第5話 一縷 7月23日

「どうしたんだ?急に」

「?」


 とんちんかんなことを言い始めた黛さんはきょとんとした顔で可愛らしく首を傾げている。

そういう仕草は個人的にグッとくる。大人びた女性がときおり見せる幼い仕草。愛らしいギャップに弱い男性は多いのではなかろうか。俺なんかはイチコロで…。

とか言ってる場合ではない。


「いや、今の今まで喋ってたろ。お釣りとかって何の話…」


 そこでハッとした。

お釣り?

それは“1週目の俺”が、別れ際にカッコつけてお釣りの受け取りを拒否した話のことではないだろうか。

つまり今の黛さんには“1週目の記憶”があるということになる。


「今日話したこと覚えてるか?」

「え…?えぇ。これからタイムリープの再現をしてみようという流れだったわよね。時間大丈夫なの?」


 ちらと腕時計を見る黛さん。

確かに、再現をするために17時過ぎには家に居なければと言った。1週目の話だが。

これはつまり…。


「黛さん。その話は“1週目の今日”の話だ。」

「1週目?」

「俺にとって今は“2週目の今日”だ。」

「…どういうこと?」


 本気で分からなそうな表情。

少なくとも演技ではないだろう。


「俺はタイムリープして2度目の今日を迎えたんだ。そしてその話は既に黛さんにも話した」

「…?」

「黛さんの覚えている今日は、どんな今日だった?」



- - -



「そうか…」


 黛さんが話してくれた今日は、完全に“1週目の今日”だった。

そして“2週目の今日”に関しては全く記憶がないらしい。

今目の前に居る黛さんにとって“1週目の今日”はなかったことであり、覚えているはずがないのだ。

当てずっぽうで細かいところまで当てられるはずがないし、そもそもそんなことをする必要は無い。

つまり…。


「黛さんは改変前の記憶を持ってるってことか…」

「改変前の記憶?」

「言うなれば“2週目の今日”は、俺が過去を改変して上書きした歴史だ」


言いながら紙ナプキンを1枚取り、横線を2本平行に引く。


「これが歴史の流れだ」


次に上の線の左端から赤色で波線を引き初め、中心で下の線の左端まで繋げる。

そしてそのまま下の線を上書きする。


「これが、俺の意識の流れ」


さらに青ペンを取り出し、先ほど同様波線を引く。そして中心で今度は垂直に降ろし、そのまま下の線を上書きする。


「そしてこれが黛さんの意識の流れ。多分こんなとこだと思う」

「つまり、あなたが過去に戻った瞬間に私の意識は別の歴史のレールに乗った…ということかしら?」

「あぁ、俺が上書きした歴史だな」

「つまり過去改変ね…」

「そういうことになる、かな」


 即興にしてはうまく説明できたのではないだろうか?


 時間の流れが変わり、なかったことになったはずの世界。

しかし、新たな世界でもその記憶を持ち続けている黛さん。

原理も理由も分からないが、彼女は過去改変による世界の再構築で記憶の再編を受け付けない体質なのだろう。

そして恐らくは俺も…。

 とそこで、同じことを考えていただろう黛さんが何やら呟き始めた。


「やっと…、やっと掴んだわ…、手がかりを…」

「黛さん…?」


 こぶしを握り締め、悲哀とも憤懣ともとれるような表情を浮かべている。

自分を苦しめていた元凶の一端を掴んだのだ。

彼女は、1年以上もそれに苦しめられてきた。何とかしたいともがいてきた。

誰にも理解されない怒り、悲しみを1人抱えて生きてきたのだ。

大切な家族が居た。大事な居場所があった。

それらを根こそぎ奪っていった奴がいる。時を超える手段を用いて。


もしかしたら取り戻せるんじゃないか。ここは希望を抱くとこだろ。


なんて言えなかった。彼女の過去を、内に秘めた思いを、あまりにも知らな過ぎたから。


でも。

それでも。

彼女にこんな顔は似合わない。

それだけは今の俺でも自信を持って言える。



   ― ― ―



 自室のベッドに寝転がり、スマホを見つめる。

あの後、黛さんの解散宣言をもって本日の会合は幕となった。

今日くらい送っていこうかとも思ったのだが、無言ながらついてくるなと言っているようで、それもはばかられた。

素直に帰宅し今に至る。


「連絡…していいのかなぁ…」


 まるで恋する乙女である。

いや、気まずい感じで別れた後は連絡しづらいじゃん?

話したいこととかは結構あるんだけど連日誘っても悪いし、なんなら明日は学校だしな…。

ほとんど恋する乙女である。


~♪

その時、手にしたスマホに着信が入る。


「啓祐か…」

「なんで残念そうなんだよ…」


一瞬黛さんを期待してしまうあたり、もはや完全に恋する以下略


「別に。何の用だよ」

「昼間連絡するって言ったろ!」

「そうだったな。で何の用だよ…」

「あ、あぁ…。ど、どうだよ、黛さんとは」


 最悪のタイミングである。

なんでそんなこと聞くんだよ…。


「どうってなんだ!」

「ケンカでもしたのか?!」


 つい強い口調で返してしまった…。

なんだか面倒になりそうなんだが…。


「してねーよ…。つうかどうでもいいだろ。用がないなら切るぞ」

「タンマ!待って待って!」

「何の用なんだよ…」

「実は頼みがあるんだ」

「それならそうと早く言えよ」

「あ、あぁ」


 いつになく歯切れが悪い。

こういう啓祐は珍しい。

普段は能天気というか、さわやか熱血系バカというか、ともかくそう表現するのがふさわしいような人間なのだ。

 いい奴だと思うし、この年には珍しく純粋という言葉が似合う男だとも思う。

そんな奴があれこれ人の詮索をしてくるのはいったいどういう心境の変化だろう。

…もしや。

これはまさか。


「実は、だな…」

「好きな人でもできたか?」

「!!!」

「図星かよ…」

「な、なんで分かったんだ!!」

「分かりやす過ぎんだろお前…」


 やっぱりバカだな。

小学生並みに分かりやすい。

ちょっぴり心配だわ。


「で、頼みとは?」

「お、俺と…デートしてくれぇ!」

「はぁぁぁ?」


 ……俺の日常は、本当にどこに行ってしまったんだ…?

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