください……」

男は一人だけ顔を赤くして、揃って浴場まで進んでいく。

脱衣所は男女で分かれており、見えないが故、余計にやきもきさせられる賢者さま。

浴室への扉を開けると、湯けむりが視界を阻んでくれる。

他に人影はない。

先に脱衣所を抜けた男は、不明瞭な視界に少し安堵しつつ、体を洗おうと歩を進めた。

「広いお風呂ですね〜! このお宿いいなぁ、ずっと泊まってたいですよ〜」

背中から聞こえてきた声に、思わず胸を高鳴らせる男性。

しかし、ちらりとのぞいた後ろにあったのは、バスタオルを体に巻いた、混浴によくある女性の姿だった。

それに安堵と落胆が入り混じった溜め息を漏らす賢者。

「ではでは、さっそく、お背中流しますね」

「あぁ、うん、ありがとうございます」

上機嫌に背中を洗い始めるゆき。

「賢者さまのおかげで、何とかここまでたどり着けましたから、本当にありがとうございます」

「僕は何もしてないよ。実際に戦ったのはゆきだ。キミが頑張ったおかげで僕もここにいられるわけだし、お互い様かな」

互いが互いにお礼を言い合いながら、まだまだぎこちない会話は続く。

的確な指示がすごい、攻略本がすごい、行き先の提示も作戦立ても完璧、商人との交渉も頼りになる、などなど大体がベタ褒めの内容。

「これから先も賢者さまがいてくれたら、世界の平和もすぐに取り返すことができそうです……ね……」

勇者はそこで言葉を詰まらせる。

「……私は、何で勇者になったんでしょうか」

彼女の頭の中では、勇者として生まれた日より前の記憶が曖昧な様子だった。

ボーッと考え込む勇者を見て、その手を取る賢者。

「それを知るために、旅を続けよう。僕もいろいろ知りたいことがあるから、二人で頑張ろう」

二人共がもつ不安の根底は同じところにある。

わからないことが多すぎるが故に、今は目の前の解決できることを処理して行くしかないと、言わずもがな理解して、互いに励まし合うのだった。

「お湯、浸かりましょう! 打ち身に効くそうですから!」

勇者はつとめて明るく、取られた手を握り返して湯船に向かう。

賢者もその笑顔に感謝をしつつ、それに着いて行くのだった。


風呂上りにはバスローブが用意されていたようで、部屋に戻った二人はその姿でくつろぐ。

「賢者さま?」

鎧に包まれていた為によく確認できていなかった勇者の体躯は、女らしく、少し小柄に見える。

「……はい」

賢者は隅の椅子に座り込んで、意識せずとも鼻に届く女性の香りと闘っていた。

「そこで、寝るんですか?」

「うん、キミは気にせずベッドを使っておくれ……」

申し訳なさで素直に横になれない勇者は、枕を抱き寄せて、じっと隅の椅子を見つめる。

「ううん、やっぱりダメです! ちゃんと寝ないと明日に響きます!」

そう言うや否や、賢者の腕を掴み、力づくでベッドに引き寄せた。

「ちょ、ちょっと! ダメだ……って、力強いなオイ!」

無理矢理にでも添い寝をさせるのだと、ベッドに押しこめられ、しかも力不足で抵抗できず、男は情けなくも女の腕の内に収まる。

「はい、寝ましょう寝ましょう! おやすみなさい!」

気が済んだのか、ゆきは引き込んだ男を抱き枕代わりにして、早々に睡眠へと落ちる。

「ぐ、ぐぬ、何だこの力強さは! これがゴブリンリーダーを仕止めるのに必要な力か……!」

何とかして逃げ出そうと試みるも、勇者の手が降り解けず、泣き言を漏らすしかない賢者。

仕方なしだと自分に言い聞かせ、そのまま胸の中で目を瞑った。


旅の疲れが多くたまった二人は、更けた夜が誘う睡魔に抗えもせず、気付かぬ内に寝息を立てさせる。

そうして、宿屋は一行の体力と気力を回復させてくれるのだった。



---TOPIC④ Fin---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る