第15話 悲しい別れの果てに、死亡保険金

「今朝、夫を訪ねたら、このような姿で……」

 第一発見者の高峰和花たかみねわかが百目鬼刑事に涙をみせた。それでも百目鬼は「最後に会われたのは、いつですか?」と声のトーンを上げた。

 すると和花は「今日は月曜日、そう、先週の水曜日の夜でしたわ、ここで一緒に夕食を取りました」と別居生活が後ろめたいのか、年甲斐もなくはにかみながら答えた。


 百目鬼は知っている。なぜなら署を出る前に、部下の芹凛こと芹川凛子刑事と和花についてのブリーフィングを終えていたからだ。

 そして、その内容とは――。

 和花は資産家の亮介りょうすけと今流行りのシニア向け婚活サークルで知り合い、1年前に結婚した。

 亮介はバツイチ、それに比べ和花は三人の夫と死別し、今回は4回目の結婚となる。

 当然和花には多額の保険金が今まで支払われていることになる。

 そして、そこにはどことなく犯罪の臭いがする。

 なぜなら一人目は毒キノコ中毒死。

 二人目は崖からの転落死。

 三人目は煉炭自殺。


 しかし、いずれも証拠不十分で、かつ和花のアリバイが崩せず立件できなかった。

 こんな経緯があり、今回百目鬼に白羽の矢が立った。早速これに応じ、急ぎ現場へと駆けつけた。

 そこには淡い江戸紫の和服を着こなし、死人の横で楚々そそとたたずむ和花がいた。場には同情をそそる雰囲気があった。

 だが百目鬼と芹凛は実直に現場検証を遂行していった。

 結果は、まず青酸化合物により毒殺されたであろう亮介が床の間近くに横たわっていた。

 死に際に藻掻いたのか、掛け軸は床に転がり、一輪挿しの紅い椿が落ちていた。


「死亡推定時刻、つまりご主人が殺害されたのは今日の月曜日から約60時間前、金曜日の深夜となります。その時、奥様はどちらにおられましたか?」

 百目鬼は歯に衣を着せず直に訊くと、婦人は面を上げ、「この家は住みづらく、普段私はマンションで暮らしてます。金曜の夜もそこにずっといました。なんなら防犯カメラがありますから、お調べ下さい」と答え、フフと不敵な笑みを浮かべたような気がする。

 もちろん百目鬼はそれを見逃さなかった。


 その後、二人は屋敷内を精査した。特に荒らされた様子はない。だが納屋に大きな冷凍庫があり、中に鯛や鰤などの大型魚が溢れるほど冷凍されていた。

 和花にその理由を尋ねると、亮介の趣味は海釣り、その釣果だと。

 また風呂場は現代風に改造され、大きな浴槽が備わっていた。

 和花の弁によると、結婚に当たって改造してもらったということだ。

 一方隣人からは、殺害があった金曜の夜に家に入っていく人影を見たという目撃証言を得た。

 この人物こそ重要参考人。しかし、その後の足取りはとんと掴めなかった。


 資産家の亮介の死から1週間が経過した。

 新たな情報も得たが、特段の進展は見られない。それを打ち破るかのように、百目鬼が唐突に質問を発した。

「三人の夫を殺した。そして今回、青酸カリ入りカプセルを亮介に飲ませ、毒殺した。こう仮説を立てるならば、この女、和花には強い動機があったはず。芹凛、それは何だと思う?」と。

 こんなオヤジデカからのぶっきら棒な問い掛けに、芹凛は驚く風もなく、「お金でしょ。和花はハワイに移住し、残りの人生を満喫するつもりだったのよ」と調査票を指し示した。

 ホッホーと頷く百目鬼、だが「なぜハワイなんだ?」と突っ込んでみる。

 芹凛はそんじょそこらの柔な女刑事ではない。負けじと、考えをまとめて先輩刑事に教授する。


「孤児院で育った和花、彼女には別の孤児院へと引き離された双子の、洋花ようかという妹がいました。そして二人は10年前に再会し、洋花は自分が住むハワイで一緒に暮らそうと姉を誘った。そこで先立つものはお金、和花は夢実現のため、死亡保険金を貯めることを思い立ったのよ」

 ここまで言い切った芹凛だが、「和花のアリバイはまだ崩せてないわ」と自信のない表情をする。


 これを見て取った百戦錬磨の百目鬼刑事、「冷凍庫に一杯オトトがいたよね」とヒントを与える。

 すると芹凛はポンと手を打ち、あとはもう止まらない。

「和花は夫を水曜日に殺害し、酸化と乾燥防止のため死体全体をラップした。それから冷凍魚と一緒に水の浴槽に入れ、水温零度で保存した。これで死亡推定時刻を金曜の夜まで伸ばしたのだわ」

「よっ、お見事! これで殺人時刻のトリックは解明されたな」

 百目鬼がニッニッと笑うが、芹凛にはまだもう一つの謎が残る。


「金曜の深夜に、屋敷に入って行くところを目撃された人物は……、一体誰なの?」

 肩を落とす芹凛に、百目鬼は「この類いの犯罪には、目くらましの協力者が存在するものなんだよ」と。

 これが呼び水となり、「日本にいないはずの妹の洋花ね。金曜の夜に殺人者の影となり、屋敷に侵入し、まるでその夜に殺人事件が起こったかのように和花のアリバイ工作を助けたのだわ。これで死亡保険金を姉の手にへと。あー、絶対許せないわ」と芹凛は唇を噛み締めた。


 ここまでの推理を確認した百目鬼、目をギョロッと剥き、鬼の叫びを上げるのだった。

「双子の姉妹の悲しい別れ、その不幸の果てに見た夢は、殺人で保険金を得て、一緒に暮らすことだったのだ。悪賢い魔物たちめ! さっ芹凛、退治しに行くぞ!」


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