第8話 行方 7月24日

 黛さんとの電話の後、帰宅すると母さんが帰りを待ってくれていた。


「おかえり、涼」

「あぁ、母さん。ただいま」

「晩御飯食べるでしょ?今温めるからね」

「ありがとう」


 先ほど黛さんに頼んだご両親の死の真相。

人に頼んだ手間、俺も母さんに父さんのことを聞かなくては…。


「さぁ、できたわよ」

「いただきます」


 温かい飯をほおばりつつ、どう話を切り出したものか考える。

俺の夕食の支度を終えた母さんはソファでテレビを見ているので、ここからだと少し話しづらい。

とりあえず食べ終えてからにするか…。



     ― ― ―



 夕食を済まし、リビングへ。

母さんの座るソファの反対の端に腰を下ろす。

ぼんやりテレビを眺めながら話を切り出す。


「母さん」

「なあに?」


 ふわっとした返事。母さんは天然というか、少しおっとりしたところがある。愛美も少しはこういう部分があればよかったのだが…。

 愛美の顔が脳裏をよぎる。

消失してから数日。ほんの少しだけ、この世界にも慣れてしまっている自分がいる。

 ……父さんの話を切り出す前に、前々から聞かなければと思っていたことを確認してしまおうか。


「前に言った、愛美のことなんだけど」

「彼女さん?」

「いや、そうじゃなくて…」


 あの日以来、愛美の話はしていなかった。

もしかして、ずっと勘違いしていたのだろうか…。


「…変なことを聞くけどさ。俺に…妹とか、居たことないかな?」

「いるわけないじゃないの~」

「えっと、じゃあ……生まれてこなかった…とかは?」


 母さんが愛美の存在を知らない以上、この世にいない可能性がある。なんとなく聞きづらく、今まで確認できずにいた。


「ん~?そんなこともなかったけどなぁ」

「そ、そっか」


 ということは、母さんはそもそも妊娠しなかった…ということか?

過去改変の影響だろうか。

愛美のことを狙って消失させたとは考えにくい。

いくら過去に戻れるからと言って、どういう手段を用いれば愛美が生まれてくるのを妨害できるのか。

誰かが父さんの死を早めたか?そのせいで愛美が生まれなくなったと考えれば幾分納得できる。

しかしなぜ?

どうにも理由が読めない。

そもそも父さんは俺たちが幼い頃に亡くなっている。

その死を数年早めることに何か意味が…?


「あ、そういえば」

「なんだ?」

「涼がまだ小さい頃、お父さんの親戚のご夫婦が亡くなってね、その方たちの娘さんを引き取れないかってお父さんが言っていたことがあったわね」

「そうなのか…。初耳だ」


そんな話は聞いたことがなかった。

まぁ、相当昔のことならわざわざ話さないというのも理解できる。


「結局その話がまとまる前にお父さんは行方知れずになっちゃったからね…」

「行方知れず…?死んだんじゃ…」

「涼!そんな言い方…」

「いや、だって葬式も…」


 父親のことはあまり覚えていない俺だが、葬儀のことはおぼろげながら記憶にある。

なんといっても俺の人生で唯一の葬儀なのだ。遺族席に座り、色々な人にお辞儀をしたものだ。

…あぁ、そうか。

これも違うんだな。

この記憶も、今は違う世界の記憶。

まがい物の世界にある、本物の記憶。

俺達が取り戻したい、本物の世界の記憶。

そうと分かれば…。


「ごめん。なんでもない」

「……いいのよ。お母さんが信じたいだけもの」

「えっと…父さんがいなくなったのって、いつだったっけ?」

「どうしたのよ、急に」


しまった不自然すぎたか…。


「いや、どうだったっけなと思ってさ」

「涼が2歳になる少し前だったわよ」

「2歳?それ本当なのか?」

「間違えるわけないじゃないの!」

「そ、そうだよな」


…おかしい。愛美は俺の1歳下だ。

つまり俺が2歳になるころにはすでに愛美は生まれているはず。父さんが行方不明になったせいで生まれてこなくなったわけではない…?


「居なくなる前のことも詳しく教えてほしい」

「今日はどうしたの…?」

「頼むよ、母さん」

「いいけど…」


こうなれば不自然だろうと構わない。とにかく情報を得なければ…。


「えっと、あの日は、朝早くから出て行ったの。なんでも、とっても重要な実験があるとかで前日も遅くに帰ってきたわ」

「重要な実験?」

「何の実験かは教えてくれなかった。けど、人類の歴史に名を残せるかもしれないって珍しく張り切ってたのよ」


人類の歴史に名を…?

どんな実験だったんだろうか。


「でも」

「でも?」

「居なくなる数週間くらい前から、少し様子がおかしかった気がするの。普段はしないのに家で仕事をしてたり、なんだか落ち着かない様子だったり」

「そっか…。警察とかに連絡はしたんでしょ?なんて言ってた?」

「手掛かりが掴めないって言っていたわ。リケンの人も、その日は研究室に顔を出さなかったって」


その情報が正しいとすれば、自宅から研究室に向かう道中に何かがあったということになる。

警察が手掛かりを掴めていないなら、少なくとも事故ではなさそうだ。

そうなると自ら失踪したか、何者かに拉致されたか。

いずれにせよもう10年以上になる。

無事に帰ってくるとは…。


「…他には?誰かの話をしてたとか」

「うーん…?なかったと思うけどなぁ」

「なんでもいいんだ。電話とか、メールとかでも」

「ごめんねぇ」

「あ…ううん。色々ありがとう」

「お母さん明日早いから、そろそろ寝るね」

「あぁ。おやすみ」

「おやすみなさい」



     ― ― ―



 世界の改変は思ったよりややこしいことになっている気がしてきた。

父さんが死んでしまった世界から、父さんが行方不明のままになっている世界への改変。

愛美が生まれてきた世界から、生まれてこなかった世界への改変。

黛さんの両親が健在だった世界から、事故死した世界への改変。

その他細々したものもあるが大きくはこの3つだ。


「分からねぇ…」


 いくら考えたところで何がどう改変されたか分かるはずもなく、その打開策も思いつかなかった。

メールしてきた椎名皐月という人物についても調べる必要があるし、スマホでできるタイムリープについてももっとデータが必要だ。

問題は山積みだな…。


「寝るか」


 今日は疲れた。少し早いが俺も寝よう。

疲れた体には癒しが必要だな。今日の睡眠ミュージックはクラシックで決まりだ。

そういやタイムリープした時、2回ともクラシックを聴いていた。

これも何か関係があるのかな…。

もうすぐ夏休みだ、休みになったら集中して色々考えよう。

そっちの方が捗るかもしれないからな。


今は、ゆっくり眠ろう……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る