祭ノ一族

上倉ゆうた

祭ノ前

 それは、彼の眼前に冷然とそびえ立っていた。

 月の光をさえぎって、夜の闇よりもなお黒く。

 美術に造詣ぞうけいが深い父が言っていた。黒とはあらゆる色を内包ないほうする、とても豊潤ほうじゅんな色なのだと。

 見つめていると、ぼうっとしてくる。完璧な黒がほぐれ、その内から無限の色彩があふれ出してくる――。

 きらきら、くるくる。彼の周囲を色彩が舞う。いつの間にか、彼は多くの人々に囲まれていた。人々は色鮮やかな衣装をまとい、松明を手に踊っている。それはまるで――。

(お祭――)

 そうだ、今日は村のお祭だ。

 彼を迎え入れるように、人々の踊りが左右に割れる。その間から、一際ひときわ鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。

 赤だ。網膜もうまくに焼きつくような、真紅。

(母さん?)

 それは、母が纏っているドレスの色だった。派手な服装が苦手な母にしては珍しい。でも、真っ赤なよそおいの母も、とても綺麗だと思った。

 人々の踊りは、母を中心に渦巻いている。彼女が祭のかなめであることは、幼心にも理解できた。

(でも、何で――)

 母さんは、地面に横になっているのだろう。せっかくのドレスが汚れてしまうじゃないか。

 ――御主人様、奥様、いらっしゃいますか!?

 背後から、聞き慣れた声が近付いてくる。ちょうど良かった。彼に聞いてみよう――。

(なあ、金谷。母さんは、何で――)

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