急転

 相模の博徒達は恩州博徒がいくら諭しても一致団結することはなかった。お互いの主張ばかりまくしたて協調という概念が全くなかった。その面では相模は恩州より田舎なのかも知れなかった。一部の恩州勢は「今の相模なら取れる」と息を撒く者もいたが新九郎に窘められた。恩州の連中は激しい徒労感に襲われ、がっくりとして帰途についた。何の為に戦ったのだろう。なんの得にもならなかった。その帰途、新九郎が代官の小十郎に報告のため六浦に行くと、

「兄上に逢いたいという方がいらっしゃいます」

 と一人の武士に引き合わされた。

「お初にお目にかかります。竹内修理亮と申します」

「うぬ、どこかで聞いたようなお名だな」

「江戸の上様の側用人をしております」

「その側用人がそれがしに何の用で」

「ある方とご対面をお願いいたします」

「それがしに逢いたいのはお主ではないのか」

「はい。草刈様は馬で来られましたね」

「ああ」

「ならば我らと一緒に江戸へ」

「我ら?」

「護衛を十人ほど付けております」

「仰々しいな」

 新九郎は呟いた。


 十二騎の集団が街道を走る。みな良馬のようだが青には叶わない。付いて来るのがやっとだ。これでは護衛にもならない。やがて多摩川を越え、江戸の市街地に入ると馬はその歩みを緩めた。その奇妙な集団を町民が訝しげに眺めている。

「修理殿、どこへ行くのだ」

 新九郎が尋ねると、

「まもなくでございます」

 竹内修理亮は答えた。

 しばらく行くと、新九郎はあることに気付いた。

「この道はお城へ行く道ではないか」

「ははは、お分かりになりましたか」

 修理が笑う。

「それがしを城にいれて評定をする気だな。それも良い。潔く首級くびを斬られよう」

 静かに新九郎が言う。

「ははは」

 修理はただ、笑うだけである。


 やがて江戸城の四ッ谷門が見えてきた。護衛の者はそこで消えた。竹内修理亮は下馬した。新九郎も降りようとすると、

「貴方は降りないで結構、私が轡を取ります」

 修理は奇妙なことを言った。

「はて、元は三千石の旗本、今は博徒の厄介者に落ちぶれたそれがしの馬の轡を一万五千石の大名が持つとは面妖な。ああ、この馬は悍馬だから下手をすると頭を齧られるぞ」

「悍馬には慣れております」

 修理は平然と轡を取った。

 門の中に入る。下士達が頭を下げている。当然、竹内修理に下げているのだが、自分に下げられているようで、新九郎はくすぐったかった。しばらく行くと半蔵門が目に入った。江戸城本丸だ。

「ここで下馬を」

 修理が言った。

「修理殿、それがし甲冑姿だがそれでいいのか」

「はい」

 あまりの破天荒ぶりに新九郎は戸惑ってしまった。やがて大きな部屋に通される。

「ここは! 白書院の間」

 襖が開かれると、左右に諸大名が平伏している。参勤交代で江戸に来ている大名全員であろう。正面に座るのは、

「上様」

と思わず平伏してしまう新九郎。この状況がうまく理解出来ない。

「草刈殿、上様の前に」

 竹内修理が促す。

「はっ」

 返答するものの身体が動かない。ここは形式通り二三歩膝でにじり寄る。すると、

「じれったいぞ新九郎。我が横へ来い」

 将軍家元が自ら言って来る。やむを得ず前に進む新九郎。その時ハタと気がついた。「やる気の出る薬」を飲めばいいのである。そっと懐から薬を出して水なしで呑む新九郎。

「ここじゃ、この座布団に座れ」

「はっ」

 言われるがまま席に着く新九郎。ここで家元が立ち上がり、話し始めた。

「老中、諸大名の諸君。今日ここに先年より約束していた余の後継者を発表しよう。それはここに居る草刈新九郎改め、徳川新九郎義高である。官位は後ほど朝廷から貰おう。貰えればだがな」

「はあ」

 ざわめく諸大名。

「義高は余がまだ菊千代といった時分、ある女人に産ませた子である。そのころの余は将軍継嗣の埒外にあって捨扶持のみの身の上でありなおかつ、女人の身分が特殊であったため公に出来ず、やむなく剣術仲間の草刈蔵人の子として育ててもらったのじゃ。その後数々の出来事により余は将軍になったが正室にも側室にも子が出来ず。今回のような事態となった。許せよ」

 許せよは新九郎に向けられたもののように思われた。

「義高、征夷大将軍と源氏ノ長者の位、受けてくれるな」

 家元は尋ねた。戸惑って答えられないかと思われたが、

「はい。お受けしましょう。ただ受け取った以上はそれがしの好きなようにさせて頂きたい」

「なんと」

 思いもよらない言葉に、驚く家元。

「それがしは悍馬でございます。主人がいなければ暴走するのは必定でございます。それでもよろしいですか」

「か、構わんよ」

 といいつつ、家元はあっけにとられてしまった。

「では我が家臣として恩州の博徒を招聘したいと思います。これはそれがしが直接指揮する精鋭軍でございます」

「ははは、やくざ風情に」

 何名かの大名が笑った。

「では問う。諸兄らの中に真剣で人を殺したことがあるものがおられるか」

 座が静まり返った。

「それに彼らはやくざではない、任侠である。この違いがお分かりの方がいらっしゃるか」

「分かった分かった。認めるぞ」

 家元が宥めた。

「あとは、家臣、部将はいりませぬ。足軽を五千ばかりお貸し下さい」

「なんに使う?」

「なにを呑気な。市井の噂に聞いたところ、薩摩、長州ら西国の雄藩が天子様を戴き、徳川を倒そうとしているとか。時間はありません。実戦に向け特訓をしなければ」

「良く分かった。焦らず行こう。修理よ足軽五千だ」

「ははあ」

 竹内修理亮は白書院の間から退出した。新九郎の独擅場は続く。

「この大名諸侯の中にも敵側に組みするものもあろう。今なら命は取らん。退出せよ」

 だが誰一人動くものはなかった。「斬らぬ」といわれても相手は血の付いた甲冑を付けているのである。皆、恐ろしさで固まってしまった。

「上様、それがしを一度恩州に帰らせてください。彼らにこの顛末を説明して参ります」

「良いぞ」

 家元は疲れて来た。

(余は何か間違いを犯しているのではないか)

 疑心暗鬼になる家元であった。


 恩州に帰った新九郎は恩州博徒と代官小十郎を呼びつけた。

「……と言う訳で征夷大将軍になることになった。それがしも、びっくりだ」

 すると小十郎が、

「兄上は薄々も感じていなかったのですか。それがしはだいたい察していましたよ。以前お話しした『さるお方』というのは竹内修理様ですし」

「それがしは全然分からなかった」

「新九郎さんは呑気だから」

 凪の文吉が言った。

「それはともかく、皆にはそれがしの部将や軍勢になって欲しいのだ」

「もちろん」

 凪の文吉が賛成した。これで文吉一門は参加である。だが、

「俺はやだ」

 磯子の千ノ助が断った。

「幕府の狗にはなりたくねえ」

「もっともだ。染吉殿はどうだ」

「あっしも公介も不参加で」

「新九郎様には迷惑を掛けた。私は行きます」

 戸塚の友蔵が最後を締めた。

「あい分かった。進む道は違うが懸命に生きよう」

「兄上、それがしは付いて行きますよ」

「そうか、ありがたい。副将はお主だ」

 こうして恩州連合は幕府軍と残留組に別れた。

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