大きな魔樹の木の下で -封印の魔樹・異聞-

キノコ紳士

第1話 その時、ピニスンは。

 近づいてくる気配に、彼女は意識を『浮上』させた。

動くモノが居る・・・またアレかな?

だったら、もう終わりの時なんだろうか?

いや、それとも<約束の人たち>が来てくれたんだろうか?


彼女は森の精霊<ドライアード>。

深い森の中で、大地の精気が集まって生まれる「樹の自意識」。

生まれた樹を母体として、いつか枯れるその時まで共に生きる存在。


ここは『トブの大森林』。

リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の境となるアゼルリシア山脈の南端。

その麓を覆う広大な森林地帯がそう呼ばれている。

樹々は高く広く茂り数多の命を抱える、動物や亜人、モンスターや魔獣、生けるモノと生け得ざるモノ。

眠りより覚め動き出すモノ・・・・・。


かの森のとある樹木、それが今・・命運の岐路に立っていた。


ドライアードに限らず、植物系モンスターの意識形態は独特だ。

悠久の時を生きる者にとって、睡眠や夢といった概念は無用のもの。

薄く伸びた時間に、一種・・まどろむような曖昧な知覚が横たわっている。


彼女はそんな長大な意識を『今』へと向けたのだ。


根や枝葉を通じ、森の木々たちの声に耳を傾ける。

獣が来たよ。 獣が根っこを踏んだよ。 獣が枝を折ったよ。

獣が人を乗せて来たよ。 獣の息が激しいよ。 獣とでっかいのとちっこいのだよ。

その声と気配は、森の開けた辺りに来訪者が来たようだと告げていた。


<約束の人たち>じゃ無いかもしれないけど・・。

このままじゃ近い将来、自分が枯れる事になってしまう。

せめて・・、助けになる人を探してもらえるよう頼めないものか・・・。

本来、何があろうが甘んじて受け入れるのが植物としての性だが、

あの時に知ってしまったからにはすがりたい思いが湧くのだった。


月明かりが葉の陰を幹に這わせ、深い樹皮のウロコが刻まれたその上。

もこりと樹の内側から押されたような人の形が浮き上がる。

それは音も立てず姿を顕にしていき・・・子株のような人影がすぅっと地面に降り立つと・・・。

大きな葉っぱを髪のように生やし、琥珀色の大きな瞳と山吹色の肌を持つ華奢な身が歩み出る。

月光に照らされた森精霊<ドライアード>の姿がそこにあった。




 森の開けた場所まで恐る恐る駆けつけると、確かに見慣れないものがあった。

あれは・・『家』、っとかいうものだろうな。

昔・・・、ダークエルフ達が似たようなのを作ってたっけ。

なんでわざわざ雨が当たらないようにするのか、彼女は疑問に思ったものだが・・。

他の生き物には違う生活の理がある事は理解できた。


いや・・それにしても、いつの間にこんなの作ったんだ?

こんな所でトンカンやってれば、もっと前に気がついたはず。

うーん、怪しい・・・気もするし・・・・。

でも、この機会を逃したら・・・・・。


大きな樹の影からチラチラと『家』の方を見ながら、

踏ん切りが付かない彼女だったが・・・。

その時、家の中から誰かが出て来たぞ! 思わず慌てて身を隠す。


「あ~~ ぅほんっ! そこのドライアード君。 私は君の敵ではない。

 旅の者で、ここを野営地として使用させて欲しいのだ。

 こちらに敵意はないという事を知ってくれれば問題ない。」


「もちろん、こちらとしては残念だが・・

 そちらがココから出て行けというのであれば、すぐに立ち去ろう。」


旅の者ぉ~? そんなの太陽が7000回昇ったくらい見た事がないぞぅ。

怪しい者ではないと言う奴ほど怪しいって言うじゃないか。

でもなあ、でもなあ・・・これを逃したら・・・・。


彼女は意を決して、とりあえず隠れたまま声を掛けてみた。

「・・・あ、あの~~、あなたはダークエルフで・・そちらの鎧の人は人間?」


やっぱり<約束の人たち>とは違うようだし、あんまり強そうじゃない。

助けを呼ぶ事を頼んだ方がよさそうだなぁ。

ダークエルフの方なら・・・お願いすれば聞いてくれるかな?

そう考えていると、鎧の人がさらに声をかけてきた。


「それより、姿を見せてくれないか?」


まぁ・・・取り敢えず敵意はないってのは本当みたいだし。 見た目は怖い人たちでもなさそうだし、ここは勇気を出してっ!

隠れていた樹の影からそろりと上半身を出し、続いて樹を離れない程度に彼らの方へ歩を進めた。

「・・・えへへ、あ、あのさあ・・・前に来た人達がまた来たのかな~って思ってさ・・。 その人達とは約束をしていてね。」


鎧の人は何か考える様子で言葉を続けた。

「前に来た? ローファンという男をリーダーに据えた者たちの事か?」


「ろうふあん?」

「すう・・じゅうねんまえ? それって、太陽が何回昇った頃?」

彼女は思ってもいなかった質問に戸惑いながら、記憶に思いを馳せる。

「あ~、わたしが約束したのは~、たっくさん太陽が登った頃に来た人。」

「んっと・・、若い人間が3人、大きい人が1人、年寄りの人間が1人、羽の生えた人が1人、ドワーフが1人、・・全部で7人の人たちさ。」


鎧の人の反応は芳しくないようだ。

「すまないな、その7人組の事は知らないのだが・・どんな約束をしたのかな?」


どうしよう・・?

頼もうと思ってたダークエルフの方は全然しゃべらないし、むしろ無視っぽいし。

鎧の人に話して・・・頼みを聞いてくれるものか・・・?

「あぁ・・うん、ええっと~ そうだなぁ・・・うーん、ま、いっかぁ。」

それでも助かる可能性は少しでも上げたほうがいいしなぁ。

隠し事をするよりは、全部話しておいた方が信用してくれるだろうし。

「えっと・・・世界を滅ぼせる<魔樹>を倒してくれるという約束をしてくれたんだよ。」


鎧の人は態度を変えず返事をした。

「その名前の感じとしては、植物系のモンスターのように思えるが・・。」


「ああ、うん、そうそう、そうらしいね・・・。」

彼女も本体を見た事が無いために返事に困まる。

そして、かつてこの森に居たダークエルフから聞いた話を思い返す。

「<歪んだトレント> っとか、聞いたことがあるね・・。」


徐々にはっきりしてくる記憶と共に、彼女は鎧の人への警戒を緩めて話しだした。

「えっと、昔・・・あたしがまだ生まれてなかった・・ずっとずっと大昔!

 突然、空を切り裂いて幾多のバケモノが大地に降り立った事があったんだってさ。

 そんなバケモノたちは、ドラゴンの王様たちと互角の・・・」


本来、ドライアードは無口なものだ。

それを言うなら植物系モンスター全般もそうなんだが・・・。

生まれた場所から大きく動けない分、他の個体とコミュニケートする必要が少ないためだ。 彼女自身も生まれた時から独りだったし、周りに同じ種族が生まれたのを見た事もない。

かつては森のダークエルフと会話する機会があったものの、

彼らが姿を消してからは誰とも会わず、ほとんど喋べらず時を過ごしている。


(あ・・・) 話しながら彼女は何かを思い出した。

そういえば少し前に沢山の人間が近くを通って行った事があったなあ。

7人組じゃ無いのは明白だから気にも留めてなかった。

(鎧の人が言ってたローなんとかってのがそれだったのかな?

まぁ・・・いいや。 今はあの事をこの人達に伝えないとっ。)


・・・・だから、この大きな鎧の人と会話するのに最初は躊躇した。

うまく話せるか自信が無かったから。

けれど、自分でも驚くくらい・・・話しだしたら止まらない。

漠然と感じていた不安をすべてさらけ出すように口が動いた。


「・・・・っで、そいつが前に暴れた時は、その7人組がバシッとやっつけてくれたワケさ~っ。 ん~ <魔樹>・・えっとぉ・・7人組のリーダーが名前を付けていたけど・・・。 なんだったけなあぁ~?」


そいつの名前を必死に思い出そうと唸っている間。

鎧の人とダークエルフがまた何か話しているようだった。

怖気づいて逃げられてはやばいっ、早く思い出さないと・・・・。

「・・っ!! っそうそう<ザイトルクワエ>!! ザイクロなんちゃらの一種。」

「いずれ本体が目覚める時が来るだろうから、その時はもう一度ココに来て倒してやる!・・・って約束して・・くれたんだよ? 約束してくれたんだけどねぇ・・。」




 5万回か6万回か、いやもっと前だったかも・・そのくらい太陽が登った前。

ピニスンの母樹からさほど遠くない場所で異変が起き始めていた。

樹々が次々と枯れる・・真っ白に、骨のようになって立ち枯れるという。


それだけを見れば森ではよくある事だ。

虫や、寄生植物や、芯材腐朽キノコや、天候や、様々な要因で立ち枯れは起こる。

けれど、その数とスピードが早すぎた。

森の一画をすべて真っ白にせんばかりの広がりで、正体不明の被害は拡大の様相を呈していたのだ。


ピニスンもさすがに気になって何度も様子を見に行っていたが・・・。

ある日、それを見つけてしまった。

高い立ち枯れの木に登って様子を探っていた時、木々の間を伸びてゆく蔓に気付く。

自分の腕ほどもあろうかという太い蔓が何本もよじり合いながら、まだ青い森の方へ這いずっていった。

くぐもった緑色の皮はささくれており、所々に赤黒い小さな葉や芽を付け、うねるように進む。


立ち枯れた樹々の間を進み、新緑の萌える若木に到達すると・・・。

植物とは思えない素早さで蔦は跳ね上がり巻き付いた。

やがて聞こえる、生命力を吸われて枯死してゆく若木の声無き悲鳴。

ピニスンは耳をふさぎ、身を震わせて耐えた。

確かに植物は自然の在るがままを受け入れ、自らが様々な要因で枯れる・・死ぬ事すら役目だと受け入れている。

だが・・・これは違うっ! 何か、何かとてつもなく悪いものだ!!


震える手で枯れ枝にしっかりと抱きつき、ピニスンは若木の成れの果てを見る。

一瞬で真っ白な骨のようになった姿がそこにあった。

蔦は取り付いた時とは真逆に、ひどく緩慢な動きでその拘束を解いてゆく。

まるで満足したと言わんばかりに、だらしなく地面にその身を預けると、伸びてきた時と同じようにズルズルと戻っていった。


ピニスンの眼下を通り過ぎ、うねる蔦は枯死の森の奥へ消えてゆく。

そうだ、そうなんだ・・・あいつが『食った』んだ、この森の樹の生命を。

これが・・ダークエルフが話していた<魔樹>なのか?

眠っているだか、封印されただか、この森にいるって言っていた・・・あの?


「確かめなきゃ!!」


多分、あの時あたしは恐怖でどうかしてたんだろうね。

こんな調子で樹々の命を吸われたら、森どころか世界が破滅するって思って。

どうせ逃げられないなら、いっそこの目で正体を見てやろうって・・・好奇心が勝ったのさ。


十分に距離を取りながら、蔦の戻っていく先へついて行った。

程なくしてその元凶らしきものの姿を捉え、ピニスンはそおっと近くの枯れ木に登って目を凝らす。


第一印象は「芋のような」だった。

里芋の株をひっくり返したように、大小の茶色の瘤がくっつき、捻じれ、膨れ上がっている。

ささくれだった表面は根茎を思わせるようで、下の方は湿った土を所々にへばり付かせていた。

追ってきた蔦はその根本から出ており、大本で6本の茎へと収束しているようだ。

しかし、それらは幾重にも枝分かれし、根本の地面を覆う。


「あわわわわ・・・・・」


あんな数の蔦に襲われたらどうなるっていうんだ~っ!!

ダメだ、あたしはもうすぐ枯れるんだ、骨のように白くなってカラカラに干乾びるんだ・・・。

唖然と見ていると、蔦の何本かが近くの枯れ木に絡みつき、そしてベキベキとへし折りながら引っこ抜く。

その動きは餌を口に運ぶ動物の動きのようだ。


『口』・・・?

瘤に覆われたそいつのてっぺん辺り、中央にぽっかり開く穴があった。

けれど、どうにも樹に空いたウロのようには見えない。

だって・・そこには同心円状に並ぶノコギリの刃のようなものがびっしりと・・・。


蔦は枯れ木をそこまで運ぶと無造作に放り込む。

ガリガリ、バキバキと幹や枝は粉砕されて穴の暗闇に消えていった。




 ・・・どのくらい放心していたろう?

我に返ったのは有り得ない場所からの声だった。


「大丈夫かい? ドライアード君。」


枯れ木の上に登ってる自分の、さらに上から語りかける者が居た。

大きな翼をバサリとひと扇ぎして向かいの樹の上に降り立った<翼の人>。


「噂はビンゴだったな、さっそく頂こう。」

目の前を大きな横顔が通りすぎた、樹の上にいるピニスンと翼の人の間を。

それは身長が優に3メートルを超える<大きな人>。


「たいした事なさそーじゃん、楽勝だわ、こりゃ。」

大きな人の後ろには3人の人間、その1人<フードを被った人>がお気楽な様子で言う。


「おいおい、油断するなよ? ここでポーション使ったら本末転倒だぞ。」

剣士風の<軽装鎧の人>が諌める。

隣の<全身鎧の人>は何も言わなかった。


「ふぇっふぇっ、そこにおるのはドライアードじゃのぅ、逃げ遅れたのかい?」

黒いローブを纏った皺の多い<年寄りの人>は見上げて言うと・・。


その隣にはがっしりとした体格のドワーフが立つ。

「まあ・・今動くのは危ないから、そこに掴まっておるのがいい。」


ピニスンは呆気にとられて返事もできなかった。

ただでさえ訪れる者の居なかった森の奥だったのに・・こんなに多くの人、そして目の前の蔦のモンスター。

いったい何が起きてるんだ・・・?

理解の範疇を超えて、どうにも笑うしかない。

ひとまず<7人組>に言われたように動かないでおこうと思った。




 <軽装鎧の人>が皆に向かって指示しているようだ。

「・・・まずはサンプルを取らなきゃ話にならんな。

 あの蔦が邪魔臭いが、動きを止めてかっさらうか。」


「って、私を見るのですね? リーダー。」

<翼の人>はやれやれと樹の上から降りて歩み出る。


「それじゃ、わしが支援してやろうかのぅ・・・。

 こいつでどうじゃっ、<コール・オブ・リンボ / 辺獄の呼び声>」

<年寄りの人>は少しイタズラ顔で魔法を発動させた。


「ちょっ、いきなりですかっ。」


「ほらほら、早く飛んで行けっ。」


<翼の人>が飛んでいった先を見ると、あの地面いっぱいに広がっていた蔦に白いものが生えていた。

いや生えているのは地面から・・? 無数の白骨の腕が蔦を掴んで地面に引きこもうと引っ張っている。

難なくその上をツバメのように飛んでいった<翼の人>は、文字通り何度かツバメ返しをして瘤の一部を切り取った。

そして、スイーっと帰ってくるとドワーフの前に降り立つ。


「ほいさっ、これでどうでしょう?」


「うむ、<アプレーザル・マジックアイテム / 道具鑑定> ふむ、ふむ・・。」

切り取ったものを受け取ったドワーフは魔法で鑑定を試みているようだ。

どうやら瘤の表面にへばりついている薬草が目当てらしい。

そして嬉しそうに言う。

「なるほど、少しばかり手を加えれば復活薬の触媒としても可能じゃぞ。 単体でも上位回復薬として使えるのう。」


「うっひょ~っ、これはいいカモだぜ。」

<フードを被った人>も同意してスキップする。


「ああ、手持ちのポーションも残り少ない、新しい資源も活用しないとな。」


「しっかし、なあリーダー? なんでこんなスゴイ薬草があんな奴に生えてんだ?」


「どういう意味だ?」


「どういうって・・、こんな大したもん生やしてたら・・・。

 俺らみたいのに狙われるのわかってる事じゃん?

 あいつの本体は土ん中で復活しようとしてんだろ?

 トラブル引き寄せてどうすんのって話。」


「それはの・・・」

<年寄りの人>が少し呆れ顔で答える。

「・・『アンコウの提灯』じゃよ。 本来ならこの薬草を求めてやってくる動物やモンスター、そして人間を食うためじゃ。

 こやつ、さっき枯れ木まで食っておったじゃろ? それだけ復活の栄養に飢えておるんじゃろうて。」


「な~るほど、俺達は引き寄せられたエサっちゅー訳だっ。」


っとその時、<大きな人>が手を伸ばす。

「ふんっっ!」

先程、押さえていた骨の手が消えたようで、蔦がまた動き出していた。

あのモンスターは拘束された事態を攻撃ととったのだろう。

蔦がいくつもうねりながら<7人組>の方へ伸びてきた。

それを<大きな人は>両手で次々と引きちぎってゆく。

「ほほう、<ドレインタッチ / 生命吸収>の効果を持ってるようだが・・、俺には効かんよっ!」


「あわわ、脅かしやがって・・ <ファイヤーバレット / 炎の弾丸>」

<フードの人>は両手をかざし細かい炎の粒を撃ちだしてゆく。

<ファイヤーボール / 火球>程の威力は無いものの、スピードと貫通力に優れた炎魔法である。

多重化すればショットガンのように局所攻撃ができて使い勝手もいい。

目の前の地面に広がっていた蔦は引きちぎれ吹き飛ばされてゆく。


「・・・しかし、俺達 前衛の出る幕無いな・・・ね。」

<軽装鎧の人>の男は隣の<全身鎧の人>の肩に手をおいて同意を求めたが、無言で返された。


「で、どうします? リーダー。 もう少し収穫しておきますか?」

<翼の人>は数歩離れて、いつでも飛べるような体勢を取りながら聞いた。


「あ、ああ、他の潜伏地の状況が不明だからな、採れるだけ頂いておこうか。」


「了解っ」


<翼の人>が翼を広げたその時・・辺りに奇怪な咆哮が響き渡った。

蔦を破壊されたそいつは、天辺の口から黒板を爪で引っ掻いたような気色悪い音を吐き出したのだ。

そして、植物に有るまじきスピードで地面の下へ引っ込んでいった。

残るは千切れた蔦と、掘り返されたような窪地のみ。


「「「「「「「・・・・・・っ!!」」」」」」」


少しばかり放心していた<7人組>だったが・・・。

<フードの人>がギギギとリーダーと呼ばれた男の方に首を回す。

「お、俺のせい?」


リーダーも返答に困っているようだ。

「っま、っその、あれだ・・・人生色々と言うし・・・・」


<全身鎧の人>が寄ってきて彼の背中を優しくたたく。

<大きな人>も人差し指で肩を叩き無言で慰める。


「残念ではあるが・・鑑定して確証も得られた。

 こうして実物も手に入ったんだ、次の奴に期待しようではないか。」

ドワーフも何とも言えぬ表情で彼を慰めようとしていたが・・。

1人、<年寄りの人>だけは厳しい言葉を投げつけるのであった。




 <7人組は>しばらく座り込んで反省会をしていたようだったが・・。

リーダが立ち上がって皆に提案する。


「なあ、こんな珍しい薬草が採れるモンスターなんだから名前をつけないか?」


「おお、リーダーの命名権発動!」

そう言って笑顔になった<大きい人>。

他の面々も、この暗いムードを変えれるならと思ったのだろう。

次々に手を上げ、頷き、賛同の意を表す。


リーダーは任せとけと言うと、ブツブツとつぶやきながら考え始めた。

「・・・こいつは植物のくせに同族食ってたしな・・となると・・・あっちか・・・」


「よしっ! 命名<ザイトルクワエ(Zy'tl Q'ae)>だぁぁっ!!」


おぉ~っと、取り敢えず雰囲気で拍手をする一同。

これまでもリーダーは珍しい物を見るたびに名前を付けてきた。

いつの間にか、スキル<命名権>と揶揄されるくらいに。


「クワイ? あの芋みたいな形からか?」

<フードの人>がわざと突っ込む。


アイテムや装備の命名にはその人の個性が強く反映される。

一部の分野でディープな知識を持つリーダーの命名を、皆も楽しんでいた。


「いやいや、芋ではないよ。

 今回はクトゥルー神話系から付けさせてもらった。

 こいつ・・・さっき枯れ木を食ってたろ?

 同種食い・・・それで植物モンスター、まさにピッタリじゃないか。」

リーダーは背後の窪地をチラリと振り返って、ふぅと肩を上下させた。

その名前の意味がよく分からない者もいたが、特に深くは突っ込まない。

今は皆の気分転換が最優先であると理解していたからだ。


「いつにも増して才能の無駄遣いですよね、リーダー。」

<翼の人>はニッコリと言うと、同じように窪地を見た。


『クトゥルー神話』は多くのゲームで使われる題材の1つで、元は<H・Pラブクラフト>という作家に端を発する。

彼が紡いだ宇宙的恐怖コズミック・ホラーに感銘を受けた友人や作家が、共通の設定を使って別の物語を書くという遊び心から生まれたものだ。

小道具には魔導書や人物、地名や邪神といったモノが使われ、ゲームでは特にモンスターとして現れる事が多い。

そういった作品群を総称して『クトゥルー神話』と呼んでいるのである。

『ギリシャ神話』や『北欧神話』の類とはまったく異なるものだ。


イギリスのホラー作家である<ラムジー・キャンベル(Ramsey Campbell)>も影響を受けたその1人。

初期の作品は<H・Pラブクラフト>に強くインスパイアされ、イングランドに架空の地名を作り舞台とした程に。


そして、宇宙的恐怖コズミック・ホラーを題材にした彼の1編<妖虫 / The Insects from Shaggai>に登場するモンスターがリーダーの命名の元ネタである。

シャッガイ(Shaggai)という滅亡した星から来た昆虫族が、ザイクロ星の植物モンスターを家畜化した。

これを<ザイクロトラン/Xiclotlan>、いわば『ザイクロトル族』と言う。

強靭な体を持つが知能が低いため労働力に使われたのだ。


この『ザイクロトル族』が崇めているのが、植物モンスターの上位種であり神、死の植物<ザイトルクワエ(Zy'tl Q'ae)>だ。

知能は低くとも『ザイクロトル族』の信仰は絶対的なものであり、定期的に自分の身を食わせ生け贄となっていた程の神。

<ザイトルクワエ>の種は宇宙速度を突破して他所の星にまで繁種するという・・とんでもない存在なのだから。


後のゲーム、特にTRPGにおいてはレアモンスターとして登場するようになり、様々な設定が加えられ肉付けされていった。

例え本編では姿を表さず仄めかされるだけのモンスターでも、こうしたファンの行動によってイメージが創られてゆく。

その過程はまさに『神話』と言うに相応しいと表現できよう。

かくて、数百年の時を越え・・かの時代にも<ザイトルクワエ>の名は受け継がれて、ここにリーダーの口から吐かれたのである。




 <7人組>の一行は既に次の場所についての話に移っていた。

枯れ木の上から興味深く聞いていたピニスンだったが、ふいに<年寄りの人>と目が合った。


「ふむ、そう言えば・・そこのドライアード。 お前さんは何しておったのじゃ?」

皆も「ああっ」といった顔を向ける。


信じられ無い事が続いて混乱していたピニスンも、なんとか平静を取り戻していた。

今度はちゃんと口を開く。


「あ・・えっと・・・、樹の悲鳴が聞こえるから様子を見に来たんだ・・・、そしたらあの・・・あの・・・。」


「なるほどのう、しかし・・確かドライアードは母樹からあまり離れられんのではなかったか?」

<ドワーフ>がヒゲを撫でながら指摘した。


「うん、・・・うん、そうだよ。

 このままあの<魔樹>が勢力を広げてたら危ないとこだった・・・。

 それをやっつけてしまうなんて、みんな強いんだねっ。 ありがとうっっ!

 でも・・・・あいつの本体はまだ地中に有るんだ・・・よね?」


俺ら役に立ってないけどな、っとリーダーが<全身鎧の人>を小突きながらピニスンに答える。

「その通りだ、こいつが・・いつ完全復活するかは予想がつかないが・・・。

 また芽が出る頃には薬草取りに来るから、退治してやるよ。」


「ほっ、本当かいっ?」


「ああ、約束だ。」

リーダーはそう言うと右手の小指を立ててこっちへ向ける。

皆もそれに合わせて同じ仕草をした。


ピニスンにはそれにどういう意味があるのかは分からなかったが、

彼らの風習なのだろうと思って、自分も右手の小指を立てて宙に差し出す。

「・・・うんっ、約束だね!」




 約束したんだ、約束したんだけどねぇ・・・・・。

それから何千回太陽が登っても彼らは来なかった。

あの<魔樹>も時折 芽を出しては樹々を食い、復活の力を溜め込んでいる様子。

久しぶりの来訪者、眼前の2人は頼みを聞いてくれるだろうか?

ピニスンは、これまた久しぶりの勇気を振り絞り説明する。


とりあえず・・言いたいことは話せたと満足しながらも、次に話を進めなきゃと焦る彼女だったが・・。

鎧の人とダークエルフはまた何やら目配せをして会話している。

「んっ・・え? なんだいなんだい? 何か知っているのかい?

 彼ら・・7人組の場所とか知っていると最高なんだけど・・。」


「その7人組の居場所は知らないが・・。

 <魔樹>・・<ザイトルクワエ>の復活は近いのか?」


なんだ・・・やっぱり知らないんじゃないか・・。

じゃあ、探してもらうように頼むとしようぅ。


なーんて思ってたんだけど、色々質問されて答えてたらあんな事になるとは・・・。

鎧の人の部下になればー、ここから避難させてくれるらしいし、

明日、<ザイトルクワエ>の場所まで案内したら、7人組を探しに行ってくれるみたいだし。

ここで枯れるよりはいっか~~・・・・。


「うんっ、りょーかい。」

「それでー、わたしの契約者の君の名前はなんというんだい?

 わたしは 『ピニスン・ポール・ペルリア』」


「私はナザリック地下大墳墓の支配者『アインズ・ウール・ゴウン』だ。」


彼女・・・ピニスンの運命はここに大きく変わったのである。

果たして幸か不幸か、今は知る由もない。

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