第22話「とっくです」そうだったのか…。

4月29日

記憶だけを頼りにこれを書きます。


ニャンコを動物病院に迎えに行ったとき、先生は



「支払いを先に済ませましょう」



と言って、カウンターの中でもそもそしていた。


おそいなア、と思っていると、



「尿素窒素排出の薬はいりますか?」



という。



「だって、飲ませないと死ぬんでしょ?」



「そういう時期はすぎてます。とっくです」



というような、お話だった。



「今から飲ませても、気休め程度」



と言うので、



「気休めでもいるんです、いります」



と言ったら、獣医師は駄菓子のような包みを、四つつづりを二つと、ひとつの包みを二つ持ってきて、



「一応十日分、入れておきます」



と言って袋に入れてくれた。


十日……もつのか。


そして、向かって右から計算書をとん、とん、と置いて、最後にこちらはお薬代です、と言った。


十日分で二千四百いくら、とアラビア数字が並んでた。


入院費、検査費、治療費合わせて七万八千といくら、とあったので、合せると八万とちょっと。


母が郵便局からおろしてきたお金を封筒から出して、一万円札を一枚ずつお皿に積んでいく。


福沢諭吉さんの向きがそろうように……そんなこと初めてしたに違いない。


この出費、母にもきついものがあったのだろう。


そして、主婦でもある彼女は……小銭入れを探っておつりが細かくならないように一円玉を出した。


九万と一円。


九万と一円……!


はあ。


そして、



「ニャンコは急激な環境変化で悪化したりしないですか? 病院の方が居心地よかった……とかになりませんか?」



と尋ねると、



「そういう時期はとっくに過ぎてます。居心地がいいとしたらやはり自宅でしょう」



と……。



そして今、ニャンコは水を飲んで、泡だらけのタンと一緒に吐いてしまった。


玄関先にうずくまってるなア、と思っていたらもおう!


どこへ行ったか分からない。


倉庫の押し入れあたりが怪しい。


そこで死ぬ気なんだろうか? 呼べど叫べど出てこない。


カサリとも言わない。


部屋は暖かくして、外の空気も取り入れ、大変明るい。


何が良くなかったのかな。


薬だってまだ残ってるのに。


一日に三回に分けて飲まなきゃなのに……。


おかしいな。


二階にもいない。


祖母はTVを見てて、猫は見ない、と言った。


おおいおおいおおい!

     ☆☆☆

同日。

猫いたよ……。


今押し入れの中にいるのかな、となりだよな。


いつ死ぬ気なんだ……と、思っていたらあ! 祖母がお昼ご飯の時間だと言う。


返事をしてキッチンに入ったら、なーんか、勘が働いたんだろうな。


つけっぱなしのTVを消そうとして、ひょくっと背もたれの向こう、ソファの上を見てみたら……。


寝てるじゃない! ニャンコ!! おまえー!!!


おかげでせうゆめしがうまかった。


いつもは塩辛いとしか思わない、塩じゃけがおいしかった。


なんにでも白ごまをかける、母の、ゆでただけのほうれん草がおいしかった。


他は忘れた。


もう! 生きてるなら生きてると!! 言いなさい―!!!


病院から帰ったときはにゃごなご言ってたくせに、家にいると無口になるんだから……。


背中をなでてやらないと、水を飲まないとか、もうろくしちゃったの!?


おじいちゃーん!!!



キッチンの床は日当たりは好いが、どうもソファの方が気持ちいいらしい。


そうだよね。


オランダ製らしいし、家族絶賛のソファなんだよ。


おまえくらいだ、そこで昼寝できる猫なんて!!!


 なごなごvなんなんvv

     ☆☆☆

同日。

ニャンコと妄想語り。



「なんで、元気でね……とかいったの?」

「べつに、なんとなく、そのときの気分で」

「きぶん~? わたし寂しかった、というか哀しかった」

「そか……?」

「うん、せつなかった」

「そうか。そこまでオレの事を……想ってくれたのか」

「あったりまえだよ。なんだよもう」

「……」



そして無口に戻る彼だった。

     ☆☆☆

同日。

やっと自宅に帰ってきたのに、ニャンコは落ち着かなげだ。


わたくしが放っておくと、すうっとキッチンのソファに移動する。


わたくしの整えたベッドでは不満なのかい?


しかし、やせ細った彼を見ているとハラハラしどおしなので、ちょっと距離があるほうがなんだかほっとする。


水を飲むたびに、黄色い粘液を泡と一緒に吐き出すので、どうしたものかと思う。


せっかく尿素窒素排出の薬をもらったのに、今日は二回しか飲ませられず、餌もまるきり食べてない。


死が近い猫は、まず食欲がなくなるが、日光に当たると毛で栄養をつくり出し、それをなめとることで滋養はつくらしいから、ずっと晴れるといいのにと思う。


今日は水を流水で飲ませようとしてコックを解放してたら、少したって見てみると、お風呂のふたの上に避難していた。


(お風呂場で水を飲みたがるので、最近は)


いつもなら、飲むのに……。


やはり、もう……と思うと胸が痛い。


よっしゃ! 今日最後の薬を無理にでも飲ませにキッチンへ行こう。


そこにいるはずだから……。


いやがると思うけれど、イランコトシイなのかもしれないけれど。


出来ることはしないと後悔するからなー。

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