第9話 決戦! ナゴヤ城

 大禍津おおまがつたち『金鶏きんけい』の傍若無人ぶりを、空中から観察している一台のドローンがあった。

 両掌を広げたほどの大きさであり、回転する四つのプロペラはほとんど無音に近い。

 ドローンのボディには小型の超高感度カメラアイ、集音機にスピーカーが搭載されており、その画像と音声は伊里亜いりあがハンドルを握るヴェルファイアに送信されていた。


 これは以前にも蓮平れんぺいたちが熱田神宮あつたじんぐうで落ち武者の怨霊と戦った時に、その様子を隠し撮りしていたのだ。操縦はハンドルからリモコンに持ち替えた伊里亜が行っている。


 画像はフロントのカーナビ用液晶画面、後部席にはルーフ取り付けの十一インチワイド液晶モニターがあり、蓮平とみやのは食い入るようにモニターを凝視していた。

 三人を乗せたヴェルファイアはナゴヤ医療センター東側にある、蓮平の通う銘和めいわ高校のグランド横の道路に停車している。

 蓮平は通いなれた校舎をながめ、今置かれている状況はもしかしたら夢なのではないかと錯覚に陥る。当たり前だ。


 だが今は受験生真っただ中の身でありながら、ナゴヤを守るために『THE騎士MENキシメン』としてここに来ている。


「化け物、ですわね」


 ゴクリと喉を鳴らして伊里亜はつぶやいた。

 画面に映し出される『金鶏』たち。応戦しようとしていた警官隊をいともあっさりと退かせる。黒装束の雅楽ががく隊、巨大な山車だし、そして邪術によって身体を変身させたゴリラ男。


「あの連中が、このまま進んで行ったら」


「はい、目的地はどうやらナゴヤ城のようです」


 蓮平の言葉に、みやのは応えた。


「お城に行って、どうするつもりなんでしょうか」


 今度は運転席でドローンを操作している伊里亜が口を開く。


「やつらの目的はナゴヤ城の、いえ、天守閣に輝く金鯱きんのしゃちほこを破壊すること。すでにこの町を防衛していた陣を破り、東西南北の四神ししんを焼却しております。金鯱を木端微塵にすればナゴヤは完全に『金鶏』の手中に入ります」


「だけど、僕たちは熱田神宮のご神体は守りました」


「蓮平さま、神宮のご神体はあくまでも国津神くにつかみさまの御化身に過ぎません。この地を四百年以上見守ってきたのは、金鯱なのです。あの天守閣に輝く鯱こそ、ナゴヤの町を悪魔の手から防衛されてきた国津神さまそのものなのです」


「それでしたらワタクシたちではなく、金鯱にお姿を変えておられる神さまが、なんとかなさるのではないでしょうか」


 もっともな意見を述べるみやの。

 伊里亜は首を振った。


「いえ、みやのさま。豪天ごうてん家に伝わる秘聞帖によれば、それは無理であると会長から説明を受けております」


「無理、とはどうしてなんですか?」


 蓮平は座席から身を乗り出すように伊里亜に訊く。


「ナゴヤ城を徳川とくがわさまが建立された際に、枕元に東海鯱王とうかいしゃちおうさまがお姿を現されたとされております。『金鶏』を排除するために、東海鯱王さまは防御陣を張られました。

 実際につい先日までは、『金鶏』の連中がこの地へ足を踏み入れるのは不可能でした。ところがあらゆる手を講じてやつらは陣を突破してしまいました」


「はい、そのために前もってワタクシたちが招集されたわけですわね」


「ええ、みやのさま。ここから先のお話は会長よりお聴きかもしれませんが。

 未来をお見据えになられた東海鯱王さまはお姿を二つに分けられ、ぼうとして陣へ、そしてこうとしてなさったのです」


 エーッ! そこまでは聴いていないじゃん! 蓮平は驚いた。みやのも知らなかった様子で大きな二重の目元をさらに広げている。


「純粋なナゴヤ人の身体に精神を宿され現在は、そう、蓮平さま、みやのさま、もうひとりあの囚われの身である隊長のお三かたの姿になっておいでなのです」


 蓮平とみやのは、互いに見合う。


「ということは、僕たちは、そういうことですか?」


 心の中でもろくも崩れていく恋心。蓮平は落胆する表情を隠せなかった。ところが隣に座るみやのも、肩を落として小さくため息を吐くのが蓮平にはわかった。


 みやのさんも、もしかして僕と同じ気持ちってか? それは飛び上がるほど嬉しくもあり、逆にもっと蓮平の心に暗い陰となっていった。


 元をただせば、蓮平とみやのは同じ出所。しかもあのチャラい刀木まで同一であったとは。

 二人の高校生が大きく落胆した姿を見た伊里亜は、すぐに顔をふった。


「ああ、申し訳ございません! わたしのご説明が中途半端でございましたわっ。

 ええっと、お二人、もといお三人さまは何の血縁関係もございませんの。あくまでも精神世界と申しましょうか、この世ではない別の次元で国津神さまがお姿を変えられているだけでございますからして。

 つまり、でございますね。お二人が今後どういうお付き合いをなさろうと、なんの問題もない。そういうことでございますの」


 伊里亜の言葉は続く。


「あくまでも万が一の時、このナゴヤが危機にさらされた時のみ、国津神さまがヒトの姿を借りて攻として立ち向かわれるのです。

 ですからナゴヤから厄災が消えれば、お二人はまた赤の他人として生活されることになりますわ」


「赤の他人って」


 それを受けて、蓮平は思いもかけない言葉を口にした。


「僕はこの戦いが終わった時点で、みやのさんと、はいさよならなんてしたくありません!

 だって、だって僕はみやのさんのことが大好きで、これからもずっと一緒にいたいって思ってますからっ」


 まあっ、とみやのは口に両手をあてて驚く。だがその顔は嬉しさに満ち溢れているようだ。

 そこで蓮平はニヤニヤしている伊里亜の目線に気づいた。


「アッ! 今、僕はなんてことをっ」


 頭を抱え狼狽する蓮平に、伊里亜は姉のような優しげな口調で言う。


「ええ、もちろん存じ上げておりますわ。蓮平さまのお心も、みやのさまのお心も。お羨ましいですわあ」


 後部席で真っ赤な顔でうつむく二人を見つめながら、伊里亜は続ける。


「それはそれといたしまして。国津神さまは攻防に精神を変えられておりますが、その間お身体は金鯱として、あの天守閣におられるのです。

 もしあの金鯱が『金鶏』の手に落ちれば、もしかすると国津神さまご自体が消滅されてしまうかもしれません」


「神さまが消えられると、ワタクシも蓮平さまも、隊長さまも消えてしまうのでしょうか」


「それは、それはわたくしではわかりかねます」


 本当に知らないんだと蓮平は思った。みやのの左手が遠慮気味のもぞもぞとシートの上を這っている。迷わず蓮平はその手をもう一度右手で包み込んだ。

 小さな温かい手。この手は僕が守らなければ、と考えた直後、この手は自分よりも強かったんだと思い出す。それでも守りたい、何が起きようと守らなければならないんだ、と蓮平は決心する。


「ご覧くださいまし、やつらが動き出しましたっ」


 伊里亜が緊張感のある声で小さく叫ぶ。

 液晶画面にはひっくり返された高圧放水車や、別の特殊車両がゴリラ男である八十禍津やそまがつのパワーで投げ飛ばされるシーンがアップで映っていた。警官たちの怒号、悲鳴がリモコンのスピーカーから流れ出る。


「よしっ、行こう!」


 蓮平はみやのの大きな瞳に向かって、真正面から言った。


「はいっ」


 二人は後部席のドアを開いた。


「わたしはただお待ちすることしかできず、大変申し訳ございません」


 済まなさそうな表情で頭を下げる伊里亜に、蓮平は笑顔を向ける。


「待っていてください、伊里亜さん。必ず勝って戻ってきますから」


「それに、隊長さまの行方についても、ワタクシがちゃんと訊いて参りますので」


 みやのの言葉に、伊里亜は一瞬悲しげな憂いを目元に表すが、それを振り切るように、もう一度頭を下げた。


「ご武運、お祈りいたしております。いってらっしゃいませ!」


 蓮平はみやのの手を引っ張り、駆けだした。


~~♡♡~~


「おーっほほほっ、戦乱の世で命を落とした怨霊たちよ、いまこそ積年の恨みをそのやいばにこめよ。あそこに居を構えるやからこそ、おまえたちの魂を苦しめている根源ぞ」


 黒雲が空を覆い、気の早い常夜灯が点き始めている。

 八事やごと霊園から続く道路には、百体を越える落ち武者の怨霊が手にした日本刀を振り上げて歩いていた。かしゃかしゃと実体化した武具が揺れる音。じゃっ、じゃっと足袋やワラジがアスファルトにこすれる音。

 豪天の屋敷数十メートル前を、無言で歩く亡霊たち。


 突然、強烈な光源を持ったサーチライトの光が、高い外壁の上から数本照射された。


「むうっ」


 瀬織津せおりつは和服のたもとで目元を保護する。


 ピーッと拡声器のスイッチが入る音が続いた。


「あー、テスッテスッ、マイクのテスト中。これで聴こえるかな」


 エコーのかかった声は、美麗みれいであった。


「あー、この屋敷に近づきつつある連中に、ご注意申し上げる。一回しか言わないぞ。

 ただちに尻尾を巻いてとっとと退散せよ。さもなくば、住居不法侵入の罪で処刑させていただく」


 あながち大言ではないような、真面目な声音である。


「なーにが処刑さ。怨業穣おんぎょうじょうで実体になったとは言えど、所詮は亡者よ。いくらでもやってみるがいいさ」


「カウントダウン、開始。五、四」


 美麗の声が響き渡った。


「二、一。はい終了。それではただ今から処刑を開始する。各自用意はいいか」


 淡々と語られる声に、瀬織津は片眉を上げた。

 すると、外壁の上にはいつの間にか人影が立っているのが見える。それも十人以上いるようだ。サーチライトの光で瀬織津側は姿を浮かび上がらせられているが、外壁側は完全な影となっており様子がわからない。


「開始!」


 その声を合図に、空気を引き裂いて飛んできたのは「矢かいっ!」であった。


 ヒュンヒュンッ、ボウガンから発射された矢が、次々と先頭を歩く落ち武者の甲冑を貫いていく。


「おほほほっ、たかが矢ごときで怨霊が倒せるとお思いかいな」


 瀬織津は口を開けて笑う。とたんに先頭を行く数体がカッと真っ赤な炎に包まれ、爆発していくではないか。


「うふふっ。どうだい、あたしの作った燃焼型爆薬を積んだ矢は。驚いた顔が見えるよ」


 地下二階の研究室で、モニターをながめながら美麗はボトルごとウイスキーを喉に流し込む。

 モニターは屋敷の外壁各所に設置されたカメラにより、ライブ映像を映しだしていた。

 外壁の上では和服の片袖を脱いだ豪天が、和弓に矢をつがえて立っている。


「さあって、弓道範士はんし九段の腕前を見てちょーよ」


 弓道では段位の他に、称号がある。錬士れんし教士きょうし、範士がそれだ。

 左手、弓手にグラスファイバー製の弓を持ち、右手、馬手には鹿革製のをはめて矢をつがえた弦を耳の後ろまで引く。矢のと呼ぶシャフトが通常のものよりも太い。これには理由があった。筒のなかには大量の爆薬が詰めこまれているのだ。


 さらに料理長を筆頭として、庭師たちがボウガンを構えて次々と矢を発射していく。

 茫然とする瀬織津。呪文を唱え、落ち武者のスピードをアップさせた。しかしサーチライトは確実にその姿をキャッチし、射手たちは無駄なく射止めていく。

 このサーチライトは研究室にあるコンピューターとつながっており、屋敷の周囲を動く物体を感知すると照射するのだ。


「くううっ」


 瀬織津は袂を噛みしめ苦渋の表情を浮かべた。


~~♡♡~~


 山車を中心とした『金鶏』一行は、八十禍津を先頭に本丸を越えてナゴヤ城の西側まで進んでいた。


「どうであろうのう、もうそろそろでおじゃるかいなあ」


 山車の物見ものみに下がるすだれから、甲高い中性的な声が大禍津の耳に届いた。


「まもなくでございます、みかど


「うむ。ちんは少し休んでおるゆえ、あとは任せ申す」


御意ぎょい


 大禍津は右腕を上げた。すると雅楽隊が音楽を止め、それを合図に行進がストップする。


「八十禍津よ!」


 ゴリラがそうするように、両手を地面につけて歩いていた八十禍津が振り返った。


「おぬしらの出番ぞ」


 ゴウッ! 八十禍津が吠える。すると、山車をいていた二十名ほどの巨漢たちが綱を手放して、八十禍津のもとへ身体をゆさぶりながら駆け寄った。

 この巨漢たちは、禍磨螺カバラにより八十禍津が身体を分身させた化け物たちである。

 お城の周囲だけは霧が包んでおらず。天高くそびえる天守閣上空には黒雲が渦巻いている。


 八十禍津は城壁に向かって拳を叩き込んだ。

 ドーンッと凄まじい音とともに、加藤清正かとう きよまさによって石塁されたとされる巨石が粉々に吹き飛ぶ。それを合図に、二十名の仮面を着けた分身たちが一斉に城壁に向かって、次々と拳による破壊活動を開始した。


 大禍津はふと隣に気配を感じた。いつのまにか横に枉津まがつが腕を組んで立っていたのだ。


「さすが八十禍津ですねえ。パワーが違います」


「本来ならこの俺が雷撃で天守閣ごと木端微塵にしてやるのだがな」


 太い声で言う。


「まっ、それでは我々の蓄積された怨念が晴れませんしねえ。それに帝のご意向も、ここの国津神を徹底的にもてあそんでから、最後の最後で民草の前でしゃちを火あぶりにせよ、とご所望ですから」 


 ちらりと枉津は後ろの屋形に、仮面の目線を向けた。


「おぬしは、おぬしの化螺繰からくりどもと一緒に座って観ているがよいぞ」


 指さす下方では雅楽隊たちが魂を抜かれたように佇んでいる。


「うふふ、ではお言葉に甘えて」


 枉津の姿がかき消すよう見えなくなった。大禍津は再び鋭い眼光を、徐々に破壊されていく城壁に向けた。

 頑丈な石塀は小さな破片に変わり、土埃が舞い上がっていく。


 二つの影が霧のなかから走ってくるのを、屋形の上から目にした大禍津は眉間にしわを寄せる。

 スポーツジャージを着た少年と少女であった。


 八十禍津も気づいた。その手を止める。


 蓮平とみやのだ。二人は破壊されていく城壁と、山車を交互に見た。その両目には怒りが燃えていた。


「おいっ! おっさんらぁ! すぐに止めて、ここから立ち去りゃあ!」


 蓮平は憤怒の形相で怒鳴る。標準語がナゴヤ弁に変わっていることには気づいていない。


「ナゴヤは、この町はワタクシたちが守ります!」


 みやのはすでに可憐な少女の表情ではなかった。


「クっ、クックッ、グワッハッハーッ」


 何事かと見据えていた大禍津は、屋形の上から嘲笑を浴びせる。


「おうおう、子供たちよ。その勇気はいずれここにおわす帝に仕えし時が来たら、ありがたくいただこう」


「子供だもんで、馬鹿にしとりゃーすな? みやのさんっ」


「はい! ワタクシたちは、『THE☆騎士MEN』! ナゴヤを守る、近代科学が創りし正義の騎士団でございます!」


 八十禍津と分身たちが腹を抱えて大笑いし、大禍津も高笑いした。

 山車の近くに立っていた枉津の仮面だけが、二人を注視する。


「アームドッ、アンドッ、レディーッ」


 同時にキーワードを叫ぶ。紫色と黄色の光が二人の胸元で輝いた。


「むうっ」


 大禍津の顔から笑みが消え、蓮平とみやの全身がマルハチによって装甲されていく姿を捉えた。


「やつらか、瀬織津の言っていた連中とは」


 完全に武装した蓮平とみやのは互いにうなずき合った。


「ムーブッ!」


 掛け声が上がると、瞬間紫色のほうが姿を消した。

 次に大禍津は城壁前に立っていた二十名の巨漢が、次々に宙に舞う姿を目にする。遅れてドーンッと大地に叩きつけられる地響きを耳がとらえた。


「なんだ、あれは!」


 蓮平はムーブオンすることにより、高速で走り回って巨漢たちを殴り飛ばして行っているのだ。

 それを捕まえようと、八十禍津が唸りながら両腕を広げる。蓮平は素早く方向を切り替えて、城壁を駆け上っていく。


「ウッイーングッ!」


 みやのの発するキーワードが背中の装甲を硬質マントに変化させ、ブーツから噴射装置によりまるでロケットのように宙に舞い上がった。


「これならどうだっ」


 大禍津が指先を空中に浮かぶみやのに向けられた。カッと一筋の稲妻がみやの目がけて天から走る。


「シールドッ」


 すかさずみやのは左手を稲妻に向ける。雷撃はナノ膜で形成された盾により、跳ね返される。


 腕を組んで様子をながめていた枉津は、やれやれと首を振り、狩衣の胸元から手のひらに収まるほど小さく細い木笛を取り出す。


「本来の姿をお見せしましょうかねえ、化螺繰のさ。単なる楽隊ではないのだよ」


 言いながら木笛を口元に持っていき、軽く吹いた。

 ひゅるるらあ。不思議な音色が広がった途端、楽器を持って立っていた黒装束三十人が手にしていた楽器を地面に落とす。次に狩衣からのぞいていた腕が、蝋を融かすようにボタボタと大地に落ちていく。その下から現れたのは漆黒の長槍であった。


 ダッと駆けだす黒装束たち。


「ソード!」


 空中で避雷していたみやのは右腕を黄色く輝く刀に変え、滑空していく。

 城壁の途中で止まり、蓮平は下を向いた。


「みやのさーんっ、あいつらは、人間じゃにゃーみたいだてっ」


「ええ、そのようですわ。それなら遠慮なく、イッキマース!」


 蓮平の頭部にはめ込まれたレンズが、八十禍津たち獣人を正確にマーキングしていく。


「やったるがやっ! ソードッ」


 右手に輝く紫色の刀を突きだして、「ムーブッ」と叫んだ。

 一陣の風となり、パープルの残光が壁に引かれる。


 ハヤブサのように空中を飛来し、みやのはソードで雅楽隊の連中を掻っ捌いていく。


 邪術を、禍磨螺を駆使する『金鶏』たち。一般の人間どもであれば、たとえ火器を持ち出されても赤子のをひねるように楽に葬ることができる。

 大禍津は天候を自在に操ることができるし、八十禍津は自身の身体を変身させ、分厚いコンクリートも破壊するパワーを発揮できる。しかも分身である獣人を配下に従えている。

 瀬織津は母なる大地を己の一部として自由に行き来し、太古に眠る怨霊を地上にひっぱり上げて下僕とする。そして何体もの人形を楽隊にしたり、武器を装備させて操る枉津。

 だが、蓮平たちのような戦いかたをする人間が現れるということは、まったく想定外であった。たった二人の子供によって、追い込まれようとしている。


 大禍津はそれこそシャワーのように雷撃でみやのを狙う。下からは枉津の化螺繰で人形どもが伸縮する槍により攻撃を仕掛ける。

 そのすべてをみやのの持つマルハチが瞬時に計算して攻撃を読み、みやのに的確な指示を出す。レンズには様々な図形が映し出されており、みやのはそれを目で追うだけでいい。滑空しながら稲妻をシールドで防ぎ、ソードで槍人形たちを倒していく。


 ムーブ機能を駆使する蓮平も同様である。一度偶然にも八十禍津に左腕をつかまれ、それを右腕のソードで斬り払う寸前で投げ飛ばされる。城壁に叩きつけられるとヒヤリとした瞬間、身体が勝手に宙で回転し、城壁に足元から九十度の角度で吸い付いた。


「あっぶにゃあ!」


 ひゅうと口元を尖らせ、その姿勢から一気に壁を下って獣人の群れへ飛び込む。

 レンズは襲いかかってくるであろう順位を素早く計算し、蓮平に教えてくれる。その指示によりソードを突く、回す、時には左拳で正拳を打ちこむ。


 二人の活躍により、武装雅楽隊も獣人たちも、その数をみるみる減らしていた。


 あとは楽勝か、蓮平が思った時だ。


 プップーと大きなクラクションンを鳴らし、ハイビームを点けたトヨタカローラが濃霧のなかから現れた。

 山車の手前に停車すると、運転席から現れたのは加茂かもである。


「遅くなりましたっ」


 加茂は枉津に向かって言い、屋形に立つ大禍津に黙礼した。

 自動車の後部席ドアを開けると、後ろ手に拘束された刀木を引っ張り出す。


「そいつは、あの子供たちの仲間かい?」


 仮面の下の目を刀木に向ける枉津。


「はい、さようでございます」


 やつれて窪んだ双眸で刀木は状況を見回す。


「へへっ、隊長の俺がいなくて泣いてると思ってたけど。ちゃーんと立派にやってくれちゃってるじゃないの。やはり指揮官が優秀だと、部下は育つんだねえ」


 刀木は口元を上げる。どんな拷問を受けていたのか、目元は腫れ上がり頬に青あざが残っている。


「ふん、おまえはまだ立場がわかっていないようだな」


 後ろ手に縛り上げた綱を引く加茂。


「イテテッ、おたくさあ、もう少し優しくできないのぉ」


「ほざくな。もう少し骨のある奴かと思っていたが、あっさりと豪天の企みもすべて白状ゲロしたくせに」


 刀木はぺろりと舌を出した。


「だって、殴られたら痛いじゃんよ。まあ遅かれ早かれ、ばれちゃうんだからさ。こっちは命あってのものだもんなあ」


「今ごろおまえさんが教えてくれた豪天は、瀬織津さまの手にかかって」


「いやいや、俺のせいみたいな言いかた、やめてくれるぅ」


 刀木はやましさをかくすように口を尖らせた。


「ああっ、蓮平さまあ! あそこにおられるのは隊長さまです!」


「えっ、ホントきゃっ。良かったがねぇ、生きとるで!」


 蓮平は城壁に張り付いたまま、みやのは宙に浮かんだまま刀木の姿を確認した。

 そしてもうひとり。ドローンを飛ばしていた伊里亜は映像に映る刀木の姿を発見し、両目を広げて驚いていた。

 すでにこの世にはいないであろうと、内心は相当意気消沈していた伊里亜。


「お下劣野郎め、生きてんじゃん」


 伊里亜は目からあふれる涙を拭おうともせず、画面を見つめる。

 加茂は両手で口元を囲うと、蓮平たちに向かって大声で怒鳴った。


「おいっ、ガキども! よーく聴けっ。ただちにその武装を解除して投降せよ」


 蓮平のヘルメットはその声を拾っている。


「なにやっとるの、隊長は。早く装甲して、手伝ってほしいんだって!」


「蓮平さま」


「うん? みやのさん」


「あのう、隊長さまなんですけど」


「ああ、生きとったみたいだわ。それよりも、武装のキーワードを忘れちゃったきゃあ?」


「いいえ。隊長さまのお胸あたりには、何もありません」


「ヒェ?」


 蓮平はもう一度刀木を注視する。ジャージ姿のその胸元には、青いマルハチが下げられてはいない。


「紛失してまった、てか?」


「もしや、敵のおかたに奪われてしまったのではありませんでしょうか」


 まさか、と蓮平は思う。なににもまして重要なアイテムなのだ。いくらお調子者の刀木であれ立派な成人であり、『THE☆騎士MEN』の隊長である。まあ隊長は自薦によるものなんだけど。


 蓮平はムーブを使って加速して救出しようと身構えた。それを見透かしたように、枉津は残った人形たちを呼び寄せて刀木と加茂の周囲を取り囲ませる。


 加茂はジャケットの内側から拳銃、ニューナンブを取り出すと刀木のこめかみに銃口を当てた。これではいくらムーブを使っても、人形たちを殴り飛ばしている間に銃弾は刀木の頭部を撃ち抜くであろう。

 浮遊しているみやのも上空からでは無理だ。


「もう一度言うぜっ。すぐに武装を解除せよ!」


 加茂は勝ち誇った顔で、枉津を見やった。


「ごめんねえ、蓮平ちゃーん。マルハチはさあ、この警察のおっさんに奪われちゃったのよう。しかも踏んづけて壊されちゃったぁ。えへへっ」


 面目ないと頭を下げる刀木。


「みやのさん」


「は、はい」


「このままでは刀木隊長が危にゃーでよ」


「ええ、そのようですわね」


「ごめん、僕はみやのさんを守ったるって誓ったのに」


 蓮平は壁に張りついて立ったまま、宙に浮かぶみやのに謝る。


「蓮平さま。それは違いますわ。これは蓮平さまの失態から生じたわけではありませんし」


「みやのさん」


 インカムでの会話は、待機しているヴェルファイアにも届いていた。ドローンがマイクで集音する会話も聞こえてきている。


「あのエロオヤジィ、会長を敵に売ったうえに、大切なペンダントを奪われただとうっ。

 絶対に許さないわ! 帰ったらサンドバックの騒ぎじゃないくらい、徹底的に制裁リンチを加えてやるんだから」


 すっかり天使の微笑みを消した伊里亜は、ギリギリと奥歯を噛みしめた。

 だがこのままでは連れて帰るどころではない。蓮平たちも装甲を解いたら、ただの普通の高校生なのだ。みやのは極真空手の黒帯と言えど、所詮は生身の人間。化け物相手に闘えるわけない。


「くうぅっ」 


 伊里亜は眉をしかめ、握りしめた手で己の腿を叩く。ガキッ、ミニスカートの上のエプロンが音を立てた。


「えっ?」


 エプロンのポケットをまさぐると、その手にふれる丸いペンダントと鎖。


『うーん、試作品ってやつ。もう使わないから適当に捨ててよ。そいつは刀木のオヤジしか使えないからね』


 研究所で美麗が言っていたことを思い出す。


「ってことは!」


 伊里亜は白いペンダント、マルハチを握りしめた。

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