第10話 進展 7月25日

 今学期最後の授業終了後、俺と啓祐は町田駅前のマックにやってきていた。

今日は椎名さんが休みのようだったので、喫茶店はスルーしたのだ。


「なんで今日はいないんだよぉ…」

「そりゃ毎日勤務してるわけないだろ。つーかメールで確かめればよかったじゃねーか」

「聞いたけど…返事が来なかったんだ……」

「ふ、筆不精なのかもな…」


 最近ではメール不精という言葉も生まれているとかいないとか。なるほど、筆でメールは書かないものな。

メールと言えば、今朝の『未来メール』とやら。あれは一体なんだったんだろうか。

たった一言『今何時?』

不気味すぎる。そもそもあのアプリ自体分からないことだらけだ。普段は何も使えないくせに、何らかの条件が整えば過去へ送ってくれる。

 その条件が分からないのが悩みの種なのだが…。

そんなことを考えていると啓祐が怪訝そうな表情でこちらを見ていた。


「な、なんだよ」

「いやさ、お前も最近なんか悩んでるよな」

「お、俺は別に…」

「話してみそ。この俺様が直々に聞いてやろう」

「お前は誰なんだよ…」

「俺でよければ力になるぜ」


 急に真面目なトーンになる啓祐。

そうか、こいつなりに俺を心配してくれてるんだな。誰に相談できるものでもないと思い込んできた。理解などしてもらえるものでもないと自分で決めつけていた。

だが啓祐になら、相談してみてもいいのかもしれない。ひょっとしたら、一緒に悩んでくれるかもしれない。

愛美を取り戻すために、黛さんの家族を取り戻すために、力を貸してくれるかもしれない。


「実は、だな…」

「おう」

「信じられないような話なんだ。でも、事実だ」

「聞くぜ」

「えっと、だな…」



     ― ― ―



「なるほど。分からん」


 この数日間の出来事を話し終えると、返ってきたのはそんな言葉だった。

このやろう…。


「でもまぁ、何を悩んでいるかは分かった。ひとまず、そのタイムリープとやらをちゃんと使えるようにすることじゃないか」

「信じてくれるのか…」

「はぁ?力になるって言ったろ」

「啓祐…」


 今ほど啓祐が頼もしく見えたことはない。

やはり持つべきものは友なんだな。もっと早く、こうして相談すべきだったかもしれない。


「ま、難しいことは分からんけどな」

「それでもいいんだ。助かるよ」

「おう。それで、今朝の変なメールが来てたアプリが関係あるんだよな?」

「そうだ。条件が整えば、あのアプリが起動する」


 難しいのはその条件。いまいち分からないままだ。


「確か音楽を聴いてどうこう、だろ。こういうのはやっぱり、同じ音楽を聴いてる必要があると思うんだ」

「同じ音楽?」

「例えば昨日の晩に戻りたいとしたら、昨日の晩に聴いていた音楽を聴く。的な?」

「なるほど…。でもそれじゃ、その音楽を聴いていたどの時間に戻るか分かったもんじゃ…」


 それに音楽を聴くだけでタイムリープできるなら、毎晩あらゆる時間に跳ばされまくってしまう。


「それはもう、タイマーをセットするしかないな」

「タイマー?そりゃ寝るときはセットしてるぞ?それがどう作用してるんだ?」

「これも思いつきなんだが、タイマーの1分が現実の1時間に相当する。120分で120時間、それもマイナスだ」

「なんでそうなる」

「そう考えるのが一番しっくりくるだろ?」

「雑だな…」


 だが一応筋は通っている…気がする。


「じゃあ早速やってみようぜ」

「今からか?」

「善は急げって言うだろ?」

「確かに…」


 正直、そんな単純な話だとは思えない。

しかし、せっかく相談に乗ってもらったのだ。やってみて罰は当たるまい。


「じゃあ、やってみるか」


 かばんからヘッドホンを取り出し、スマホに接続する。そのまま頭に装着し、音楽アプリを開く。直近で聴いていたのはクラシック集だったので、とりあえず再生。


「昨日の夜寝る前に聴いてたわけだから、戻れるならその時間ってわけか」


 仮に啓祐の言うとおりだとすると、音楽を聴いている時間にしか戻れないわけか。覚えておこう。

時刻は現在17時前。昨晩寝たのは23時頃だったはず。逆算してタイマーをセットする。

啓祐の説通りなら、これで何らかのアクションがあるはず。


いざ…!

……。

………。


「…何も起こらんな」

「そっか…。ま、そんな単純な話なら苦労はしないか」

「悪いな。色々と…」

「いや、まだだ。何か忘れてたりしてないか?!」

「ないと思うが…」

「くそー…、俺の名推理が…」


 意外と自信があったのか…?真面目に相談に乗ってくれたのはありがたいが、収穫といった収穫はなかった。

 あ、そういえば。


「充電が足りなくて充電してたような」

「充電?あぁ、タイムリープともなれば充電ドカ食いしそうだもんな」

「そ、そうかもな」


 持参していたACアダプターを接続し、カウンター席にあるコンセントに差し込む。

無事、充電が開始された。


 …すると、一件の通知。

見れば例のアプリからだった…!


「…来た。来たぞ啓祐!」

「マジか!俺の言った通りじゃねーか!」


 まさか本当に啓祐の言うとおりだったのか?こんな単純な条件だったなんて。今まで気づかなかったのがバカみたいだ。


「今の通知をタップすればタイムリープできるのか?」

「あぁ。そのはずだ。今はしないけど」

「なんだ、しないのかよ」


 やたらめったら過去に戻るものではない、と思う。今はまだ分からないことが多い。タイムリープの条件が掴めただけでも良しとしよう。


「なぁなぁ。俺にもタイムリープってできるのか?」

「は?いや、どうだろ…」

「ためしてみようぜ」

「本当に跳ぶなよ?」

「分かってるよ!」


 ほいほい過去を弄っていいことがあるとは思えない。どんな過去改変が起こってしまうか予想ができない以上、いたずらにタイムリープを行うのは避けるべきだ。それこそ、バタフライ・エフェクト的に取り返しのつかない状況になることだって考えられる。


「スマホの画面は俺が操作する。再生したい音楽と、タイマーをセットする時間を教えてくれ。しかし、お前の聴きたい音楽が入ってないかもしれんからな」

「大丈夫大丈夫。RiSA入ってるだろ?」

「あ、あぁ。入ってるけど、お前RiSA好きだったっけ?」

「結構好きなんだよね。最近はずっと聴いてるぜ」

「へぇ、知らんかった」

 RiSAとは、ロックアーティストだ。アニソンなんかもよく歌っている。

有名どころでは『魔法科高校の落第生』や『ソード・アート・オフライン』なんかがあったはずだ。

俺も好きでよく聴いている。まさか啓祐も好きだったとは。幼馴染は趣味も似るのかね。


「時間はどれくらい?」

「そうだなぁ…。20分くらいか」

「分かった」


 タイマーと音楽の設定を終える。

啓祐はすでにヘッドフォンを装着している。充電はしたままなのでこれで準備は完了だ。

後は待つだけ…。

…。

……。

………。


「おかしいなぁ」

「時間と音楽をもっと正確に設定しないとダメ…とか?」

「そんなのわかんねー。お前の時はたまたまばっちりかみ合ってたって事か?」

「さぁ…。そうなのかもな」

「マジかよ。神がかってんな」


 やはりざっくりではダメなのだろうか。これはもう少し実験が必要か。

ある程度狙って過去に戻れるようにはなったが、まだまだ安定性に欠けている。一筋縄ではいかないか。


「RiSAの違う曲にしてみるかなー」

「そんなに曲数多くないぞ」

「そうか。てかやっぱり同じスマホじゃなきゃダメとかもありそうじゃね?」

「それも確かにありそうだな」


 絞り込めたと思った条件。しかし分からないことはまだまだあるようだ。


「夏休みの宿題だな…」

「めっちゃレベル高い学校みたいだな」


 にやつきながら話す啓祐。

夏休みの宿題でタイムリープを完成させるなんて、前人未到だろうな。


「…色々と助かった。正直、話すべきか迷ってたんだ」

「なんだよ急に。友達が悩んでたら協力するだろフツー」


 恥ずかしげもなく言う啓祐。こいつのこういうところは本当にすごいと思う。

もし逆の立場だったとして、俺は啓祐の言うことを信じることができただろうか。あるいは啓祐も、本心では信じていないのかもしれない。

しかし、こうして相談に乗ってくれた。否定も拒絶もせず、向き合ってくれた。それだけで、こうも救われた気持ちになれるとは。   

大げさかもしれないな。でも啓祐に相談してよかったと思える。こいつにこれほど感謝する日がこようとは、自分でも驚きである。


「お礼に今度マックおごりな」

「見返り求めちゃうのかよ…」


 他愛もないやり取り。そんなことで、穏やかな心持ちになれる。

やはり、持つべきものは友だな。

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